内藤牧師のブログでコメンテーター

人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。

第267回 「井上尚弥対ノニト・ドネア戦、ボクシング観戦記」

2022-06-09 23:31:12 | 日記
6月7日、井上尚弥選手とノニト・ドネア選手の三団体統一戦が行われました。結果は井上選手の圧倒的な2ラウンドTKO勝利でした。井上選手29歳、ドネア選手39歳という年齢的なこともあり、戦前の大方の予想通りとも言えるのですが、KOがあるとしても中盤以降ではないかとする見方が多かったと思います。2ラウンドで決着がついた、その要因はなにか。そのあたりのことを語ってみたいと思います。

二年前の初戦第1ラウンドでは、井上選手の良い所ばかりが出ました。そのまま2ラウンド以降も井上選手が圧倒し、5ラウンドあたりまでにKO勝ちするのではないかと思いました。ところが、2ラウンドにドネア選手得意の左フックが炸裂し、井上選手はダウンこそしなかったものの右目あたりを骨折してしまいました(骨折は試合後判明)。右目の視力も衰えた井上選手は、大きなハンディを負いながらも、11ラウンドでダウンを奪い、井上選手が辛くも判定での勝利となりました。

ですから、今回の第二戦1ラウンドでは、井上選手は、慎重にスタートを切りました。一方、ドネア選手は距離を詰めながら積極的に仕掛けて行き、それに対し、仕方なく応戦した井上選手の右フックが1ラウンド終了間際にドネア選手の左こめかみ辺りに浅くヒットし、ドネア選手はダウンしました。ドネア選手はすぐ立ち上がったものの、ファイティングポーズを取ることさえ忘れるほどに頭がボーっとしたようです。

さて、第2ラウンドです。二年前の第2ラウンドの苦い記憶がある井上選手は、急ぎません。しかし、ドネア選手の方がむしろ仕掛けてくるので、井上選手も応じないわけにはいきません。スピードに勝る井上選手のパンチが当たるたびにドネア選手がグラつき、さらに、そこを追い詰めて、井上選手のTKO勝利となったわけです。

1974年10月30日、ジョージ・フォアマン対モハメド・アリの世界ヘビー級タイトルマッチが行われました。チャンピオンのフォアマンは25歳で40勝無敗37KO(KO率92%)、挑戦者アリは32歳で44勝2敗31KO(KO率70%)です。試合前、例によってアリは、フォアマンを挑発してきます。フォアマンとしては、ゴングが鳴ると同時に一気に攻め立てて、一刻も早くアリをマットに沈めたいところです。しかし、アリは、ロープに持たれながらも何度もスウェー(sway)で逃れて、フォアマンの疲れるのを待ちます。8回、フォアマンの放ったパンチが空を切って、よろけたところをアリが見逃さず、逆にアリがフォアマンをマットに沈めてKO勝ちを納めるのです。結果論に過ぎませんが、もしこのとき、フォアマンが冷静さを失わず、1ラウンドから、様子を見ながら、徐々にアリを追い詰める作戦で行ったなら、違った展開になっていたでしょう。

そういう意味で、井上尚弥選手は、フォアマンのようではなく、むしろ、慎重に相手の出方を見ながら、徐々にギアを上げて行ったのが、却って、早いラウンドでのKOに繋がったのでしょう。尤も、相手のドネア選手はモハメド・アリのように挑発する選手ではないので、井上選手がヒートアップする余地はありません。最後は聖書のことばです。箴言18:12です。「人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。」
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第266回 「楽天イーグルスの弱点とこれから」

2022-06-06 23:02:31 | 日記
昨年のシーズンオフに、楽天は日本ハムファイターズの西川遥輝選手の獲得を発表しました。それを聞いて私は「えーっ。右投げ左打ち選手をまた獲得してどうするの。」と思いました。ところが、今年シーズンが始まると、その西川選手の大活躍で、楽天はパリーグ首位を走っていました。しかし、どうしたことでしょう。ここのところ、楽天は負けることが多くなり、とうとう首位の座を明け渡してしまいました。

