「WINDの午後日記」

無事に筋腫の手術も終わりました。これからの「人生の午後」をのんびりつづります。

退院してひとつき経ちました。

2013-11-30 14:43:44 | 子宮筋腫 入院
気づいたら、退院してからひとつきたっていました。
え、もうあれからそんなにたったの?という気持ちと、
ずいぶん前のような気がするけど、まだそれだけしかたってないの?という気持ちの両方があります。

そして、退院してからのひとつき、いったい何していたんだろう、こんなじゃだめじゃん、という気持ちと
退院してから、あわただしかった、もっとゆっくりしたかった、という気持ちとそれも両方あります。

何を軸に思い出すかによって、全然違うイメージになるのでしょう。
単に頭の記憶装置がポンコツなだけなのかもですが(笑)

筋腫によって引き起こされていた内臓の圧迫の弊害はなくなり、
おなかはへこんだし、それは、ともかくよかったことです。
もっと晴れ晴れとするかな、とおもいましたが、そうでもなく
日々におわれてしまっています。
頼まれていた仕事は、先週で一段落しましたが。
(仕事じゃなくて、ほとんどギャラがでないボランティア的なものも含まれてました)

本当は全部自分でするつもりだったんですが、
家族から説得されて、一部ほかの方にお願いしたんですが、
お願いするって、申し訳なくて気を使うし、引け目を感じてしまうし、
連携がうまくいかなかったり、情報の行き違いがあったりして、
あたふたして、気が動転すること数度。
余計に混乱に拍車がかかってしまったかも(^^;) 

退院したら、筋腫がなくなった分楽になるのだから、
あれもしたいこれもしたいと仕事以外でもたくさんノートにかきつけていたんですが、
欲張りすぎていたのかもですね。

筋腫の手術は命にかかわるものじゃないから簡単簡単ってすぐにいわれますが、
それでも、手術なんて、体にとって尋常じゃないことなんだから、
すぐに思うとおりにできなくて当たり前。
そう思うことから12月再スタートします。
(そしてもっと楽しい日記を書こう!)

このところ体調は、わりとよかったんですが
おとといあたりから、また少し下腹部の奥の方が痛くなっています。
傷の表面の穴の方はほぼ目立たなくなっていますが。
横に5センチほどに切った部分の、表面が少し熱を持っている感じで若干の違和感、
少し盛り上がって硬くなっています。

それから、
出血というほどではないんですが、血のまじったようなおりものが昨日からあります。

来週の中ごろに一ヶ月検診なので、そのときに聞いてこようと思います。


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【入院まとめ(3)】手術翌日(1)

2013-11-25 17:35:06 | 子宮筋腫 入院
ずいぶんと間があいてしまいましたが、
ようやく少しまとめられる余裕がでてきました。

さてさて、手術の翌朝、多分うつらうつらしていて朝になったとおもいます。

朝食がでました。一日半ぶりの食事です。
パン、グリーンピース(?)のポタージュ、ヨーグルト、果物のピューレ…
要は薄味の流動食なんですが、おいしく感じて、残さず全部食べました。

9時ごろに夫が、10時ごろに義母が病室にきてくれました。

この日の午前中が一番きつかったように思います。
話かけられても、すぐに意識は途切れ、眠気、だるさがつのり、
腹筋に力が入らないので、声が出せず、返事ができないんです。
声を出そうとするとすごく疲れます。
だんなは親切で話かけてくれるんでけどね。うーんしゃべれん(~_~;) という感じです。

そして体中からいろんな管がでていること
腹部に穴が開いているという気持ち悪さ、
自由に動けないこと、
たびたび看護師さんがきてくださいますが、
「おしもの確認をしますよ」と足をひらいて確認される、(多分出血がないかをみているのですが)
このなんともされるがままのいたたまれなさ、

なんだか、あれこれしんどかったです。

この時点では、ほとんど下半身は感覚なかったように思います。

まだ手術後にきせられた病院の術着をそのままきていたのですが
この布が割と硬かっため、胸からおなかのあたりにこすれてかゆくなりました。
昔から、麻などに触れると蕁麻疹がでるので、皮膚が弱いらしいです。

体が自由に動かず、管もあれこれでているので、自由にかくのも怖いし
結局、術着と体の間にタオルを一枚あててもらい、抗ヒスタミン剤を塗って我慢しました。


昼食は、術後初の、普通のお食事です!

