緋野晴子の部屋

「たった一つの抱擁」「沙羅と明日香の夏」「青い鳥のロンド」「時鳥たちの宴」のご紹介と、小説書きの独り言を綴っています。

銀河をゆく者たち - 3.命みじかし恋せよ乙女

2013-01-27 21:48:55 | 空蝉

137億歳のこの不均一な宇宙の中には、様々な生命が誕生しました。地球以外の星にも必ず生命体はい

るでしょう。広大な宇宙の中で地球に似た条件の星が一つしかないと考えるのは不自然だからです。

ただ星と星との距離は星にはりついて暮らす生命にとってはあまりに遠く、今のところ接触の機会がない

わけですね。

けれども、人間型生命がいるか? ということになると、これは可能性がずいぶん薄くなりそうです。

私たちは地球の構成成分と、太陽との絶妙な距離、月という付属物を得たこと、地球誕生から人類発生ま

でに地球に起こった数え切れないほどの偶然(それぞれが科学的必然ではあっても、それら必然の組み合

わせに地球が遭遇したという意味での偶然)によって誕生した生命です。まったく同じことの起こる星は

宇宙広しといえども稀でしょう。


地球にあった分子たちは有機的に結合し、ある時この地球のどこかで、その化学物質の微小な塊がピクリ

と動き始めました。それが私たちの始祖です。

私たちはこれまで化学物質が動き始めたなどということを目にしたことがありますか? ありませんね。

いったいどのような条件下でそれは起こったのでしょう。それが化学的必然であれば、同じ条件下にあっ

た化学物質はある時いっせいに動き始めたのに違いありません。

そしていったん動き始めた化学物質(生命)は、ひたすらその存続に向かって進み始めたのです。自らの

動きはやがて止まり、体を構成する物質は原子・分子・エネルギーレベルにまで崩壊してしまいますが、

その動きを引き継ぐ者を作り出すことによって生命を繋いでいきます。

また、存在に有利な形へとどんどん進化もしていきました。

この「崩壊の定め」と「存在志向」は、思い出してみれば、なにも生命に限ったことではなかったかもし

れません。素粒子の段階からすでに始まっていました。素粒子という物質は現れても存在時間が非常に短

く、観測が難しいほどあっという間に消えてしまいます。短命な素粒子たちはくっつき合うことで、消え

ずに残る物質へと瞬時に進化していったのです。


すべての存在における「崩壊の定め」と「存在志向」、私はここにも神と呼ぶに値する世界の意志を感じ

ます。その「崩壊の定め」が「消滅の定め」につながるものかどうかは、今のところ不明です。

もし「消滅の定め」なのだとすれば、この宇宙全体がやがては消滅してしまうということであり、それな

らビッグバンで生まれた素粒子たちの一部が、反物質との相討ちに勝ち残ったことの意味も失われてしま

います。

真実は神のみぞ知るですが、存在のひとつぶである私は、生命を含むすべての存在に、形成と崩壊を繰り

返しながら、永遠にこの美しい宇宙の中を廻り続けてほしいと願わずにはいられません。

ですから 「神の意図は存在せしめることとその継続にある」と、私は勝手に信じることにしました。


命短し恋せよ乙女・・・という歌の一節が思い出されます。命が短いのも、恋せずにはいられない(他者

と繋がらずにはいられない)のも、この世界のすべての存在に始めから備わっている定めだったのですね。
         





銀河をゆく者たち - 2.ビッグバンの不均一な子どもたち

2013-01-21 23:09:48 | 空蝉
「コズミックフロント」というBSのTV番組をごらんになったことがありますか? 私のお気に入り番組なのです

が、見れば見るほど、知れば知るほど、この宇宙は不思議で変わったものに満ちていると気づかされます。

私たちがどんな世界に生きているのか、どこから来てどこへ行くのか、ちょっとご一緒に宇宙の初期への旅に

出てみましょう。


この宇宙は137億年前に、何も無いところの一点で、突然起こったビッグバンと呼ばれる大爆発によってでき

たと考えられています。そして今でも加速度的に爆発方向に広がり続けているのです。つまり、私たちのいる

この宇宙空間は、何も無いところから突然噴き出し、どんどん広がっているということです。


私たちが物を見ることができるのは光があるからですね。闇の中では何も見えません。そして光は空間をもの

すごいスピードで進むので、ふだんの生活では、光が当たれば物はすぐ見えます。けれど、それがとんでもな

く遠い距離にあれば、光が発してから目に届くまでには、やはりかなりの時間がかかります。

ということは、私たちが見上げているこの夜空の星は、気が遠くなるほど遠くにあるので、その星の姿は今の

姿ではなく、過去の姿を見ているのだということになりますね。

地球から一光年離れたところにある星を見れば、それは一年前の姿なのです。

ですから夜空を見上げた時、私たちは見える星の数だけの時間の異なる過去を、一度に見ていることになる

わけです。そう意識して眺めてみると、ちょっと妙な気分になりませんか?


