
2024/08/05 mon
2025/07/11 fry
前回の章
不完全燃焼、消化不良……。
そんな言い方しか思いつかなかった総合格闘技復帰戦。
日課になっていたのでトレーニングは未だ続けていた。
伊佐沼の帰り道、島忠で鉄アレイを買うのでゴロゴロ余っている。
バックに五キロの鉄アレイ二つ入れ、新宿へ向かう。
従業員の誰かしら欲しがるかもしれない。
特急小江戸号で行くので、基本的に出勤時間より三十分くらい早めに着く
西武新宿駅前通りを渡ろうとすると、見覚えのある顔が通り過ぎる。
中田の野郎だ。
ワールドワンで店の金を抜いてクビになったクズ。
そんな事をしておいてまだ歌舞伎町を堂々と歩いている姿に苛立ちを覚えた。
俺は中田の横にピッタリくっついて歩く。
気付かないはずがないほど接近しているのに、中田は知らんぷりをして前に進む。
「おいっ!」
俺が声を掛けてようやく止まる。
中田はパンチパーマを掛けスーツ姿。
「誰?」
俺の顔を覚えていないはずがないのに、あえて知らないふりをしている。
「岩上だよ。テメー俺の顔忘れたのかよ?」
「あーあ…、いたねー」
何を持って余裕持っているのか知らないが、中田は悪びれもせずスカしていた。
「おまえよ、よく金抜いてクビになってこの辺彷徨けんな?」
「今俺は◯◯組の事務所出入りさせてもらっ…、グハッ!」
俺は持っていたバックを中田の顔にぶつけていた。
大袈裟な奴だな…、あ、バックの中鉄アレイ二つ入れっ放しだったか。
蹲る中田の顔を下から蹴り上げる。
その上で番頭の佐々木さんに連絡を入れた。
「どうしたん、岩上君」
「佐々木さん! 中田の野郎が歌舞伎町を偉そうに歩いていたんで蹴飛ばしてやったところです。どうします? コイツどこか連れて行きましょうか?」
「いや、岩上君。店も構えているんだし、その辺にしといて。もうそれ以上やっちゃ駄目だよ」
「分かりました。俺はこれから店へ向かいますね」
電話を切ると倒れている中田の顔を踏みつけてから、一番街通りへ歩いていった。
新生ワールドワンの遅番は、責任者の俺、小山、山下、そこに新人の室屋と五十嵐が入ってくる。
病弱だった石黒は、体調不良から店を辞めた。
本当にゲーム屋の世界は人の入れ替えが激しい。
仕事の引き継ぎ時、吉田が声を掛けてくる。
「岩上さん、番頭の片桐さんの奥さんが入院したんですよ。それでみんなから金を集めて見舞いの品を送ろうかと」
コイツはそういった情報だけはいつも耳が早い。
普段だらしないくせに、上の人間に対するゴマ擦りだけは天下一品。
どこでそんな情報を聞きつけてくるのか本当に不思議だ。
「じゃあ遅番からは一人千円ずつ集めときますよ」
「千円? 岩上さん何を言ってんですか? 早番は一人五千円ずつ徴収していますから」
ワールドワンは全部で十名。
五万円の見舞いの品を贈るつもりなのか?
