緋野晴子の部屋

緋野晴子の「たった一つの抱擁」「沙羅と明日香の夏」「青い鳥のロンド」レヴューのご紹介と、小説書きの独り言を綴っています。

涸沢にて

2018-08-30 09:18:30 | 掌小説
炎暑の夏ももう終わりです。残暑はまだありますが、自然は正直なもので、ツクツクボウシにミンミンゼミ、谷川の冷たさ(もう泳げません)、風の涼しさ、ショウロトンボ・・・どれも秋の訪れを知らせてくれています。
 
この夏、山に登られた方はみえますか? 山の魅力って何なのでしょうね。
私は山が大好きなのに、実は登るのは苦手なんですよ。 笑
 
山に登る人、帰りを待つ人、登頂を遂げる人、引き返す人、遭難する人、助ける人・・・姿はいろいろでも、そこには人間の正直な素顔が現れてくるような気がします。 きょうは、そんな 「山」 にまつわるお話です。
 
 
             「 涸沢にて 」  

                                緋野晴子
 
 
 梓川の幅が急に狭まって、流れが激しくなった。澄みきった水が川底の岩々に当たってうねり、暴れながら下流に落ちていく。その流れの中から、白い光がキラキラと翻ってきて、私の眼を刺した。
八月だというのに、山々は雪を頂いて、四方を取り巻いていた。梓川の水が凍るように冷たいのは、あの雪渓の下から走り出てくるからなのだ。
 
流れを少し遡って行くと、川はまた開けてきて、前方に吊り橋が見えた。
「ほら、着いたわよ。あれが有名な河童橋。あの橋を渡れば、もう上高地よ」
 山岳ガイドとして付き添ってくれていた園田さんが、橋を指差して言った。山登りというよりまだ散策にすぎないうちから、ひ弱な私の足はすでに辛くなり始めていたが、その言葉で俄かに力を取り戻した。今夜はここの宿で一泊する。
 
 河童橋の上に立って眺めると、前方には穂高が、巨大な岩壁のような斜面を見せて聳え立っている。夏でさえ人を拒もうとしているかに見えるこの穂高を、雪深い冬に登るなど、まったく正気の沙汰とは思えない。その山の頂に立つことに、いったいどれほどの価値があるというのだろうか?
「馬鹿なんだから」と、私は呟いた。
 ふり返ると焼岳が、峰々の間にひと筋の白煙をたなびかせていた。
 
この宿に泊まる人の半分は観光客だが、あとの半分は、冬山に登るための下見として夏山に来ていた山男や山女たちだった。自然と山の話になる。私は食堂で知り合った人たちに訊いて見た。
 
「どうして危険な冬山に登るのですか?」
「冬山の持つ味、としか言いようがないですね。自分で攀じ登ってみないと分からないことです」
「夜明けや暮れに、雪山というのは言いようもなく輝くんですよ。その神々しいまでの美しさに惹かれてね」
「若いころは征服欲でした。今は、ただ、ただ、山の中にいたいのですよ」
「刺すような風と、雪と、岩壁という試練の後にくる、魂の充足。一種の洗礼ですね」
 
 訊ねる人ごとに様々な答えが返ってきた。彼らは尤もらしい表情で答え、いちおう、尤もらしいように聞こえた。けれども私は、馬鹿だと思った。冬山を味わうためや、雪山の美しさを見るためや、征服したり、ただそこにいたり、洗礼を受けたりする、たったそんなことのために、掛け替えのない命を危険にさらすなんて馬鹿だ。私は、山なんか大嫌いだ。
 
 翌朝は快晴だった。絵に描いたような上高地の圧倒的な美しさが、心に痛かった。
私と園田さんは、涸沢をめざして出発した。
まず明神までほぼ一時間、多少のアップダウンはあるものの、山登りというよりはトレッキングだ。明神池の手前に山小屋があって、岩魚を焼く匂いになぜかほっとした。その鏡のような池からまた一時間ほど歩くと、徳沢に入る。まだまだ平坦な道のりだったが、足はすでに疲れていた。ここの山小屋でしばらく休憩してから、私たちはさらに一時間余りかかる横尾に向かった。彼女は初心者の私に、けっして無理をさせないよう配慮してくれていた。
 