これが相当おいしかったです。

メニューでは、「魚のゆびき」となっていました。
たくさんのお野菜の上に、しっとりした食感のお魚のゆでた薄切りが乗っていて、
(三切れだけですけどね)
梅味のソースがかかっています。
つるんと飲み込める感じです。

義母が、ものすごく興味津々な表情でみていたので、一切れ差し上げました。

本当に食べたそうな顔してじっと見ていたんですよ。義母が(笑)。
こういうとき、かなりかわいげのある人です。

午後、傷から出ているドレーンと、尿カテーテルを取り外し、
自分の部屋着に着替えさせてもらいました。
これで胸元からおなかのかゆいのがおさまり、気分もだいぶリラックスして楽になりました。

カテーテルをはずしたので、今後は自力でトイレにいくわけですが、
最初一回のみ、ナースコールで看護師さんにきてもらいます。
めまいもせずに無事にいかれました。
起き上がるためにまず寝返りを打ち、体を起こす、そして、立ち上がる…それなりに大変ですが
この時点ではまだ硬膜外麻酔がきいているのでそれほど痛くなかったです。

熱は7度7分くらいあり、なんとなく、だるくて、眠い感じが続いていました。
臓器を摘出すると、熱がでるのは普通で、7度台なら問題ないそうです。

ところで、来てくれただんなには感謝しないとならないですが、
だんなが冷蔵庫をあけしめする音とか、コップをコトンと置く音とか、ぬれた傘をかわかそうとバンと開く音(この日は台風で大雨でした)、ベッドの足につまずく音とか、なぜか、そんなものがひどく響いて、寝ている体にこたえました。

他人のお見舞いにいったときは、物が当たる衝撃や音をたてないように静かにしなくちゃいけないんだな、と肝に銘じました。

三時くらいに背中に入っていた硬膜外麻酔の管を取りました。麻酔はここで切れ、後は錠剤の痛み止めのみ。
このあと徐々に痛くなってきました。

午後三時半、妹が来ました。
ま、別に洗濯物を頼むとか、なにか持ってきてほしいとか、
そういう用事があるわけではないので、(いつも、自分のことでいっぱいいっぱいで忙しい妹なんで、そういうことを頼めるタイプじゃないんです)
適当に面白おかしく話してすぐ帰りましたが。
しゃべったせいか、このあたりから意識がかなりはっきりはしてきました。

妹は、私の顔を見るなり「どしたの!!変に顔がつやぴかだよ」と指差して笑いました。
おいこら、失礼だぞ、妹。
やることなくて入院初日の晩に丹念にパックしてたのがよかったのでしょうかね(笑)

ちょうどそこへ、先生がみえられ(執刀されたのとは別の、若い女の先生です)
手術の説明をしてくださることになりました。
そこにいた妹を見て、「妹さんもご一緒に」といってくださり、よくわからないまま妹も参加。

そして、印刷したA4の紙一枚と、写真を何枚かくださいました。
いまどきの手術はこういう物をいただけるのですね。

A4紙には、15枚程度の写真とともに、コメントが載っているのです。

写真がちょっと気持ち悪いので載せませんが、

たとえば、
「手術前のMRI画像では18センチほどのおおきな子宮筋腫を認めます」←結局最終的に18センチとなってたわけですね
「子宮は赤ちゃんの頭くらいに大きくなっています」←この表現よくききますよね。自分のもそうだったのか…
「画面いっぱいにひろがる大きな子宮」←パツンパツンでツルツルに膨れた子宮の表面の写真

そして手術の手順と経過の写真、
その後には、

「手術の創部」←切ったあとのおなかの写真 
「摘出した検体は840g」 ←この写真は相当衝撃的で、いくつかに分断された子宮がドサッとカゴに盛ってあるんですよ。エイリアンみたいで怖いんですよ。