「いや、あまり高価な物あげても逆に向こうが恐縮するでしょ」
「それならいいですよ。早番は早番で渡しますから」
本当に吉田のこういうところが大嫌いだった。
俺は仕方なく了解し、遅番の従業員たちには千円だけ出させ、残りは俺が負担してあげる。
面倒だから吉田には五千円出した体でいるよう言う。
本当にアイツの見栄でつまらない金の出費。
いい加減にしてほしかった。
系列のチャンプの従業員の林。
彼が店を辞めたようだ。
有路の話だと◯◯連合というヤクザの組織に入り、ルイヴィトンのバックの偽物やシャブを売り捌いているらしい。
ネズミ講で自己破産し、新潟から新宿まで逃げてきたのに何を考えているのか分からなった。
店で小山が「岩上さん、◯◯連合の林さん知ってるんですか?」と言われたので、状況を聞く。
スカウトも兼業でしていた小山は、新宿駅東口から真っ直ぐ歌舞伎町へ向かうスカウト通りで通行人の女性に声を掛けていると、背後から肩を叩かれる。
林が立っていてルイヴィトンのバックを買わないかと色々言われ断ると「どこの所属や?」と聞かれたのでワールドワンの名前を出したらしい。
「何や、岩上君とこかいのー。よろしく言っといて」で話は済んだようだ。
俺は仕事が終わると林がたむろっているところを探す。
見つけたので声を掛けた。
「林さん! 絶対うちの従業員にシャブとか偽物売りつけないで下さいよ」
「おうおう、岩上君とこ手出す訳ないやろ」
杞憂に過ぎないが、一言伝えずにはいられなかった。
「何でヤクザ者になっちゃったんすか?」
「いやー、ワイも一介のゲーム屋の従業員じゃうだつ上がらんからのー」
「ほんと頼みますからね」
「おう、わかっちょる」
気弱で優しかった林も、ヤクザになった事で自分を大きく見せる為か話し方も前とは変わった。
もう俺がいくら声を掛けたところで、元には戻らないよな……。
同じ裏稼業だった元同僚。
しかしもう彼は違う世界の住人になってしまったのだろう。
元系列店エースの責任者だった加藤が客としてワールドワンへ打ちに来た。
「お久しぶりですね、加藤さん」
面倒見の良かった加藤。
今日は彼女と二人連れ。
期間は短かったが恩義は残っている。
この人があの時責任者でなかったら、俺がこうしてゲーム屋に残っていなかっただろう。
寝坊し仕事へ行けない俺は、知人が亡くなったと嘘をついた過去。
普通この業界なら即クビだ。
それを加藤がそのまま受け入れてくれたのだ。
何故かワールドワンを気に入ってくれ、こうしてたまに客として打ちにきてくれる。
ひたすらダブルアップをノーテイクで叩き続けあっという間に十万が溶けた加藤。
しばらく椅子に座ったまま放心状態である。
手持ちの金をすべてゲームで使ってしまったようで、彼女から「ご飯食べに行くの、どうするのよ?」と責められていた。
俺は自分の気に入っている中華料理の叙楽苑の出前を二人前頼み、加藤と彼女へ出してみる。
不思議そうな顔で俺を見る加藤。
「加藤さんには当時良くしてもらったんで、もしお腹減っていたらこれ食べて下さい」
「ありがとう…、岩上君ありがとうね」
今にも泣きそうな顔で加藤は出前を食べる。
この一件から加藤はワールドワンをより贔屓に来てくれるようになり、多くの仲間も連れてきて多額の金を落としてくれた。
ある日朝の十時手前になり、珍しく番頭片桐が店に顔を出す。
着替えいる吉田の顔を見るなり「おう、吉田! この間見舞いありがとうな。うちの女房も凄い喜んでいたぞ」とお礼を言っていた。
先日店で集めた見舞いのお礼を言いに来たのかと思っていると、片桐は俺を睨み付け「おい、岩上! オマエな、店で数字だけ出せばいいと思ってんのか? 少しは吉田見習え!」と怒鳴るだけ怒鳴り帰ってしまう。
何故俺が怒られなきゃいけないんだ?