 横尾に着くと、三時間以上も山道を歩いてきた私の足は、もうくたくたになっていた。岩に腰掛けて昼食のおにぎりを食べながら、園田さんが聞いた。
「どうする? 上高地に戻ってもいいのだけれど」
 ここから本当の山登りが始まろうとしていた。最大の岩場といわれる屏風岩が見える。徐々に山道になっていって、一時間半も歩くと、残りの一時間半は文字通りの登山になるらしい。彼女は私の足を心配していた。いったん涸沢に向かって歩き出したら、どんなに辛くとも、もう行き着くしかないのだ。途中で挫折することは野宿を意味する。引き返すなら今だ。
 
「行きます」
 私は答え、彼女は、覚悟したように頷いた。
 
 足は重かったが、前半の行程は二時間ほどでなんとか歩けた。本谷橋からは、なるほど正真正銘の山登りとなり、私は初めて、登山というものの苦しみを知った。何度も立ち止まっては息をついた。腿が疲労して力が入らず、足がなかなか上がらない。酸素が薄いためか、高度が上がるにつれて肩が凝り、頭も痛くなってくる。三分の一も登らないうちに、なぜこんな所へ来るはめになったのかと、私は恨めしさで涙ぐんでいた。
(みんな、あなたのせいよ)
 今年は雪が多いからやめてと言ったのに、私を無視して行ってしまった、あなた。雪山に魂を落として、骸になって帰ってきた、あなた。あなたはそれで満足だったのかもしれないけど、残された私の気持ちはどうなるの? ほんとうに無責任なんだから。あなたの魂を探し出して、「馬鹿!」って言ってやるんだから。
心の中で、何度も何度もそうくり返すことで、私は、くず折れそうになる体をなんとか支え、這うようにしてようやく登りきった。一時間半といわれた登山に二時間半もかかり、全体としては八時間にも及ぶ山行だった。
 
  涸沢の小屋に着くなり、私はまず死んだように眠った。とても起きてはいられなかった。眼を覚まして、園田さんに温かい珈琲をもらい、やっと人心地がついた時には、外はもうすっかり夜になっていた。
 
 夜の涸沢。空一面に散らばった星々の、零れるような輝きを見た。広いカールは融け残った雪で、ぼうっと白んでほのかに明るい。青白い夜の光に包まれて、雪を頂いた穂高が、そのむこうに凛々しく、黒いシルエットを描いて聳えていた。
(あなたも、この景色を見たのね)
その山頂の白い雪の中に、私は夫の笑顔を見たような気がした。
 
(馬鹿なんだから。ひとりで逝ってしまうなんて、ほんとに馬鹿なんだから。……一度もいっしょに登ってみようとしなかった、私もほんとに、ほんとに、馬鹿なんだから。
 ……あなた、……もう、いいわ。あなたは、そこにいてもいいわ)
 
 私は彼を許した。なぜ許せたのか、そして、泉のように次から次へと湧き出してくる涙のわけが、私自身にも解らなかった。 
 
 
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読まれているのかな? 電子書籍

2018-08-01 17:18:56 | 青い鳥のロンド

 

小説 「青い鳥のロンド」の出版から、いつの間にか一年余の時間が流れていました。一年の節目としてこのたび電子版になり、現在、ほとんどのネット書店で販売されています。
一冊 432円で、紙の本に比べるとたいへんお得なのですが、さて、どれくらいの方が読んでくださるのでしょうか? 
 
