これまで何度か、というか何度も考察している『合掌』。 2022年6月13日のブログ記事合掌〜(その1)蓮華 などなど。
毎回、案外これが決定打・・・ なんて思うのだが、ところがどっこい自分勝手にドンドン深まる。これが『法門無量誓願学』かな〜。
でも、これこそ究極の『合掌』の真意・・・、何のことはない、『悟り』つまり『不二の法門』の象徴であった。
『不二』というのは『二つにあらず』であるが、そのこころは『二つであるが、一つである』・『色即是空空即是色』etc.etc....
右手と左手を合わせる=合掌。 これってとても深い意味を持っていた。・・・仏教徒の挨拶であり、当然ともいえるが。
私達一日のうち、合掌している時間は普通の人で、食事前の『いただきま〜す』の挨拶として3回だから約3秒・・・であろう。
残りの一日の時間は合掌していない。合掌のことなんて忘れてしまっている。
しかし、仏教徒はそれをわすれてはいけない・・・というのが『教え』である。自分というのは自分一人ではない、『自他不二』の世界。
『合掌』には主語がない・・・行為であることを『悟る』行であり、すでにその時『悟っている』ことを自覚する行為ともいえる。
ところで、さっき一時間前ぐらいに、写真のようにかの『メロリンQ』が東京錦糸町での参院選の街頭演説ステージに現れて、踊りだして
ビックリ…した。10秒ほどのダンスであったが、山本太郎が16歳のとき踊った踊りの再現をチラリ・・・と見せたのだ。
その『つづき』は、いつか太郎が総理大臣になった際に完全版を披露する!という公約・・・だそうだ。私はそれを観る日が待ち遠しい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます