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日々あれこれ思いつきメモ

日記というよりもメモ? そんな思いつきを書いただけ……。

FUKUSHIMAA nuclear village~原発村の1年半

2014-06-21 21:46:15 | 映画

一昨日、待ち合わせ時間の30分も早く着いたため、ちょっと時間潰しに書いたものだけれど、それをアップするのをすっかり忘れていた。

 

 

僕はドキュメンタリーというものには懐疑的である。

というのは、編集の仕方次第で内容が一変するからだ。

編集者(映像も含む)のさじ加減で何もかもが変わる。

そこにすべての事実があるわけではなく、何らかの立場の側から見た真実しか表現出来ない。

だから、真実に近いことを知ろうとしたら、相反する立場の主張の両方は読む(もしくは聞く、見る)必要があると思っている。

それから自分の立場を決めるというのが理想だ。

 

でも、なかなかそれは上手く出来ない。

基本的に本(新聞、雑誌、テレビ、映画)を選ぶ時、すでにその人はどちかの立場に立って、自分の立場の側のものを選ぶからだ。

そして、自分の考えは間違いではないということを確認するだけだ。

まあ、僕はそれは仕方ないことだと思っている。

自分がそれを出来るかと聞かれれば、とてもムリだと答えざるをえない。

やっぱり、僕も他の人たちと同じだ。

 

だからドキュメンタリーとは実に難しいのである。

 

今回、僕は友人である稲葉孝之さんの本を編集し出版した。

それはこのブログのタイトルにしている『FUKUSHIMAA nuclear village~原発村の1年半

』という本だ。

本来ならば、紙媒体で出すべき本なのだが、何せ個人で出すしかなかったため資金のかからない電子書籍というカタチを取らざるをえなかった。

 

電子書籍というものが普及するにはもう少しだけ時間がかかるし、まだ電子書籍のフォーマット自体もリーダー(読むための端末)によっても違うし、表示のされ方も違う。

そういう意味ではまだ難しい部分はあるのだけれど、とにかく何らかのカタチで発信をしたいと思い制作した。

何よりも稲葉さんのやってきたことを少しでも世間の人たちに知っていただきたいという思いから作った。まだ電子書籍を購入するということに慣れていない方も多いと思う。スマホを持っていないという方も多いと思う。それでも出す価値のあるものだという確信というか、必要性を感じていた。

 

この本を編集するに当たって、僕はドキュメンタリーという意識を追い払った。

それは僕の考えるドキュメンタリーのことで、先ほど書いた理想的なドキュメンタリーのことである。つまり、出来る限り真実に触れようとするのではなく、稲葉さんという一個人の思いに寄り添って作るということを心掛けた。

それが僕の編集指針だった。

というのも、僕は東日本大震災も原発事故も直接的には体験していない。

その時、僕はすでに沖縄に住んでいた。

だから、僕はテレビと新聞とネットのニュースでしか知らなかった。

自分が体験していないものは、どれだけニュースを見ても話を聞いてもなかなか実感が伴わない。

悪く言えば他人事だ。

それを僕がどうこう言える立場にはないと思っている。

ただ、そうは言っても稲葉さんの話をそのまま鵜呑みにして作るというのも違うと思っていた。

 

そこで、この本を作る当たって、僕は福島を自分の目で見ることにした。

著者の思いに寄り添いながら、でも自分の目で確認する必要があった。

だからこそ、現場で僕は東日本大震災に関してあくまでもよそ者であろうとした。

そして、無知のままでいようと思った。

 

2014年3月11日。僕は原発事故以来帰宅困難地域とされ、復興事業なんかもちろん、除染すらされていない(一部は除染作業が入っていたが)双葉町へ行った。

そこに広がる光景は、言葉に出来る代物ではなかった。

著者である稲葉孝之さんのいう「こんな場所があることを知ってほしい」という思いをまず僕自身が現場に立つことによってそれを感じることが出来た。

現場の様子は出来れがKindle本で読んで写真を見て感じてほしいのだけれど、ここで書くならば「生の痕跡はおろか死の匂いすらない」ということだった。

僕が双葉町に入っている様子を稲葉さんの友人がビデオを撮っていたのだが、この言葉はそこに残っていた。

 

僕はそれをそのまま本では表現していない。

それはあまりにも絶望的で、何かをしようとする気すら起きなくなるからだ。

事実、福島から沖縄に帰ってから1週間ほど寝込んだくらいだ。

 

この本は少しでも希望を持ちたいという気持ちをほんの少しだけ込めているとように見える。

でも、実はその逆で人も当然被害を受けているのだけれど、それでもなんとか逃げることが出来た。でも、逃げることも出来ずその場所にとどまらざるを得なかった生物がたくさんいるのだ。

