内藤牧師のブログでコメンテーター

人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。

第292回「太陽フレア(flare)と聖書の記事」

2024-05-14 06:06:50 | 日記
 太陽の表面に爆発が起こっているという太陽フレアのニュースを聞いています。それにより、北海道でオーロラが見られたとか、マイナス面ではGPSなどへの通信障害が起こる可能性があるとのことです。何か11年周期で起こるとのことで、来年の2025年がピークとなるようです。まあ、今すぐどうかなるとかいう深刻な問題ではないかもしれませんが、もしかしたら、聖書が予告している終末の現象と関連があるのかもしれません。

 無神論者、進化論者が主張している説によりますと、地球の誕生は46億年前であるとしています。そして太陽は?というと、いつ誕生したということは聞いたことがありません。宇宙が135億年前に誕生したということを聞いたことがありますが、その時から太陽は存在していたということなのでしょうか?太陽と地球の関係を見るとき、地球は太陽の周りを公転していますから、回る側より回られる側の方が立場的に上に思えます。だから太陽が先に存在したと考えているのでしょう。

 ところが、聖書の記事をそのまま信じている創造論者はそうではありません。聖書の創世記1章の天地創造の記事によりますと、まず「初めに、神が天と地を創造した」から始まり、やみと大水があり、神が「光があれ。」と言われ、光とやみが区別されます。それが第一日目です。 第二日目には大空を造り、大空の下の水と上の水を区別されます。第三日目には下の水に渇いた地が現われ、そこに植物が生じます。さて四日目です。このとき地上を照らす二つの光る物が造られ、大きいほうには昼を、小さいほうには夜をつかさどらせます。また星を造られたとあります。つまり、第四日目に太陽と月と星が造られたのです。先に述べましたが、太陽系という括りの中で地球は太陽の周りを公転していますが、全知全能の創造主がなさることですから、回られる側である太陽が、回る側である地球より先に造られたという理屈にはならないし、そんなことは何とでもなるでしょう。聖書は、その創造主に造られた人間を中心に記されている書物ですから、太陽というよりも、その人間が住む地球がまず先に造られるということは、理にかなっていると言えます。

 さて、ここから聖書が太陽について、特に太陽フレアと関連すると思われる点、つまり、太陽が暗くなると言っていることをピックアップします。まず、イザヤ書13:9~10には「見よ。【主】の日が来る。残酷な日だ。憤りと燃える怒りをもって、地を荒れすたらせ、罪人たちをそこから根絶やしにする。天の星、天のオリオン座は光を放たず、太陽は日の出から暗く、月も光を放たない。」と記されています。次にヨエル書2:30~32には「わたしは天と地に、不思議なしるしを現す。血と火と煙の柱である。【主】の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、【主】の名を呼ぶ者はみな救われる。【主】が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに、のがれる者があるからだ。その生き残った者のうちに、【主】が呼ばれる者がいる。」です。そして、マタイ24:29~30には「だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。」とあって、地球上の人間にとっては恐ろしい天変地異と言わざるを得ません。それは、「主の日」、すなわちイエス・キリストが再びこの地上に戻って来られる「再臨の日」と関連して語られています。

    上記のヨエル書を引用した使徒の働き2:20~21には「主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。」とあります。非常に重要なことは、その日に備えることです。主の名を呼び求めること、救い主イエス・キリストの名を呼び求めることです。
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