三木正夫 好きです須坂! がんばろう!

信州須坂から徒然なるままに様々なことを書き記してまいります。

教育 「教えるとは希望を共に語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと」

2016年05月08日 | Weblog

信濃毎日新聞2014(平成26)年4月23日 朝刊17ページから

コンパス=映画「世界の果ての通学路」 学びが夢への扉開く(秋山仁)

 昨秋、フランスで社会現象と言われるほどの大ヒットになったドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」が、今月から日本でも公開されています。ケニアの大草原やアルゼンチンのアンデス山脈などからのリポートで、想像を絶する困難を伴う通学路を子どもが通っていました。

 しかし、壮大な大自然の中の通学風景はどれも圧巻でした。インフラも公衆衛生も安全規制もままならない、経済的には貧しい彼らの生活。けれど子どもたちも、彼らを取り巻く大人たちの表情も温かくて生き生きとしています。

 危険な通学の前に「無事でありますように」と毎朝祈りをささげて送り出す父や母。教育を受ける機会を与えてくれた人々や世の中に感謝し、自分の人生を大きく切り開いていきなさい―と応援してくれる祖父母や父母。足に障害がある子が必ずいつか歩けるようになると信じて、毎日念入りなマッサージや砂漠での歩行訓練を欠かさない母。大変な苦労をして通学する子どもたちの思いに応えるべく頑張っている学校の先生。大人たちの大きな愛に包まれて、子どもたちは兄弟姉妹、友人同士信頼し、助け合い、励まし合いながら、大切な仲間として生きています。

 映画の最後は、登場する子ども4人それぞれが「なぜ、こんな大変な苦労をしてまで学校に通うのか?」という問いに答えるインタビューで締めくくられました。彼らはみな自分の将来の夢を語っていました。学校に通って学ぶことがその夢の扉を開くための大切な機会なのです。夢をかなえることで自立し、家族や貧しい人々の役に立ちたい―と目を輝かせて語る様子は、誇りと希望に満ち、気高く愛らしかったです。

 (中略)人々は小手先の制度変更に大騒ぎしていたが、この映画を見てあらためて学校とは何なのか、その本質に目を見開かされただろう」と評しています。

 「教えるとは希望を共に語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと」とフランスの詩人ルイ・アラゴンは語りましたが、日本でも一人でも多くの大人がこの映画を見て、学校とは何なのか、あらためて考える必要があると思いました。

   (あきやま・じん 数学者

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