おそらく吉田の事だ。
みんなの集めた金を店からと言わず、自分一人だけの手柄にしようと見舞いの品を送ったのだろう。
そうでないとあの片桐の対応はおかしい。
俺は吉田を睨み付けた。
すると「あれ、おかしいなあ…。ちゃんと片桐さんには店からですって言ったんだけどなー……」と言いながらホールに出て、仲の良い客と話をし始める。
早番と遅番で金は半分ずつ。
遅番に限っては俺が従業員の人数分掛ける四千円余計に払って補填して、この結末か。
客前で怒りをぶつける訳にもいかない。
本当にあの豚はこういうところだけ抜け目ないのだ。
俺は壁を殴って無言で店をあとにした。
加藤の紹介で尾崎という客がいた。
いつも来るとだいたい五万円くらいの勝負はしてくれるので、良い客である。
ある日仕事終わりに五十嵐を連れ食事へ行き、一番街通りの突き当り、靖国通りのドトールの前を歩いていると妙に人だかりができていた。
何かあったのかと覗くと、尾崎が鼻血を出して道端に倒れている。
人混みを掻き分けて尾崎を抱き起こす。
「尾崎さん、どうしたんですか?」
肩を貸して起こすと背後から「何だ、おまえは?」と大きな声で怒鳴られる。
見るとホスト三人組が立っていた。
「俺が女連れて居酒屋で飲んでたら、トイレ行った隙にコイツらが声掛けて来やがってよー。顔見て何だよって言いやがって、表出ろって出たら三対一だからやられちゃって……」
状況は理解できた。
単純にホストが悪い。
「何だ、オメーは?」と凄むホストの顔面を右手で鷲掴みして壁に叩き付ける。
もう一人の首目掛けて右手で喉輪の態勢で壁に押し付けた。
「尾崎さん、コイツらどうします?」
「土下座しろ、この野郎!」
睨んでくるホスト。
俺は首を絞めていた指から爪をたて激しく皮膚に食い込ませる。
「聞こえてないのか、兄ちゃんたち」
ホストの首から血が滲みだす。
「す、すみません!」
呆然と立ち尽くしているホストの髪の毛を鷲掴みした。
「おまえ、耳聴こえないのか?」
そのまま頭突きをお見舞いする。
俺の一撃でホストたちは大人しくなり、靖国通りの道端で土下座させ解放した。
「尾崎さんもう帰るんですよね?」
肩を貸しながら西武新宿駅前のタクシー乗り場へ向かう。
「あなた、大丈夫?」
後ろから妙にハスキーボイスが聞こえ、振り向くとハイヒールを履いているとはいえ俺と身長が変わらないニューハーフが立っていた。
え、あなた?
俺が呆然としていると、尾崎はバツの悪そうな顔をしながら「コイツはよー、見てくれはアレかもしれないけど、その辺の女より女らしいしよー」と意味不明な台詞を喋りながらタクシーへ乗って消えた。
俺が正義感ぶってやった事って何?
確かにあのホストも顔見て何だよぐらい言うよな……。
この日から尾崎の姿をワールドワンで見掛ける事は無くなった。
朝方になり売上金を佐々木さんから事務所まで持ってきてと頼まれ、セントラル通りを通過する。
以前行った事のある風俗『11チャンネル』の前を通ると、店のスタッフ五人が一人の客を取り囲んでいるのを見掛けた。
客の顔を見ると、チャンプの従業員の久保田だったので足を止める。
何か揉めたのか?
しばらく見ない内に久保田は随分ほっそりしていた。
多勢に無勢だもんな。
よし、助けに入るか。
俺は近付き「どうしました、久保田さん」と声を掛けた。
スタッフの一人がこちらを見て睨み付けてくる。
「おまえら俺の連れ囲んで何してんだ、おい!」
凄むとスタッフは「このお客さんが女の子に本番強要したんですよ!」と答えた。
ひょっとして俺、とんでもない勇み足しちゃったのかと固まる。
「久保田さん、本当にそんな事したんですか?」
「し…、してないよ……」
嘘なのは分かっていた。
ただ俺は金を事務所まで届けにも行かなきゃいけない。
久保田の腕を掴みながら、「オマエらよ? 客がしてないって言ってるのに言い掛かりつけてんのか?」と怒鳴りながらスタッフたちをどかす。
