80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

ひかり

2019年01月09日 14時23分50秒 | 創作
おそらく光線の加減だったのだろう。

まるで初めての街だった。
どこにでもある町並み、それでいて見知らぬ街。
交差点の真ん中に立って、一人当惑している自分に気づく。

「ここは、どこだったろうか?」

朝日の生まれたての光。
赤ん坊の、あの強烈とも言える新鮮さ。
どこまでも若々しい光に包まれて輝いている。

が、それはほんの一瞬でしかなかった。
見失ったいつもの町並みが戻ってきた。
・・・いつもの電柱、いつもの通り、いつものポスト。

「ウム・・・。」

脈絡もなく、ふっと、高校時代を思い出す。
柔道の試合だった。
明らかに力の違う相手・・・。

送り襟締めにとられ、突然周囲の音が消え、時計が止まった。

姿三四郎だったらどうする・・・?
そうだ!! ここは巴投げしかない。
そんな事を考えていた。
いくらでも考え続ける事が出来、何でも出来そうな気がした。
そのくせ、何もせず、何も出来ずに、気が付けば試合は終わっていた。

そう、いつだって、何だって、そうだった。
ひょっとしたら、私はいつも、進まない時計の針先でもがき続けて、いや、もがこうとしていただけだったのかも知れない。

見上げれば、朝の街角、朝の空。

そうか、逆なのだ。
見る方向がいつもと反対なのだ。

出掛ける目。 
・・・そして、戻っていく目。

日曜日、朝帰りの風景。    

槿花亭綺譚 (槿花一日の栄え・槿花一朝の夢)

2019年01月07日 11時19分12秒 | 創作
槿花亭綺譚 (槿花一日の栄え・槿花一朝の夢)
槿花とはムクゲの花。
槿花は朝開いて夕方にはしおれてしまい、その華麗な花も一日だけのものであることから、はかない栄華のたとえ。

ああ、のぞめば道遙か、振り向けば日は黄昏れて、今、山に沈まんとする。
現世は幻なりと観じてみたとて詮もなし。
思えば遠き青春の、熱き想いを今ここに、背負いし罪科を顧みて、玄武の甲羅に譬えれば重ねし苔の幾層か。 
思えば胸の痛むなり。


☆「秋桜のこと」
10月も半ばを過ぎ、吹く風の爽やかな中にも、時折、何となく冷たさを感じさせるような、そんな季節でありました。
いつもの散歩道を、私の目の前にどこからでしたろうか?
ふわり、薄紅色の何とも艶やかなスカーフが一枚、飛んできました。
爽やかな秋風に乗ってどこからともなく流れてきたようでありました。

急ぐ様子でもなく、と言って、ただのんびりとそこら辺をただよっていたという様子でもなく、
どこかに向かってふわりふわりと飛んでいく途中ですといった風でありました。
スカーフは一体とこに行くつもりなのか? これは、誰かがはっきりさせる必要がある。
そんな気が致しました。

と言って、見渡せば近くには私以外、ただ一人の人間もおりません。
とすれば、私がそれを確かめずに一体誰が確かめるというのでしょう?

いつしか私はスカーフを追ってふらふらと歩いておりました。
ふわりふわり・・・、スカーフは、早過ぎもせず、かといって遅すぎもせず、私の歩みに会わせるように、
そう、まるでそよ風に舞う蝶のように飛んでいくのでした。

街角を何度か曲がって、ふと見上げると、いつの間にか、私は桜並木の下に立っておりました。
私は思わず目をこすりました。 二度三度、瞬いてもみました。

それは間違いもなく桜の花、桜の林の中でした。
満開の桜が、辺り一面、これでもかと言わんばかりに咲き誇っているのでした。
花と花が、幾重にも幾重にも重なり合って、ここに立って見上げていると、まるで一塊の雲・・・。
夕焼けの、終わり間際のあの薄紅色の雲のように見えました。

私を包み込む甘い香りは、それこそ息苦しいほどの香りでした。
これが桜の香りなのでしょうか?

