姉の本です。姉に薦められて読みました。昨日の夜と、今日の新幹線の中で。
最初は「おう!!とうとうこんな本を読むとは!!」と思ったよ。「覚悟を決めたのか?」的なね。
見出しをみて、「こわーい」と思う。
『おひとりさまは女ばかり』とか、・・・あれ?あとはなんだっけ?何個かあったんだけど、きちんと読んだらわからなくなっちゃた。
怖い内容ではなかったですよ。全然。普通のことだった。普通のことだけど、きちんと認識していないというか、認識するのを怖がっていたのもあるのかもしれないけど。
私は今は結婚する気はないからね。んー、親が亡くなったら「おひとりさま」人生を歩む予定にはなっているはずなんです。・・・あまり深く考えたことはないんだけど。だんなもいなければ、こどももいない。だって、その自由を失いたくない。老後の心配とかはあまりしていない。というか、考えていない。というか、していない。や、家族だけが、自分のまわりの人間じゃないからさ。要は、誰かがいればいいんでしょ。的なことを漠然と思っていた。・・・こう、きちんと文章にして考えてはいなかったんだけどさあ。
でも、いくら私が「結婚したくない」といっても、周りの人たちは「そのうちいい人がみつかるよ」とか「結婚したくなるよ」とか、なんか、励まし?てくれたりするのね。いや、する気はないからいいんだけど。まあ、でもそのうちしたくなる可能性もなくはないから、あえて反論もしないんだけど。なんか、みんなにそんなに『結婚するのが当然』みたいな態度をとられると、なんとなく「一人でいるのは不幸なのか?」と、漠然と不安になっちゃったりするんだよね。いや、これもまた漠然と、で、はっきりと認識はしていなかったんだけどさ。
あとがきにこう書いてありました。
結婚しないと不幸せ、といわれてきた。
でも結婚しなくてもそれなりにハッピーだった。離婚したら人生は終わり、かと思ったが、してみたら全然OKだった。親にならなければ半人前、といわれたが、成熟へ至る道は、親になることばかりではないことも知った。シングルであることは、ちっとも「カワイソー」でも「不幸」でもない。
この言葉がどんなに心強いことか!!
もう一つ、抜粋。『柳澤桂子 いのちのことば』より抜粋されていた文章だけど
宗教書、哲学書、文学書などを乱読するうちに、(中略)
人間であることの悲しみが薄らいだわけではない。
本を読むことによって、
むしろその悲しみは動かしがたいものになっていった。
しかし、そのほんとうの悲しみを知ってしまったのは、
私だけではないということに気づいたのである。
最初は「おう!!とうとうこんな本を読むとは!!」と思ったよ。「覚悟を決めたのか?」的なね。
見出しをみて、「こわーい」と思う。
『おひとりさまは女ばかり』とか、・・・あれ?あとはなんだっけ?何個かあったんだけど、きちんと読んだらわからなくなっちゃた。
怖い内容ではなかったですよ。全然。普通のことだった。普通のことだけど、きちんと認識していないというか、認識するのを怖がっていたのもあるのかもしれないけど。
私は今は結婚する気はないからね。んー、親が亡くなったら「おひとりさま」人生を歩む予定にはなっているはずなんです。・・・あまり深く考えたことはないんだけど。だんなもいなければ、こどももいない。だって、その自由を失いたくない。老後の心配とかはあまりしていない。というか、考えていない。というか、していない。や、家族だけが、自分のまわりの人間じゃないからさ。要は、誰かがいればいいんでしょ。的なことを漠然と思っていた。・・・こう、きちんと文章にして考えてはいなかったんだけどさあ。
でも、いくら私が「結婚したくない」といっても、周りの人たちは「そのうちいい人がみつかるよ」とか「結婚したくなるよ」とか、なんか、励まし?てくれたりするのね。いや、する気はないからいいんだけど。まあ、でもそのうちしたくなる可能性もなくはないから、あえて反論もしないんだけど。なんか、みんなにそんなに『結婚するのが当然』みたいな態度をとられると、なんとなく「一人でいるのは不幸なのか?」と、漠然と不安になっちゃったりするんだよね。いや、これもまた漠然と、で、はっきりと認識はしていなかったんだけどさ。
あとがきにこう書いてありました。
結婚しないと不幸せ、といわれてきた。
でも結婚しなくてもそれなりにハッピーだった。離婚したら人生は終わり、かと思ったが、してみたら全然OKだった。親にならなければ半人前、といわれたが、成熟へ至る道は、親になることばかりではないことも知った。シングルであることは、ちっとも「カワイソー」でも「不幸」でもない。
この言葉がどんなに心強いことか!!
もう一つ、抜粋。『柳澤桂子 いのちのことば』より抜粋されていた文章だけど
宗教書、哲学書、文学書などを乱読するうちに、(中略)
人間であることの悲しみが薄らいだわけではない。
本を読むことによって、
むしろその悲しみは動かしがたいものになっていった。
しかし、そのほんとうの悲しみを知ってしまったのは、
私だけではないということに気づいたのである。