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岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 14(風俗嬢に捧げた絵画編)

2025年08月19日 15時27分07秒 | 闇シリーズ

2024/08/06 tue

2025/07/11 fry

2025/08/19 tue

前回の章

 

『闇 13(会った事も無い妹編)』

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岩上智一郎の部屋

 

 

弟の徹也と貴彦に知り合いで柔道を本格的にやっている奴がいないか聞く。

「蓮馨寺の前の川越水族館。あそこの三兄弟の一番下のター坊が柔道かなりいいところまで行ってるよ」

早速連絡を取り、ター坊を食事へ誘う。

保坂忠弘、仇名がター坊は俺から見たら七つ年下の後輩。

「兄さん、格闘技やってるんですよね? 俺も挑戦したいなとおもっていまして」

「俺なんて何のツテも無いよ。それよりさ、柔道の道場主をしているメガネ掛けてて……」

俺は先日ジャズバーのスイートキャデラックで失礼な事を言ったオヤジの特徴を言った。

「ああ、◯◯道場ですね。あの人いつも偉そうで評判悪いんですよ」

これまでの経緯を簡単に話す。

ター坊は呆れたほうに「本当に柔道と総合じゃ別物なのに…。そりゃ先輩も怒りますよね」と同調してくれる。

とりあえずあの道場の舐め腐った道場生とやりたかった。

「気持ちは分かりますが、さすがに先輩行っちゃただの虐めになるし、柔道ルールじゃないと無理っすよ」

「なら柔道着も買うし、柔道ルールでいい」

「先輩、柔道の経験は?」

「高校生の頃授業でくらいかな」

「身体能力あるし体格凄いのも分かります。ただ無茶ですよ」

「少しは柔道で努力するよ。ター坊協力しろ」

近い内ちょっとした大会があるようで、ター坊の通う道場へ行く事になった。

まだワールドワンの床工事は時間が掛かる。

タイミング的にちょうど良かった。

柔道の基本的な事をター坊自ら教えてもらう。

後輩とはいえ真面目に習った。

力とスピードは本当に凄いと絶賛される。

「もし智さんが昔から柔道やってたら凄い事になってますよ」

「柔道は今だけだ。とりあえずあの道場の奴、柔道でぶん投げてやるだけだ」

柔道を実際やってみて関心したのが、重心の重さ。

プロレスは自ら飛んで受け身を取るが、柔道でそれをやったら負け確定。

しかも学校でも部活があるように柔道人口は本当に多い。

その中で国際強化選手…、オリンピック一歩手前の人間は化け物揃いなのが分かった。

ター坊の行く道場に一人国際強化選手がいたが、とんでもない体格をしている。

身長百九十センチ、百六十キロでアンコ型ではなく逆三角形。

プロレス界でも中々いない体格である。

腰を壊しチャンスを逃したと言っていたが、こんな化け物を壊せる奴が上にはいると言う事だ。

本当に柔道の世界は奥が深い。

川越の大型商店街クレアモールを昼間に歩いていると、目の前で一台の自転車が急ブレーキで停まる。

顔を見た瞬間戦慄を覚えた。

そこには縁を切ったはずの俺を産んだお袋。

十年近く会っていなかったはず。

久しぶりにバッタリ会ったお袋は、何故か俺を睨み付けている。

左目の横にある傷が疼く。

幼少期無力だった頃、虐待によりつけられた二ヶ所の傷。

未だ鮮明に蘇る過去のトラウマ。

「これを持ってろ」

俺におもちゃ電話の受話器の部分を右手に持たせる。

電話機の本体を持ち、一歩一歩ゆっくりと後ろに下がっていくお袋。

幼いながらも、これからどうなるのかが理解できた。

分かっていながら怖くて離せなかった。

受話器を……。

手を離したら、そのあと何をされるかを想像してしまう。

まだ幼い俺には、その想像のほうが怖かった……。

