岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

9 でっぱり

2019年07月14日 11時51分00秒 | でっぱり/膝蹴り

 

 

8 でっぱり - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

123456789俺の精液が、むつきの顔を伝ってゆっくり流れ落ちた。今日二度目のセックスを済ませたばかりだ。「もー、顔に出さないでよー。目に入ったりすると痛いんだからね」...

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 新宿プリンスホテルの自分の部屋に戻り、熱いシャワーを全身に浴びる。
 今日は延長するつもりでいたから、中途半端な感じだ。しかし今の俺には金がある。この不完全燃焼さは、明日にでもむつきのところへ行き、また抱けば済む。
 シャワーから出て体を拭くと、髪の毛をドライヤーで手早く乾かした。
 部屋に戻ると、ベッドに放り投げてあった携帯が視界に入る。そうだ、勝男から連絡があったかもしれない。しかし、携帯を見ても着信履歴はなかった。
 あいつ、昼なのに何してんだ? この時間だし、こっちから電話してもまだ起きているだろう。
 また電話を掛けてみる。今度は、ワンコールで勝男は電話に出た。
「も、もしもし…。ご、ごめんね、靖史。店で話してて、遅くなっちゃったよ。ちゃ、着信あったのを今、み、見たから連絡しようと思ってたんだ」
「そうだったんだ。まだご飯食べてないだろ? これから一緒に喰うか?」
「そ、そうだね、あっ! そ、そうそう。や、靖史さー、あ、赤崎君って知ってる?」
 勝男の口から赤崎の名前がいきなり出て面食らってしまう。
 赤崎と今、勝男は確かにハッキリ言った……。
 あの赤崎の事を言っているのだろうか?
 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
 落ち着け…、落ち着くんだ……。
「あ…、あ、赤崎?」
「う、うん。や、靖史の店で前に、い、一緒に働いてたんでしょ?」
 頭が混乱している。
 あれだけ赤崎に会う術を考えていたのに、まさかこんな形でくるとは思いもよらなかった。
 俺は軽く深呼吸をして、頭の中をゆっくり整理した。
「あ、ああ…。だけど、何故彼が勝男と知り合いになんだ?」
「し、新人で僕のところに入ってきたのが、か、彼なんだ。や、靖史の事、と、とても心配してたよ。ちゃ、ちゃんと僕がもう元気だよって言っておいたけどね。こ、今度、ぼ、僕も一緒に行くから、さ、三人で飯でも食おうよ」
「……」
 興奮でどうにかなりそうだった。
 胸が高鳴る。
 勝男には心の底から本当に感謝したいが、それを素直に出してはいけない。
 これは俺だけにしか分からない感情だ。自我を抑えるのに必死だった。
 むつきとの関係、赤崎への想い……。
 どれもこれも幼馴染である勝男に対してだけは、口が裂けても言えない事ばかりだ。
「や、靖史? も、もしもし…。あ、あれー?」
「どうした、勝男」
「そ、そんなにビックリした?」
「ああ、そりゃービックリするさ…。と、ところで元気なのか?」
「も、もちろん。ぼ、僕はいつも通り元気だよ……」
「違うって、赤崎の事だよ」
「う、うん。か、彼も、げ、元気だよ」
「とりあえず今から俺の部屋来いよ。話もあるし、腹も減っているだろう?」
「じゃ、じゃあ、い、今から向かうよ」
 電話を切り、ベッドに寝転がる。思い切り子供のように足をバタバタさせた。
 今の俺はガキのように無邪気にただはしゃいでいる。足のつま先から頭のてっぺんまで興奮していた。
 赤崎が俺の事を心配してくれていたという事実。
 その辺を材料にして、勝男にはうまく協力してもらう。

 まずは赤崎と会えるようなセッティングをしてもらわないといけない。
 早く赤崎に会いたい……。
 整理しろ。考えろ……。
 これから勝男が来るから、早速、明日にでも仕事帰りに会えるよう、何とか持っていけないだろうか……。
 それでうまく行ったら、俺に対する赤崎の警戒心を徐々になくさせよう。
 ゆっくり時間掛けて飲みに連れて行ければ、こっちのものだ。
 完全に計画を立てて、実行しなくてはならない。
 明日もむつきのところ行こうと思っていたが、すでにあいつは抱いている。
 赤崎を優先させるのは当たり前の事だ。
 いや、むつきなど赤崎に比べれば、クソみたいなものだ。
 もうじき勝男がここに来る。それまでに、赤崎の件をどうするのが理想か考えないといけない。俺は脳みそをフル回転させた。