もともと、本の実際の売れ数というものは、著者には把握しがたいようにできている出版業界ですが、電子書籍は特に分かりません。 先に出した 「沙羅と明日香の夏」 を見てみましたら、kindle ストアで本日現在、309,804 位と出ていました。 順位がつくのは何冊か売れたという証拠のようです。(読んでくださった方々、ありがとうございました)
今出たばかりの「青い鳥のロンド」には、順位がついていないことからも分かります。
ですから、どんなに少なくとも一人には読まれたことは分かるのですが、では何冊? となると、?なんですね。
 
「出版社から、売れ行きに応じた印税が入るんじゃない? それで分かるでしょ」と思われる方があるでしょうし、確かに普通はそうだと思うのですが、私の場合、電子化無料、かわりに印税なし、の契約をしていますので分かりません。
忙しい出版社に、「何冊売れましたか? 調べてください」 と言うのも気が引けます。
 
そこで、今後、もし私の電子書籍を読んでくださる方がありましたら、「読んだよ」と一声かけていただけますと、たいへんありがたいです。1000人の読者さんを目指して書いておりますので、知りえたかぎりの読者さん数をカウントしています。
現在のところ、「たった一つの抱擁」 は 200人程度、「沙羅と明日香の夏」 は 600人程度、「青い鳥のロンド」 は 300人程度です。
ご感想を求めたりはしませんので(あればもちろん、とても嬉しいですけど)、どうかお気軽に「読んだよ」 のご一報を、よろしくお願いいたします。
 
 
              「青い鳥のロンド」 について
 
評価が両極に分かれる小説でした。概して女性には好評、男性にはあまり関心を持たれない小説のようです。特に仕事を持って働く女性には絶賛され、高齢男性にはテーマすら理解されないという、極端な現象を引き起こしました。
 
いかにあれば、女性は幸せに生きることができるのか? 女性が幸せになる生き方を探すということは、パートナーである男性も、結局ほんとうの意味で幸せになれるということではないだろうか? 
そのような思いで書きましたが、女性の人生・幸福に対する男性たちの無関心、問題意識不足には、がっかりしてしまいました。昔から女性たちだけが背負ってきた生き辛さ、愛し合う男女の間に軋轢を生む原因、女性にとっては深刻な人生上の大問題は、今も何も解決されてはいないのだということが、奇しくも浮き彫りになる結果となりました。
 
ですが小説は、そうした現実の中から微かな光を拾っています。 どんなにささやかな光でも、人類が、男女が、より確かな幸福に向かって進む道の、篝火の一部になってくれるに違いないと 著者 緋野晴子は信じています。
 
電子版 432円。 著者が言うのもなんですが、それくらいの価値はあるかと思います。この機会にぜひ、お読みになってみてください。
 
 
         
 
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幻の青い花を見たことがありますか?

2018-07-19 15:15:04 | 掌小説
猛暑が続いていますが、皆様お元気でしょうか?
久々の掌小説です。爽やかな初夏のころの、少し幻想的なお話で涼んでいただけたらと思います。
これは文章塾「かがく塾」の第2回に提出した作品です。
 
       「青い花」
                          緋野晴子

 
 その駅に降り立つと、どこかで不如帰の鳴き声がした。四方をぐるりと囲んでいる新緑の山々は、初夏の陽光を反射してまぶしく光っている。僕は大きく息を吸い込んだ。肺の中まで樹木の黄緑色に染まりそうだった。

 そこは、静岡県西北部の山間地にある過疎化の進む小さな町。僕の祖先の眠る地だ。五代前の当主が何らかの理由でこの地を捨て、墓ごと東京(当時は江戸)に移住したと聞いている。学生生活を、あと一年足らず残すのみとなった僕は、ふと、自分のルーツを尋ねてみたくなったのだった。

