拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

 アトリエのクラガ

2014年04月10日 | 女達よどこへ行く
  先週末、ローザンヌでも アーティストのアトリエ・オープンがあり、約60名ほどのアーティストが自己のアトリエを土曜、日曜と開放した。
  
  ボクはローザンヌの写真家達が どんな写真をとっているのか? (普段ほぼ完全に閉じこもり写真家である自分の為にこの行事がある・・・と思う)

  それで、目印の『青い風船』をめざして一人で何軒かの写真家のアトリエを訪ねた。

  ブザーを鳴らして 4階のアパートに入るも 誰も出てこない『ボンジュール!』と声をかけるがシーンとしているので 『あれ、間違えた?』と思いながらも
  鋭い、好奇な目でざっと観察するも、どこにもアーティストらしい雰囲気は全くなく、垣間見えるキッチンはどちらかと言うと『生活臭』漂う、別にどうという
  事もないなぁ・・と、思っていたあたりで奥の部屋から、若い女性が『すみませ~ん』的、笑顔で出てきた。

  3部屋?ぐらいあるその一つが 彼女のアトリエになっていて、デカイ絵が2枚白壁に、一枚はテーブルの上に置かれている。
  彼女曰く『写真の他に絵も描いているのよ』
  一撮 『しかも、皆後ろ向きですね。」
  彼女 『そう、どこか抑圧された鬱憤みたいなものを、この人達は背負っているのよ。』

  絵の横にある小さな机のうえに ノートパソコン、その横にここに来る前にチラッとのぞいた彼女のホームページに紹介されていた写真作品が置いてあった。
  一撮 『ああ、これホームページで見ました、これいいですね。大好きです。』・・・と、ボクがいった写真は、昔の寄宿舎の模型に数人の学生?が思い思いの
      時を過ごしている、その外側には寄宿舎の建物よりはるかに大きい若い女性が窓から腕を伸ばしてその一人の子供を設置しているかのようにわしづかみ     
      している』シュールな合成写真であった。
  彼女 『それは、『追憶』というタイトルのシリーズなの。スイスのイタリア語圏にあるミニュチュア博物館で撮った建物の写真を利用したものなの。
      外側の女の子も寄宿舎にいる7人の子どもたちも、実は私自身なのよ・・・。 そして、この7人がとっているポーズは皆、画家バルチュウスが描いた
      女の子を再現しているの・・・』
  一撮  『へ~っ、そうなんですか。 バルチュウスから来ているんですか!』 本当に、言われるまでそれには気づかなかったが、ボクの好きな画家のエッセンスを
      込めていると聞いて、一気にうれしくなった。
  他の作品も フランシス・ベーコンをテーマにしたもの、ドガ、エドワード・ホッパー、そしてもう一人は思い出せいない。それで今、製作中であるのがベルギーを
  代表するルネ・マグリットだそうだ。・・・どの画家も一癖ありそうな 面白そうなテーマで 出来上がったら是非見せてもらいたい旨を伝えて約30分の談義を終えた。
      道理で『絵』にこだわると思ったら 彼女は高校生に美術を教えている先生だった。

            
                               クラガのアトリエにて 4月6日2014

  

  癒やす女たち

2013年12月13日 | 女達よどこへ行く
 ・・・という、わけで現在 ケガ休暇中。 この月曜日の夜 救急病院にて ほころびた額を 初縫い。
 いかにも インターン中らしき 若い坊っちゃん風 医者による縫合で 『えっ!』と思ったが まぁ、経験の肥やしになってあげようか・・・と肚をくくる。

 翌日になって 自分の顔を鏡に見て『ギョッ!』とする。額を縫った方の上下まぶたが 眼が見えないくらい腫れ上がっていた。
 ボコボコにされたボクサー そのものの顔。火曜日も若き医者に 診てもらい 縫合した部分のバンドエイドを取り替えてもらう。

 インターン先生の治療の後 彼のチーフ医者にOKかどうか いちいち確認してもらわなければならない。チーフが日によって変わるらしく 2日間で3人の
 医者に診てもらったが、皆、最初の質問は 『倒れた際 気を失ったか?』であった。 気を失ったのであれば 脳に何らかの影響が考えられるかららしい。
 いずれにしても 最初の夜に 頭部と顔面のレントゲン写真を撮られたが。

 水曜日には 微かにまぶたが開いて 眼が見えるようになり 木曜日には60%、きょう金曜日には87%ぐらい まぶたが開いてほとんど普通に見える感じになった。

 額と眼の心配がなくなると 倒れた際に地面に打ち付けた 肩やら首やらが痛むような気がして ホームドクターに電話相談してフィジオセラピー(マッサージとか)
 保険がきく6回受療券をもらい、去年 相方が偶然見つけた 素晴らしいセラピスト ウラ先生 ドイツ人で 美人で 背が高く 凄い親切・・・と、言うこと無い
 先生のマッサージと 先生得意の『ファンゴ』で温泉気分で なんか幸福気分を味わいながら、医療について思考した。