 靖史も今までずっと仕事、仕事できて、急に仕事なくなったから暇を持て余しているのだろう。
 僕も今さっき、むつきへの想いをぶつけて、一つの形が終わったばかりだから、誰かと話しでもしながら気を紛らわせたかった。
 タイミング良く、靖史からの誘いの電話があったのは、とてもありがたかった。
 むつきと腹を割って話して頭で理解したつもりでも、やはり辛い。
 彼女の中では娘を取り戻す為に、完全に誰も寄せ付けない孤独な世界でやっていかなくてはいけないのだ。
 むつきの…、母親としての意識は執念を感じるが、どうしてもせつなさと悲しさが付きまとう。だけど僕には何の手助けも、いや…、できたとしても、絶対に彼女は受付けてくれない。あれほどの決意を持った女の心を、一体誰が崩せるというのだろうか。
 考え事をしながら歩いていると、もう目の前は新宿プリンスホテルだった。赤いレンガの壁を見ていると、むつきとこの場所を通った事を思い出し、胸がせつなくなる。わずか数日前の出来事なのに、遥か昔のように感じた。
 INと書かれた自動扉の入り口の前に立つと、僕はゆっくり深呼吸をして、ホテルに入った。
 僕はエレベーターに乗り込み、真っ直ぐに靖史の部屋へと向かう。ベルを鳴らすと、すぐに靖史はドアを開けてくれた。
「お疲れ、仕事どうだった?」
「い、いやーボチボチだね。そ、それよりも、も、もうお腹ペコペコだよ」
「何が食いたい? 好きなもの奢ってやるよ」
「えー、い、いいよー。い、いつも世話になってるから、ぼ、僕が出すよ」
「いいよ、俺はまだ金あるしさ」
「ダ、ダーメ。き、今日ぐらいは僕に出させてくれよ、お、お願いだよ」
「何かあったのか、勝男?」
 靖史は相変わらず鋭い。
 まさか僕がむつきと再び会ったとまでは分からないだろうけど、この事は彼女の過去もあるから心に秘めておかないといけない。でも、むつきと再び会えた事ぐらいは靖史に伝えておきたかった。
「おい、勝男……」
 靖史が僕を心配そうに覗き込む。やっぱりむつきとの事は伏せておこう。
「い、いや…、し、仕事で嫌な事があっただけなんだ。や、やっぱゲーム屋って嫌な客が、り、理不尽にゴネたりするじゃん。い、今の責任者も、け、結構、い、嫌味ばかり言うしね……」
「そうか」
「そ、それより、お、面白い喫茶店を見つけたんだ。あ、赤崎君も一度そこへ連れて行ったけど、か、かなり気に入った様子なんだ」
 靖史をあそこに連れていって反応を見てみたい。いや、今の僕には純粋に笑いが欲しいだけなのかもしれない。
「じゃあ、そこでいいよ。どの程度のもんか、勝男の面白いってやつを見極めてやる」
「や、靖史、は、早く着替えちゃいなよ。パ、パンツ一丁じゃ表を歩けないだろ?」
 靖史は風呂上りだったのか、パンツ一丁のままだった。
「すぐ着替えるよ。場所はどこら辺にあんの?」
「コ、コマ劇場横の道を真っ直ぐ行くと、あ、東通りに突き当たるでしょ? そ、そこを右に曲がったT字路の角なんだけどね」
「あーあー、あの昔からあるとこだろ?」
「そ、そうみたいだね。あっ! そ、そうそう…、あ、赤崎君と、こ、今度、ご、ご飯食べに行く?」
「あれから会ってないもんなー。じゃあさ、勝男…。明日の仕事明けにさー……」
「な、何?」
「俺と会うのを彼にはわざと秘密にしてさ…、勝男が赤崎を誘ってみれば?」
「な、何でそんな事を?」
「場所だけ決めといてさ。俺がそこであらかじめ、いるようにするんだよ。偶然を装ってね。絶対、赤崎はいい意味でビックリするだろ?」
「な、なるほどね。あ、赤崎君をビックリさせようって事だね」
「面白くねえか?」
 靖史は意地悪そうな表情で、僕を見てニヤニヤしている。昔からたまにこういうところがあるんだよな。でも赤崎と靖史を黙って会わせるのは、案外面白いかもしれない。
「そ、そうだね」
 僕はソファーの上に腰掛けようとすると、横にダンボールが置いてあるのに気が付く。靖史は、あの大金をあれから部屋にずっと置きっ放しだったのか。この金があればむつきは……。
「何だよ。ダンボールなんかジッと見て…。何か悪い事、企んでんだろ?」
「あ、あのダンボールのお金、こ、ここに置きっ放しだとよくないから、ちょ、貯金でもしてきなよ。しょ、正月の三が日も過ぎて、も、もう銀行もやっているでしょ?」
 靖史は腕を組んで考えている。じゃないと僕はこの金を持ってむつきの元へ行ってしまいそうだ。
「そうだな、鳴戸に最悪ここにいるの見つかった時、洒落にならないもんな…。勝男さ、その喫茶店へ先行っててよ。俺は着替えて貯金してから行くからさ」
「じゃあ僕、先に喫茶店へ行ってるよ。何か注文しておく?」
「銀行で時間掛かって料理が頼冷めんのも嫌だから、俺は行ってから注文するよ」
「わ、分かったよ。ま、またあとでね」
「あいよー」
 靖史は私服に着替えながら答える。
 僕はホテルの外へ出て、一人で先に喫茶店へ向かう事にした。
 靖史があの店でというよりも、あの店員にどんな反応を示すか楽しみだ。思い出し笑いしながら歩いていると、通行人が気味悪そうに僕を見ていた。

