一昨日、待ち合わせ時間の30分も早く着いたため、ちょっと時間潰しに書いたものだけれど、それをアップするのをすっかり忘れていた。
僕はドキュメンタリーというものには懐疑的である。
というのは、編集の仕方次第で内容が一変するからだ。
編集者(映像も含む)のさじ加減で何もかもが変わる。
そこにすべての事実があるわけではなく、何らかの立場の側から見た真実しか表現出来ない。
だから、真実に近いことを知ろうとしたら、相反する立場の主張の両方は読む(もしくは聞く、見る)必要があると思っている。
それから自分の立場を決めるというのが理想だ。
でも、なかなかそれは上手く出来ない。
基本的に本(新聞、雑誌、テレビ、映画)を選ぶ時、すでにその人はどちかの立場に立って、自分の立場の側のものを選ぶからだ。
そして、自分の考えは間違いではないということを確認するだけだ。
まあ、僕はそれは仕方ないことだと思っている。
自分がそれを出来るかと聞かれれば、とてもムリだと答えざるをえない。
やっぱり、僕も他の人たちと同じだ。
だからドキュメンタリーとは実に難しいのである。
今回、僕は友人である稲葉孝之さんの本を編集し出版した。
それはこのブログのタイトルにしている『FUKUSHIMAA nuclear village~原発村の1年半
』という本だ。
本来ならば、紙媒体で出すべき本なのだが、何せ個人で出すしかなかったため資金のかからない電子書籍というカタチを取らざるをえなかった。
電子書籍というものが普及するにはもう少しだけ時間がかかるし、まだ電子書籍のフォーマット自体もリーダー(読むための端末)によっても違うし、表示のされ方も違う。
そういう意味ではまだ難しい部分はあるのだけれど、とにかく何らかのカタチで発信をしたいと思い制作した。
何よりも稲葉さんのやってきたことを少しでも世間の人たちに知っていただきたいという思いから作った。まだ電子書籍を購入するということに慣れていない方も多いと思う。スマホを持っていないという方も多いと思う。それでも出す価値のあるものだという確信というか、必要性を感じていた。
この本を編集するに当たって、僕はドキュメンタリーという意識を追い払った。
それは僕の考えるドキュメンタリーのことで、先ほど書いた理想的なドキュメンタリーのことである。つまり、出来る限り真実に触れようとするのではなく、稲葉さんという一個人の思いに寄り添って作るということを心掛けた。
それが僕の編集指針だった。
というのも、僕は東日本大震災も原発事故も直接的には体験していない。
その時、僕はすでに沖縄に住んでいた。
だから、僕はテレビと新聞とネットのニュースでしか知らなかった。
自分が体験していないものは、どれだけニュースを見ても話を聞いてもなかなか実感が伴わない。
悪く言えば他人事だ。
それを僕がどうこう言える立場にはないと思っている。
ただ、そうは言っても稲葉さんの話をそのまま鵜呑みにして作るというのも違うと思っていた。
そこで、この本を作る当たって、僕は福島を自分の目で見ることにした。
著者の思いに寄り添いながら、でも自分の目で確認する必要があった。
だからこそ、現場で僕は東日本大震災に関してあくまでもよそ者であろうとした。
そして、無知のままでいようと思った。
2014年3月11日。僕は原発事故以来帰宅困難地域とされ、復興事業なんかもちろん、除染すらされていない(一部は除染作業が入っていたが)双葉町へ行った。
そこに広がる光景は、言葉に出来る代物ではなかった。
著者である稲葉孝之さんのいう「こんな場所があることを知ってほしい」という思いをまず僕自身が現場に立つことによってそれを感じることが出来た。
現場の様子は出来れがKindle本で読んで写真を見て感じてほしいのだけれど、ここで書くならば「生の痕跡はおろか死の匂いすらない」ということだった。
僕が双葉町に入っている様子を稲葉さんの友人がビデオを撮っていたのだが、この言葉はそこに残っていた。
僕はそれをそのまま本では表現していない。
それはあまりにも絶望的で、何かをしようとする気すら起きなくなるからだ。
事実、福島から沖縄に帰ってから1週間ほど寝込んだくらいだ。
この本は少しでも希望を持ちたいという気持ちをほんの少しだけ込めているとように見える。
でも、実はその逆で人も当然被害を受けているのだけれど、それでもなんとか逃げることが出来た。でも、逃げることも出来ずその場所にとどまらざるを得なかった生物がたくさんいるのだ。
その象徴が、最終的に殺処分された牛たち、今でも罠をしかけて捕まえようとしているイノシシたち。何より樹木、草花は空気中の放射線物質を吸い込んでいる。
稲葉さんがそれを自覚しているかは分からないけれど、実にたくさんの動植物の写真を撮っていた。
人が受けた恩恵のしっぺ返しを人だけではなく、他の動植物たちが受け、植物なんかは被害を受けただけではなく、必死に浄化しようとしているのだ。
広島が奇跡的に復興を遂げたのも、植物のおかげだという話を聞いたことがあるが、今まさに同じことが福島の浜通りで行われている。
この言葉が稲葉さんに思いに寄り添っているのかどうは分からない。
現場で感じた僕の感想だ。
http://www.amazon.co.jp/FUKUSHIMA-nuclear-village%E3%80%9C%E5%8E%9F%E7%99%BA%E6%9D%91%E3%81%AE%E4%B8%80%E5%B9%B4%E5%8D%8A-%E7%A8%B2%E8%91%89%E5%AD%9D%E4%B9%8B-ebook/dp/B00KXY7TKM/ref=sr_1_2?s=digital-text&ie=UTF8&qid=1403355003&sr=1-2&keywords=fukushima