 ここヨーロッパでは・・・というかスイスでは 西洋医学一本槍なので 医者の権威が強いと思う。 例えば薬も 日本みたいに何でも買える・・・というわけではなく
 本格的な薬は 医者の処方箋がないと 買えない。 フィジオセラピーも医者の許可が必要になる。
 だから、医者の言うことは『絶対』的なところがある。

 僕と一緒に 日本に5年住んでいた相方は 日本には 西洋医学の他にも 漢方を始め 色々な治療法があることを 体験してきたので
 彼女の両親が 担当医の意見しか耳を傾けない事を 今も嘆いている。
 確かに ヨーロッパ人の健康は『医者任せ』的な風潮は 医者を儲けさせるだけで 本来人間が持ち合わせている自然治癒力を活かそうとする活動は
 ほんの一部の人々によって実行されているのみ。 その点ここ西洋には やはり東洋的活動(太極拳、ヨガなど)の輸入が大いに必要なのだと痛感する、と同時に
 日本で東洋医学を 力強く指導している 我が観風先生やらの活動の重要さに あらためて思い至る。

          
           どこの国でも好奇心は、女性のほうが強いのか?こういった一風変わった療法も女達は果敢に、そして楽しく挑戦している図

 

独身最後の記念日(乙女編)

2013年11月06日 | 女達よどこへ行く
  5年に一度 見るか見ないか・・・という かなり低い確率で見かけることがある、”Enterrment de Jeune Fille/Garçon”といって 
  早い話が『独身さよなら・馬鹿騒ぎ日』という儀式?に これまで数回出逢ったことがある。

  ローザンヌの街を歩いていると 突然、周囲とはまったく違うオーラをまき散らす5,6人のグループに出逢い、その中で一人だけが ケッタイな
  格好=仮装をしているのをみかけたら、まずこの儀式の男、或いは女達である。

  ボクは最初 そういうグループに出会った時『いったい、何なんだ?』・・・と好奇心丸出しで観察したものだ。
  相方に聞くと 『独身最後の日』に自分一人だけ目立った格好をして 仲間と一緒に街を練り歩く・・・という慣習、儀式?だそうだ。
  しかし、これはやる人もいれば やらない人もいて 義務でやるような儀式ではないという。

  若者たちが自分たちで 勝手に街なかで行うものであるし、彼等は一瞬にして立ち去ってしまうので 
  偶然にしても なかなか出会う事が難しい儀式であると言える。 

  確かに 独身だった若者にとって その最後の日は 何か大騒ぎして その勢いでもって結婚生活へ突入しなければ・・・みたいな気分に
  なることは よくわかる・・・ような気がする? 
  とにかく、どちらかというとお堅い風俗習慣のプロテスタントの街で こんなおおらかな習慣があって 街の人々も温かい眼差しで
  見守る この『独身期の葬式』という儀式は ボクも大好きだ。
 
                   
                     これは今年9月に見かけたもの。真ん中右側に白っぽいビニールコートをきている乙女が・・・。

必撮無眼流 ~ 犬も歩けば美脚に当たる(たぶんその2)

2013年06月06日 | 女達よどこへ行く
  自分のブログ写真をざっと・・・見なくても、 圧倒的に女性の写真が多いことに気付く。(反省)
 
  しかし、今度もまた女性・・・というか 犬・・・というか 美脚・・・というか。

  しかし 断っておくが ボクは「美脚フェチ」ではない。(*フェティシズム=特定のものに異常な愛着を示すこと)

  昔、一緒に働いていた同僚は完全に「美脚フェチ」でトラック運転中も 万一、美脚をみようものなら眼がそちらに吸い込まれる・・という状態に
  なるのを見て以来 「フェチ」という言葉の意味を知ったぐらいだ。

  基本的にボクは 撮人家(サツジン・カ)であるので、(*自分のことを写真家とはちょっと言いにくい~ニュアンスがどうも違うのだ。)

  街を歩いていても、ピン!とくる瞬間があり、、撮りたい!!と思う事が しょっちゅうあるけど まぁ、そうもいかない場合が多いのも事実。

  ジュネーブの街中 狭い歩道を歩いていると 眼を疑うようなシーンがあって カメラ!と 思ったが i-Phone しかなく、しかも黙ってカメラを
  向けられるシーンでは なかったので あきらめて5メートルほど進んだが 「まぁ、ダメもとで 頼んでみよう・・・」という気持ちで
  もどって 映画「氷の微笑」のシャローン・ストーンを思わせる女性に 「写真を撮っていいですか?」と頼むと 「Oui!」という返事。
    (まぁ、それでもボクが最初に見たシーンでは すでになくなっていたが・・・(残念))
  