どんどん伸びていくコード。

それでも俺は電話の受話器を震えながら持っている。

恐ろしかったのだ。

抵抗して、これ以上殴られるのが嫌だった。

おもちゃの電話機の本体と、俺の右手にある受話器を繋げているゴム製のコードが伸びきったと思った瞬間、お袋の手元から離れていた。

「……!」

いきなり目の前が真っ暗になり、火花が散る。

思わずその場にうずくまってしまう。

目の上が焼けるような痛みを発している。

「ハハハ…、馬鹿だねー。あんた、何やってんの?」

逃げようと立ち上がり、後退した。

その時おもちゃのブロックを踏んでしまい、足の裏に痛みが走る。

胸を押され、床に倒れ込む。

合気道に行った時の風景が思い出される。

稽古を始める前に正座して一礼。

そのあと正座をして目を閉じているところを不意に先生が胸を押してくる。

そこで倒れてはいけない。

精神を集中させるのが、本来の目的らしかった。

でもそんな事は、当時の僕には分からない。

「何、勝手に転んでんだ。立て!」

俺は言われるまま立ち上がる。

足元にはおもちゃのブロックが散乱していた。

ママはいくつかのブロックを拾っている。

「動くなよ。きょうつけして目をつぶってろ!」

「はい……」

これから何をされるのか。

身体を震わせながら、目を少しだけうっすら開けた。

ママがブロックを投げつける途中だった。

青色のブロックが俺の頭に命中する。

幼い俺は再び倒れた。

「何、大袈裟に倒れてんだ!」

起き上がれば、また同じ目に遭う。

分かっていながら立ち上がった。

そうするしかないのだ。

何度もお袋は、俺にブロックを投げつけた。

このまま殺されるのかな。

素直にそう感じた。

その時、部屋のドアが勢いよく開く。

「おまえは何をやってんだ!」

おじいちゃんだった。

今まで見た事のないような厳しい目でお袋を見ていた。

二階の騒ぎを聞ききつけ、助けに来てくれたんだ。

真っ暗闇な中、一筋の光明が見えたような気がした。

必死にその光ある方向へと向かう。

「おじいちゃん……」

自然とその方向に駆け寄ろうとした時、背中に激しい痛みを感じた。

床に倒れ込む際、スローモーションのように映し出される。

そして、目の前に割れた白いブロックの破片が見えた。

「わぁっ……」

俺は目を押さえながら、床に転がった。

たくさんの血が出ていた。

俺は強くならないと、いつか殺されちゃう……。

それからあとは記憶にない。

勝手に俺ら三兄弟を捨てて、離婚もせずに別の男と暮らしだし、おばあちゃんの悪口を言った。

「私が育てていれば、こんな馬鹿には育たなかった」

絶対に言ってはならない禁句を口にし、それ以来俺はこの人と縁を切った。

母方の仲町のおばあちゃんが亡くなった時、当時浅草ビューホテルで働いていた俺はそのまま駆け付けた。

礼服を着ていなかった俺を汚いものでも見るような目で、線香一本あげさせてくれなかった。

歌舞伎町の四十四人が亡くなった大火災の時、何故か俺の携帯電話番号を知っていて生死確認の連絡をしてきただけ。

それからしばらく経ち、偶然道端で出くわしたら睨み付けてくる。

一体、何なんだこの人は……。

臆するなよ。

無抵抗でただ殴られていたあの頃の俺ではない。

俺は強さを目指し、強くなったんだ。

何の為に強さを目指した?

強くならないと殺されちゃうと子供も頃思ったからだろう。

もう臆さない。

もう怯えない。

怖さなど何も感じない。

目に力を込めお袋へ睨み返す。

昼間なので通行人が多い為、次第に俺らを不思議そうに眺める野次馬たち。

しばらくして「あのひろむの若いのが偉そうに言ってたけどね……。覚えてらっしゃい!」それだけ言うと、お袋は踵を返しその場を去った。

突然十年ぶりに会い、何をいきなり怒っているのだ、あのキチガイは?

ひろむの若いのって、先輩の岡部さんの事を言っているのだろうか?