「ほら、行きますよ、久保田さん!」
多少強引だがドサクサに紛れ、俺は久保田の窮地を救ってそのまま逃げた。
この頃仕事出勤前に本川越駅前のJAZZ BARスイートキャデラックで軽く飲んで新宿へ向かい、終わると家に帰ってトレーニング後、近所の整体へという繰り返しだった。
休みの日はスイートキャデラックこら始まり、キャバクラを梯子して終わりは家の隣のトンカツひろむで飲んで寝るような生活。
ある日BARジャックポットの野原さんが入院したと先輩の岡部さんから聞く。
次の休みにでもお見舞いへ行こうかなと考えている内に、野原さんは退院した。
ひろむで相変わらず飲み続ける彼は、岡部さんから「酒で入院したばかりなのに、あんたは一回死ななきゃ治らない」と皮肉なジョークを言われながらも、笑いながら梅干しサワーの梅を割り箸でつついて飲んでいる。
そしてその一週間後、亡くなった。
葬儀の時泣き崩れる岡部さんを見ているのが辛かった。
たまにひろむで会って一緒に飲んだだけの仲。
なのに何故こんなにも悲しいのだろう。
いや、この人と言い合いになったからこそ、俺はまたリングに立とうと決意したのだ。
付き合いは短い。
でも、俺にとっても重要な意味合いを持つ人だった。
棺桶に入ったガリガリに痩せこけた野原さん。
いつだって口髭生やしてさ……。
今日から俺があんたのヒゲ受け継ぐよ。
最後のお別れの時、俺は勝手にそう誓った。
但しあんたのような無精髭じゃねえ。
モミアゲから顎まで繋げるけど、俺はキチンと整えるからな。
自然と涙が流れた。
この日より俺は髭を伸ばしだす。
チャンプの原から食事に誘われる。
自分より唯一立場が上の責任者の有路の悪口が凄い。
俺は有路とも仲が良いので、いつもまあまあと彼をなだめるだけだ。
「そういえば久保田、あれそろそろヤバいな」
突然久保田の話題になる。
以前も風俗店の前で本番を強要し従業員たちに囲まれていたが、また何かしでかしたのだろうか?
詳しく聞くと、ヤクザ者になった林がこれ使えば痩せるよと久保田へシャブを打っているらしい。
林の奴、あれほど身内にシャブを流すなと言ったのに……。
俺が問い詰めにいったところで、岩上君の店の人間にはとすり替えられるだけだろう。
久保田はここ数ヶ月で見る見る痩せて、最近ではシャブ汗と呼ばれる首の後ろ側しか汗を掻かないようだ。
確かに一般人なのに体重百キロ超えは大変だ。
元相撲部屋にいたというだけでの大きな身体。
特に運動する事もなく、仕事して風俗の繰り返し。
店は違えど俺がこの系列へ入った時の最初の仲間であり、お互いに仲良く付き合ってきたつもり。
しかし最近俺も自分の店の従業員たちとの付き合いで、彼との付き合いを疎かにしていた。
まさかシャブに手を出していたとは……。
何とかしたいが、極度のシャブ中に何を言っても無駄なのは過去色々見てきている。
結局のところシャブは自己責任であり、自分で何とかするしかないのだ。
何かで話せる機会があれば、彼のプライドを刺激しないよううまく話を持って行かないと。
弟の徹也から変な話を聞いた。
うちら三兄弟を捨て出て行ったお袋。
今一緒に住んでいる二階堂さんとの間に娘がいるらしい。
普通に成長していれば俺の十歳年下。
男だらけの兄弟。
もしその話が本当なら俺たちには片親だけだが血の繋がった妹がいるという事になる。
会ってみたいが、あのお袋とは関わりに遭いたくない。
相手の二階堂さんはいい人である。
自衛隊に入った頃であるが、親父と離婚させる際話し合いをした時に人柄が良いというのは理解できた。
お袋と関係が無ければとても慕っていただろう。
血の繋がった顔も名も知らない妹か……。
徹也に聞いてから、最近この事ばかり考えている俺。
本川越駅に着き、長い商店街サンロードを歩く。