イメージとしては、ソーセージつくり教室で「今日使うお肉」が、調理台のカゴにどさっと盛ってある、そんなような感じです。
わかりにくい表現ですが、しかも実際のソーセージつくり教室なんていったことないですが、なんかそんな印象。
グロテスクでした…

だんなと義母は、手術後実物をみせられたそうですが。ご苦労さまです(^^;)

以前に姉が筋腫の手術をしたときには、私と母で切った筋腫をみましたが、それは親指2本くらい白くつるっとしたものでした。
それと比べてもあまりの存在感で、あらためて、自分の体のこんなに無駄なものがはいっていたのか、とあきれる気分でした。


やれやれ、手術の翌日一日のことを書くだけで、またもや、やたら長くなってしまいました。
この日一日のことまだおわってないですが、すみません。一旦ここで切ります。
こんなグダグダした記事を読んでくださって、ありがとうございます。

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退院後三週間。気分停滞気味です。

2013-11-21 16:52:11 | 子宮筋腫 入院
退院から三週間。

いろいろあって、なかなかブログが更新できず、
【入院まとめ】が手術のところで途切れて、いまだにおわっていません。

入院って、むしろ手術のあとの方が長くて大変なのに……


ま、そちらはおいおい進めるとして、今の状態をメモしておきます。

傷自体はもう触れたり、ひねったりしない限り痛くはありません。
せきやくしゃみ、急に起き上がる、などの動きも、多少ピリッと痛むので身構えますがまあまあ大丈夫。
5キロくらいのものを持つのも、筋力の衰えのせいか多少疲れはしますが可能です。
生理痛に似た腹部の痛みはあり、微熱があるときのような体が重い感じはあります。
なんとなく疲れやすいのは、筋肉が落ちているからかな、と思います。
あと血行が悪いのか、足がムズムズする感じに襲われて眠れないことがありますが、
ふくらはぎを圧迫することで、改善しました。(入院中にはいていた圧迫靴下をまた履いています)

内臓の圧迫感は減り胃が押される感じはなく楽になりました。
腸への圧迫がなくなり、便秘も解消しよい状態です。
膀胱が圧迫されないので、トイレにいく回数が減りました。
以前は夜中に必ず(多いときはニ~三回)トイレに起きてましたが今はほぼありません。
血行不良による腿の痺れはなくなりました。
ウエストが9センチ細くなっていました!
子宮の喪失感は今のところ特に感じません

体調はこんな感じなんですが……
実はですね。
この一週間くらい、自分でもあれっというくらい、どんよりした気分ですごしてしまいました。

すみません。こんなことうだうだ書いて。しかも、
またまたやたら長文で、申し訳ありません。
スルーしてくださいませ<(_ _)>


なんでだろう??と思うんですよね。
無事に退院して、筋腫はなくなり、回復途上にあるというのに。

退院当初はまだ高揚感がありましたが、
なんだか、10日位前から楽しいとか、うれしいとか、いう気持ちが全然わいてこなくなり、
これから起こることに対しても、楽しみとかわくわくもまったくなく、

そもそも人生にそんな楽しいことなんてないよね、みたいになり、
さすがに、自分でもちょっとどんよりしすぎ、と思います。

朝目がさめたときからなんだかどんよりしてますもの。

秋だから、かしら??
いや、そうじゃなくて

自分が思うに、理由はだいたいこんなことです。

8月に手術をすることを決め、病院探しに奔走して、検査だの診察だのあれこれあり、
病院に対してのいろんな疑問やら怒りやらを乗り越え、仕事のスケジュールなど調整して、
ようやく手術、退院。

この間、ものすごく夢中だったんです。
細かいことはもういいから、全体の方針のみしっかり立てて、
ともかく、これでよくなるんだったら、今はそれに集中しよう!と思って。
ある意味「非日常」です。
戦闘体勢みたいな感じです。

それがですね。退院して、数日で家でできる仕事はすぐに再開したせいもあり、
数日で「日常」に戻ってしまったんです。

この切り替えがうまくいかなかったようです。

「非日常」では、がんばる方向性がはっきりしている。
でも「日常」でのがんばりは、それは毎日の当たり前の積み重ね。

私は回復は割りと早い方だったらしく、三日後には一見もう普通に動ける状態になっていたので、
となると、たとえば家事はきちんとやりたい。自分もそう思うし、夫もそれを当然と思う。