 赤崎と明日、会える可能性が一気に高まった。
 いや、可能性じゃない。会えるんだ……。
 あの時、勝男がこの場所にいなかったら、飛び跳ねてしまったかもしれないぐらい、ウキウキしていた。
 着替えを手早く済ませて、貯金しに行かないとな。そして明日は勝男にうまく誘い出してもらわないと……。
 気分は上々だった。全身の細胞が歓喜の叫び声をあげているようだ。
 今日はむつきとのセックスが、他の指名客のせいで中途半端で悶々としていた。
 そのあと勝男からの赤崎の情報を聞き、一気に気分が良くなった。明日会えるかもしれないのだ。
 もし明日、赤崎に会っても絶対に焦ってはいけない。冷静にクールに……。
 今の心境では難しい注文かもしれない。
 だって赤崎の事を想うだけで、俺の下半身はこんなに固くなっている。
 俺はギンギンにたぎった一物を右手でこすりながら、部屋の窓へ何度も射精した。
 さて勝男が先に喫茶店で待っているから、急ぐとするか。
 ホテルの外へ出る。この金を貯金しとかないとな。
 西武新宿駅前の道を渡ろうとする。ダンボールを持っているので前が見えず、さすがに歩きづらい。
 あれだけ射精したのに、まだ頭の中は赤崎の事でいっぱいだった。
「パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
 派手なクラクションを鳴らす馬鹿な車。
「うるせぇなぁ……」
 今の俺は、機嫌がいい。ちょっとの事じゃ、イライラしないだろう。
「パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
 間髪入れず、またクラクションが鳴る。
「何度も何度もうるせーなあ」
 ぶつぶつ独り言を呟きながら歩いていると、突然、体がものすごい衝撃を受けた。
「あれっ?」
 目の前の景色がグルグル回っている。ものすごいスピードで回っていた。
 いや、俺の体がすごいスピードで回転しているのか?
 通行人がみんな、俺に注目していた。
 辺り一帯に一万円札が乱れ飛んでいる。尋常じゃない数の金だった。
 何でこんなところに金が?
 突然火花が散り、何かの衝撃と共に目の前が真っ暗になった。
 一体、どうなっているんだ?
 首を動かそうとしたが、まったく動かない。
 他の部分を動かそうとしても、全然動かない。
 一体どうなってんだ?
 目の前が徐々に見えてきた。
「……」
 おかしい……。
 視界が明らかにおかしい。
 よく見慣れたアスファルト…。その道路が至近距離に映っている。それとは別に西武新宿駅の二階へ昇るエスカレーターの入り口も映っていた。
 何だ、この景色は?
 分かった。いつもと風景が逆さまなんだ。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
「うわっ!」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
 まったく体が動かない俺の耳元に、ものすごい数の悲鳴が聞こえてきた。
 目玉すらいくら意識しても、動いてくれない。
 ちゃんと景色は見えているのになあ……。
 ありゃ、地面に、一万円札が何枚もヒラヒラしながら落ちてくるぞ?
 何がどうなってんだ?
「ギャー…」
「ャー……」
「……」
 あれだけうるさかった悲鳴が、ドンドン小さくなっている。
 目の前の一万円札の色が擦れて見えた。
 目の前の景色が徐々に暗くなっていく。
 あれ、まだ昼頃だよな?
 夜でもないのにおかしいな……。
 いくら冬だと言っても、こんなに早く日が暮れる訳がない。
 あれ…、完全に目の前が真っ暗になった。
 どうなってんだ?
 遠くで勝男が笑いながら、手を振っていた。
 何やってんだ、あいつは……。
 むつきが裸で立ってこっちを見ていた。
 相変わらずエロい体をしてやがる……。
 赤崎の後ろ姿が見えた。
「おーい。おーい……」
 俺がいくら叫んでも、赤崎はどんどん先へ進んでいく。
 振り返ってもくれやしない。
「おーい!」
 赤崎の姿は豆粒くらいになり、やがて見えなくなった。
 いくら何でもそれはねえだろ……。
 そこまで俺を毛嫌いするのかよ……。
「チクショウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 そんなに俺が気持ち悪いのかよ……。
「答えやがれ、赤崎っ!」