その象徴が、最終的に殺処分された牛たち、今でも罠をしかけて捕まえようとしているイノシシたち。何より樹木、草花は空気中の放射線物質を吸い込んでいる。

 

稲葉さんがそれを自覚しているかは分からないけれど、実にたくさんの動植物の写真を撮っていた。

人が受けた恩恵のしっぺ返しを人だけではなく、他の動植物たちが受け、植物なんかは被害を受けただけではなく、必死に浄化しようとしているのだ。

広島が奇跡的に復興を遂げたのも、植物のおかげだという話を聞いたことがあるが、今まさに同じことが福島の浜通りで行われている。

この言葉が稲葉さんに思いに寄り添っているのかどうは分からない。

現場で感じた僕の感想だ。



http://www.amazon.co.jp/FUKUSHIMA-nuclear-village%E3%80%9C%E5%8E%9F%E7%99%BA%E6%9D%91%E3%81%AE%E4%B8%80%E5%B9%B4%E5%8D%8A-%E7%A8%B2%E8%91%89%E5%AD%9D%E4%B9%8B-ebook/dp/B00KXY7TKM/ref=sr_1_2?s=digital-text&ie=UTF8&qid=1403355003&sr=1-2&keywords=fukushima


映画『遺言 原発さえなければ』

2014-03-08 18:50:05 | 映画
この映画はある真実の一面を間違いなく伝えている。
原発事故が引き起こすであろうと想像しうることが、実際に起こったという事実を。
そのことを確認するためと考えると3000円という金額は妥当だとも、そうではないとも言える。
長い時間をかけて取材した二人の監督の根気強さには敬服する。
福島県が抱えている大きな問題を少しでも共有すべきなのは当然で、この映画はその手助けをしてくれる。
その点で、機会があったらぜひにと思う。

ただ、ドキュメンタリー映画として見た場合、僕の中のドキュメンタリーの基準からはかけ離れている。

僕は、ドキュメンタリーの作り手は取材対象から出来る限り距離をおくべきだと思っているからだ。
取材対象から距離をおくのはとても難しい。
距離を縮めないと、人は語ってくれない。
それでも、距離を取るべきなのだ。

距離の取り方というのはいくらでもあって、その最たるものが編集という作業だ。
テレビでも、映画でも、新聞でも、雑誌でも、編集次第ですべてが変わる。
時に、そこに悪意が入ることがあるので、危険な作業なのだが、だがらこそ編集という作業が大切なのだ。

この映画が僕の中のドキュメンタリーの基準からはかけ離れているというのは、まさにその点にある。

長い期間をかけての取材はその対象と長く過ごすので、当然対象との距離は近くなる。
それは仕方ないことだと思う。
でも、この映画では近くで記録しているというより、寄り添ってカメラを回しているという印象が強い。
寄り添うことが悪いというわけではない。
それが被災者たちにとって何らかの手助けになっているのだろうから。
でも、それはドキュメンタリーとは言わないと思う。

これは、二人の監督たちと取材対象となった被災者たちが作り上げた映画作品である。
そう考えると、これはとてもいい作品だ。
監督たちの意図は間違いなく観客に伝わっているし、ストーリーとしても素晴らしい。
批判を浴びる覚悟でいうけれど、やっぱりストーリーなのだ。
未だに復興はほど遠いけれど、人々が自力で立ち上がろうとするストーリー。
それが現実にあった、という映画なのだと思う。

一応もう一度言っておくけれど、僕は否定しているわけではない。
ドキュメンタリー映画としては違和感を感じるのだ。

映画『舟を編む』の松田龍平について

2013-05-22 09:51:56 | 映画
公開からかなり経っているが、ようやく『舟を編む』を観に行くことが出来た。
ずっと気になっていた映画で、原作は読んでいないけれどおおよそのストーリーは予想が出来ていた。
映画自体、その予想通りのストーリーだったが、僕にはとても身近に感じる作品だった。
辞書編集者が1冊の辞書を一から作るという話だが、元々雑誌の編集をしていた僕が見ると、
その苦労などが容易に想像出来たし、何となく気持ちも分かるような気がした。

映画のクレジットにも入っていたが、文化学園文化出版局というところで僕は働いていたことがある。
およそ15年。
ちょうど、僕が在職中に服飾辞典というものを辞書編集部(部署名は忘れてしまった)が新たに編纂していた。
記憶に間違いがなければ、僕がいた部署の隣にその部署はあり、
辞書編集部にはそれまで一緒に働いていた人も多くいて、その大変さは何となく分かっていた。
なぜなら、その作業は僕がもっとも不得手としているものだったから。
あれは、絶対に僕には無理だなと思っていた。
そういえば、文化出版局の服飾辞典も何年もかかっていたと思う。
僕は雑誌しか作ったことがなく、雑誌の仕事というものは月刊誌の場合3号分の作業を一度にやらなければならない。
発売前のものの校正、校了作業。翌月に出る号の取材、撮影、原稿書き。翌々月発売の分の企画を考える。
正直な話、そう上手くはいかず、ギリギリにバタバタとしていたのが本当のところだけど。

