「ハチに2回さされたら死ぬ」は本当か? 医師も警戒「毒のカクテル」の恐るべき影響とは
日本で最も危険な野生生物はハチだ。毎年15人前後がハチに刺されて亡くなっている。これから秋にかけてハチの活動が活発化する。キャンプやハイキングで訪れる山林だけでなく、庭や公園、街路樹など身近な場所にも危険は潜んでいる。 【写真】さまざまなハチとハチ刺された24時間後 * * * 「ハチに2回刺されたら死ぬ」という話を聞いたことがある。そう警戒している人も多いのではなかろうか。 「必ずしも死ぬわけではありません。けれども、2回以上、ハチに刺されると危ないのは確かです」 そう話すのは、日本衛生動物学会前会長で兵庫医科大学の皮膚科学教授、夏秋優医師だ。 「2回目に刺されたとき、全身のかゆみや息苦しさを少しでも感じたら、『様子を見よう』では絶対にダメ。ハチに刺されたことを周囲の人に伝えるか、場合によっては、救急車を呼んでください。刺されてから5分ほどで気分が悪くなり、一気に意識を失い、亡くなった人も少なくありません」
■本当の原因を語る前に死ぬ ハチに刺されたときの痛みや腫れなどの症状の重さは、ハチの大きさによってほぼ決まってくる。大きなハチほど毒液の量が多いのだ。 最も恐ろしいとされるのは体長30~40ミリのオオスズメバチだ。クロスズメバチは約12ミリとかなり小さい。ひと口にスズメバチといっても、毒液の量には大きな差がある。これらのスズメバチは都市部より山中や里山に生息することが多く、土の中に巣を作る。 市街地で最もよく目にするセグロアシナガバチは20~25ミリ。人家の近くにも生息するキイロスズメバチやコガタスズメバチよりひとまわり小さいが、生息数が多く、庭木や人家の軒下などに巣を作る。そのため、スズメバチよりもアシナガバチのほうが遭遇する確率が高い。 ただ、一般の人がハチの種類を特定するのは難しいうえ、ハチに刺されて亡くなる場合、多くは十数分から1時間で死にいたるため、その間に情報を聞き出すことは困難だ。 「どのハチに刺されて亡くなったのか、正確なところはわからないことがあるのです」 死亡例の多くは、最も凶悪とされるスズメバチではなく、アシナガバチに刺されたことが原因だと推定されている。
■ハチ毒は「毒のカクテル」 どんなハチに刺された場合も、それが初めてで数カ所程度であるならば、「心配はいらない」という。 「痛みや多少の腫れはありますが、保冷剤などで冷やせば、通常、症状は数時間以内に治まります」 ところが、2回以上ハチに刺された場合は症状の出方や対処法がまったく異なる。痛みや腫れなどの局所的な症状のほか、5~15分で全身のかゆみやじんましん、吐き気、嘔吐、腹痛、せき、呼吸困難などの症状が出ることがある。ハチ毒による即時型のアレルギー反応で、「アナフィラキシー症状」と呼ばれる。 アナフィラキシー症状は皮膚症状、消化器症状、呼吸器症状の順で深刻度が増す。最も重篤なグレード4の場合は循環器症状が表れ、血圧が急激に下がり、急に意識がなくなって死亡することもある。これが「アナフィラキシーショック」で、ハチによる死者の大半を占める。 「ハチ毒にはさまざまな成分が含まれており、相手を攻撃するための巧妙な仕組みは『毒のカクテル』と呼ばれています」 痛みやかゆみを起こす活性アミン類(ヒスタミン、セロトニンなど)、発痛ペプチド(キニン類など)のほか、酵素類(ホスホリパーゼ、ヒアルロニダーゼなど)が含まれる。 この酵素類が「抗原(アレルゲン)」と呼ばれる物質で、体内に注入されると、「ハチ毒特異的IgE抗体」がつくられる。そして再びハチに刺されると、毒液の酵素とIgE抗体が結合して即時型アレルギー反応を起こすのだ。
■食物アレルギーと同じ薬で対応 ただ、IgE抗体ができるかどうかは、個々の体質によって大きく異なる。 「1回刺されただけではIgE抗体をあまりつくらない人がいます。3回刺されても大丈夫だったけれど、4回目にアナフィラキシー症状が出る人もいる」 IgE抗体のでき方は刺されたハチの種類によっても異なる。オオスズメバチのような大型のハチと小さなクロスズメバチでは、毒液に含まれる酵素の量がまったく違うからだ。 ハチに刺されてからIgE抗体ができるまでに通常2、3週間以上かかる。 「体内にアレルゲンが入ってからそれに対する抵抗性が獲得されるまである程度時間がかかります。なので、ハチに刺されて心配な人は、1カ月以上たってから血液検査をしてハチ毒に対するIgE抗体をチェックすべきです」
抗体検査でクラス2以上の値が出れば次にハチに刺されたとき、アナフィラキシー症状が出る可能性がある。だが、クラス0でもアナフィラキシーショックを起こした例はある。 アナフィラキシー症状が重篤な場合、最悪、ハチに刺されてから15分ほどで死に至ることもあるという。救急車も間に合わないとしたら、どうすればいいのか。 「アナフィラキシーショックを起こす恐れがあるなら、救命措置として血圧を上げるアドレナリンの自己注射薬『エピペン』を所持しておくことです」 エピペンは、食物アレルギーがある人たちも携行している。 「患者さんのなかには養蜂家の方がいます。ミツバチに刺されることが多く、それで死にそうになった人がいます。そのため、必ずエピペンを持つように指導しています」
■大人になっても影響が残る 初めて刺された場合でも、一度に多数のハチに刺されれば、アナフィラキシーショックと同様の症状を起こすことがある。アナフィラキシーショックは、ハチ毒成分とIgE抗体が結合することにより活性化した肥満細胞から大量のヒスタミンが分泌されて引き起こされるが、元々ハチ毒にはヒスタミンが含まれている。 「1匹のハチ毒に含まれるヒスタミンは少量です。けれども、スズメバチの巣を刺激するなどして、多数のハチから一度に攻撃された場合など、大量のヒスタミンが注入され、即時型アレルギーと同様の『アナフィラキシー様症状』が出て、亡くなることがあります」 記者は小学生時代に2回、アシナガバチに刺されたことがある。今後、ハチに刺されてしまうと、危ないのか。 「刺されてから10年以上たつと、IgE抗体価はかなり下がるので、リスクはかなり低いでしょう。ただし、個人差が大きいので一概に『大丈夫』とは言えません。心配でしたら検査を受けてください」 また、ハチに2回以上刺されると、アナフィラキシー症状が出なくても、翌日以降、再び腫れが出る可能性がある。 「これは遅延型反応です。命にかかわることはありませんが、ハチ毒の遅延型反応が出現する体質は人によっては長期間残ります」 「毒のカクテル」と呼ばれるハチ毒。症状は複雑で、刺されればさまざまなリスクがある。正しく知って備えたい。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)