 町役場で、伝え聞いていた古い住所を頼りに、それらしい場所の地図を貰った。親切な職員は、祖先に関する資料がないか調べておいてくれると言う。

 どうやら、かなり山奥らしい。そこへ行く人はもう誰もいないのだろう、一時間と歩かないうちに、杉林の間の道は、すでに道の形を失い始めていた。長い年月の間に両側からせり出してきた草木に覆われ、あるいは、道とおぼしき場所の真ん中に、大木がそそり立ったりしている。僕は登山用のナイフで潅木を切り払いながら、なんとか、かつての山道の痕跡を探していったが、そのうちとうとう、完全に道を見失ってしまった。

日は真上に昇っている。もはやここまでか? という考えが頭をかすめる。だが、切り株に腰掛けて握り飯を食べるうちに、僕の心は決まった。地図上のここまでの道のりを時間で割って、その距離をこの先の道の形に当てはめれば、およその見当がつくはずだ。行こう。

道なき道に、僕は足を踏み入れていった。だんだん山が深くなっていく。林立する杉は背丈を増し、真昼だというのに、周囲は夕方のように薄暗くなった。時おり不如帰の声が、密集した樹々の間を貫いて鋭く響く。そうしてまた、一時間ばかり歩いただろうか。
ふいに、視界に奇妙な違和感を覚えた。目の前の地面が、百平方メートルほどの範囲で、その周囲より少し窪んでいるようなのだ。と、見ると、一本の樹の脇に、小さな社があった。もしや、祖先のいた村落の跡では? 心躍り、駆け寄ろうとした、その時だった。つと、大きな古木の陰から、青い花が姿を現した。百合ほどの大きさで、形も少し似ているが、違う。暗い山の中で、燐を燃やしたような青々とした光を、花びらに宿している。吸い寄せられるように近づいてみると、確かに新種に違いないと思われた。こんな花は見たことがない。僕は根を掘りあげて持ち帰ろうと、思わず手を伸ばした。……だが、やめた。

花の前に座って、花をじっと見つめていると、花もこちらをじっと見つめているような気がしてくる。なんだかとても安らいだ心持ちになって、僕は何時間も、そのまま花の傍で過ごした。日が暮れてきても帰る気になれず、夜になったらあの社で寝ればいいと、ぼんやり考えているのだった。

やがて、あたりは闇に包まれた。真っ暗な社の中で、僕は少し後悔していた。月はあったが樹木に阻まれ、所々に細く淡い光が染み込んでいるばかり。スマホの明かりを頼りにビスケットを食べ、荷物を枕代わりにして、僕は硬い木の床に体を丸め、早々に寝てしまうことにした。

どれくらい経った頃だろうか、うとうとしていると、誰かが社の戸をコツコツと叩く。驚いて跳ね起き、戸を開けると、そこには美しい女性がひとり立っていた。月の光のせいか、体の周りが青白い蛍光を帯びているように見える。
「社の中に明かりが見えましたので。私の家へいらっしゃいませんか?」
近くに人家があるとは気づかなかった。迷惑ではと、いちおう遠慮してはみたものの、暗闇に参っていた僕は、けっきょく喜んで彼女についていった。
 
「どうして、こんな山奥にいらっしゃったのですか?」
 部屋に布団を敷きながら、彼女は訊ねた。
「僕は将来に迷っているのです。自分が何者なのか、どの道を行くべきか、この祖先の地で考えてみたかったのです」
 すると彼女は、静かな微笑を浮かべて言った。
「心の底にある美しいものを守って、ほんとうにいいと思う道を、まっすぐいらっしゃればいいのですわ」
 その、やわらかく芳しい声を聞くと、僕は瞼がたまらなく重たくなり、そのまますぐに眠ってしまった。

 翌朝、また不如帰の声がして、目を覚ますと、僕は大きな古木の洞に寝ていた。これはどうしたことかと洞の外に飛び出してみると、目の前には、底まですっかり見透せるほど澄み切った大きな湖ができていた。木々は水に浸かり、あの社も屋根まですっぽりと沈んでいる。そして花は、あの青い花は、銀色の小さな気泡を身に纏い、透き通った水の底にすくっと立って、差し込む朝日に、燃えるように青く光っていたのだった。

