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北海道の小さな町・黒松内から発信した田中式健康体操(T・K・T)終生二足歩行を求め 全国で実践指導中        

北海道・大阪府・奈良県の18市町村・68教室の活動風景や本部主催の田中式健康体操の活動・行事などを綴ります

[北海道・後志第3ブロック教育研究会での講習会]

2012年11月22日 | [ 講演・講習会のお知らせ ]
後志第3ブロック教育研究会・保健体育部会実技講習会に招かれ、
約1時間半実技とお話をしてきました。


[30歳40歳前半の男性教員でした さすが良く身体が動きました]



研究主題は「一人ひとりの学習意欲と豊かな能力を育てる保健体育」でしたが、
ご希望に添える講習内容だったでしょうか?きっと先生方は少し戸惑いを感じられた事でしょう。


「日常の保健体育の授業実践に生かすこと、子ども達の体力の保持向上につなげること」も課題
でした。
常日頃日本の体育教育に対して思っていることやこどもの身体をどのように考えるべきかなど、
20年前に現場を離れた私の話に現在活躍中の先生方は熱心にお話を聞いてくださいました。


1.子どもの身体の現状は①経済の成長(?)に伴う、自然破壊・集団での遊びから個人の遊びへ。
  大きく生活・環境の変化がおこり戸外で遊べなくなった。

2.身体を動かしての遊びから遠ざかることによる、体力の低下・栄養の取りすぎ(肥満児の出現)
  骨折の異常増加(紫外線不足)などがおこってきた。

3・運動における身体への認識が不活発になってきた。(身体を動かさないでの疑似体験が体験だと
  思い込む)

4.食事・睡眠・運動の不規則から来る自律神経がコントロールの乱れ。(いろんな刺激・ストレス
  に対して過敏に反応する)

5.成人にみられる「生活習慣病」の出現


などが運動不足から表れる子どもの身体の現状だと思います。

このような子どもの身体の変化を「体力低下の原因」を「体力づくり」という形で
一面的に捉えるだけでなく、社会・地域に暮らす子どもの家庭生活・生活環境などの実態把握
があって初めて体力づくりの実践がされるべきだと思います。


[健康な子どものからだづくりは先生方自身のからだづくりが基本ですよ 子どもとしっかり遊べる先生であってくださいね]


たとえば体育館や校庭での「マラソン」ですが、
子どもは基礎代謝量はおとなの2倍近くあります。
それだけエネルギーを費やすということです。
子どもはよく動きますから、そのためのエネルギー消費はおとなと比べものにならないぐらいです。


子どもはまだ未発達なので「酸素摂取量」は大人ほど大きくはないのです。
要するに、大人ほど心臓の収縮力は強くなく、激しく動くということはその収縮回数を増やそうとします。
エネルギーの補給源であるグリコーゲン(肝臓に貯えられている)の供給能力がまだ乏しいのです。
だから、血液中の糖分を総動員させ行うマラソン(縄跳び)などは、
ネルギー不足や酸素不足をひき起こします。
疲労物質である乳酸が筋肉に増加し、疲労がおこるという現象となるのです。


もし私がマラソン指導するとしたら、参加する生徒の適正心拍数(目標心拍数ともいい、最大酸素摂取量の
50~60パーセントを目安)を調べ、その心拍数でインターバル走を繰り返し、
徐々に距離を伸ばしていきます。最終的には自己の心拍数と疲労度チェックを確認しながら、
目標距離のマラソンができるようするのです。


「一生懸命に走ればいい」とか「いい汗を掻いたからいいとか」「頑張ったからよかた」は
体育教育ではないと思います。


[ヒトの進化に伴う身体の動きやヒトが誕生してから獲得していく運動とはなどお話しました]


「自己の身体を客観的に見る力養う」体育教育
「運動の技術の到達点を目標にしない」体育教育
「上手い・下手を評価しない」体育教育
「将来における家庭生活・社会生活が営まれる体力をつける」体育教育
「自己のめざす職業を選択でき、その仕事をやり遂げる生きる力をつける」体育教育
「いのちとからだを大切にし、自己と他者を守る人を育てる」体育教育
であってほしいと思い続けています。


ヒトとして出現した人類の歴史は、まだ500万年か600万年です。
地球の誕生が46億年前とし、それを365日と例えますと、
私たちヒトのの出現は12月31日大晦日の11時45分ぐらいだそうです。


日本人が稲作をはじめて住居を定着し始めたのが1万年前、朝から夜遅くまで「食う」ために
動き続けて働き続けたのです。


私たちの身体は「親からいただいた」ものなのですが、何億年・何万年の流れの中でその人類が
生き続けてきた上に、現在の身体が創られてきたと考えるべきだと思います。
体育教育は人類の誕生やその進化、そしてヒトとしての発育のあり方・人として身体のあり方
などを大切にする教育であってほしい思います。


「私たちはヒトどこからきて どこへいくのか そのヒトの身体のこれからのあり方を求める」教育、
それが体育教育に必要なのではないかと思っています。


以上が先生方に伝えたかったことでした。
最後に私の持論です。
[教科体育では子どもへの身体評価の必要性はない]