私の独断と偏見による分析ですと、やはり、私が当初から指摘していた右投げ左打ち選手が多すぎるということではないかと思います。茂木選手、銀次選手、小深田選手、辰巳選手、黒川選手、そして鈴木大地選手らが右投げ左打ちで、ずらりとこれらの左打ちバッターが並ぶのです。鈴木大地選手は以前、高打率をマークしていましたが、最近、バットの構え方が変わってしまい、打率は2割前後で低迷しています。とにかく右バッターの大砲がいません。たった一人浅村選手がいますが、たった一人では浅村選手も負担になってくると思います。但し、左投左打ちの島内選手は元々の左利きですから別格です。右投げ左打ち選手が多すぎるのです。

ここ何年(数十年?)かの傾向ですが、高校野球の選手たちを見ていると、やたら右投げで左打ち選手が多いのです。バッター9人中、7~8人くらいが右投げの左バッターなんてこともあります。たぶん、メジャーリーガーとして活躍したイチロー選手や松井秀喜選手、また最近話題のエンジェルスの大谷選手の影響があるかもしれません。昔は逆に左バッターの方が珍しかったので右投げで左打ちでも個性的だったのですが、最近は、むしろ右投げで右打ち選手の方が貴重で、右打ち選手が出てくると褒めてあげたいくらいです。是非、高校野球、あるいは、その前の少年野球の指導者の方々には、右投げ選手はなるべく右打ちにするように指導して欲しいと思います。

昨年メジャーで大谷選手と本塁打王争いをして本塁打王を獲得したブルージェイスのブラディミール・ゲレーロ・ジュニア選手は、48本塁打で打率は.311でした。大谷選手が本塁打46本で打率は.257でしたから、ゲレーロ選手は本塁打のみならず、高打率をマークしています。その打撃フォームは実に理想的で、日本の選手もマネして欲しいと私は思っています。と言っても、プロ選手になってしまうと中々変えられないので、高校野球などのアマチュア時代にメジャーのトップクラスで活躍している選手を参考にすべきでしょう。2013年に楽天が日本一になったときの四番バッターはジョーンズ選手でした。打率こそ高くはなかったのですが、出塁率と打点はチームで一番でした。そのバッティングフォームは、ブルージェイスのゲレーロ選手とほぼ同じです。

最後は、聖書のことばで締めくくりたいと思います。新約聖書のローマ人への手紙12:2には「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」とあります。野球に限らず、流行など追わないで、本当に良いものを見つけて、最高の道を進みましょう。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第265回 「現行の日本国憲法は良い」

2022-06-01 17:22:11 | 日記
最近YouTubeで、頻繁に耳新しい政治団体である「参政党」の演説が入ってきます。今の日本の国政選挙の投票率は約50%前後、そのうちの半分、つまり全体の25%の票を獲得すれば第一党になれます。有権者である国民全体の四分の一程度の支持を集めれば国を意のままに動かせる。政治に無関心で投票に行かないと、たった25%の人たちに国をコントロールされてしまう。だから、特に若い人に政治に関心を持っていただきたい、そして投票していただきたい、政治に参加していただきたいということで、「参政党」という党名になったとのことです。政治にもっと関心を持つべきだとの主張に対しては同感です。

次に、参政党の主張です。水道民営化反対は私も同感です。また、海外では禁止されている農薬が日本では販売されていることへの危惧、そして、やはり海外では禁止されている食品添加物が日本では許可されているという問題点への指摘は良いことと思います。その他、いくつかの同調、同感できる主張がありました。

ところがです。参政党は現行の憲法は戦勝国に押し付けられたものだとし、一部を変えるのではなく、一から作り直すのだと主張しています。参政党のホームページで、三つある綱領の第一は「先人の叡智を活かし、天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる。」です。現行の憲法は主権在民であり、天皇は日本国の象徴であるとしています。天皇中心の国をつくるということは、旧憲法のような憲法にしようとしているようです。天皇中心で、しかも神道を支持するようですが、これでは、旧来の自民党の右派の方々と本質的に変わりません。時計の針を暗い過去に戻すということになります。

