仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

Nさんが亡くなった

2012-04-01 21:40:43 | 日々雜感
夕方5時過ぎに母から電話があった。
Nさんが亡くなったという。
三島由紀夫か北杜夫か、どちらかと同い年だった筈なので、大正14年か昭和2年生まれ。
前者なら誕生日が来ていれば87歳、後者なら85歳。
いずれにせよ、天寿を全うしたといえるだろう。

Nさんというのは、母の再婚相手。
といっても、入籍はしていないので、内縁の夫?
千葉・九十九里浜の近くに家を建て、一緒に暮らすようになったのは、私が社会人になって少ししてからだったと思う。
それでも20数年になる。

私も帰省するたびにNさんと会っていた。
Nさんは、私の父の友人でもあり、もとは船員。
海員組合のエライさんだったらしい。
絵を描くのが趣味で、いちおう号あたりいくらだか、評価もされていた。
私の家にも、Nさんから頂いた絵が飾られている。

彼は海員組合のエライさんだっただけあって、かなり左寄りの考え方の持ち主。
もっとも、彼が若かった頃はそれがインテリの証のような時代だった。
私は保守中道的な考え方の持ち主なので、帰省した時に政治的な話になると意見が対立することがしばしばあった。
それでも、彼の穏やかな人柄は嫌いではなかった。

そんな彼も、数年前から足腰が弱り、自分一人ではまともに生活が出来なくなった。
それにともない、私の母は彼の介護に追われるようになった。
私の母も現在77歳。
まさに「老老介護」そのものだった。
その実態は想像するしかないが、おそらくかなりの負担だったと思う。

Nさんが亡くなって、母の気持ちはどうなのだろう。
20数年にわたり連れ添ってきた相手だけに、もちろん悲しみはあるだろう。
しかし、それとともに、やっと介護から解放されたという思いもあるに違いない。
私としては、母の負担を思うと、Nさんには申し訳ないが、ほっとした思いがする。

これで母は九十九里で一人暮らしとなってしまう。
今後のことを、母の希望を含めて、しっかりと考えようと思う。
ただ、私自身の一身上の事情もあり、いろいろと考慮に入れなければならない事柄も多い。
どうすればベストなのか、いまの状況では答がでない・・・





コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【2012公式戦】 ● 阪神 2-... | トップ | 2012.03.25 ~ 2012.03.31 の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