最近、僕はmiwaをよく聴いている。
まあ、miwaクロを見てからのことなのだが。
ちなみにmiwaクロとはももクロとmiwaのコラボだ。
僕の場合、何か気に入っているものから、それに関連するものに興味を持つことが多い。
ビーチボーイズもポール・マッカートニーのインタビューを読んでから興味をもって、次第にビートルズよりもはまっていった。
まぁ、それと同じよう語るのはちょっと気が引けるけど、同じようなことだ。
文学でもそうだった。
子供の頃、僕は偉人の伝記ばかりを読んでいた。
確か小学校5~6年のことだったと思う。
教科書に志賀直哉の『小僧の神様』の一部が載っていた。
今となっては、何が僕の心をとらえたのかは覚えていないけれど、全部読みたいと思った。
すぐに親に買ってきてもらい、一気に読んでしまった。
何が他の作品も掲載されていたと思うが、それは忘れてしまった。
まだ、白樺派とか知らない頃。
それからというもの、明治の文豪たちに興味を持った。
小学校6年生の時の僕が一番好きな作家は森鴎外だった。
『高瀬舟』や『山椒大夫』などは大のお気に入りだった。
僕の日本文学への入り口はそこにあった。
いらい、中学生までやたらとその辺りの作家の作品を読み漁った。
うちの親は本にだけは惜しみなくお金を出してくれた。
中学生の半ばだったと思う。
本屋で本を探していたら、ふと目に留まったタイトルかあった。
なんかおしゃれな感じがして、少しばかり色気づいた中学生には魅力的なタイトルだった。
それが片岡義男の『彼のオートバイ、彼女の島』という小説だった。
中学生の僕にはまだ感覚的によく分からない部分が多々あったが、なんかそんな本を読んでる自分がカッコいいと思っていた。
まぁ、人の前で読んだワケではないので、自己満足というか自己陶酔だったと思う。
以来、様々な現代作家を読み漁ったが、コレというものには出会えなかった。
ようやく出会ったのが、『1973年のピンボール』だった。
もう高校生にはなっていたかな?
その後、僕はアメリカ現代文学に傾倒していく。
いうまでもなく、ポール・オースターだ。
ニューヨーク3部作。
村上春樹に近いなとは思っていたけど、その関係性まで知らなかった。僕はどんどんアメリカ現代文学にはまっていった。
ある時、ふと気づいた。僕が気に入った本の全ての翻訳家が同じ人だということに。
柴田元幸。
それからというもの、柴田さんが翻訳しているということが、本を選ぶひとつの基準となっていた。
すでに編集者だった僕は、ただ自分が読みたいがために原稿
頼んだこともあった。
この場合は、あとから繋がったというパターンで僕の中では特殊なケースだけれど、いずれにしても何かにハマると、それがどんどん広がっていく。
このように僕の興味はどんどん広がっていく。
本当はもっと書きたいのだけど、nexus7は文章が書きにくい。何か気に入っているアプリを買わないといけないな。
もはやiPad2は重くて持ち歩けないし。miniを買うべきなのかな?
まあ、miwaクロを見てからのことなのだが。
ちなみにmiwaクロとはももクロとmiwaのコラボだ。
僕の場合、何か気に入っているものから、それに関連するものに興味を持つことが多い。
ビーチボーイズもポール・マッカートニーのインタビューを読んでから興味をもって、次第にビートルズよりもはまっていった。
まぁ、それと同じよう語るのはちょっと気が引けるけど、同じようなことだ。
文学でもそうだった。
子供の頃、僕は偉人の伝記ばかりを読んでいた。
確か小学校5~6年のことだったと思う。
教科書に志賀直哉の『小僧の神様』の一部が載っていた。
今となっては、何が僕の心をとらえたのかは覚えていないけれど、全部読みたいと思った。
すぐに親に買ってきてもらい、一気に読んでしまった。
何が他の作品も掲載されていたと思うが、それは忘れてしまった。
まだ、白樺派とか知らない頃。
それからというもの、明治の文豪たちに興味を持った。
小学校6年生の時の僕が一番好きな作家は森鴎外だった。
『高瀬舟』や『山椒大夫』などは大のお気に入りだった。
僕の日本文学への入り口はそこにあった。
いらい、中学生までやたらとその辺りの作家の作品を読み漁った。
うちの親は本にだけは惜しみなくお金を出してくれた。
中学生の半ばだったと思う。
本屋で本を探していたら、ふと目に留まったタイトルかあった。
なんかおしゃれな感じがして、少しばかり色気づいた中学生には魅力的なタイトルだった。
それが片岡義男の『彼のオートバイ、彼女の島』という小説だった。
中学生の僕にはまだ感覚的によく分からない部分が多々あったが、なんかそんな本を読んでる自分がカッコいいと思っていた。
まぁ、人の前で読んだワケではないので、自己満足というか自己陶酔だったと思う。
以来、様々な現代作家を読み漁ったが、コレというものには出会えなかった。
ようやく出会ったのが、『1973年のピンボール』だった。
もう高校生にはなっていたかな?
その後、僕はアメリカ現代文学に傾倒していく。
いうまでもなく、ポール・オースターだ。
ニューヨーク3部作。
村上春樹に近いなとは思っていたけど、その関係性まで知らなかった。僕はどんどんアメリカ現代文学にはまっていった。
ある時、ふと気づいた。僕が気に入った本の全ての翻訳家が同じ人だということに。
柴田元幸。
それからというもの、柴田さんが翻訳しているということが、本を選ぶひとつの基準となっていた。
すでに編集者だった僕は、ただ自分が読みたいがために原稿
頼んだこともあった。
この場合は、あとから繋がったというパターンで僕の中では特殊なケースだけれど、いずれにしても何かにハマると、それがどんどん広がっていく。
このように僕の興味はどんどん広がっていく。
本当はもっと書きたいのだけど、nexus7は文章が書きにくい。何か気に入っているアプリを買わないといけないな。
もはやiPad2は重くて持ち歩けないし。miniを買うべきなのかな?
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