明治6年(1873年)2月24日、日本政府はキリシタン禁制の高札を撤去しました。これにより、日本に信教の自由の第一歩が始まったのです。そして、太平洋戦争が終戦となったあとの新憲法第20条で政教分離を伴う信教の自由が保障されました。その第1項には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、 又は政治上の権力を行使してはならない。」、第2項は「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。」、第3項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」です。今、世界各国を見る時、信教の自由が保障されている国々と、そうでない独裁政権の国々を比べたとき、どちらの国民が自由で幸福で、それでいて豊かに暮らしているのかは、説明するまでもないでしょう。

戦後、日本は国防(但し、現在、日本の自衛隊の戦力は世界第5位と言われています)よりも経済を優先したので経済的に豊かな国となったという見方は大方では正しいと思います。しかし、表には出ていませんが、本当のところ、信教の自由と民主主義と男女平等が定着したから豊かになったと私は思います。但し、ここ10年くらいのところ、日本は先進諸外国が経済成長をする中で、一国だけ取り残されている感があります。その深い所の原因は、民主主義の根幹である三権分立が実質的に機能しなくなっているからだと思います。三権分立が機能しなければ民主主義が危ういということです。民主主義が危ういということは、国の豊かさが失われるということにつながります。ですから、民主主義を危うくするような憲法改正は反対です。しかし、それ以外の参政党が掲げる良い政策は賛成です。

聖書の詩篇115:15には「あなたがたが主によって祝福されるように。主は、天と地を造られた方である。」とあります。「主」とは、この世界を創造し、それを統べ治めておられる真の神です。真の神は、偶像礼拝を忌み嫌われます。人が手で作った像や死んだ人(生きている人も)を拝むことは偶像礼拝であり、それらの偶像が、国家とそこに住む国民を祝福することは出来ません。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第264回 「音楽伝道者・小坂忠さんについて」

2022-05-06 12:11:00 | 日記
4月29日に音楽家であり牧師(伝道者)でもあった小坂忠(こさかちゅう)さんが召天されました。筆者も少々の交流を持たせていただいたので、思い出などを語ってみたいと思います。筆者が最初にお見かけしたのは、愛知県の母教会で小坂忠(以下、忠さん)さんのコンサートの時でした。筆者自身もクリスチャンになったばかり、忠さんもクリスチャンになって間もない頃と思います。ギター一本で、賛美歌や聖歌以外の、当時は一部の教会ではよく歌われていた聖書のことばを歌にしたものを演奏しておられました。

その後、忠さんはご夫人と共に福音的なクリスチャン音楽を専門とするミクタムレコードを設立されました。当時はまだカセットテープが主流の時代で、音楽テープのほかに、キリスト教の大きな集会の有名講師のメッセージをカセットテープに録音して販売することもよく行われていました。ある団体からミクタムが録音とテープ販売を依頼(忠さんは音楽ゲスト)され、その頃、自営なので自由があった筆者はテープ販売のお手伝いに駆り出され、五日間くらい、チームで忠さん夫妻と共に忠さんのご自宅やスタジオ、そして集会が行われる会場などあちらこちらと移動しました。当時、忠さんは運転免許を持っておらず、奧さんが運転する助手席に乗っておられました。あるとき、箱根の山道を下る時でした。天板から頭を出せる車(危険なので今は無いと思う)から、頭を出して、後ろを走る筆者たちが乗る車の方に顔を向けておどけていました。

その後、筆者は愛知県から仙台市に移り、開拓伝道をスタートしました。「ミクタム出会いのコンサート」という音楽と伝道メッセージの集会が仙台でも行われ、筆者の教会もそれに参加するという形で交流を保っていました。2011年3月11日に東日本大震災が発生し、筆者の教会の建物が被害を受け、宮城野区蒲生から同区新田の元喫茶店に移転して活動していました。ある日そこへ、忠さん一行(確かハワイから来られた方々と)が来られました。それ以来、その喫茶店の教会や仮設住宅の集会室などでのコンサートに度々来ていただきました。

仮設住宅集会室でのコンサートには、当然、津波被害を受けた方たちが集まっているのですが、最初の頃、忠さんも演奏する歌の選曲や語るメッセージなどを模索しながらのコンサートだったと思います。しかし、あちらこちらで回数を重ねて、一つのスタイルを確立された感じで、演奏もメッセージも聴衆の被災者の皆さんの心に届いていたと思います。 

