内藤牧師のブログでコメンテーター

人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。

第287回「豊昇龍対豪ノ山戦の立ち合い」

2023-11-17 15:31:58 | 日記
 大相撲九州場所五日目、結び前の一番で大関豊昇龍と、十両から幕内に上がってまだ3場所目の豪ノ山が対戦しました。制限時間いっぱいとなり、いよいよ立ち合いをしようというときに、東の豪ノ山は右手を着いて豊昇龍が手を着いて向かってくるのを待っています。しかし、豊昇龍は手を着くことはなく、中腰のまま動きません。報道によると、その時間が1分半とのことです。豪ノ山は、異常な長さに自ら場の空気を入れ替えようとしたのでしょう。待ったをして、もう一度仕切り直しです。しかし、再び豊昇龍が同じことをしています。それでも何とか両者立ち合いをして相撲が始まりました。

 豪ノ山としては、あれだけ焦らされたので相当怒りが溜まっています。普段の相撲では見せたことがない右の喉輪攻めで豊昇龍を西の土俵際まで押し込みます。しかし、豊昇龍は持ち前の足腰の粘り強さを見せ、頭を低くして逆に豪の山を押し返します。豪の山は下がりながら、豊昇龍の頭を押さえて引き落としを狙ったのですが、豊昇龍は持ちこたえて、豪の山を東土俵に押し出し、さらに怒りを露わにしたようなダメ押しを食らわして豪の山を土俵下に追い落とし、さらに豪の山を睨みつけ、勝ち名乗りを受けていました。

 報道によると、そのあと豊昇龍は審判部から注意を受けていたとのことですが、それに対し豊昇龍は「自分にも悪い所があった」と言ったそうです。ということは、何か、豪の山の動きが気に入らなかったのでしょう。第三者から見れば、豪の山に非は微塵もなく、動こうとしない豊昇龍の正に独り相撲でした。館内のお客さんとしては、あれだけ相手を焦らした豊昇龍が勝って、しかも相手を睨んでいたので、悪を成敗するどころか、悪に善が負けてしまって、やるせない空気感が漂っていました。

 私は、こういった相撲の立ち合いについては、これまで当ブログで度々指摘しています。今回の豊昇龍関もそうなのですが、元横綱・白鵬も立ち合いのとき、必ず相手力士よりも遅れて立ち合いをしていました。そのほかにも現役力士で、立ち合いをわざと遅らせる力士が何人もいます。最近はアマチュア相撲でも立ち合いで駆け引きをして、自分有利になろうとして、時間が掛かる場面をよく見ます。これは、行司にもっと強い権限を与え、立ち合いのとき、相手に合わせようとせず、わざと遅らせる力士は反則負けにするようにしないと、この問題は解決しないでしょう。日本特有の曖昧さがこういったところに現れているのです。メジャーリーグでは、今年から投手が一定の投球間隔時間を超えた場合はボール判定にするということですが、大相撲の場合も思い切ったルールを設定するべきでしょう。そうすれば、反則負けになっては元も子もないのですから、否が応でも相手に合わせた綺麗な立ち合いになるでしょう。
 
聖書は、寛容を教えていますが、曖昧は教えていません。光と闇、天国と地獄、永遠の命か永遠の刑罰があるだけです。最後は、ヨハネ3:17~18です。「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」
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