何ともいえない後味の悪さを覚えつつ俺は家に戻った。

 

夜になり隣りのトンカツひろむへ行く。

岡部さんがいたので、昼間お袋と会った事を伝え、ひろむがどうのこうの言っていたが何かあったのかを聞いてみる。

「智一郎大変申し訳ない! ちょっと待っててくれ」

いきなり岡部さんは頭を下げて謝ってくる。

呆然としている俺に構わず、二階の階段を上がっていく。

一緒にひろむのおばさんが降りてきた。

事情を聞くと一週間ほど前、ひろむのおばさんが原寿司へ行くと、たまたまお袋と二階堂さんに遭遇したらしい。

おばさんにしてみたら、俺が小二の時出て行った以来二十数年ぶりの再会。

「智ちゃんを始め、てっちゃんもたあちゃんも、みんないい子で元気に育っているから心配しなくても大丈夫だよ」

「いや、それは全然気にしていない」

そう返すお袋の言葉に愕然としながら、色々近況を話して別れる。

すると翌日お袋がひろむへ突然来たようだ。

居合わせた岡部さんに「お母さんは?」と聞くお袋。

プライベートでたまたま他の店でバッタリなら分かる。

トンカツひろむは、俺の家の隣りなのだ。

おばさん的には非常に体裁が悪く、岡部さんに居留守を使ってもらったらしい。

普通ならそれで話は終わるのだが、お袋は連日ひろむへ来た。

そこで岡部さんがおばさんの許可を取った上で機転を利かせ「大変申し訳ないのですが、隣りの岩上家とは智一郎を始め、そのお父さん、おじいさんともいい付き合いをさせてもらっています。私のような者が言うのも何ですが、このお店にはあまり来られないほうがよろしいのでは…」と言うと、お袋は烈火の如く怒り出し、ひろむを飛び出したようだ。

頭に血が上るとキチガイのように錯乱するのは、時間が経っても治っていないようである。

一応俺には言っとかないとと、おばさんと相談していう内に一週間経ってしまい、今日の昼間の一件に繋がった。

「智一郎、大変申し訳ねえ!」

平謝りの岡部さん。

「そんな謝らないで下さい」

別に岡部さんが悪いわけではない。

お袋の行動に問題があるだけなのだ。

見えないところで俺は、今も周りに気遣われて生きている。

 

仲町の信号のところにある後輩の松崎スポーツで注文していた柔道着ができた。

俺は段も無いのに黒帯を作らせていたので、後輩の松崎が「岩上さん、柔道やってましたっけ?」と不思議そうな表情で渡してくる。

「俺が黒帯締めたところで誰も文句言わないだろ」

当時の俺はこんな感じで思い上がり図に乗っていた時期だった。

 

『3 新宿フォルテッシモ』

  2 新宿フォルテッシモ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)1新宿フォルテッシモ-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)新宿クレッシ…

岩上智一郎の部屋

 