  どうも ボクが「ワンちゃん」の写真を撮りたいと思ったのか?(或いは 何もかもわかっていてそうしたのか?) この女性 犬を持ち上げて
  車窓から外に持ち挙げて どうぞ撮ってちょうだい・・・。

      

 “ 背水の(撮)人”

2013年01月09日 | 女達よどこへ行く
  今日は 休暇で 朝の8時に フィジオセラピーに行き 美しいうえに 優しい ウラ先生に 先日の五十股を診てもらう。
  もう痛くはないけれど ホームドクターのバスキエ先生から9回分のフィジオセラピー権(券)を頂いたので恩恵に浴した。

  昼食を ヒマワリ食堂にて 相方とその友人と三人で食べる。 友人ロリアンは あと2週間で退職するという話がでた。
  市内の図書館勤務、勤続何十年・・・・のあかつき にやっと迎える “悠々自適”の生活をひかえ それほどうれしそうな
  表情ではないので わけを聞くと 「なんか複雑な気分ょ・・・」だそうだ。
 
  確かに・・・ これまでずーっと 続けてきた習慣(仕事)が ある日を境に プッツリ!・・・・。 わかるよナ~

  それを聞いて ふと我が身を振り返ったボクは いつまでも気だけ若いつもりでいても案外 限界が目前に!・・・
  などと考え ここらで真剣に 渾身の作品作りを!!!などと急に 焦りが出てきて 今日のタイトルが生まれた。

  その辺りを突っ込んで 記述しようと思っていたのだが、ニコルが先日 感動に眼をうるませて帰ってきた映画を 
  ボクにも是非、「見ろ!」ということで 二人で見に行って・・・・ 「凄い!」と思った。

  映画のタイトルは 「The Artist is Present」                                             http://www.dailymotion.com/video/xvqzf1_marina-abramovic-the-artist-is-present-bande-annonce-du-film_shortfilms#.UO3PDo5qnVU 

  Aarina Abramovic(パフォーマンス・アーチスト)のMomaで行ったエクスポジションを中心にした記録映画。
 3ヶ月間 週6日 毎日7時間 断食状態で 椅子に座り 美術館に来た観客一人一人と 15分間 対座するという 
  パフォーマンスをやってのけた。 
  それにしても ボクが不思議だったのは、日に日に このパフォーマンスで彼女の前に対座したいという観客が
  列をなして増える一方であった事実だ。 仮に15分でも 全く何もせずに対座した相手の眼を見つめる・・・という行為
  の時を持つことは 多くの人々にとって 特別な意味を持ったのだと思う。
  彼女自身が言っている 対座した観客は 彼女を見ているつもりが いつの間にか自分自身に対座していることに無意識に
  気付き(あるいは気付かずに)涙を流してしまっていた。
  この映画の時 彼女は63歳(現在は昨日 ブログに書いたデヴィド・ボーイと同66歳)というが そうは見えない
  バイタリティ!!  
  この彼女こそ 「女達よどこへ行く」であり 若い時から一作一作を まさに「背水の陣」で取り組んで来た人ではないか!
  
  ボクなんか ほんと ” ヒヨッコ ” だよナ・・・っていう話だよ。
               
                   観客席が18人ほどの映画館 Zinema の前にて 2度目も感動したニコル
                 



 感謝の心撮

2013年01月07日 | 女達よどこへ行く
  あれは反抗期であったのだろうか? 客が家に来ても 挨拶をしないボクに 母は頭を押さえつけて 挨拶させようとした。
  挨拶はそんな風な ものではないだろう・・・と 子供心に思って テコでも挨拶しなかった ツケが未だについて回っている。

  いい歳をして ちゃんと挨拶が出来ない 人間になってしまった・・・のだ。 自分でも困っているが 仕方がない。

  感謝の気持は 面と向かって発する言葉だけが 方法ではないだろう。
  ボクが 女性の写真を沢山 撮るのは 多分 女性への感謝の気持ちの 現れではないのか?(単なる女好きという声が聞こえるが)

  ・・・などなど 屁理屈は これまでにしても 兎に角 女性の存在には 深く感謝していることは 事実のようだ。

  その気持を もっとしっかり意識して これからは 女性写真を撮って 行こうかなどと 今、考えて
  必撮新シリーズとして 「女達よどこへ行く」を立ち上げることにした。

  日本にいた時 何故か日本人女性をあまり 撮っていない。 今考えると残念だが、いつか集中して撮ってみたいと思う。
  今の日本から来る様々な情報から 日本人女性が頑張っている事が わかる。反原発問題にしても 女性の活躍がこころ強い。