パロディ『石泥集』(短歌・エッセイ・対談集)

百人一首や近現代の名歌を本歌どりしながら、パロディ短歌を披露するのが本来のブログ。最近はエッセイと対談が主になっている。

2018年事件簿3 脳死状態のレスリング協会

2018-03-15 15:55:23 | パロディ短歌(2018事件簿)

(画像は、パワハラ問題に反撃した谷岡郁子・至学館学長)

           「選手と擬似恋愛」はないでしょう?
 当方の風邪の間に、米朝会談予定のほか、日本レスリング協会のパワハラ問題が噴出した。例によって、文春砲。オリンピック4連覇を成し遂げ、国民栄誉賞を受けた伊調馨選手が8年間にわたって、強化本部長の栄和人氏から、さまざまなパワハラを受けていたという内容で、東京オリンピックを控えて練習場もコーチも取り上げられ、5連覇への練習がままならない状態だという。

 1月18日に内閣府宛の告発状が出されていることを、文春が報じたのは2月28日。しかし、レスリング協会は全面否定。栄本部長は「自分としてはパワハラはしていない」といいつつも、「受け取る側の気持ちの問題もあるので…」と口を濁した。告発したのは、貞友義典弁護士と伊調選手が師事してきた田南部力コーチ、もう一人、レスリング協会の運営に疑問を持つ安達巧コーチ。伊調選手自身は告発に加わっていない。おそらく、国民栄誉賞受賞者が騒動の渦中に巻き込まれるのを回避する…という意味合いが強いだろう。しかし、問題の核心は伊調選手の練習場とコーチの問題である。

 告発の内容は3つに集約される。①伊調選手が師事する田南部コーチに対する不当な圧力(男子のコーチを優先せよ) ②伊調選手の男子合宿への参加禁止 ③警視庁レスリングクラブへの出禁処分。
 日本レスリング協会の組織を見て驚いた。理事会、役員会、その他20にも上る委員会やその下部機構。要するに、過去の選手たちや取り巻きが、あちこちにとぐろを巻いている…という構図。最初から動脈硬化を起こしそうな組織なのである。

 こんな組織では、メダルを量産した栄氏のような「実力者」がでたら、皆が寄りかかる形になる。事実、栄氏は常務理事であり、強化本部長であり、主な委員会には必ず名前を連ねていた。実質的な「天皇」である。体育会系の組織によく見られるのは、「結果がすべて」で、ついでに「方法」まで神格化されるからだろう。事実、レスリング協会には「八田イズム」という独特の猛練習が行われた時代があった。女子バレーボールの「大松イズム」と同じ時代である。

 今回の告発は、要するに「選手として強くなる方法」についての相違を認めよ…という要求に尽きる。北京オリンピックで2連覇を果たした伊調選手が、実力をさらに磨くため田南部コーチに教えを受けたところ、男子コーチの指導は理路整然としていて、強くなるための道筋がはっきりしている…そう感じたことがきっかけとなっている。逆に言えば、栄コーチの指導からは、はずれたいと思ったことになる。

 何故、栄コーチは伊調選手の願いを聞き入れることが出来なかったのか? 私なら「そこまで言うなら、やってみろ」と送り出す。その代わり、失敗も成功もお前のもの、という覚悟はさせる。しかし、栄コーチは中途半端であった。本心は決まっている。「やめろ」ということである。ただ、正式に話し合うことはせず、ぼやいてみたり、実質的に田南部コーチをはずすような言動をしただけだった。要するに、公にはせず陰の部分で圧力をかけたのである。レスリング協会内での保身という意識もあったろうし、コーチとしての目は伊調選手の成長を認めていたからだろう。ただし、全体としての印象は「陰湿なパワハラ」ととられても仕方がない。

 栄コーチの選手育成の方法として「選手と恋愛する」が報じられたのには、引いた人も多かったと思う。もちろん、本物の恋愛が出来るわけはなく、この場合は「擬似恋愛」と解釈するのが正しい。男子コーチが女子選手を育成する難しさは、昔から言われてきた。社会的に男性と女性を差別するのはご法度であるが、生物学的にみた場合、あるいは脳科学的にみた場合、男性と女性の間には越えがたい溝がある…というのが今日の定説となっている。(一昔前のフェミニズムが主張したように)男性と女性の差は社会的につくられたものばかりではなく、元々もっている素質によるところも大きい…というのである。

 幼稚園で絵を描かせると、女の子は家を描き、周りに花を描き、家族を描き、さらに隣の家を描いていく。絵は平面的に横へ横へと広がり、平和的で牧歌的な世界が広がっている。これに対し、男の子の描く絵は、人物よりも消防車とかロケットだとか、動くものに焦点が当てられる。色も黒とか紺とか、強そうな色が選ばれる。視点も上から見たり、下から見たり、自由自在に動く。戦闘の場面を描くこどもも少なくない。ガシャン!とかビューン!とか、効果音を発しながら描く男の子も多い。

 かけっこで先頭を切って走っている子と中盤で転んだ子を描くと、女子は圧倒的に転んだ子に注意を払うのに対し、男の子の半数は先頭を走る子にわが身を託す。くだくだしく話すこともあるまい。結婚して十年以上経った夫婦なら、お互いに、生物としてずいぶん違った存在だということは分かっているはずである。

 栄コーチが擬似恋愛に活路(?)を見出したのは、分からないではない。恋愛中の男女は例外なく、相手のことをもっと知りたいと思うものであり、男女間の距離を縮めようとする意欲にあふれているからである。ただ、意思の疎通を図る方法として採点するならば、50点くらいであろう。女性が最も嫌うのは不公平=えこひいきなのであって、逆に恋愛は究極のえこひいきを願うものだからである。擬似恋愛で引っ張るのは難しいよ、栄さん。もっといい方法があるのに。

 なあんだ、と思うかもしれないけれど、それは父親として接することだ。息子と娘がいて、同じ競技のコーチをする場合を考えてみよう。男だから、女だからといってコーチの方法に差をつけるだろうか? そりゃ、瞬発力と持続力を考える場合、女子と男子では鍛え方が違うかもしれない。しかし、それは選手の個性を考えるのと、どこかが変わるわけではない。まず、父ならば、娘が女性であるなどと意識して、コーチをするはずがない。性別は頭に浮かぶ暇がない。女性にうまく意思が伝えられる人は、(エチケットは守るが)女性を意識していない。その点で、栄コーチの擬似恋愛法は間違っているのである。父親として伊調選手に接していれば、今回のような騒動はおきなかった。私の結論はこうである。

 その後の経過。栄コーチは極度の体調不良を訴え、W杯の指揮を辞退した。新しい文春には、選手が証言した、新しいパワハラとセクハラの記事が載っている。指導の行き過ぎは、指導不足と似る。最も悪いのは、組織にぶら下がってうまい汁だけ吸ってきた連中だろう。伊調選手に平等の機会を与えなかったのが、会長以下、全理事、全役員の罪になる。栄コーチは常務解任(ただし理事にとどまる)…が妥当な線であろう。

 そこへ至学館大学の谷岡郁子学長が記者会見を開いた。文字通り乱入!の印象である。怒りの会見…と報じたテレビもあったが、その通り。まだ、事実関係を確認する段階なので、どのような意見を述べようと勝手であるが、総じて会見の内容は独断的で具体性に乏しく、報道を非難するばかりに終始した。内容を一口で要約すると「うちの大学(至学館)で世話になって卒業しながら、勝手に出ていって何の文句があるのさ?!」というところで、これを小1時間かけて喋った訳である。

見どころとしては、栄コーチを称して「臆病者で小心者でチキンハートで…」とボロクソに喩えたのは、この学長の下でなら、パワハラは違和感なく行われるだろう、と予想できた点。ただ、「伊調馨はいまでも選手なのでしょうか?」と反論したのは、失礼ではないか。逆効果である。谷岡学長、弁が立つのに惜しい。というか、弁が立ちすぎ! 一昔前に「出しゃばりおよねに手を引かれ、アイちゃんはタロウの嫁になる~~~」という流行歌があった。谷岡学長はまさしく、この「およね」である。村の実力者で、おしゃべりで、誰も婆さんにはかなわない。パワハラの権化みたいな人である。彼女がレスリング協会の体質を具現しているようだ。

小心者だからパワハラはしない?
●吹くからに栄コーチのしをるればむべ学長がチキンハートといふらむ
(本歌 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ  文屋康秀)
(蛇足)至学館の谷岡郁子学長は、栄コーチがチキンハートだから、パワハラの力はない…と言いたいらしいが、むしろ逆ではないか? 小心者こそがパワハラで自分を守ろうとするのだ。

レスリング協会の事務や組織が前近代的すぎるのではないか
●告発状鳴きつるかたをながむればただ協会の闇ぞ残れる
(本歌 ほととぎす鳴きつるかたをながむればただ有明の月ぞ残れる  後徳大寺左大臣)
(蛇足)告発状の中には、合宿練習なのに傷害保険に入っていなかった、などという信じられない話がある。協会の運営が恣意的、個人的に行われていた証拠になるかも知れない。合宿で怪我をした大学生がいるというから、何をかいわんや、である。会長はお飾りではなく、実務を行うものとし、事務局を充実させるのが先決であろう。ガバナンスがなっていないから、(程度の差はあれ)伊調選手も栄コーチも犠牲者の側面がある。

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