憂國忌と大腸内視鏡檢査

けふは３６年前に三島が市ヶ谷で切腹した日。
あの事件は當時１０歳だつた私にかなりのショックを與へた。
それ以來、小學生のくせに私は切腹の作法を研究したものだ。

その後、浪人中に、小學校時代の初戀の相手と月に一度お茶の水で逢ふやうになり、その彼女から三島を教へて貰ひ、ひたすら讀むやうになつた。
そして、大學に入學。
紆餘曲折があつたものの、卒論は三島を選擇。
三島は私の中で特別な地位を占めるやうになつた。

けふ、私は大腸の内視鏡檢査を受けた。
昨晩は、不安でなかなか寢つけなかつた。
私の切れ痔持ちの肛門は、果たしてカメラを受け容れることが出來るのだらうか・・・

９時に病院に行き、檢査が終はつて病院を後にしたのは午後４時過ぎ。
なんと７時間以上もかかつてしまつた。
９時半頃から２時間かけて２リットルもの下劑を飮み、トイレに通ふこと１１囘。
その度に看護婦さんを呼んで、ウンコの状態を確認して貰ふ。
１リットル飮んでも、出ない。
無理矢理、氣張つて排便し、その後は１０分おきにトイレに驅けこんだ。
最後のはうは、文字通り水樣便。
といふより、尻から水を出してゐると云つたはうが正確だらう。

１１時半頃に便を出しきつた。
水分補給のために生理食鹽水の點滴を受けつつ、順番を待つ。
お蔭で、手塚治蟲「アドルフに告ぐ」全５卷を讀了した。

檢査の順番が廻つてきたのは午後３時。
診察台の上で横向きに寢かされ、痛み止めの麻醉を點滴される。
目の前には、ディスプレイがあつて、自分の大腸内部が見られるやうになつてゐる。

「さ、始めますよ。氣を樂にしてお尻の力を拔いて！」
とは先生の言葉。
さうは云つても、なかなか力は拔けないものだ。
しかし、麻醉のお蔭か、肛門からカメラを插入される時にも痛みは感じなかつた。
カメラは私の大腸内部を突き進む。
見たこともない映像が目の前のディスプレイに映しだされる。
先生の解説を聽いてゐるうちに、どうやら意識を失つたやうだ。
氣が附いたら檢査は終はり、ベッドに横たはつてゐた。

看護婦さんが、「氣分はいかがですか」と尋ねる。
何と應へてよいものやら・・・
お腹がぐるぐると音を立ててゐる。
撮影のために、空氣を大腸に送りこんだらしい。
おならが出さうになるのだが、水が肛門から出てしまふ感覺があつて、素直に放屁する氣になれない。
トイレでおなら。
やはり水が出る。
麻醉の所爲で、少し頭が朦朧としてゐて、氣持ちがよい。

４時頃になつて、ベッドから起き上がり、待合室へ。
先生から檢査結果を聞かされる。
ポリープもなく、癌も見當らず、大腸の状態は正常だと云つてよいとのこと。
やれやれ、よかつた。
やはり１０月初旬から１ヶ月、斷續的に續いた下痢は、ストレスからくるものだつたのだらう。
２週間程前から、下痢の症状は治つてゐたので、おそらく精神的な原因によるものだとは思つてゐたのだが、これでひと安心だ。

お祝ひといふわけでもないのだが、夕食は割烹で。
美味しい料理と美味しいお酒。
お酒はなんと１０月１日以來だ。
２ヶ月近く、まつたくアルコールを飮んでゐない。
これは私にとつては、２０歳以降で初めてのことだ。

「月」コース、５３００円也を頼んだのだが、サービスで蟹味噌とフグの肝を出してくれた。
フグの肝なんて、生まれて初めての經驗だ。
白子より少し齒ごたへがあつて、しかも濃厚な味はひの逸品だつた。
もちろん、普通はテトロドトキシンといふ化合物（強い毒ですが）のお蔭で食べられるものではない。
フグの調理師免許があるのは、このテトロドトキシンを取り除くスキルに對して與へらるのである。

こんな美味しいものが食べられたといふだけでも、けふは倖せだ。
明日の朝、無事に目を覺ますことができるかどうかは謎・・・

憂國忌に初體驗。
三島は腹を切つたが、私は肛門からカメラを入れた。
程度の差こそあれ、初體驗といふことでは一緒だらう。
（何か違ふやうな氣もする・・・）



携帶で撮影したフグの肝。
養殖モノのフグの肝はうまく調理すれば食べられるのだとか。
白飛びしてしまつて、よくわからない寫眞だが、じつに美味かつた！