大会当日、スイートキャデラックで揉めた◯◯道場の道場生が相手。

俺は開始と同時に飛び付き腕ひしぎ十字固めを極める。

畳を叩く道場生。

俺は靭帯を伸ばすではなく、相手の肘を腿の上支点に力を入れれば骨が折れるよう持っていき止めた。

「柔道ルール分からねえからギブアップって分かり易く言ってくれ」

今思うと、とても傲慢の塊だった俺。

◯◯道場主のオヤジは俺を遠くから睨んでいた。

これで少しは面目躍如できた。

相手側の土俵に乗っ取って始めた柔道。

かなり不利とはいえ、どう足掻いても勝つ必要があったのだ。

次の相手は柔道二段。

素人の俺は何度も足払いを掛けられ、体勢を崩さないようにするのがやっと。

タイミング良く宙に浮かされた時、プロレスの癖で受け身を取ろうとする自分がいた。

このまま畳で受け身したら、俺負けじゃん……。

咄嗟に身体を反転させ畳についた際、俺の左肘が肋骨にめり込む。

鈍い音がする。

肋骨が今ので折れたようだ。

痛みで少し起き上がれなかったが、審判が声を掛けてきたので無理して立ち上がる。

「君! 大丈夫なのか?」

顔色を変えて様子を伺う審判。

対戦相手は俺の身体の異常事態に気が付いているようだ。

「何でもないっすよ。おい、続きをやろうぜ、兄ちゃん」

それでも普通に試合をやろうとする俺に対し、怯えの色が見えた。

明らかに相手は腰が引けていた。

痛みを我慢しながら相手に組み付き、右腕で後頭部を押さえ下に押す。

左腕を絡ませ、右腕も回そうとすると開いては必死に堪えた。

力技で強引に両手を相手の背中でクラッチする。

柔道、相撲だと五輪砕き、プロレスだはダブルアームスープレックスの体勢。

抵抗しながら膝を畳につける相手。

俺は渾身の力で持ち上げながら身体を反り、ダブルアームスープレックスでぶん投げた。

「一本!」

審判の手が上がったのが見える。

痛みで身体を真っ直ぐにする事もできない。

頑張って立ち上がり、何とか礼を済ます。

試合を終え戻ろうとすると、先程の審判が声を掛けてくる。

「長年柔道に携わってきましたが、決まり手がダブルアームスープレックスなんて初めて見ました。いいものを見せてもらいました」

肋骨を折ってまで拾った勝利。

俺のただの意地だった。

病院へ行き痛み止めの薬をもらいに行くと、医者から座薬を出される。

ケツに薬を入れるのをどうしても抵抗あった俺は、痛みを我慢しながら身体を丸めて寝るしかない。

伸ばすと肋骨が折れているので丸まるしかないのだ。

その状態でファイナルファンタジーⅩをやってクリアした頃、ワールドワンの床工事が終わった。

 

腹にコルセットを巻いたまま仕事へ向かう。

あと数日の我慢。

安静にしていた甲斐があり、通常よりも早めに骨はくっついているようだ。

約一ヶ月ぶりに会う吉田から、彼の祖母が亡くなったと言われたので、裸のまま一万円札を香典代わりに渡す。

俺は遅番のまま。

二番手に早番から来た三門。

チビの山下。

新人の伊藤重文、佐々木健介が入る。

新日本プロレスのレスラーである佐々木健介と同姓同名。

彼は性格がかなり歪んでいた。

新人は金も無いので仕事終わりよく食事へ連れて行く。

しばらく女っ気も無いというので佐々木を風俗十一チャンネルへ連れて行った。

店内に飾られる一人の写真に目が止まる。

工事前に辞めた従業員小山の彼女である緑ちゃんの写真。

佐々木は彼女を指名しようとしたので、事情を説明して止めさせた。

翌日出勤すると吉田の家族が先日の香典のお礼をと電話を代わる。

感謝を色々言われたが、同じ職場で働く人間なので、香典を渡したまで。

別にいらないが、吉田から香典返しが届く事はなかった。

緑は小山が辞めてもワールドワンへたまに遊びに来る。

妹のように扱っていたので可愛がり、負けた時は食事休憩に合わせご飯をご馳走してあげる。

彼女をイヤらしい目つきで見る佐々木。

「今度一人であの店行ってみようかな」と抜かしていたので、本気で怒った。

仕事後ソワソワしていたので彼のあとを付けると、十一チャンネルへ入る。

俺は慌てて入り、緑ちゃんを指名しようとした佐々木の手を叩き、「今日は俺が奢ってやるから別の女にしろ!」と言った。

迷っているのか、中々指名を決めない。

俺が先に呼ばれたので、適当な写真を指して「店員さん、コイツにはこの子指名で」と強引に決めた。

最近仕事中、やたら股間を手で押さえる佐々木。

注意すると、小便する時痛いと言う。

病院へ行くと性病に掛かったようだ。

説明しているのに人様の彼女に手を出そうとするから神様が罰を当てたのだろう。

そんな中、「ラーメン馬鹿一代です」と封筒を持った営業が来た。

中身を見るとラーメン無料券が十枚も入っている。

海老通りでオープンしたばかりの店らしく、俺は従業員に「ビール飲んでもいいから、金はちゃんと使ってこいよ」と食事休憩で行かせた。

戻ってきた三門にラーメンの感想を聞く。

「あんな店、タダ券で充分ですよ」と吐き捨てるように言う。

続いて馬鹿一代から帰ってきた山下、伊藤も酷評。

佐々木だけが「結構いけましたよ」と違った。

最後に俺が店へ食べに行くと、ラーメン馬鹿一代はほぼ満席。

無料では申し訳ないからビールと餃子も注文する。

来たラーメンを食べて、うちの従業員たちが酷評したのも分かるくらい不味かった。

楕円のカウンター席のみで十二席。

それなのに店のスタッフは厨房三名にホールが五名の総勢八人。

少し人数使い過ぎじゃないかと思ったが、他人の店なので黙って見ていた。

「岩上さん、お久しぶりです」

見ると新宿プリンスホテルの支配人たちも来ている。

一番街通りにあるうちのような店だけでなく、新宿プリンスホテルにもタダ券をばら撒いていたのか……。

会計の様子を眺めていると、客のほとんどがラーメン無料券のみ。

金を払う客はほぼいない。

この店潰れるだろうなと感じたが、案の定一ヶ月もせず潰れた。

ラーメン馬鹿一代は、名前の通り本当に馬鹿だった訳だ。

 

