今年にわかに気になりはじめた「センノウゲ」が満開と聞いて、9月1日、県北の大聖寺に出かけました。(天平10年開山、山岳仏教の聖地、真言密教の根本道場として信仰を集めていた。秀吉の時代以後の戦火で消失したものを、津山城主が1606年再建)
本坊山門正面からの写真。中央の幕の下にかすかに赤く見えるのが、本坊の庭に満開のセンノウゲ。
本坊正面の庭園で、燃えるような色で咲き誇っていたセンノウゲ。建物の北側軒下に地植えされていました。今年は例年ほど手入れが行き届かなかったとのこと。たくさんの花が上がって、花の径は4センチ、高さは1メートル足らず。奥の右上にも花壇があって、赤く色づいていました。その様子は、野にある草花とは全く違った風情でしたが、園芸植物としての性質なのか、特別に手入れをして育てているせいか、よくわかりませんでした。この花の由来と育て方についてはこちら。三倍体のために種ができないそうです。
縁側のガラスに貼ってあった説明のコピーは、『季刊 禅文化 186号』(禅文化研究所、2002年)芳澤 勝弘氏の論文「仙翁花~室町文化の余光~」第11回の部分でした。この論文によると、室町時代には七夕に花合わせという儀式が盛んで、その中心の花としてセンノウゲがたいへんもてはやされたことがわかります。大聖寺にもはるばる都からこの花が贈られたらしい記載もあります。嵯峨御所から株分けされたのは1848年。
生け花の古書「仙伝抄」に七月の花として特別にこの花が出てきたのも、同じ時代背景あってのことだと思いました。目立つ色で、大振りの花、真夏の暑さに強く花期が長いのも流行した理由だろうと想像しました。ただ、流行が去った後、すっかり表舞台から消え去っていたらしいことは不思議です。
(モンキアゲハ)
外のアジサイ園が有名ですが、わたしは庭の中のこのアジサイ(?)がとても気になりました。
アジサイ園の入り口、宮本武蔵像の後ろの大きなノリウツギ。ここならきれいなドライの姿になりそうですね。
作東インター付近の名所、トラちゃん田んぼ2010年版
センノウと名のつく花は、昔から有名だったセンノウゲ(センノウ)に似ているところからつけられたはずなので、名づけた人たちはセンノウを知っていたということ?いつから幻の花になったのかなあ・・・と考えたりしています。
ホームセンターで買ったピンクのフシグロセンノウ。(この時期我が家ではナデシコ類がクロウリハムシの攻撃に会います、涙)
「行ける距離にあってラッキーだったね」とYUKIさんと喜び合ったセンノウゲ探訪でした。
センノウゲってこの前の日記で始めて知りました。
鮮やかな色ですが花びらの切れ込みが繊細で魅力的です。見せてくださって有難う。
この仲間としてはかなり大きな花なので、
そういう性質なのかどうか
興味深いです。