関とおるの鶴岡・山形県政通信

安心して住み続けられる山形県をめざして、住民の暮らし、県政の動き、そして私の考えと活動をお知らせします。

被災地ボランティア

2012年04月11日 | 活動報告

4月7日(土)8日(日)、日本共産党山形県委員会の被災地支援ボランティアがおこなわれ、鶴岡からも18名が参加しました。
私は、8日に参加しました。

朝6時出発、月山を越えるとすばらしい晴天で、「行くぞ~!」と気持ちが高まってきました。
活動場所は、山形県は仙台東部地区、9時には、集合場所の高見のり子仙台市議の事務所に到着。

若干打ち合わせ。
初日は、津波に一階を飲み込まれたお宅の泥をシャベルでかき出し、土のう袋に詰めて運び出す作業だったようです。
二日目はそれに加えて、無料バザーをおこないます。


泥出しは、母屋の周りに小屋やビニールハウスのある大きな農家でした。


一回部分はまるまる波に飲み込まれたようで泥に埋もれた状態だったようですが、二日目はもうゴールが見えた状況です。
畳・床板が外された床下に潜り込むようにしてシャベルでどろを掻き出し、土嚢袋にいれて運び出します。
しかし、いろいろコツや注意事項があるようで、初日からやって慣れた人の仕事になりました。

それで私はバザーの準備。

作業の都合上、泥だしをしている農家のビニールハウスをお借りして、米、衣類、生活用品、野菜など寄せられた多くの物資をビニール袋に小分けしまし、それを会場である近くの公民館に搬出しました。


会場は笹屋敷町内会館、建物内だけでなく、建物の前にブルーシートを広げて物資を広げました。

バザー開始の午後一時から、物資が無くなる一時間ばかりの間に二百人を超すと思われる住民の方が次々と訪れてくれました。



皆さん笑顔で「ありがとう、ありがとう」と感謝していかれました。
喜んで頂いて私も「ありがとうございます」という気持ちになりました。

帰りは、「閖上さいかい市場」に立ち寄りました。

地域ごと波に流された閖上(ゆりあげ)地区の商店が入った仮設の店舗です。



私はやっぱり日本酒を買い求めました。
お店の方は、「店も自宅も全部流された。知り合いも何人も無くなった。今はアパート暮らし」とつらい体験を静かに話してくれました。
今後のご発展を祈念してお別れしました。

冬期間はボランティア活動を中断していましたが、今月から再開、来月以降時間を見て続けます。
参加可能な方は是非声をかけて下さい。一緒に行きましょう!

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