ともあれ、そういうわけで、星を観測するというのは過去を観測することであり、光というものが誕生する前の

世界は、望遠鏡では観測できないということなのです。現代の優秀な望遠鏡は、誰かが月でマッチをすって

も、その光を捉えることができるそうですが、どんな精密な望遠鏡をもってしても、光の無かった時代は観測で

きません。

宇宙誕生初期の頃の光は、宇宙の膨張によって波長が引き伸ばされ、今ではマイクロ波としてわずかに観測

されています。これは「ビッグバンの残り火」と呼ばれていますが、それもビッグバンから38万年以降のもの

で、それ以前はまだ原子も構成されていない、素粒子がばらばらに飛び交う暗黒時代でした。(素粒子とは、

原子を構成する陽子や中性子や電子を、さらに小さく分解した時の粒子たちです)

宇宙の誕生から38万年後(「38万年の壁」)を境に、それ以前の宇宙のことはどんな精密な観測装置をもって

しても感知することができないのです。


しかしありがたいことに、我々人類の中には優秀な方たちがいて、38万年の壁を破って原始の宇宙を覗いて

くれました。どうやって?・・・実験室の中で。

スイスの地下に1周27Kmの巨大な円形加速器を作り、陽子に7兆ボルトの電圧をかけて逆方向に光速で走

らせ、ぶつけて陽子を分解させたのです。そうして16種類の素粒子を検出しました。

日本でもそうした加速器を山梨県に作ろうとしているようです。わくわくしますね。

ビッグバンが最初に生んだのは、この素粒子という「物質」であり、同時に「反物質」も生んだと言われていま

す。「物質」と「反物質」は+と-のように、接触したとたんに消滅し、元の無になってしまうというものです。

宇宙が無から生じたことを考えると、これは非常に納得のいく話ですね。

ところが不思議なことに、なぜか「反物質」より「物質」のほうが少したくさんできたようで、消滅せずに残っ

た素粒子たちがいたのです。

しかも素粒子にはいろいろな種類があり、電子やニュートリノのように同じ場所には一つしか存在できないも

のや、光子のように同じ場所にいくつでも詰め込めて、そのかわり原子を構成できないものがありました。

さらに、その2種は常にくるくるとスピンしていて、隣り合った2つの素粒子は歯車のように、くっついて反対

方向に回転するのですが、まったくスピンしない変わり者がごく最近見つかりました。

それが話題のヒッグス粒子です。回ろうとする素粒子がこの付き合いの悪いヒッグス君にくっつくと、ググッと

回転を阻止されて動きが重くなります。この動きの重さが質量の起源ではないかと分かってきたのです。


ビッグバンで無から生まれ、ほとんどが一瞬で無に還った中で、不思議にも生き残った素粒子たちはくっつき

合い、質量を得て原子になりました。原子どうしもくっつき合って分子になり、分子どうしもくっつき合って

ガス状の物質になっていきました。そのガスが粒子どうしの重力でさらに凝縮して、星になっていったのです。

現在の宇宙の構成要素は、星が0,5% ガスが3,5% 正体不明の暗黒物質が23% 暗黒エネルギー(いく

ら膨張してもエネルギー密度が薄まらない不思議なエネルギー)が73%くらいと言われています。

宇宙のわずか0,5%の星のうちで一定以上に質量の大きな星は熱を帯び、光を発し、さらにその中でも特に

質量の大きな星だけが、燃えて縮んだ果てに超新星爆発と呼ばれる爆発を起こしました。

その爆発のエネルギーによって、それ以前には存在しなかった質量の重い重元素たちが生まれたと言われ

ています。 この重元素こそが、生命を構成する基本要素なのです。

つまりビッグバンの子どもたちが素粒子だとすると、私たち生命体は、星(超新星爆発)の子どもたちであり、

ビッグバンの孫だとでも言えましょうか。


人間たちは今や、この世界と自らの存在の謎にここまで迫ってきました。暗黒物質や暗黒エネルギーの謎とと

もにビッグバン発生の謎もやがては解明され、物理学的に説明される日が来ることでしょう。すべてはなるべ

くしてなったと。

けれども私はここに、どうしても物理では説明しきれないであろうものがあることを、思わずにはいられませ

ん。ビッグバンの子どもたちはなぜ不均一だったのでしょう?・・・物質と反物質はなぜ等数ではなかったの

でしょうか? 生まれた素粒子たちには、なぜ始めからそのように多様な種類・性質があったのでしょうか?