さて、忠さんの音楽ジャンルはR&B(リズム&ブルース)です。たぶん、忠さんはアメリカのR&Bを相当聞いておられたと思います。英語圏の方たちと英会話も普通にされていたので、あるとき筆者が「英語を勉強されたのですか?」と聞いたところ、英語で歌われているR&Bの曲を聞いて英語を覚えた、と言っておられました。忠さん個人としての音楽の才能、実力は語るまでもありません。まさに、プロ中のプロと言えるわけです。しかし、先に語ったコンサートなどでは、PA担当者を伴って来られる場合以外は、筆者がPAを準備するのですが、その際、準備した簡単な音響設備に対して細かいことは気にせず、意外とシンプルに、そこにある機器を工夫して最大限に利用するという姿勢でした。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第263回 「『サピエンス全史』ってどうなの?」

2022-04-07 15:08:35 | 日記
漫才・オリエンタルラジオ(だった?)の中田さんが、YouTubeで歴史や社会問題などを解説しています。その中でユヴァル・ノア・ハラリという方の著書「サピエンス全史」の解説をしています。私は、その本も読んでいないし、中田さんの解説もさらりと2~3分聞いただけですが、こういった本や、そのYouTube解説を放っておいてよいものかと思い、今回、「そういった事って鵜吞みにしないでね」という記事を書きます。

さて、その「サピエンス全史」の著者ハラリ氏は、1976年、イスラエルで生まれたユダヤ人で、ヘブライ大学とオックスフォード大学でおもに歴史について学んだようで、まあ、確かに「サピエンス全史」は、ご自分の専門分野とも言えるでしょう。ユダヤ人というと、基本的にはユダヤ教の信者が多いと思いますが、一方で、全くユダヤ教信者ではない人も相当おられるようで、ハラリ氏も後者ということでしょう。ユダヤ教の信者なら、当然、キリスト教が聖典としている聖書の旧約聖書を信じています。旧約聖書(同じく新約聖書も)には、同性愛は容認されてはいません。ハラリ氏は男性ですが、自分がゲイであることを公言していて、なんと男性と結婚をしているとのことです。そういった背景が、彼の歴史観にも少なからぬ影響を与えているような気がしてなりません。つまり、聖書の倫理観とハラリ氏の考え方とは全く相容れないので、当然、ハラリ氏の歴史観は聖書の歴史観と大きく異なってくるでしょう。

そのサピエンス全史の内容です。現在、生息している人類はホモサピエンスなのだそうで、その意味は「賢い人間」なのだそうです。これまでの進化論説と多少は異なる(本質的には同じ)ようで、早い話、そのホモサピエンスが戦いに勝ち残って、今、生存しているのだそうです。正直なところ、私が関西人なら「そんなアホな」と言いたいところです。

無神論、進化論では、何十億年、何百万年という実に長い長い年数を当てはめます。しかし、聖書は無神論、進化論に比べれば実に短く、でも、よく考えてみれば、現実的で、実際の歴史と辻褄が合っています。人類最初の人アダムとエバが創造主によって形造られたのが、今から6000年ほど前です。彼らから人類は増えて行ったのですが、今から4350年前頃にノアの大洪水が起こり、一旦、ノアの家族8人だけになり、そこから再び、人類が増えていきます。そして、今から4250年前頃にバベルの塔の事件(創世記11章)が起こり、その時に人類が本格的に世界中に増え広がっていくのです。

ノアの箱舟が漂着したのが現在のトルコ東方のアララテ山です。そして、バベルの塔を築こうとしたのがシヌアルの地で、たぶん現在のイラクです。そこから人類が全世界に広がって行ったのです。ですから、中東地域の歴史は古く、そこから遠くなるにしたがって歴史は新しくなります。トルコよりもギリシャの方が新しく、ギリシャよりもフランスが、フランスよりもイギリスのほうが新しいのです。中東から遠く離れたオーストラリアやハワイ、また南北アメリカ大陸の歴史は新しいでしょう。人間は、アダムとエバの時から、知恵と言葉を持ち、文明を築く能力を持っているので、必ず、文明の痕跡を残しているのです。実際に、紀元前(BC)4000以前の〃裏付けのある人類史〃は世界中のどこにも存在していません。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする