内閣府経済社会総合研究所 Discussion Paper Series No.47 (June 2003) 『日本企業の研究開発の効率性はなぜ低下したのか』(PDF)
3.研究開発の効率低下の理由
以上のレビューで、研究開発の効率低下が疑問の余地なく確認できるわけではない。だが効率低下を示唆する研究はたしかに多いようである。
そこで論文の後半では、日本企業の技術戦略と、そのイノベーション課題の変化および研究開発マネジメントの特徴に言及し、なぜ効率が低下したのか、効率低下の理由を探る。
そして、1980 年代後半から閉鎖性を高めていった日本企業の技術戦略が、研究開発の効率低下に大きく関わっていることが示唆される。
2.研究開発と設備投資
1980 年から87 年までのデータがとられた理由は、児玉の著書の刊行時点(91 年)で利用できた、いちばん新しいデータが使われたからである。しかし、研究開発費が設備投資額を凌駕するという注目すべき「逆転」現象が起きたのはまさにその期間においてなので、その現象をふりかえってみる上で、このグラフは今日でも参照の価値がある。
産業特性にもよるが、一般に製造業の発展過程をみると、その発展の当初は技術のキャッチアップ段階にあるので、後発国のメーカーは、相対的に産業化が先行した国や地域や企業から先進技術を学習し、それを活用して設備投資を実行し、売上げと利益をつくっていく。その過程では、技術をフリーライド(ただ乗り)する部分があり得るので、設備投資額が研究開発費を上回ることが多いと考えられる。しかしながら、キャッチアップ段階を経て技術フロンティアに立つと、以後は文字どおり未踏の研究開発に従事しなければならなくなり、それを支える企業の研究開発投資は高水準を保つか、あるいは増やす必要がある一方、研究開発成果を設備に実体化するのは容易ではなくなる。試行錯誤的にいろいろな研究開発を試みなければならず、いわば「ムダ玉」に終わる研究開発活動が増えて行かざるを得ないからである。
4.研究開発と企業成長:マッキンゼー調査
以上の3つを要約すると、米企業を対象とするマッキンゼー調査は、研究開発への資源投入と投資家が獲得できる利回りとの間に一般的な相関関係が見いだされないことを示している。そして、投資家から見た企業価値を経営者が高めていこうとするとき、技術は不可欠だとしても、社内的な研究開発努力のみでそれを達成するのは今や不十分であり、分野によっては不適切ですらあると主張している。
マッキンゼー調査から、われわれが考えるべきポイントは2つある。第1に、オープンな技術戦略を含む幅広い戦略代案の意義である。アメリカ企業は近年、技術のライセンシング、技術獲得を目的とした買収、コーポレート・ベンチャーキャピタル、さらには共同研究や委託研究など広範な技術戦略を、相互に代替的なアプローチとしてとりあげ、技術戦略の幅広い選択肢を活用することによって、事業化と企業成長の加速を図ってきた。技術に関連した「作るか買うか」(make or buy)の意思決定、あるいはそのための「技術のマーケティング」(technology marketing)が、社内的な努力と並んで重要になっている。それに比べると日本企業は、社内における研究開発を重視する傾向が強い。そのこともあって、研究開発の効率低下の問題は、日本企業において、米国以上に深刻化している可能性がある。
第2のポイントは、日本の研究開発における「投資過剰」問題の可能性である。研究開発の内部費消分と企業成長との間に一般的な関係がないとすれば、社内の研究開発活動を支える研究開発費が日本企業の場合大きすぎるのではないかという疑いが出てくる。同額の投資を買収やライセンシングなど企業の外の技術へのアクセスのために利用したとしたら得られたであろう成果に比べると、社内の研究開発費が生み出している成果は小さいかもしれない。それは逆にいうと、研究開発に対して大きすぎる投資が行われていることを暗示する。
以上の2つが共通に示唆することは、研究開発投資の効率が日本企業において落ちているのであれば、それとの関係で内部志向か外部志向か、クローズかオープンかといった、企業の技術戦略のあり方を問うことが重要だということである。この点については、さらに後述する。
6.日本企業の技術戦略
だが基本にたちかえって、改めて考えてみると、研究開発の成果には一般に非専有性や非競合性といった公共財的性格がある。研究開発成果は程度の差はあれスピルオーバーするのが常であり、だからこそ成果の専有可能性(appropriability)を高める努力が重要になるのである。逆にいえば、事業化にとって有用な技術情報は、多少ともそれを外部から獲得することが自然であり当然でもある。設備投資が研究開発費を上回るIBM やインテルの図は、むしろそのほうが当り前なのかもしれない。こうしてみると、その当り前の構図が消えたことを問題視せずに、ポジティブに受け止めた日本の反応は、技術フロンティアに立ったという思い上がりか、ただ乗り批判に対する過剰反応だった疑いがある。