物理法則を例外のない原理だとすると、この不均一は物理法則から外れることであり、「偶然」とか「ミス」

とか「奇跡」とか呼ばれる領域のことで、しかもこの不均一こそが、生命を含む宇宙のすべての物質の根本な

のです。

宇宙の誕生においてのみならず、この世界に起こるすべての現象には「不均一」という要素が組み込まれて

います。それによって、生み出された物質や生命は、その後かくも変化に富んだ進化の道を辿ることになり

ました。法則の世界にぽとんと一滴加えられたこの「不均一」という要素。私はそこに神と呼びたくなるよ

うな意志を感じます。その意志は、不均一の生み出した一見混沌の世界を、混沌ながらゆっくりと一定方向

に押し流しているように感じられてなりません。


長い長い宇宙の旅の中で、私たちは人間という命をもらい、今ここにほんの一瞬ですが、覚醒した旅人とし

て存在しています。それはとても喜ばしいことではないでしょうか。

無理なことですが、できればずっと覚醒し続けて、この謎に満ちた宇宙の行く末を見届けたいものです。






銀河をゆく者たち - 1.人間に与えられた時間

2013-01-17 22:03:25 | 空蝉
                「沙羅と明日香の夏」 緋野晴子著 (リトル・ガリヴァー社)


厳しい寒さが続いていますが、丸まって下ばかり向いていないで、ちょっと夜空を仰いでみましょう。   
一年のうちで星が最も美しく見えるのは今の季節です。星の明度だけでなく、ピンと張った大気ゆえでもある
のでしょうか。小さな光たちに魅惑され、思わず白いため息が出ます。
私は冬の星たちのキンキンに冷えきった光が好きです。この恋心を、どう言い表したらよいのでしょう。
とても短い言葉で語れるようには思えません。

ところで、私のブログのハンドルネームの「セイラ」ですが、これは実は「Sailor in Galaxy」から取った
もので、私の世界観を表すものです。真冬に冴え渡る星たちを見ていたら、この「銀河をゆく者」たちのこと
を語ってみたくなりました。たぶん長くなりますので、何回かに分けてお話しさせていただくことになると思
います。
きょうはまず、銀河をゆく者たちの一員である「人間」の、その与えられた時間について、私の場合でお話し
することにしましょう。

30歳になった頃だったでしょうか、人生にほとほと疲れていた私は、ある日、自分の一生を俯瞰する試みを
してみました。始めから終わりまでという流れを意識することで、今を捉えようとしたのです。
人間の生きる能力は最長で130年くらいと言われています。意外と長いでしょう? すると当時の私であれ
ば、まだ100年くらい生きなければならないわけですね。その頃は正直なところ、あと100年もあるのか、
なんとシンドイことだろうと、ため息が出たものです。
けれど、その時間の流れを想像で追ってみると、人を取り巻く状況というものは (むろん絶えず変わるわけ
ですが) いくつかの節目によって大きく変わる、あるいは、変えられるものだということに気づきます。
人間に与えられた時間が130年として、私は自分の人生を5つに分けて考えました。

1期  誕生~結婚     (0歳~25歳) : 自分育ての時代
2期     ~子育て終了(  ~50歳) : 生活の時代
3期  知力・健康充実期 (  ~75歳) : 自己実現の時代
4期  知力・健康衰退期 (  ~100歳) : 愉悦と行動の時代
5期      ~終末   (  ~130歳) : 宇宙に融合していく時代 

実際にはこの5期の中のどこかで時間切れが来るのかもしれません。それでも、こういう道程を歩むのが自分
の人生であると意識した時、今を生きることにおいて大きな効用がありました。
その当時の私は2期のただ中にいたわけですが、1期と2期は、外部から絶えず新しい経験が否応なく押し寄
せてくる目まぐるしい時期です。1期ではたくさんの疑問や迷いに出会いました。哲学や文学にも出会いまし
たが、問いは深まるばかりで、まだ何もまとまったものは得られませんでした。
そして未熟な自分を引きずったまま、2期に突入してしまったのです。