 テーブルの上が水で濡れている。また例の太った女店員が、乱暴に水を置いたからだ。靖史の奴、早く来ないかな。
「何する」
 靖史にあのハンバーグサンドを見せてみたいし……。
 うーん、モーニングメニューが時間的に終わっているのが、非常に残念だ。
 あの「Aーかー、B―かー……」をぜひ聞かせたかったのにな。
 そうか、明日もここに赤崎連れてくれば、時間帯的にモーニングメニューがある。その時でもそれはいいか……。
「何する」
 店員は僕に早く選べという感じで、いつもの如くマイペースな接客をしている。
「と、とりあえず、コ、コーヒー一つ」
「あい」
 お腹がペコペコだが、靖史が来るまで我慢しないと失礼だ。
 早く来ないかなー。
 空腹感は、いつも呑気な僕ですらイライラさせる。
「お、遅いなあ~」
 携帯を取り出して、靖史の携帯に掛けた。
 プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルプルルルル…、ルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルル…、プルルルプルルルル…、ル…、プルルルル…、プルルルル……。
 一体、何をしてるんだ、靖史は……。
 空腹感がイライラを余計に掻きたてる。バイブにでもしているのか?
 これだけ鳴らしているんだから、早く出てくれよ……。
「お待ちっ!」
 ガシャッ!
 太った店員がコーヒーを乱暴にテーブルの上に置く。
 あーあー……。
 コーヒーがこぼれてちゃってるよ。靖史にこういうシーンを見せたいのにな……。
 僕はもう一度携帯を手に取り、靖史に電話をした。
 プルルルル…、プルルルル……。

―了―

題名「でっぱり」 新宿クレッシェンド第二弾として執筆 作者 岩上智一郎
執筆期間 2004年2月10日~2004年2月24日 原稿用紙322枚
推敲 2006年6月9日~10日 原稿用紙369枚
再推敲 2008年6月10日~2008年6月13日 原稿用紙382枚
再々推敲 2009年10月22日 原稿用紙386枚

 

新宿クレッシェンド第三弾

新宿プレリュード

 



 

 

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