日本における80 年代の「基礎研究所設立ブーム」というのは、だいたい1980 年代中葉に始まり、80 年代末で終わった現象である(榊原 1995)。ブームが起きたちょうどそのときに、日本企業の技術戦略が「クローズ」のほうへ振れたことを示すデータがある。技術提携(technology alliances)の件数ベースの国際比較によれば(OECD 1997)、ハイテク分野における日本企業の技術提携は80 年代前半には増大していたが、86 年をピークに減少に転じ、今日に至っている。
7.日本企業のイノベーション課題とマネジメント
(1) イノベーション課題の変化
まず、日本企業が直面しているイノベーション課題の変化としては、次の2つが指摘できる。
第1は、プロセスイノベーションから製品イノベーションへの変化である。多くの論者が指摘するように、従来日本企業はプロセスイノベーションに注力し、そして成果を上げてきた。しかし生産地・中国の台頭などもあって、真に革新的な製品(サービス)の創造すなわち製品イノベーションの重要性が増している。それだけイノベーションが困難になり、研究開発から成果をあげるのが難しくなっている。
第2は、製品(サービス)の構造(=アーキテクチャー)が所与のイノベーションからその変化を含むイノベーションへの変化である。
製品アーキテクチャーの変化の本質は、その製品から得られる成果の専有可能性(appropriability)が変化することである。クローズなアーキテクチャーのもとでは、「もの作り」に秀でていれば儲けることができる。しかしオープンなアーキテクチャーではそうはいかず、成果の専有可能性を高めるための特段の取り組みが必要になる。
(2) 研究開発マネジメントの特徴
日本企業における研究開発マネジメントの特徴も、研究開発の効率低下に関係している。研究開発マネジメントの違いをステレオタイプ化して日米対比すると、一方でアメリカ企業の特徴を表現するキーワードは、多産多死、強い目的志向・結果志向、”stage-gate system”(Cooper 2001)に代表される非人格的管理手法の利用、積極的な外部資源活用などである。対照的に、日本企業で重視されているのは少産少死、目的志向というよりプロセス志向、「目利き」とよばれる特定個人の判断とセレンディピティ(serendipity)、社内資源と社内的努力の重視、等々である。このうちセレンディピティというのは「(偶然に)ものをうまく見つけ出す能力、掘り出し上手、運よく見つけたもの」といった意味の言葉である。
目利きという属人的要素と、粘り強い取り組みを強調する一定の価値あるいは組織文化と、やがて良いことが起きるという偶発性への期待(一種の楽観主義)という、これらの要素を強調する日本企業の研究開発は、基本的に内部志向である。既述のように、外部資源の活用に対して日本企業は積極的でない。むしろ社内に保有する人材とこれまでに蓄積してきた技術・ノウハウの活用が、研究開発の基本である。
第1の問題は、市場導入に結びつかなかったケースである。いかなる経緯にせよプロジェクトが事業化に結びつけば良いが、そうでない場合、この体制のもとではリスクが増える可能性が高い。「何があっても事業化へこぎつけたい」ということで、ぎりぎりまでプロジェクトを引っ張ってゆく結果、「NO GO」の意思決定が遅くなり転用不能な費用(いわゆる埋没費用)が大きくなることが、リスク増大の背景にあり、図表7における「日本企業のバイアス」の状況である。ちなみにこの図には「米国企業のバイアス」も記入されていて、それはプロジェクトの中断・廃棄が早すぎる状況である。
第2は、首尾よく事業化にこぎつけたケースであり、この場合にも問題がある。それは、事業化された個々の事業が個別的・断片的で、結果としての事業ドメイン全体が有機的なまとまりに欠けるという問題である。
プロジェクトを個別に成り立たせようとして、それこそ「身をよじってでも」事業化に結びつけようと粘った結果、何とか事業化に成功する場合がある。文字どおり「執念の勝利」である。しかしこれは事業個別の勝利であるにすぎない。紆余曲折を経て事業化された個々の事業を横に並べ、その全体を鳥瞰すると、成功事業は相互にバラバラで、全体としての事業ドメインがまとまりに欠けるという戦略上の問題が起きやすい。
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