でも実はまだちょっとは痛いし、しんどいので、思うようにできない。
起き上がるのがおっくうで、横になっていたいときもある。

本音では一日横になって何もしないでいたい日もある。
でも、世の中の人が皆、一生懸命働いているというときに
そんな怠け者なこと考えて、バカバカ自分、みたいな感じで(笑)

仕事も、「体調悪くて大変かと思いますが、なるべく早めにお願いします」という依頼が退院後すぐにあり、
できない、と突っぱねるほどの状況ではないので、極力早くしようとがんばるけど、
でも、それなりに疲れるし、集中力もアイデアも元気な時ほどはないので、
だめだ~となる。

退院三日目くらいからずっと途切れずに締め切りがあって、今、なぜか四つ目の締め切りです。
普段はそんなにコンスタントに仕事ないのに(全然ないときもあるのに)、なぜなんだろう??

「なるべく早く」という締め切りが複数重なってしまった場合、
相手の事情もわかるだけに、のんびり時間をすごしたりしてちゃいけないという風な思考になってきてしまって、

イカンイカン。
やればやるほど、周囲も「なんだもう大丈夫なんだ」ということになり、
ますます、療養中とは思ってもらえなくなっていくというわけですが。

別に、家族にしても、仕事相手の人にしても、
怠けないでもっと働けと思っているわけではないんです。多分(^^;)
なので、そう思っているのは、私の思い込みなんですよね。いわゆる「感情の先読み」というやつですね。
私ができないと訴えれば、すぐに対応してくれるとは思うのです。(そこまで人というわけではないので)

非日常では突っぱねられるものが、日常では受けるしかない。(と思い込んでいる自分)
だけど、それを普通にこなすことは正直いつも以上の体力と集中力が必要。
で、それをすることは、のんびりしたり、楽しんだりを全部そぎ落として必死にならないとできない。
必死になった結果、(元気なときには、それは張り合いにもなるんでしょうが)
日常って、こんなに「遊び」もなくがんばらないといけなかったんだっけ、これがずっと続くんだっけ?
と悲観的な方に発想が行ってしまい「達成感」よりも、「大変だった感」のみが増大し。

どうやら、私は、
特に体調不良のときには極端にマイナス思考が暴走するタイプのようです。
自分の体にとっても、手術で臓器を摘出するというのは経験したことのない大変な事態だったので、
それが精神に影響したみたいです。

その上、先週の金曜日に、パソコンがこわれました(涙)。
サポートセンターに電話した結果、結局Cドライヴの初期化しないとならなくなり、
そのせいでますます作業が滞ったり、いろんな設定やらデータが消えたり。
復旧にも数日かかり。

こういうとき、一個一個は別々なことなのに、全部まとめて考えてしまいがちで、
もういろいろとマイナス思考過ぎます。
でも、こうやって書くと、少し客観視ができます。

「なるべく早く」という要望に過剰に対応することはないな、と。
そして、人生自分で楽しくしないといけないな、と。
余裕は自分でつくるものなんだな、と。 

もしこれから手術をする方に私からアドバイスができるとしたら、
退院後、すぐに体を動かした方がよいとは病院からも言われ、
実際、今の手術の技術では、そこそこ動けるのですが、
体力の問題というよりは、精神的な面で
ゆったりする時間も失ってしまうとやはりつらいように思います。
会社の場合は、休みの期間をはっきり設定できますが、
なし崩し的に仕事に入る方はその辺要注意かもしれません。

ゆとりの時間を確保できるように準備するなり自己主張するなりはしっかりしてみた方がよさそうです。
私はその辺がうまくいかなかったので反省点です。
ここまできてしまったら、後は一刻も早くおわらせ、ゆったりすることを目標にします。
そして、そのゆったりを罪悪感なしに楽しむようにしようと思います。


昨日は、入院前から心配していた大荷物での外での退院後初仕事があり、
それは何とかすみました。万全というわけじゃないですが。
そのことなどは、やたらと長くなりましたので一旦ここできってまた書きます。

どんよりとした内容で、こんなに長々とすみません。
こんな内容なのに、読んでくださりありがとうございます。
この落ち込みは、短期的なものだと思うので、次回はもっと浮上してるはず!