 役場に戻ると、親切な職員がすぐに寄ってきて教えてくれた。
「水守さん、分かりましたよ。あなたのご先祖は、ここの奥山に七年に一度現れるという湖の、神事にしか使ってはならない水を守る役職についていたんです。ところがある日照りの年に、ご先祖は村人たちに湖を開放し、その責めを負って、幕府に切腹させられたんです」

 
 あれから、十年経った。僕は営林署の職員になり、故郷一帯の山々を守ろうとしている。七年後に湖を探しに行ったが、あの場所はついに見つからなかった。だが僕の胸の中には、今でも青い花がすくっと立っていて、何かに迷うたび、いいと思う道をまっすぐ行けと言うのだ。

                             完
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どうなっていくのか・・・

2018-07-08 15:28:46 | 空蝉
雨が好きだったのに、このところの悪魔的な降り方といったら、どうだろう。
とても季節の雨を愛でる気分にはなれない。太古から自然は人間にとって大きな脅威であったことを、嫌でも思い出さずにはいられない。恐ろしい。
 
過去にも七夕豪雨というのはあるにはあったけれど、近年、世界に多発する予想を遥かに超えた集中豪雨や気温の激しい上下動を見ると、やはりかつての地球環境が、壊れてしまったのだと思わざるを得ない。
今後、私たちの地球はいったいどうなっていくのだろう? 地球上の生物の存亡や分布地図は大きく変わっていくに違いない。人間たちは大丈夫なのだろうか?
 
往年の俳人たちが愛して詠んだ「季節」というもの、私が青春を送るころまでは確かにあったそれは、もはや古き良き時代のものになってしまったのかもしれない。
どうしてそうなったのか、誰がそうしたのか、自分自身にその責任の一端がないとは言えず、気持ちは焦れるのだけれど、地球の変動をくい止めるのは難しい。
 
そういえば、きのうは七夕。 織姫と牽牛も、これでは逢瀬を楽しむどころではなかっただろうな。
 
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雨のポケット

2018-06-13 14:30:23 | エッセイ

「かがく塾」に提出した最初の原稿は、Yahooブログに書きなぐってあった過去記事を、作品としての形に整えたものでした。 それをさらに、岳先生や出席者の皆様からいただいた批評をもとに書き直しましたので、ここに載せてみます。
文章というものに興味がおありの方は、Yahooブログ「明日につづく文学」の「エッセイ書庫」の最初のほうに、元の記事が載っていますので比較してみてください。どこがどう良くなったのか、お分かりになるかと思います。

                 
            「雨のポケット」


新緑に陽が透けて、木立の下がなんだか黄緑色に明るい。その向こうには、青さの増した空のあちこちに、綿菓子のような白い雲が浮かんでいる。と見る間に、雲は端のほうから風に解(ほど)けて、つぎつぎと形を変えていく。また雨が来るのかもしれない。

五月といえば、春霞が引いて、青く晴れ上がった空をイメージしてしまうが、実際は、意外にも雨が多いものだ。大事に育ててきた庭の芍薬がせっかく美しく咲いているところへ、ちょっと油断していると容赦なく雨が降りかかる。細かい雨なら、その中で咲いている姿も趣があっていいものだけれど、残念なことに芍薬という花は、いったん濡れてしまうと駄目になる。よほど固い蕾のうちでない限り、少しでも開きかけたものが雨に当たると、あくる日にはもう萎れて生気を失ってしまう。

こんなに雨に弱いのなら、なぜ五月を選んで咲くのだろうと不思議に思う。おかげで毎年、この花を守るために透明ビニール傘をさし掛けたり、外したり、あらかじめ雨に備えて大きな花瓶に切り溜めたりと、私は忙しい。それでも気紛れにやって来る雨からは、とうてい守りきれるものではなく、結局最後は、茶色の染みを作って萎れてしまった花たちを、「また来年ね」と切り取って始末するしかなくなるのだ。

