拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

  『魔トリックス(色メガネ)』にみる仮装現実

2024年07月07日 | 東洋自分なり研究所

  これほどひつこく映画『マトリックス』を、いつまでも引っぱっている奴(馬骨)は、この世にいるだろうか?(ある意味、公案だからな…)

  

  マトリックスは、主人公ネオが『?』・・・と、現実を疑ったところまでは大変良かったが・・・

  その後のストーリーは『魔トリックス』で、禅的に言えば『魔境』で、仮想現実でもなんでもなく、むしろ『仮装現実』で大笑ものだった。

  そして劇中、マトリックスから目覚めた連中が全員『色メガネ』をしていた事は、ある意味『シニック(皮肉)』・・・として笑うべきストーリーであったか。

 

  あの有名な『色即是空空即是色』を説明する時、『色』を『色メガネ』・・・と仮定すると案外わかりやすい気がする。(結局!)

  『十人十色』とも言うが、人間は一人ひとり全員がそれぞれの『色合い』メガネを持ち合わせていることは、間違いない。

  『木を見て森を見ず』・・・というが、じつは『森』を見たとき、初めて一本一本の『木』が理解できるわけで、同じように

  生まれて、成長するにつけ『色メガネ』の『色』が強化され、メガネ無しのスッピン裸眼に開眼しなければ、自分がそれまで『色メガネ』を

  していた事に気が付かない・・・のであるから、『空』が解って初めて『色』が解るというわけだ。

 

  そういう意味では、『色メガネ』の世界はじつに『仮装』現実で、悲喜こもごも、面白いと言えば面白いが、仏はそれを称して『一切皆苦』としたか。

  で、科学技術の大いなる進歩によって、『色メガネ』をかけたままの人間は今またさらなる『仮想現実』を創り上げて『苦』を盛り上げんとしている。

 

        

         『仮装』現実・・・に、自笑を禁じえない馬骨(しかし全力で仮装はするが…)72歳図