予想では、来週には元気が復活している予定(^_^)b
(と書いてみることで、自己暗示にかかり、実現しやすいかも、と思ったり)




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【入院まとめ(2)】そして、手術

2013-11-12 16:48:01 | 子宮筋腫 入院
時間がたちすぎ!!ということで
忘れないうちに、入院中のあれこれをざっくりまとめます。【入院まとめ(1)】の続きです。


手術日当日。

朝食は抜き。
早朝から目が覚めたので、指定された経口補水液500mlをちびちびのみながら朝をまつ。
八時以降は飲水禁止。

そのあと事前に渡された術衣に着替え、弾性ストッキングをはき、髪をむすんで、金属類をはずして、準備終了。(11時からの手術なので、ちょっと気が早すぎ)

別に緊張するとか、不安になるとかは特になく、
自分の段取りをまちがっていないだろうか、とか、そんなことばかりを考える。

だんなが九時ごろ 義母がそのあときてくれて、
11時の手術にむけてお茶を飲んだりしながら待つ。私は当然飲まず食わず。
が、前の手術が押しているとのことで予定が大幅に遅れる。
何度か看護師さんが部屋に来て、
「もう少し遅れます。またお知らせします」とのことだったが、
どんどん遅れて、午後に突入。
飲まず食わずの私は相当にのどの渇きが強くなってきていました。

手術の時間が延びてそれを待つ間、普通だったら不安と緊張で、ちょっといたたまれない時間かもしれないけれども、陽気な義母が全然関係ない話をしてくれていたので、割と早く時間がたったように思います

今度ハワイにいきましょうよ、コンドミニアム借りて、とか、自分の昔の写真をみせて思い出話に花を咲かせたりしてくれたり、そんなことです。

義母は雰囲気は美空ひばり。ゴッドマザーな感じです。で、全然飾らない人で。
「こういうときあの子(自分の息子=私のダンナ)は全然やくにたたないでしょ。ごめんなさいね」なんていいながら、面白く話をして、自分も病院のいろんなことに興味津々でそれなりに楽しげ。ありがたかったです。実の母ではこうはいかないなぁと思ったり。
(母は、今回父の介護から手を離せないので、私の方から来るのを断っていました)

そんなこんなで1:40分頃。ようやくそろそろ手術ですと看護師さんがしらせにきてくれました。
10分後にむかえにきますとのこと。

時間がきて、ダンナと義母に会釈し、看護婦さんとともに自分で歩いて手術室に向かいました。
よくドラマであるような、あのストレッチャーに乗せられていく光景がとても緊迫してイヤだったのですが、まるでそんな雰囲気はなく、手を振ってすたすたと自分で歩いていかれるのは気が楽でうれしいです。

そしていよいよ麻酔。
看護師さん、麻酔の先生の数人がいらっしゃる部屋に入りご挨拶。
私は、緊張でちょっと涙目だったと思います。
この部屋の天井は、殺風景にならないようにという配慮でしょう、花の写真の壁紙がいっぱいに貼ってありました。
私が持参したCDがかけてありました。山下達郎のRARITIES。
この中の四曲目に好きな曲が入っていたのでした。

台にあがって、事前の説明の通りに背中を丸めて硬膜外麻酔のための管を入れます。
同時に、血圧、点滴。
数人に取り囲まれて、一度にいろんな処置が進むので、ちょっと何がなにやら…。

硬膜外麻酔は、これ背中側で見えない不安からか、痛みがちょっと大きく感じました。
背中に手が触れるたびにいちいちびくっとしてしまうのは、私が怖がりだからかもです。
見えていると怖くないんですけどね、見えてないと、いちいちびっくりします。
途中で、腰にビリビリっと電気が走ったように痛みを感じて思わず「いたっ」と声にだしてしまいました。
管の入る位置により、他の神経を刺激しまうのだそうです。