さて本題。
ここで書きたいのは、『舟を編む』の主演・松田龍平について。
僕は、この役は彼にぴったりの役だと思った。
たまたま、テレビで見た『探偵はBARにいる』の松田龍平も彼本来の特徴が活かされた役柄だと思ったが、
『舟を編む』の彼は彼そのもののように感じたのだ。

僕が松田龍平に会ったのは、大島渚監督の遺作になってしまった『御法度』の時だった。
つまり、彼がデビューしたての頃。
その時は彼にモデルとして服を着てもらい、そしてインタビューをした。
撮影時にはまだ『御法度』は編集作業のまっただ中で、結局映画を見ることなくインタビューに臨んだ。
通常、そのような場合は完成前のものを見せてくれたりする。
実際つなぎとかもきちんとされていない、そして完成形とは違うものを見たこともある。
ただ、大島渚監督の場合はそうはいかなかった。
その理由もよく分かる。

そうなると、映画のことよりも彼自身のことを語ってもらうしかなく、
映画のことは軽く話してもらい、彼の現在と未来について語ってもらった。
その時の印象は、よく言えば神経が細やか、悪く言えば神経質な雰囲気がした。
そして何より、父親・松田優作の息子であるということが彼に多大なプレッシャーとなっていたような気がする。
彼は一生懸命語ってくれた。
言葉を選びながら。
小さな声で。
おそらく、彼は父親のことは話したくなかったのだと思う。
一応僕はその辺り気を使いながら、遠回しに聞いたような記憶がある。
その時に彼が言ったのは、将来俳優をやっているかどうは分からないと語った。
もう忘れたが、彼は何か他にやりたいことがあると言っていた。

『舟を編む』の松田龍平は、当時の彼の姿とダブって見えた。
そして、この役は彼しか出来ないとも思った。
おそらく、松田龍平は松田優作の息子という世間の目を乗り越えた。
そんな気がした。

以前、僕はジュリアン・レノンにインタビューをしたことがある。
彼は間違いなく松田龍平よりも、大きなプレッシャーと大きな心の傷を持っていた。
しかし、僕がインタビューをした時、父親ジョン・レノンについて、
そしてビートルズについて、ポール・マッカートニーについて大いに語った。
僕は恐る恐る質問をしたのだが、でもはっきりと僕が感じたことを述べた。
それが良かったのかもしれない。
それを語っている彼の表情は生き生きとしていた。
何か、すべてが吹っ切れたような。

『舟を編む』という作品の松田龍平からは、ジュリアン・レノンに話を聞いた時と似たような印象を受けた。

そして、初めて映画を見てから原作を読んでみようと思った。

コンプレックスが生み出したヒッチコック映画

2013-04-25 10:42:30 | 映画
ヒッチコックがいろいろなコンプレックスを持っていたこと、非常に嫉妬深い人だったことは有名な話だが、
映画「ヒッチコック」はそのことを見事に描き出していた。
僕は決してヒッチコックについて詳しいわけではないが、昔映画評論に関わる仕事をしていたため、
いろいろな評論家の先生から、ある程度は聞いている。

ヒッチコックにはいろいろと話がある。

ひとつがいかに美を追求したかということ。
映画の中にも出てくるが、「ヒッチコック・ブロンド」という言葉がある。
彼はブロンドの女性が好きだったのか、もしくは憎んでいたのか、それは分からない。
しかし、ヒッチコック映画の主演女優と言えばブロンドの女性だ。
映画「ヒッチコック」を見れば分かるが、
ヒッチコックの最大ヒット作と言われる「サイコ」のジャネット・リーはわざわざブロンドのカツラをつけている。
それだけを見ても、彼がいかにブロンドにこだわったのかが分かるはずだ。
おそらく、彼がもっとも愛した女優はグレース・ケリーだったのではないだろうか。
そんなことを匂わせるセリフが映画の中でも出てくる。

ふたつめは、ヒッチコックという監督の自らの醜さに対するコンプレックスがスゴかったということ。
醜さというと語弊があるかもしれないが、決して美男ではない。
彼の理想のカップルはスクリーンの上でしか表現することが出来なかった。
ゆえに、彼が美女と美男のカップルと必ずと言っていいほど登場させる。
おそらく、美男は自分を投影しようとしたに違いない。
この映画では、「サイコ」の有名なシーン、ジャネット・リーがシャワールームで襲われるシーンの撮影をするシーンがある。
そこでのアンソニー・ホプキンスが演じるヒッチコックの姿は狂気に満ちていた。
そう、まるでジャネット・リーを犯すかの如く。
そう、まるで自分の性的欲求を満たすかの如く。
そんな風に感じられた。
それは、おそらくヒッチコックの過去に何かがあったことを示しているようでもあった。

