80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

自分を考えれば。

2015年04月29日 19時24分43秒 | 考える
1日の終わりの言葉 海原純子 (PHP研究所)
 誰かに言われた一言
誰かに何か言われて落ちこんでる?
それが事実なら そうだね と事実をみとめる
それが中傷なら 耳をかすことはない
誰かの言い方がきついのは
その人の性格の問題と
その時のその人のイライラ
あなたのせいじゃない
ほら 落ちこむことなんて ないよ



「知らない」のは、未学習なだけ。
最初から拒絶するな。
拒絶してしまったら、何も残らない。
私は「とにかく生きている」のだ。

いらつくのは、自分の努力に「触れてくるもの」が
何もないと感ずると言うことかもしれない。

・・・などと疑問形にするのは、
私自身が自分から「触れてくるもの」を 
拒絶しているだけのことかもしれない。 

さらには、そういう自分を
正当化する理由を探しているだけのことだ。

行く当てがないということは悲しいことだ。 

ふと思う。
まだ、4月28日、GW 前。

訪れる者はなし。
訪れるべき相手もいない。

思い込みかもしれないが、
居場所がない!!
やるべきことがない!!


しかし、これは、多分、私の思い込み。
気持ちの問題・・・。   

他人は、私の思いどおりに動かない。
私の思いなど、考えもしない。
  

私は何者なのか?
他人にとって、いかなる存在なのか?
世間は、私に何を求めているのだろうか?

というより、私自身は一体何を求めているのか?
今さらながら思う。

私は、人付き合いを怖れているのかもしれない。
自分を、人前にさらけ出してしまうのが怖いのかもしれない。


「泡盛」をお湯割りにして飲む。
これを 「ヤケ酒」 というのか?
これって、けっこう、うまいのだが・・・。


PHPアーカイブス「心に響く100の言葉}
     (三浦綾子氏選)
一生を終えてのちに残るのは、
われわれが集めたものではなくて、
われわれが与えたものである
  ジェラール・シャンドリー

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