なぁに?
野鳥の羽音は
わたしにとって、ちょっと特別な音だ。
姿や仕草など、
鳥にはたくさんの魅力があるけれど
「音」だと、鳴き声のほかに
彼らの羽ばたきも、ものすごく心を動かす。
ばさばさっ!とか
ふぁさ…とか、翼が立てるいろいろな音。
低空を飛ぶ鴨。
鷺がいっせいに飛び立つときなども
すごくすてきな瞬間だし
思いがけないときに
すぐそばで
1羽の野鳥の小さな羽ばたきがしたりすると
なんとも言えない気持ちになる。
悦びや驚き、
切ないような、ときめくような
あったかいような…
羽音。
鳥の羽ばたきの音。
しあわせをふりまくような音。
ツリーハウスで本を読んでいたら
ぱさぱさっ…!と軽い羽音がして、
顔を上げると
1羽のメジロだった。
あっ…と、
息をつめて見つめていると
メジロもわたしを見て、
目が合った。
それから
「なに読んでるの?」とでも言いたげに
わたしの膝のうえを覗く。
かわいい。
スマホを構えても気にしない様子でした。
枝に吊るしてある
角砂糖を啄ばみにきたのかな?
と思ったけど違ったみたい。
しばらくきょろきょろして
まわりを観察していたけれど、お砂糖には目もくれず…
やがてまた
小さな羽音をひとつ残して
飛んでいった。
残されたわたしは
一瞬の夢から覚めたような
魔法がとけてしまったような心地で
ちょっとぼんやりしてしまった。
そして、
読んでいたのは
"福岡ハカセ" こと、福岡伸一博士の
『ルリボシカミキリの青』
かつて昆虫少年だった生物学者のエッセイ集。
難解な現代生命科学は
普通なら即、「あ、これダメ」と読むのをやめるのに、
ハカセの文章だと拒絶反応が出ず、
不思議と心に入ってくる。
そう。
たとえゲノムとかGP2とか科学の話をされても、
頭じゃなくて心に入ってくる。
福岡ハカセは「生物学者」なのに
文章がすごく美しい。
語彙が豊かで
表現が抒情的で
風景や生き物の描写が繊細かつ文学的。
理系の人の文章だなんて嘘でしょう、と思う。
ちなみにルリボシカミキリは
青が美しい日本固有のカミキリムシ。
*ネット上からお借りした画像です*
福岡ハカセは
美しいこの虫を、こんなふうに表現する。
『その青色は、どんな絵の具をもってしても描けないくらいあざやかで深く青い。こんな青は、フェルメールだって出すことができない。その青の上に散る斑点は真っ黒。高名な書家が、筆につややかな漆を含ませて一気に打ったような二列三段の見事な丸い点。大きく張り出した優美な触角にまで青色と黒色の互い違いの模様が並ぶ。私は息を殺してずっとその青を見つづけた。』
『ルリボシカミキリの青。その青に震えた感触が、私自身のセンス・オブ・ワンダーだった。そして、その青に息をのんだ瞬間が、まぎれもなく私の原点である。私は虫を集めて何がしたかったのだろう。それは今になるとよくわかる。フェルメールでさえ作り得ない青の由来を、つまりこの世界のありようをただ記述したかったのだ』
わたしにとってルリボシカミキリは何だったろう?
と、
読み終わったときに思った。
福岡ハカセのルリボシカミキリのような
わたしの情熱の対象。
わたしを突き動かしたもの。
それはなに?
『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』は
ノスタルジックで
センチメンタルな気持ちになる一冊だった。
生物学者の本だというのに。
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