そこで、位置の調整をしていただき、この神経に触れるような痛みはおさまりました。
この間、背中を丸めて横たわる私の首の後ろと腿のあたりを、看護師さんがやさしく手を当てて、
幼児を寝かしつけるときのような要領で、やさしくトントンと叩きながら様子をみていてくれました。
おだやかで安心した雰囲気を醸し出していただいて、ありがたかったです。

そしていよいよ、口にマスクがあてられました。
背中に硬膜外麻酔の管を入れるのが予想よりちょっぴり大変だったので、
ここは特に抵抗も不安もなく、ふーっとお任せ気分になっていました。

ただ、いきなり咳き込んでしまったのですが、
「咳が出るのはこれはよくあるんですよ。薬のせいです。心配しないで」
とのこと。
次第に視界がるぐるしてきて、あ、麻酔きいてきた、今CDは三曲目、四曲目まではもうちょっとだったな……とおもったら、

次の瞬間は肩をたたかれ大きな声で「○○さん、手術おわりましたよ!」と名前を呼ばれました。

手術終了してました。
三時間たっていました。



この時点で、すでに自分の病室に戻っていたのかはっきりしません。
このあとベッドに移されたのはぼんやりおぼえています。
ダンナと義母はこの間手術の説明をうけ、切り取った840gの筋腫が、いつかに分断されカゴに入れられていたのを別室で見せられていたのだそうです。

病室で自分のベッドに戻った私は、視界はぼやけていて、意識も朦朧としていました。午後五時半頃でした。
体からは、いろんな管が……
尿カテーテル、背中には硬膜外麻酔、傷からはドレーン、腕には点滴、脚には肺血栓予防装置、それから心電図モニター、血中酸素濃度測定器具。
義母が「よく頑張ったわね」と言ってくれたのと
ダンナが写真をぱちぱちとっていたのはおぼえています。

これは私が前もって頼んでおいたことでした。
何か動きがあったら写真を撮っておいてと。
ダンナはこういうときにやさしい声をかけてくれるようなタイプじゃないんで、
何か具体的な役割があったほうがよいようなのです。

このあとはうつらうつらです。

体はまったく動かず、ナースコールも自力では握れず、あらかじめ手に握らせてもらいました。
全身麻酔はさめているのですが、眠気がたびたび襲ってきます。
感覚もあまりなく、高熱が出る際の寒気のような、体中ざわつく妙な違和感と倦怠感で
いたたまれない感じでした。
この時点では痛みはあまり感じていませんでした。
これだけ管があると寝返りをうつこともままならないので、結局ほとんど動かず。

自分で体をうごかせないので、お腹の辺りがどうなっているのか見ることはできませんが
お腹に穴があいている。そして管がでている……
というのが想像するだけで、なんとも生理的に気持ち悪く
動けなかったというのもあります。

水は電動ベッドを少し起こして、水のみで飲ませてもらいました。
そのあとは、自分で水のみを持って数回飲んだと思います。

夜になり、面会時間も終了に近づいたので、義母につづき、ダンナも帰り、何か言葉を交わしたと思いますが、あまり記憶もありません。
夜中に懐中電灯をもった看護師さんが何度も見に来てくださったのはぼんやり覚えています。
結局ナースコールは握らせてもらったまま、一度も押すことなく朝を迎えました。


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退院後二週間たちました。当たり前だけど、まだすっきりはしません。

2013-11-12 15:24:27 | 子宮筋腫 入院
入院中のメモと、退院後の現在の時間軸がふたつあってわかりにくいですが、
忘れないように、とりあえず現在の状況をメモします。

前回の記事が確か退院6日目でしたが、
現在退院退院14日目、二週間たちました。
随分間があいてしまいましたが、
皮膚の表面の傷跡は、もうほとんどありません。かさぶたになっています。
ただ、以下の症状があります。

表面の傷はほぼ治っているとはいえ、それなりに薄い痛みは常にあり、
お腹をひねるとさすがに痛い。
生理痛のような下腹部鈍痛が一日おきくらいに、少し強くなる。
腸が動く時のキューッという鋭い20秒程度の痛み。
引きずり込まれるような眠気が時々襲ってくる。(手術との関連はないかもですが)
それから腰の辺りがざわざわと、落ち着かないような、すわっていられないような変な違和感。
多分、血行不良とか貧血とか、そんなことが原因だと思います。