向かいからは乳母車を押したおばあさんがゆっくり歩いていると、背後から物凄いスピードで車が来てクラクションを派手に鳴らす。
おばあさんは驚き危うく転倒しそうになる。
何て酷い運転をしやがるんだ。
俺は車が通れないよう道路の真ん中に立ち塞がった。
けたたましいクラクション。
それでもどかないと、車は急ブレーキで止まる。
「どけよ、このやろ……」
窓から顔を出して怒鳴りつけてきた男の声が途中で止まった。
「朝からうるせえんだよ、ボケッ!」
俺を車のドアを思い切り蹴飛ばしてやる。
馬鹿な運転を朝っぱらからしていた主は、俺の全日本プロレスを台無しにした同級生の大沢史博だった。
彼は下を向き、無言のままである。
俺はおばあさんに「大丈夫でしたか?」と声掛け、身体を起こすのを手伝ってから家に帰った。
休みの日、行きつけのバーであるスイートキャデラックでグレンリベットを嗜み、小腹が減ったので店を出てくれモールを歩く。
ふらんす亭が目に入る。
小学時代の同級生だったオギノ化粧品。
その向かいにあった同じクラスにもなった事のある加藤金物店。
その場所がふらんす亭になっていた。
加藤…、下の名前まで覚えていないが、仇名はカトハン。
もうどこかへ引っ越して川越にいないかもな。
俺はふらんす亭に入り、レモンステーキを食べた。
斜め向かいのビルの二階にキャバクラがあったので、ふらりと入ってみた。
女の飲み屋で飲む場合、ほとんどがスナック。
総合格闘技の試合へ出る前、中央通り沿いの地下にあったキャバクラのシンデレラ。
キャバ嬢のさえと口論になってからは、キャバクラ自体行っていなかった。
たまには違う店でも探索してみるか。
「お客様、ご指名のほうは?」
「初めてだから指名も何もないよ」
席に通され、タバコに火をつける。
「お客様、お待たせしました」
たまたまフリーで俺の席に付いた可愛い飲み屋の女。
「名前は?」
「ミサキだよー、よろしくね」
「何歳なの?」
「二十歳になったばっか」
俺が三十歳だからちょうど十個下。
徹也の言ってた妹と同じ年……。
この子との会話はとても楽しかった。
まだ見ぬ妹と、ミサキを勝手に重ねてしまう。
お互いの連絡先を交換し、こうして俺とミサキの妙な付き合いが始まった。
ワールドワンの床が結構前からであるが、ガタが来ている。
床の一部が凹み、今日も仕事中室屋が足を取られてコケた。
客がもしこれで転んで怪我したら、面倒な事態になる。
番頭の佐々木さんはオーナーへ相談し、店の改築工事が決まった。
期間は一ヶ月ほと。
毎日出た分の給料しかもらえない俺たちに対し、ワールドワンを休んでいる間は保証で一日五千円払うと言われる。
一ヶ月で約十五万はもらえるという訳だ。
余裕の無かった室屋と五十嵐は店を辞める選択をした。
小山は別件からの誘いでどうしても義理があるようで、このタイミングで辞めてしまう。
いつもの給料が入る訳ではないので、部屋でゲームでもして過ごすか。
一番下の弟の貴彦に何かいいゲームないか聞くと、ファイナルファンタジーⅩと即答した。
早速買ってプレイステーション二で遊んでみる。
オープニング曲のザナルカンドの素晴らしさ。
綺麗なグラフィック。
異様にハマるゲーム性。
ヒロインのユウナの可愛らしさ。
俺は見事ファイナルファンタジーⅩにハマった。
一日のほとんどをゲームに費やした。
ここまでゲームにハマったのは、若くて何もしていなかった時代、先輩の坊主さんと対戦格闘ゲーム以来
あの時は金も無いのに稼いだ金を食費、あとはネオジオの高いゲームソフトに使っていたっけ。
二週間ほどゲームに没頭していると、従業員の山下から電話があった。
「岩上さん、すみません。金貸してもらえないでしょうか?」
「別にいいけどいくらよ? それに俺今川越だよ? こっちまで来るならいいけど」
「行きます、行きます! 川越ですよね?」