早番の大倉が引き継ぎの際、変に焦っていた。

「じゃ、岩上さんこれで俺帰りますね」

「何だよ、ちゃんと業務内容を引き継げよ」

「いや、時間がですね……」

「大倉! 仕事なんだからちゃんとやれって。何か急ぎの用事でもあるのか?」

「そ、それが……」

事情を聞くと、店長になったばかりの吉田から中野で飲んでいるから仕事終わったら来いと連絡あったらしい。

「岩上さん、ドンペリのピンクってどこで売ってますか?」

この辺だとコマ劇場の裏にある信濃屋だと説明。

誰かの家で誕生パーティーでもするのかと思ったが、吉田が絡んでいるので深くは聞かなかった。

次の日、大倉が暗い顔をしていたので話を聞く。

吉田が中野のキャバ嬢を気に入り昨日は誕生日らしく、大倉に仕事終わったらドンペリ買って持って来いと命令される。

店で持ち込みのシャンパンなど勝手に開けられる訳がない。

開けるなら五万円持ち込み料で取ると言われ、そこまで金の無かった吉田は渋々諦めた。

大倉も飲んでけと席に座らせれ、会計時割り勘で金を払わされたそうだ。

しかも開けられなかったドンペリのピンクの代金を吉田は大倉へ払わず帰った。

俺が文句言ってやると動こうとするのを止める大倉。

「岩上さんにチクったみたいで、あとでまた俺がネチネチ言われます」

泣きそうな表情で言う大倉を見て、図に乗った吉田を何とかしなきゃいけないと感じた。

少なくとも大倉はドンペリの五万以外に、多めにキャバクラの料金まで払わされているのだ。

責任者が部下に対してやるような事じゃない。

このまま放置していると、まだ誰かしらの犠牲者が出るだけだ。

何かしらの手を打ちたかったが、ワールドワンの遅番の時間帯は本当に忙しい。

仕事をこなすだけで精一杯だった。

 

深夜、番頭の佐々木さんから店に電話が入る。

「あ、岩上君、あのさーゲーム得意でしょ? クルー船長とトナカイ取って欲しいんやけど……」

何を言いたいのかさっぱり分からない。

オマケに店内は満卓でかなり多忙な状況。

「あとで掛け直します! 今ちょっと忙しいんです」

「分かった、忙しい時にごめんね。クルー船長とトナカイね」

そう言って電話は切れる。

クルー船長にトナカイ?。

何だ、そりゃ?。

三門に聞くと「おそらくワンピースのキャラじゃないですかね」と教えてくれた。

朝になり番頭の佐々木さんが店に来る。

状況を聞くと、UFOキャッチャーでその二つのぬいぐるみを取って欲しいと言う。

「岩上君得意でしょ? 金はワイが出すから。頼むよ、甥っ子と約束しちゃって」

佐々木さんには色々世話になっている。

仕事後、斜め向かいにあるゲームセンターへ向かった。

実際にプレイすると、台の設定はかなり渋め。

俺がぬいぐるみをクレーンで照準で合わせても持ち上がりすらしない。

「金なら崩してくるから」と両替機に行く佐々木さんを止める。

「これ、無理ですよ。五千円使ってピクリともしないじゃないですか。諦めましょうよ」

「甥っ子と約束しちゃったから、金は出すから頼むよ」

約束を絶対に果たしたい佐々木さん。

いくら諭しても諦める気配は無い。

俺はゲームセンターの店員を呼び出した。

「おい、これさ…、どうやって取れんだよ? 持ち上がりすらしないし、取りようないよな? 金出すからあんたが見本見せてくれ」

怒り心頭の俺は凄んで言った。

その横に俺より体格の大きなパンチパーマの手首まで入墨の入った佐々木さん。

メガネを掛けた店員は身体を震わせながらガラスの扉を開け、クルー船長のぬいぐるみを差し出してきた。

「ど…、どうぞ……」

「金出すから、そっちも欲しいんやけど」

佐々木さんがそう言うと、メガネはトナカイのぬいぐるみも取り、震えながら渡してくる。

彼には気の毒だったが、店の詐欺のような設定が悪い。

佐々木さんは満足気に帰った。

 