退院一週間後に病院での診察があり、
これが退院後はじめての電車にのる外出だったのですが
その日に限って朝から上記の諸症状が特に強く、
鈍痛だの眠気だのに襲われて、でかけるのがとてもしんどかったです。

でも、行った先では、なんだか入院をちょっと懐かしくおもいだしたり、
先生には、回復の経過はよいといわれ安心しました。
腹部の痛みについて聞くと。
あれだけ切ったのだからまだ痛くて当たり前ですよ、とのことでした。
むしろ回復は早いほうだと。


私の場合腹腔鏡補助下手術で
表面には、三箇所の穴と、切除した筋腫を取り出すための五センチほどの傷があるだけなのですが、
内部では、縦に15センチほど切っているそうで、それを溶ける糸で縫っているために、
表面の傷はほぼ治っても、まだ傷の痛みはあって当然なのだそうです。

そうか、納得。

なので、今日から湯船につかってもいいですが、
ひと月は運動はひかえるようにしてくださいね。とのことでした。

お酒を飲んでよいかを尋ねると、「少しならよいですよ、毎日じゃないですよね?」と先生。
「あ、何も言われなければ毎日飲みそうです」と私。
入院前には、夕食のときにビールを飲むんのが普通になっていたので。

先生は苦笑して、毎日はダメですよ。傷にさわります。
休肝日は必ず週二日。
ビールは500mlまで。ワインはグラスに二杯までですよ。と。

はい、といったものの。飲んでいいといわれたことでうれしくなって
私はちょっとニヤニヤしていたらしく、
先生は、これは全然信用できない、と感じられたのでしょう。

帰り際にも、「くれぐれも呑み過ぎないように」と笑いながら念押しされました。

仕事の方は、家でできるものに関しては、退院後3日ほどで、少しずつはじめ
一週間検診がすんだあたりからわりと本格的にはじまってしまいました。もう少しゆっくりしたかったのですが、締め切りがあるものなのであまり先延ばしに出来ずに、
体調を見ながらという感じで。

ただ、いろんな痛みだの不調はそこそこあるので
そのせいで集中力が全然なく、細かいチェックなどが時間がかかるし、
(それは別に手術のせいでなくもともとの能力不足のせいですが、でも健康なときにくらべると、明らかに細かい作業が遅くなっている感じはありました)
長時間座っているのも、やはりきつかったです。
以前つかっていたやわらかめの椅子をだしてきたりしました。

ま、無理すればできなくない、という感じです。
途中作業がはかどらず、どんよりとした気分に襲われたりもしましたが、週末も休まず作業をすすめ、

夜には近所の焼き鳥屋に行きました。
顔なじみの店長が、もうすぐ店をやめるというので、今行かないともう挨拶できないと思い、
どうしてもこの時期行っておきたかったのです。
無事に挨拶もでき、これからのことも話がきけてちょっとほっとしました。
退院十日で焼き鳥屋いけるまで回復するとは思わなかったです。
ビールはかなり控えましたが。

昨日は、快気祝いのお菓子を準備しにでかけ、お手紙をいれてお菓子を配送してもらう手配をしました。
ここまでは、まあまあ順調。

が、はやりちょっと無理しすぎたのか
夜にはまた腹痛と腰の部分の違和感があり、夜は食事の後片付けも出来ずに横になり
今日も午前中は横になっていました。

どれも、激痛というほどでもないし、まったく耐えられないこともない、あいまいで不快な感じの症状なんですが、体調がなんとなく悪い一因として、筋肉が衰えたせいで血行が全般によくないせいもあるのかな、とおもいます。
すこしずつ歩く距離を増やした、マッサージをしてみたり、あれこれ対応してみようと思います。

ここしばらくはPCに向かっての仕事ですが、
11月20日に、初めて大きな荷物をもっての外でのお仕事。
しかも、その日はいきなり二つの予定がはいっています。
大丈夫かな。

そこまでに、少しずつ体力増強計画を実行していかねばです。


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