考えてれば、私はこれまで桜の香りというのを知りませんでした。
何やら頭のてっぺんを突き抜けていくような強い香り・・・。
魅惑的とでも言ったら良いのでしょうか? 
・・・そんな感じでした。

思いもかけぬ桜の香りに戸惑う私の耳に、突然、何やら低い声が、つぶやきのような声が聞こえました。
向こうの木の陰から聞こえてきたような気が致しました。
耳を澄ませば、木の葉のざわめきのようにも思われました。
小鳥のさえずりだったのかも知れません。

ヒュンッ・・・、これは風でした。
桜の林を一陣の風が、駆け抜けていったようです。

狂おしい桜の香りが渦を巻いて私を包み込みました。
瞬間、辺りがしんと静まりかえり、ややあって再び、峠に薄い霧の降りかかるように、さらさらと
あの呟きが舞い落ちてきました。
さらさら、さらさらと呟きが私の足元に積もり重なっていくようでありました。

とはいえ、そのために桜の花びら一枚、あるいは桜の葉一枚が舞い落ちたわけでもなかったようです。
時折、薄紅色の花びら、しなやな枝がなまめかしく身をくねらせる。ただそれだけの事でした。

ヒュンッ・・・と風が吹き抜けて、さりとて、何一つ変わった様子もなく、ただ桜の森は
得体の知れぬつぶやきとささやきとに満ちあふれていくようでありました。

時は10月、人知れず、桜の森に棲むは魔物か? 
私は何を思うでもなく、その場に立ち続けていたようでありました。 <了>

「短編小説」のつもり ― ユウコちゃん (その 5 = お終い)

2018年04月13日 06時07分03秒 | 創作
ユウコちゃん (その 5 )

ユウコちゃん、未だに私は君を見上げている。

もしかすると君は、あの日の母のように、どこかで私を見おろして
いてくれているのかも知れない。

いや、これは、君が私を軽蔑して、上から目線でいるという意味では
決してない。

優しくと言うか、女性は常に男性を見おろしているものらしい。
人からそんな事を聞いたことがある。

確かに、女性とはそういうものなのかも知れない。
いつの頃か、私もそんな風に思うようになった。

古墳の町で電車を乗り換えた時、すでに時間はかなり午後に食い込ん
でいた。
電車は、ゆっくり一駅、二駅と止まり、三番目の駅が目的の町だった。

この時点で、まだ彼女がどこにいるのかも、私は全く把握していない。

駅のホームに立って、ふと思う。
私は今回、ユウコちゃんに会うことが出来るだろうか?

たまたまにしろ、彼女に会えたら、その時、私は一体どうするのか?
その後どうするのか?
( )

思えば、肝心なことを何一つ考えてこなかったのに気がついた。

今さらだが、何だか不安になってきた。
このまま黙って、東京に引き返すのが正解なのかも知れない。

私の生き方ときたら、今までずうっとこんな調子だった。
現在、すでに70歳、何と進歩のない人生なのだろうか。

いずれにしても、もう時間が無い。

ともかく開いているお店に入って、ユウコちゃんの消息を尋ねてみる。

ひょっとしたら・・・、
もしかして、もしかしたら・・・。


ユッコ、君に会いたい!!

でも今すぐ、このまま君と会うのは、ちょっと怖くもあり・・・。

期待と怖れ・・・、複雑な気持ちで、私は店のドアに手をかけた。
(お終い)

「短編小説」のつもり ― ユウコちゃん (その4)

2018年04月12日 09時16分15秒 | 創作
ユウコちゃん (その4)

