鉄人 須藤 將のホームページ

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4WDその3

2009-07-23 03:23:44 | 車・バイク
2. 日本の4WDの起源 ミリタリー4WD

戦前に日本陸軍の発注で作られたくろがね四起はあったが、本格的な生産は、三菱ジープとトヨタジープBJからである。

●三菱ジープ
1950年 (昭和25年) 6月25日に朝鮮戦争が勃発した。朝鮮戦争の始まりによって、アメリカは日本を連合軍の兵站基地とする必要に迫られた。そうした中、新三菱重工業(現三菱自動車:以下三菱)はウイリス社と提携することになった。1952年三菱とウイリス社との間に組立下請契約が成立し、それによってCJ3AとCJ3Bの設計図が送られてきた。そして三菱によるCJ3Aのノックダウン生産が始まった。
翌年の1953年、CJ3Bを国産化しようという動きが活発になった。そして同年7月にウイリス社との間で完全国産化の技術援助契約を結び、ジープの国産化が具体化していった。このCJ3Bをベースにした国産初のジープは、J3と呼ばれることになった。エンジンは,アメリカ生まれのFヘッド式ハリケーンエンジンの国産化で対応し、1955年に生産が開始された。1957年6月に政府(特別調達庁)から大量受注して、本格的な量産が始まった。
こうして国産化の完了したジープは、1950年代後半にはさまざまな車体形状が揃い、日本の風土に合ったジープが開発された。1955年には6人乗りのJ10、その発展型である5人乗り2ドアのJ11が発売された。1958年には国産初の小型高速ディ-ゼルエンジンを搭載したJC3やJC10が生まれている。ここまでの国産ジープは、左ハンドルを踏襲してきたが、1960年からは、右ハンドル車に改修され、生産されたがやがて生産中止になり、シビリアン4WDのパジェロに受け継がれた。

●トヨタジープBJ
1951年(昭和26年)トヨタをはじめ数社が、現在の自衛隊である警察予備隊から依頼を受け、四輪駆動車の開発を行った。この時、「トヨタジープBJ」が誕生した。「BJ」の由来は、水冷直列6気筒3386ccのB型ガソリンエンジンを搭載し、SB型トラックのシャシーを改良したJ型シャシーを採用したことによる。またボディは全て幌ドア・キャンバストップ仕様。乗用車では決して走ることの出来ない悪路の走破性、そして耐久性が鍛えぬかれた。BJ型トヨタジープは、日本初の本格的4WDビークルとして登場した。1955年に、シビリアン4WDのランドクルーザーにバトンタッチした。

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