自衛隊時代の同期である富田から久しぶりに連絡があった。

十八歳の頃俺は北海道へ行き、富田は高田へ行った状態で別れたままだから十二年ぶりの再会になる。

「どこで会う? 新宿まで来る?」

「いや、俺さ今、狭山市駅の近くに住んでいるんだよ」

「じゃあ狭山に行けばいいの?」

俺は休みを取り、久々の再会に胸を踊らせた。

夕方になり、家を出て狭山市駅へ到着。

連絡を入れると「徒歩五分だから駅前のスーパーで惣菜とか買って家まで来てよ」と言われる。

不思議に思ったが、一番大きなビニール袋二つに惣菜やら酒をたくさん買い、彼のマンションへ向かった。

富田という名前の書かれた表札のインターホンを鳴らす。

彼の奥さんが出てきた。

「はじめまして、自衛隊の同期の岩上と言います。良かったらこれ買ってきたので……」

俺が挨拶をしている途中、奥さんは無反応で奥へ消えていく。

「あ……」

え、俺何か失礼な事したの?

呆然と玄関で立ち尽くしていると、富田がか俺を出し「上がってこいよ」と声を掛けてきた。

部屋に通され、小声で「あのさ、奥さん大丈夫なの?」と尋ねる。

昔から適当な性格の富田は「ちょっと夫婦喧嘩しちゃっててよ。まあ気にすんな」とだけ説明。

そんな状況の中、人を家に呼ぶなよとは思ったが、久しぶりの再会を楽しむ。

「最近岩上は何して遊んでんの?」

「ほとんど競馬だね。あれで金すげぇ溶かした。たまにジャズバー行ったりキャバクラ行ったり…。うーん、振り返ると本当ロクな使い方してないな」

「俺もよー、この間競輪でさ……」

その時いきなりドアが開き、奥さんが長い枕を持ったまま立っていた

「あんたね、くだらない事ばっかりに金を使って、私は……」

唖然とする俺を気にせず、富田を枕でバンバン叩き出す。

「友達来てんだよ。止めてくれよー」と情けない富田。

俺は奥さんを宥め、とりあえず外へ出るよう促した。

夫婦間で奥さんに頭が上がらないのだろうが、さすがに可哀想過ぎる。

ようやく嵐が通り過ぎ、富田はそーっと様子を伺う。

「アイツさ、看護婦やっててよ。俺より稼ぎあるからさ……」

「いいよいいよ。とりあえず飲みに行こう。キャバクラ行こうぜ」

あんな惨めな場面を久しぶりの再会で見られたのだ。

「俺、キャバクラ行った事無いんだよな…。それに金も無いし……」

「何だっていいよ。今から川越行くぞ。キャバクラ行こう」

何とか元同期を元気付けたかった。

俺は富田を引き摺るようにして駅へ向かう。

本川越駅に着き、ミサキのいるキャバクラ『サクセス』へ行く。

当然俺はミサキを指名。

待機している女が五人いたのですべての女を富田の席に付けた。

フルーツの盛り合わせを頼み、彼に勧める。

両手に華どころか、辺り一体が女だらけの富田は「キャバクラって楽しいなあ」と鼻を伸ばしていた。

家庭があるのであまり遅くに帰る訳にはいかない。

三回延長して会計は二十万円以上。

金は掛かったが、久しぶりの同期との再会は素直に楽しかった。

「少しは奥さん大切にしろよ」

彼を駅まで見送りして、俺は日常に戻る。

 

チャンプの従業員を辞めヤクザ者になった林。

その弟がワールドワンに来るようになった。

兄の威を借りてか非常に態度がデカい。

出勤して着替えていると「うぉいっ!」と言う大きな声が聞こえてくる。

ホールへ出ると吉田が「またアイツ来てんですよ」と苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「いくらぐらい使ったんですか?」