目的を持った行動、目的のある毎日。
愛する人のいる家庭。

自分の行為、目的が、常に愛する人に結びつく、そんな生活。
心地よい疲労感。 ・・・

旅・・・人生という旅を、たった一人で歩いていくのは、あまりにも
寂しいことだ。


現在、70歳、今後10年を生きる目的、目標を考えてみる。

いつの間にか遠離る過去・・・。
見失われる目的と目標・・・、そして未来すらも。

自分が良ければ、それはそれで良いのではないだろうか?
そうも思う。
他人のことなどいろいろと考えたところで、所詮、他人は他人でしか
ないのだ。

お互いの間に強い信頼感がなければ、結局、他人は他人でしかあり得
ない。

新年度、あるいは自分の誕生日、時に触れ、総てをやり直すつもりで、
歩き出してみる。

しかし、結局、私は私以外の何者にもなり得ない。


思えば、いつもいつも、何か、やろうやろうと考えてはみるものの、
結局何も見つからず、何も出来ないまま、いつの間にかグータラ生活が
体に染み込んでしまった。


そう、まさに後悔は先に立たず・・・だ。

午前中、寄り道をして、私は、あの古墳の町に立っていた。

目の前の、小高い丘は、大昔、誰やらを葬った墓であるらしい。
ここで石器らしきものを見つけたこともあった。
私には、大変思い出深い丘だ。

以前、丘のふもとの公営住宅で、私たち一家は暮らしていた。
いたずらをした時に父に、木の枝で昼間も少し薄暗い山道を、
「反省しながら、一人で頂上まで登ってこい!!」とやられる。

まだ幼かった私には、細く薄暗い山道登りは、思う以上にきつかった。
・・・

私はいつも泣きながら、あるいは半べそで、えっちらと岡の頂上まで
登って帰ってくる。

今から思えば、これはいたずらの罰であると同時に、私の足腰の鍛錬
でもあったような気がする。


さらに、後で気がついたことだが、そんな時、いつもそっと母が
後ろから付いて来てくれていたようだ。

(続く)


「短編小説」のつもり ― ユウコちゃん (その 3 )

2018年04月11日 17時56分13秒 | 創作
ユウコちゃん (その 3 )

今回の旅行に出て以来、ずっと繰り返し考え続けてきた。

今さら・・・、いや、今だからこそ・・・、そう、今しかない・・・。
しかし、本当にこの先、何かが待っていてくれるのか? ・・・と。

青春期、私も人並みに、何度か恋を経験した。
しかし、結局はどの恋も実ることはなかった。


初めての恋・・・、気持ちを打ち明け、即座にはっきりと断られた。
「悪いけど好みじゃない。あんたとずっとやっていく自信がない。」

また気持ちを打ち明けたが、返事すらもらえずに無視されたことも。

さらには片思いのまま、打ち明けることすら出来ずに終わったことは
二度、三度・・・。 ()

恋多き男と言わば言え。
それが青春期というものではないだろうか。


そう、ユウコちゃんの話だった。
彼女と別れてから、すでに60年以上になるだろうか?

無論、今もなお、ずっとこの街に暮らし続けているとは考えにくい。
それならそれで、その後の消息が気になってくる。
どうなんだろう・・・?

そう、初恋と言うにはあまりに幼なすぎた。

思えば、学校で彼女と過ごした時間は、ほんの一瞬とでも言うような
短期間だったが、あの日、それが蘇ってから以降、ずっと気になって、
時折、彼女の幼くかわいい姿が眼の前にちらつくようになった。

人は希望があるかぎり若く、失望と共に老い朽ちる。 S・ウルマン

ユウコちゃんへの思い・・・。
そう、それだけが今、やっと仕事から解放された男の、ただ一つの夢。
ひょっとしたら、それが私に心の安らぎを与えてくれそうな、そんな
気がする。

しかし、これはあまりに身勝手な、また虫のいい話だろう。

もしも、ユウコちゃんの消息が知れたならそれだけでいい。
そのまま黙って帰ってこよう。

考えてみれば、それは当然の事だ。
どうして、今まで気づかなかったのか?

私は、自分の思いつきに思わず指を弾いた。
(続く)