2期は凄まじいものでした。朝目覚めてから夜眠るまで、息つく間もなく仕事とファミリーのごたごたに翻弄
されました。正確に言えば眠っている間でさえ職場で奮闘する夢を見ていたのですから、それはもう、絶えず
と表現したほうがいいかもしれません。体を壊して入院した時以外は一日の休みもなく、仕事のストレスの上
に家庭のストレスを重ね、昨日のストレスの上に今日のストレスを重ね、解決のしようもなくダメージばかり
喰らうような問題を次々と爆弾のように投げつけられて、まるで戦場を駆け抜けるような生活でした。
ほとほと疲れ果て、心が破れかけていた私にとって、これも人間に与えられた時間のうちの一つの期間にす
ぎないのだと意識することは、救いになったのです。
今が生活にまみれて生きるべき時代であるならば、存分にもみくちゃになって生きてみようではないかと思え
ました。そしてこの葛藤の中で見えたものを、次に来る時代のために大事に記憶しておくことにしたのです。

やがて、永遠かと思われた2期も、息子が家を出ていった日を最後にぷっつりと終わり、私はちょうど50歳
、人生の峠に立っていました。峠に立って来し方を見やった時、私は1期に拾った課題の答えのようなものが
2期の生活を潜ったことによって、おぼろげながら形をなしてきたことを感じていました。
私の中には言葉という形を使って整理しなければならないものがいっぱいに詰まっていて、今や激しく出口を
求めているのでした。
3期の自己実現とは、私にとっては、この世界から読み取ったものを表現することでした。
なぜそうなのかは分かりません。ただそうせずにはいられない強い欲求が、物心がついた頃からずっと心の
底にあって、私には他のどんなことより肝心なことだったような気がします。
そしてその表現の道具として選んだのが、小説という文学です。ですから75歳までの25年間は、思索と小
説執筆を自分の中心に据えて生きるつもりです。
今はこの3期にいるわけですが、ここではまだ駆け出しの若輩者ですので、過ぎた道のりよりも未来の道のり
のほうがもっとずっと長いのだと思うと嬉しくなってきます。

4期の自分については想像しかできませんが、周囲を観察するに、どうも人間は80歳頃から知力・体力・気
力に大きな変化が現れるようです。ですからその少し前に、4期の生活をスタートさせようというわけです。
4期は愉悦と行動の時代と決めています。この世界を心から楽しむこと、○○のためといったケチな考えはい
っさい持たず、ただ楽しむために楽しむのです。「これぞ生存の喜び」というものを味わってやろうと思って
います。
風のziziさんのブログに、老人にだけ許されている「無為を楽しむ」という快楽について、次のように書かれ
ていました。

<一枚の木の葉がひらひらと舞い落ちる。雲が地平をゆったりと移動してゆく。このような一時、年老いた
 男は身も心もくつろぎの極地にあり、自然の一部と化している> と。

生存の喜びとは、若い頃に知る喜びよりも、たぶんもっとずっと奥が深いものなのでしょう。楽しみです。
それから私は、この素敵な世界をもうちょっとだけいいものにして後を生きる人たちに残したいので、遊びと
共にそういう行動中心の生活をしようと思っています。それは義務ではなく、楽しむことの一つなのです。
一番始めにしたいと思っているのは故郷の川に蛍を甦らせることです。その他にはいくつ、どんなことができ
るか、考えてみるだけでも今から楽しくなってきます。

古代インドにも、やはり人生を25年ずつに区切って考える思想があるようで、そちらでは 学生期・家住期
・林住期・遊行期と言うようですが、4期しかありません。でも私の場合にはもう一つ、100歳からの「宇宙
に融合していく時代」というのがあります。
先ほどの風のziziさんのブログに言う、「自然の一部と化している」状態の在りようです。それはどうやら快
楽らしいということで嬉しく思いますが、4期のように積極的に楽しみを求めるというのではなく、ただ草花
のように、光のように、風のように、この世界の流れとともに在って、そのままいつか宇宙に溶けていくよう
な死を迎えられたらいいなと私は思うのです。この在るがままの時代が5期です。