みっつめは、ヒッチコックの編集能力の素晴らしさ。
映画の中では、仮編集で酷評された「サイコ」はヒッチコックが編集し直すことによって最高傑作に生まれ変わる。
僕自身、雑誌の編集者だったので、編集という作業がいかに大切で、編集次第ですべてが変わることを知っている。
だからこそ、ヒッチコックの編集の素晴らしさをさまざまな作品から感じていた。
最近テレビで見た「裏窓」、あまり評価されなかった「マーニー」でさえ編集の力の素晴らしさが感じられる。
彼はもちろん演出もスゴいが、編集の力によって観客に危険を予期させ、
そして恐怖感を煽る。
現代のホラー映画になくてはならない技術だ。

よっつめは、ヒッチコックがヒッチコックであり続けるには、
妻であるアルマの存在がなければありえなかった。
これは映画を見ればよくわかるし、ヒッチコックに関する書物を読めばわかる。

ほかにもいろいろとあるが、ヒッチコックという監督の作品はとにかく素晴らしい。
その素晴らしさの秘密を、「ヒッチコック」という映画は教えてくれる。
この映画を見ると、必ず「サイコ」を観たくなるはず。
それほど良くできた映画だし、アンソニー・ホプキンスの演技も素晴らしかった。
とにかく、ヒッチコックはその後の映画に多大な影響を与えた。
それは、フランソワ・トリュフォーがヒッチコックに関して最高の評論を書いているので、
興味のある人はそれを読んでほしい。

「旅立ちの島唄~十五の春~」のプレミアム上映会にて

2013-04-17 11:52:50 | 映画
ほとんどの人はいずれ親から巣立っていく。
その機会はさまざまで、進学だったり、就職だったり、結婚だったり。
もちろん、そのまま実家に残り、家業を継ぐ人もいるが、家業を継ぐことが出来る人はパーセンテージとしてはそれほど多くはないと思う。

島嶼県である沖縄には49の有人島がある。
しかし、それらの島のすべてに高校があるわけではない。
おそらく、他の島の多い県でも同じような状況だと思うが、
沖縄の場合はその数の多さは比にならないだろう。

映画の舞台は南大東島。那覇から360キロ離れた島。
主な産業はサトウキビを中心とした農業と漁業だ。
ゆえに、島を離れざるを得ない人が多いのも事実なのだが、
この島ではその選択を15歳で強いられるのだ。

南大東島には、島を代表する民謡グループがいる。
ボロジノ娘というグループで、小学生から中学生の少女たちで構成されている。
新垣則夫という素晴らしい師匠にきちんと指導受けた彼女らの演奏は素晴らしく、また楽しげで見ている人たちを楽しませてくれる。
このグループもまた15歳、中学卒業時に卒業を迎え、村民を集めて卒業コンサートが開催される。
卒業生は最後に「あばよーい」という歌を独唱する。
とても難しい歌だ。

「旅立ちの島唄~十五の春~」という物語は
こんな事実をまるでそのまま脚本に起こしたのではないかと
思わせるほどのリアリティーを持った作品だ。
何と言っても、カメラと役者の距離感がとてもいい。
監督である吉田康弘はもともと井筒監督作品の脚本を書いていたそうだ。
この作品ももちろん書いている。
そのことを知らずに見ていた僕は、監督と脚本と役者の距離とバランスがとてもいいなと思っていた。
入れ込み過ぎず、引きすぎず。
言葉はないが、そこに心の中での会話が聞こえてくるようなカット。
(どんなカットかは書かないでおく)
ものすごい監督だなと思いながら見ていた。

主演の三吉彩花。彼女も素晴らしかった。
方言も違和感なく聞こえ、初めて触ったという三線の腕も素晴らしかった。
相当練習したと見える。
三線のコンクールで言えば最高賞クラスの歌を堂々と演奏していた。
この映画が初主演という彼女。これからいい女優に成長してくだろうと期待させられる演技だった。

物語をいかにしてリアルに見せるか、というのはとても難しいことだ。
非現実の世界を描く方が、おそらく作り手としては楽だと思う。
それは物語を破綻させないことに心を砕けば、それなりのものになるからだ。
しかし、日常を日常として描くこと。これは非常に難しい。
その点でも素晴らしい映画だった。


上映会では、映画の終盤、あちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。
実は、映画の最中うるさかった後ろのおじいも最後はすすり泣いていた。
この映画はそんな映画だ。


http://www.bitters.co.jp/shimauta/