「まだ十万も使ってないですよ」

その時「うぉいっ!」とデカい声を出して林の弟が千円札を手で上げる。

山下がINしに行こうとするのを手で制し、俺が彼の席まで向かう。

「他の客もいるんで、普通に言ってもらえないですかね」

「あ? 俺、普通だけどー」

睨みつけながら威嚇してくる弟。

俺もその場でしゃがみ、睨み付けながら「普通じゃねえから注意したんだろ?」と怒鳴った。

「俺の兄貴知ってんだろ?」

「ああ知ってるよ、林さんだろ? 兄貴に言ってみな。岩上と揉めようと思うって」

他の客たちも一斉に弟へ視線が集まる。

「うちの兄貴はヤクザなんだぞ?」

「ふーん…、それで? 全部ちゃんと報告しろよ? 岩上のいるワールドワンで、行儀悪く偉そうに打っていたら注意されたって」

「ふ、ふざけんじゃねえ!」

弟はバツが悪そうにそのまま帰った。

「いやースッキリしたよ、見ていて」

客たちに褒められる。

ゲーム屋ではたまにこうした勘違いした客も多々いた。

番頭の佐々木さんから、チャンプの久保田が店をクビになったと聞いた。

仕事を終え、事情を聞きに行く。

原が言うには、ここ毎日のようにサラ金の取り立てが店に来ていたらしい。

十日で三割の高利貸し、通称トザンにまで手を出してしまった久保田はそれでクビになる。

何でそんなにしてまでシャブを……。

しかしそれがシャブ中なのだ。

もはや救う救えないの話じゃない。

俺がチャンプを辞めた後に入った従業員の飯塚が「岩上さん! 岩上さんならワンポイント二万で彫りますよ」と声を掛けてきた。

彼は有名な彫何とかの入墨を彫る元彫師らしく、会う度同じ科白を言ってくる。

身体に入墨やタトゥーなどまったく興味が無い俺は、いつも適度にやり過ごす。

クビになった久保田の動向が気になるが、俺では助けられない無理な領域にいるのだろう。

 

お硬い街川越に珍しく風俗店ができたようだ。

家から近いので入りにくいが、かなり興味があった。

サンロード沿い、湯遊ランドの先にある雑居ビルの三階にできたヘルス。

俺は休みを利用して行ってみる。

可愛い系で胸の大きなマドカという子を指名する。

実際に見てみると写真より良い女である。

プレイの途中、マドカの股間へ俺のをつけた。

「だ、駄目だよ! 本番禁止だから」

「先っちょだけ」

そう言いながら近付くと、マドカは大きな声を出して感じだした。

俺は興奮しながら徐々に中へ入れる。

大きく揺れるマドカの胸。

気が付けば完全なセックスの形になっていた。

何も言わず俺を受け入れるマドカ。

五分もしない内に、俺は射精してしまう。

生まれて初めての事だった。

今までどれだけ女を抱いたのか自分でも覚えていないほど数を抱いたが、まともにイケた事が無い。

俺はどうしてもこの女が欲しくなった。

「マドカ…、真面目に付き合ってくれないか? こんな仕事しなくても、俺が頑張って稼いでくるから」

真剣に真面目に気持ちを伝える。

マドカは少し考えてから口を開く。

「私ね…。ヤクザ者の女なんだ……」

「ヤクザじゃ、オマエを幸せにできない。だから別れろ。俺が幸せにしてやる」

その言葉に泣き出すマドカ。

俺は黙ったままセブンスターに火をつけて待った。

「あのね…、本当に嬉しいんだけど、私の彼氏ね…。今、刑務所入っているの……」

辿々しく話す。

「それなら余計だ。そんな刑務所行くような奴とは別れろ」

「この仕事するの、私初めてなんだ…。彼が入った時、待つって自分で決めて…、覚悟してこの業界に入ったの…。だからごめんなさい…。こんな私に本当に嬉しい…。嬉しかった……」

諦めたくなかった。

しかしこの子の心境も考え、今日は帰る事にする。

この出会いから俺はマドカの事で頭が一杯になった。

ワールドワンで働いていても、どこか上の空。

俺は余っていた発泡スチロール性のボード板を適度な長方形の大きさに切り、仕事中ポスカを使って絵を描き出した。

何故こんな絵を描いたのか、自分でも分からない。

イメージ的に暗い草原に佇む俺を頭の中で描き、そのまま絵をしてみた。

店の作業用に透明のクリアシートもあったので、空気が入らないよう絵を包み、水が溢れても大丈夫なようにする。

 

『これまで描いた星座シリーズの絵』

※2025/08/18更新 ■牡羊座 3/21 ~ 4/1920210327 牡羊座の絵 20200316 牡羊座の絵20230227 牡羊座の絵■牡牛座 4…

岩上智一郎の部屋

 

「岩上さん、絵上手いんすねー。いきなりそんなの描いてどうしたんですか?」

山下が覗き込んで声を掛けてきた。

「うるせぇ、何だっていいだろ! ほら、一卓さんINで呼んでるよ」

慌てて誤魔化す。

妙に落ち着かない。

俺はこの日も川越へ戻ってから、マドカと会いに風俗へ寄る。

「どうしたの、これ」

描いた絵をとても喜ぶマドカ。

俺は毎日のように風俗へ行き、連日彼女を抱く。

小出しにしながら徐々に口説く。

あれだけ色々な女を抱いてイケなかったのに、マドカだとすぐ射精してしまう。

性欲からか、心が欲しいのか。

混沌とした感情を抱えつつ、その為だけに様々な絵を描いた。

「ねえ、マドカ。源氏名と本名が同じなのは分かった。あとさ、苗字も知りたい。それと連絡先も」

「うーん…、ちょっとそれは待って…。あなたにだけ私は本番を来る度受け入れてしまっている…。彼を待つと決めてこの仕事を始めたのに…。携帯電話の番号はいいよ、交換しよ」

彼女なりの葛藤。

しかし心の中で揺れ動いているのも分かった。

「分かったよ。今日はもうこれ以上何も言わない…。俺はこれからも君の為に絵を描くし、できる限りここに来てマドカを抱く」

余裕なんてまったく無い。

だけど彼女の前では余裕を見せたかった。

少しずつ心が解れればいいのだ。

焦っちゃ駄目。

自分に言い聞かせるよう心の中で呟く。

まだお袋が家にいた幼少の頃。

俺は強制的に八個の習い事を通わされた。

ピアノ、習字、絵画教室、水泳スクール、学習塾、体操教室、合気道。

当時は一杯一杯でよく覚えていない。

だが幼い頃に習ったものは、三十歳になった今でも覚えているのだろう。

絵を描くようになって自覚できた。

マドカは俺の絵を喜んでもらってくれた。

それだけのスキルを持たせてくれたのは皮肉な事にお袋。

あの頃お袋は家を出ていくまでは、俺へ彼女なりに期待をしていたのだ。

今となってはお互い空回りで、修復不可能ではあるが……。

出て行って続けたのはピアノだけ。

あれは先生がいつも俺の愚痴を聞いてくれ、甘やかしてくれたから続けただけなのだ。

高校を卒業し、ピアノの先生へ会いに行った時の事を思い出す。

何故先生の家族は汚いものでも見るように俺に関わるなと言ったのだろう?

あれだけ俺を可愛がってくれた先生の家族たちなのに……。

未だにいくら考えても分からなかった。

 

今日辺りマドカも落ちるんじゃないか……。

風俗嬢に恋して真剣に口説いているなんて、近所のTBB総合整体の先生にしか言えなかった。

あの時から空けて二日が過ぎている。

マドカにも考える時間をあげたかったのだ。

明日、仕事終わったら帰りに寄ろう。

この手で抱き締めたかった。

川越に着き、マドカの店へ向かう。

おかしい……。

いつもなら一階の入口に看板があるのに無い。

俺はエレベーターで三階まで行く。

店は営業している雰囲気がまるでなかった。

恥ずかしさも手伝ったが、地元の知り合いに何か知っているか聞き回る。

もちろん俺が行ったというのは内緒にして、川越に風俗ができたんですよねとトボけた感じで……。

家の目の前にある映画館ホームランを継いだばかりの社長をする櫻井さんが知っていた。

「昨日さ、あそこ警察にパクられたんだよ。湯遊ランドの先のビルだろ?」

「え、パクられた?」

「店の女の何名かは、隣の屋根づたいに逃げたのもいたらしいよ」

「……」

格好つけて余裕なんて持とうとするんじゃなかった。

マドカは間違いなく警察に捕まった。

もちろん店も……。

俺は先日マドカの携帯電話を聞いている。

駄目元で電話を掛けてみたが、警察に押収されたのか電源が入っていない。

警察へ面会行くにも彼女の本名すら俺は知らないのだ。

結局この日を境に、マドカとは連絡がつかないまま終わってしまった。

 

 

 

『闇 15(ピアノが弾けたら編)』

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