さてさて、以上が私に与えられている可能性のある130年ほどの時間ですが、実際には私は体が強くない
ので、4期までを全うすることが大目標だと思っています。けれどもこうして俯瞰してみると、人間に与えられ
た時間というのは、けっこう長さも内容もたっぷりあるものだと思えてきませんか? 
1期と2期は不安定で辛いと感じられることが多いので、ここで早くも人生に失望してしまう人がきっといる
でしょうし、新しい変化が外からやって来なくなる3期になると、もう人生はたいがい終わってしまったかの
ように感じる人もいるでしょう。でも、どちらも錯覚だと、私は言いたいのです。

人間に与えられた時間はこの夜空に光る星々に比べれば、一瞬の花火にも似た短いものですが、我々人
間にとっては、苦しみも喜びも楽しみもたっぷり味わえて、やりたいことのいくつかにトライするには十分
な長さのある時間です。
せっかく生まれてきたのですし、一度しかない人生です。自分らしい設計図を描いて始めから終わりまで、
めいっぱい生ききってみませんか。
もう一度確認しますと、人間の生きる能力はベストの状態でいけば130年ほどだそうです。ですからひ弱な
セイラでも、100年 (一世紀) 生ききることを目標にしています。みなさんも80や90で早死にしたら
もったいないですよ。ぜひ100年以上を生きて、私といっしょに遊んでくださいね。


                            ( sailor in galaxy 緋野 )

止まった時計

2013-01-06 22:14:49 | 空蝉
                  「 たった一つの抱擁 」 緋野晴子 (文藝書房)


時計が止まっていた。 1月5日 6時 40分 51秒。

その朝ちらっと見たはずなのに気がつかなくて、しばらくしてから、時が進んでいないと気づいて えっ! と

なった。 あわててテレビをつけてみたり、携帯電話を取り出したり。

いつもそこにあって、いつでも一定の速さで時を刻み、いつ見ても動いているのが当たり前だったから、私は

すっかり忘れてしまっていたのだ。 時計という存在がそこにあったこと、時計(電池)にも寿命があったこ

とを。この前電池を入れ替えたのは、いったいいつだっただろう? 記憶がないほど長いこと、いっしょに時

の中を歩んできたのだ。 誰にも知られずある瞬間に、独りでふっと歩を止めてしまっていた時計。

止まってしまった時計を見るのは寂しい。 指し示した時間だけが、彼の動いていた証のように思われて、記

録したくなった。

時計のような無機物にさえ愛着を覚え、静止した針を見て寂しいと感じるようになったのは、多分に歳のせい

かもしれない。 確かにもう若いとは言えなくなった。 いよいよ一日を、一時間を、一分を、大事に生きてい

きたいと思う。

今年の回数券も、はや5枚を消費した。 残るは360枚。 時計に新しい命(電池)を与えてから、ほぼ一日

使ってカレンダーに今年の計画を書きこんでいたら、私の中にも新しいパワーが満ちてきた。

「また、いっしょに行こうか」

元気に動く時計を見上げ、心の中で声をかけた。



       雲運び 川を流して 人恋わせ チッチチッチと 時は往くなり



                                 ( 時の旅人   緋野 )

正月4日の空を仰いで

2013-01-04 11:21:25 | 空蝉
あけまして、おめでとうございます。

正月4日の空は快晴。

肌がきゅっと締まるほど寒いですが、青空がどこまでも広がって、山の稜線がくっきりと綺麗です。

お正月は、お客さんたちが笑顔で帰っていった後がいちばん好きです。集まった親族はそれぞれの場所へ

戻っていき、ごてごてと用意したご馳走もすっかり空になって、 さっぱりしたものです。 この年末年始

の喧騒も主婦としてなんとか乗りきることができた、やれやれ、と思うと、心からおめでとうの気持ちが

湧いてきます。

生業のほうは今日からすでに始まっていますが人の出足はまだ鈍く、ブログを書くゆとりもあります。

平成25年の普通の日の始まり、おめでとう。

今朝は日食観察用の眼鏡をかけて、しっかりと太陽を見て祈り、願掛けをしました。

何を願ったか? それはもちろん・・・・秘密です。

先行きの不透明な時代で不安は多々ありますが、けっして悲観的にならず、私たち一人ひとりが自分の場所

で、それぞれの目標に向かって一歩を進めることが、何より肝要だと思われます。

平成25年を、健康で明るく力強く歩めますよう、皆様のご健闘を青空に向かってお祈りいたします。