「コズミックフロント」というBSのTV番組をごらんになったことがありますか? 私のお気に入り番組なのです
が、見れば見るほど、知れば知るほど、この宇宙は不思議で変わったものに満ちていると気づかされます。
私たちがどんな世界に生きているのか、どこから来てどこへ行くのか、ちょっとご一緒に宇宙の初期への旅に
出てみましょう。
この宇宙は137億年前に、何も無いところの一点で、突然起こったビッグバンと呼ばれる大爆発によってでき
たと考えられています。そして今でも加速度的に爆発方向に広がり続けているのです。つまり、私たちのいる
この宇宙空間は、何も無いところから突然噴き出し、どんどん広がっているということです。
私たちが物を見ることができるのは光があるからですね。闇の中では何も見えません。そして光は空間をもの
すごいスピードで進むので、ふだんの生活では、光が当たれば物はすぐ見えます。けれど、それがとんでもな
く遠い距離にあれば、光が発してから目に届くまでには、やはりかなりの時間がかかります。
ということは、私たちが見上げているこの夜空の星は、気が遠くなるほど遠くにあるので、その星の姿は今の
姿ではなく、過去の姿を見ているのだということになりますね。
地球から一光年離れたところにある星を見れば、それは一年前の姿なのです。
ですから夜空を見上げた時、私たちは見える星の数だけの時間の異なる過去を、一度に見ていることになる
わけです。そう意識して眺めてみると、ちょっと妙な気分になりませんか?
ともあれ、そういうわけで、星を観測するというのは過去を観測することであり、光というものが誕生する前の
世界は、望遠鏡では観測できないということなのです。現代の優秀な望遠鏡は、誰かが月でマッチをすって
も、その光を捉えることができるそうですが、どんな精密な望遠鏡をもってしても、光の無かった時代は観測で
きません。
宇宙誕生初期の頃の光は、宇宙の膨張によって波長が引き伸ばされ、今ではマイクロ波としてわずかに観測
されています。これは「ビッグバンの残り火」と呼ばれていますが、それもビッグバンから38万年以降のもの
で、それ以前はまだ原子も構成されていない、素粒子がばらばらに飛び交う暗黒時代でした。(素粒子とは、
原子を構成する陽子や中性子や電子を、さらに小さく分解した時の粒子たちです)
宇宙の誕生から38万年後(「38万年の壁」)を境に、それ以前の宇宙のことはどんな精密な観測装置をもって
しても感知することができないのです。
しかしありがたいことに、我々人類の中には優秀な方たちがいて、38万年の壁を破って原始の宇宙を覗いて
くれました。どうやって?・・・実験室の中で。
スイスの地下に1周27Kmの巨大な円形加速器を作り、陽子に7兆ボルトの電圧をかけて逆方向に光速で走
らせ、ぶつけて陽子を分解させたのです。そうして16種類の素粒子を検出しました。
日本でもそうした加速器を山梨県に作ろうとしているようです。わくわくしますね。
ビッグバンが最初に生んだのは、この素粒子という「物質」であり、同時に「反物質」も生んだと言われていま
す。「物質」と「反物質」は+と-のように、接触したとたんに消滅し、元の無になってしまうというものです。
宇宙が無から生じたことを考えると、これは非常に納得のいく話ですね。
ところが不思議なことに、なぜか「反物質」より「物質」のほうが少したくさんできたようで、消滅せずに残っ
た素粒子たちがいたのです。
しかも素粒子にはいろいろな種類があり、電子やニュートリノのように同じ場所には一つしか存在できないも
のや、光子のように同じ場所にいくつでも詰め込めて、そのかわり原子を構成できないものがありました。
さらに、その2種は常にくるくるとスピンしていて、隣り合った2つの素粒子は歯車のように、くっついて反対
方向に回転するのですが、まったくスピンしない変わり者がごく最近見つかりました。
それが話題のヒッグス粒子です。回ろうとする素粒子がこの付き合いの悪いヒッグス君にくっつくと、ググッと
回転を阻止されて動きが重くなります。この動きの重さが質量の起源ではないかと分かってきたのです。
ビッグバンで無から生まれ、ほとんどが一瞬で無に還った中で、不思議にも生き残った素粒子たちはくっつき
合い、質量を得て原子になりました。原子どうしもくっつき合って分子になり、分子どうしもくっつき合って
ガス状の物質になっていきました。そのガスが粒子どうしの重力でさらに凝縮して、星になっていったのです。
現在の宇宙の構成要素は、星が0,5% ガスが3,5% 正体不明の暗黒物質が23% 暗黒エネルギー(いく
ら膨張してもエネルギー密度が薄まらない不思議なエネルギー)が73%くらいと言われています。
宇宙のわずか0,5%の星のうちで一定以上に質量の大きな星は熱を帯び、光を発し、さらにその中でも特に
質量の大きな星だけが、燃えて縮んだ果てに超新星爆発と呼ばれる爆発を起こしました。
その爆発のエネルギーによって、それ以前には存在しなかった質量の重い重元素たちが生まれたと言われ
ています。 この重元素こそが、生命を構成する基本要素なのです。
つまりビッグバンの子どもたちが素粒子だとすると、私たち生命体は、星(超新星爆発)の子どもたちであり、
ビッグバンの孫だとでも言えましょうか。
人間たちは今や、この世界と自らの存在の謎にここまで迫ってきました。暗黒物質や暗黒エネルギーの謎とと
もにビッグバン発生の謎もやがては解明され、物理学的に説明される日が来ることでしょう。すべてはなるべ
くしてなったと。
けれども私はここに、どうしても物理では説明しきれないであろうものがあることを、思わずにはいられませ
ん。ビッグバンの子どもたちはなぜ不均一だったのでしょう?・・・物質と反物質はなぜ等数ではなかったの
でしょうか? 生まれた素粒子たちには、なぜ始めからそのように多様な種類・性質があったのでしょうか?
物理法則を例外のない原理だとすると、この不均一は物理法則から外れることであり、「偶然」とか「ミス」
とか「奇跡」とか呼ばれる領域のことで、しかもこの不均一こそが、生命を含む宇宙のすべての物質の根本な
のです。
宇宙の誕生においてのみならず、この世界に起こるすべての現象には「不均一」という要素が組み込まれて
います。それによって、生み出された物質や生命は、その後かくも変化に富んだ進化の道を辿ることになり
ました。法則の世界にぽとんと一滴加えられたこの「不均一」という要素。私はそこに神と呼びたくなるよ
うな意志を感じます。その意志は、不均一の生み出した一見混沌の世界を、混沌ながらゆっくりと一定方向
に押し流しているように感じられてなりません。
長い長い宇宙の旅の中で、私たちは人間という命をもらい、今ここにほんの一瞬ですが、覚醒した旅人とし
て存在しています。それはとても喜ばしいことではないでしょうか。
無理なことですが、できればずっと覚醒し続けて、この謎に満ちた宇宙の行く末を見届けたいものです。