80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

今年は・・・。

2016年01月24日 21時14分16秒 | 考える
1月22日(金)

無理に自分をコントロールしようとする必要はない。
この私、充分、個性ある個人には違いなかろう。

とは言え、私はどこにいればいいのか?

そうだった。
以前は私自身も兄の保護を受けていた。
いや、現在も、やはり兄の保護がある。(感謝!!) 

60だろうと、70だろうと、
今、やらねばならぬことがないということは、
自分自身が、
やるべきことを見つけていかねばならないということ。

他人のことに関わっている暇なぞはないのだ。  

肩の力を抜いて、誰かのために何かをなぞと考えてみても、
この歳になると、実際、実績がなければ、何にもならない。

こちらが、ひとり肩肘怒らしてみても、
実際には、誰も、何も期待しようがない。
何もない爺さんでは使いようがないだろう。 

こうしなければ・・・ではなく、
自分が 「こうしたい」 で生きていく。
それでいいし、また、そうでなければならない。

今さら過去を振り返って悔やんでみても仕方がない。
昨日のことですら、やり直しはきかないのだ。 

人間関係の極意は、まず相手を認め、受け入れることだとか。

他人は他人、人それぞれの生き方、考え方がある。
それが、良いか悪いか、
結果が現れるのは、ずっと先の話だ。

ならば、私の場合、一体どうすべきか?

人は百人百様、
人それぞれの生き方をしている。
まずは、相手に安心感を与える。 
それでいいと思う。

迷うことなんか、どこにもない。
と、ことさら言うのは、やはり迷っているということだろう。
人は、お互いに他人の生き様や考え方を、まず認めることが大切だ。 
その上で、なるべく相手の自由を損なうことなく、生きていくべきだ。

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