たかが数万の金を借りに、山下は川越まで本当に来た。
「岩上さんがいつも行くキャバクラ行きましょうよ。ほら、何でしたっけ? 妹分がいるとかいう店」
「オマエ、金ねえじゃん」
「いや、岩上さん奢って下さいよー。せっかく川越まで来たのにこのまんま帰れって言うんですかー」
山下は前から本当に人にタカるのが上手い。
金を借りた上にキャバクラまで奢れと言う。
まあ久しぶりミサキの顔も見ていない。
今回遥々川越まで来たのを考慮して連れて行く事にした。
ひたすらゲームをして日々を過ごす。
たまに外へ出たくなるとミサキを誘い、スイートキャデラックやトンカツひろむへ連れて行く。
ミサキはいつも元気でとても明るい。
知り合って結構経つのに、女として口説こうではなく、妹として可愛がる感覚のままだった。
いつものようにジャズバーで飲んでいると、年配の常連客たちはよく筋肉を触らせてくれと言ってくる。
気分良く話していると、同じカウンター席に座る年配の人が声を掛けてきた。
「君は一体何をやってる人間なんだね? 周りは格闘家格闘家言ってるけどさ」
初対面で随分偉そうな態度のオヤジだな……。
親しい人間にも新宿の裏稼業ゲーム屋の事は伝えていない。
もちろん隣りにいるミサキにすら仕事を誤魔化していた。
なので大した知り合いじゃない人間には面倒なので格闘技をやっているとだけ説明している。
「何の格闘技なんだね?」
「総合格闘技ですね」
「総合? 私は柔道の道場を経営しててね。それがどういうもんなのか分からないんだが……」
「テレビでやってるPRIDEって分かります? あんな感じの試合です」
分かりやすく簡単に説明したつもりだった。
「ああ、あれね…。うちの道場生が言ってたよ」
「何でです?」
「楽でいいなと」
この瞬間一気に頭に血が上った。
「組むとすぐ抱き合って寝て膠着。柔道は投げが花形だから、あんな体勢になったらすぐに待てが掛かり立たされるよ」
俺は他の競技を小馬鹿にした事などなかった。
ただ自分のやってきたを小馬鹿にされたら話は別だ。
「おい、さっきから黙ってりゃふざけんなよ? 何様のつもりなんだよ? オマエんとこの道場生今ここに全員連れて来いよ! 一人残らず、その楽でいいっ言うのがどういうもんか教えてやっからよ!」
失礼なオヤジは終始黙っていた。
俺はマスターにチェックを伝え、金を払うとスイートキャデラックを出る。
ミサキは「ほんと失礼な人だよね。私も聞いててイライラしちゃった」と話し掛けてきた。
「まあ、何かしら機会あったら、あのオヤジには思い知らせてやるよ」
横にミサキがいたからまだ冷静さを保っていられたのかもしれない。
家に帰ってファイナルファンタジーXは山場を迎える。
猛烈な感動が全身を覆う。
新しいビデオテープを入れ、ゲームの名場面を録画した。
ミサキに電話してそのビデオを見るか尋ねると、一発返事でいらないと言われた。
「何だよー、せっかく人が感動するものを作ったのに」
「そんなのいいからご飯食べに行こうよ」
「そんなのってオマエ…。あとちょっとでクリアできそうなんだよ」
「早くー、どのくらいで出てこれるの?」
「分かったよ、今から支度する」
ミサキに言われると、ついつい甘くなってしまう自分がいた。
食事に行き、バーで酒を飲み、ミサキを家まで送る。
「ねえ、ほんとに一度も私を口説いた事無いよねー」
真面目な顔をしながら言うミサキ。
「まだ見ぬ妹を俺が勝手に重ね合わせただけだって、何回も説明したろ」
「ふーん、そー。眠いから寝るね、おやすみー」
「ああ、おやすみ」
女として口説くか……。
そういえばそう考えた事もなかった。
適度に可愛がり、適度に面倒を見る。
確かに彼女と一緒に過ごす時間は楽しかった。
うん、俺はミサキを勝手に妹代わりに見立てているだけなんだ。
俺は帰ってからゲームの続きをした。