こうして毎年、私の可愛い芍薬を台無しにしてくれる雨だけれど、それでも私は、実は雨が好きだ。五月の雨も、梅雨の雨も、夏の夕立も、暴風雨も、秋雨も、時雨も、春雨も、それぞれに好きだ。

朝、布団の中で雨の音を聞くと、布団から出たくないと思うことがよくある。その日にどんな予定があろうと、もうどうでもよくなってしまうのだ。それは、雨の中を出かけるのが億劫だとか、濡れるのが厭だとかいう思いからではない。雨が好きで、雨に降り籠められ、包まれて、そのままじっと雨を感じていたいという強い願望に支配されてしまうからなのだ。勤めていた頃は特に、この願望と闘って身を起こすのがたいへんだった。

どうして私は、そんなに雨が好きなのだろう? 自分の内を探ってみると、脳裏にひとつの原風景のようなものが浮かんでくる。私はその時何歳だったのか、はっきりしないけれども、三つ半違いの妹の影がないところをみると、三歳になるかならないかの頃ではなかったかと思う。五月だというのに、私は母にせがんだのだ。「きょうもおんぶして、栗拾いに行く」と。

幼い私は、前夜、夢を見たのかもしれなかった。
母に背負われていて、家の前の道をしばらく行くと山栗の木があった。可愛い栗の実がころころと落ちていて、母がひとつ拾って背中の私に持たせてくれた。こげ茶色でふっくらとした三角の実。とても嬉しかった。
私は次々と見つけて拾ってもらった。落ちている毬(いが)の中に入っているのもあって、母は両足で上手に毬を開き、中から実を取り出した。集めた実は母の白い割烹着のポケットに入れて、「家へ帰ったら、焼いて食べようね」と言った。私は背負われたまま、その様子を見ていた。楽しくて、楽しくて……。

それがきのうのことだと、なぜか私は思ってしまったのだった。家の大人たちはみんな、栗など落ちていないし雨も降っているからと、私を宥めた。私は納まらず、そんなことはない、きのう確かに栗拾いに行ったのだからと、泣いて、泣いて……。
母はしかたなく私を背負ってねんねこ半纏をかけ、から傘をさして外へ出た。母は子守唄のようなものを歌いながら歩いていたと思う。雨が細かくから傘に当たる音がして、傘の外はすべて雨の中。私と母は、傘の下でふたりきりだった。
山にも道にも道端の木々にも若葉が萌え、あたりは黄緑色に濡れていた。しゃくっていた私はだんだん気が鎮まり、そこへ着く前に、なんだか違うという気がしてきた。

果たして、栗はなかった。それでも母は歌いながら、「栗があるかなあ?」「栗があるかなあ?」と言葉を挟んで、探し歩いてくれた。私は、なんでだろう? と思いながらも、母の背で十分満足していた。母の背中は温かく、柔らかく、雨の音に包まれて、心地よく揺れて……あとは記憶がない。

布団の中で、目覚める前に雨の音が聞こえる朝は、北朝鮮とアメリカがどうこうしたとて、そんなことは関係なく、家族のこともお構いなし。書きかけの小説さえもどうでもよくなり、責任とか、努力とか、目標や希望なんかもほったらかして、ただ雨が降っているだけという時間のポケットに、すっぽり嵌ってしまいたくなる。何をするでも考えるでもなく、ただ、ただ、じっと、雨の音を聴いていたいと思うのだ。

きっと、これが私にとっての雨。どんな雨の中にも、いつの雨にも、その奥にはこの雨が降っているような気がする。

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27歩めは文章塾への参加

2018-06-06 11:08:37 | 千里の道
「ブログに戻ってきました」と言っておいて、もう20日も経ちました。 怠慢なセイラです。
でも、この間に27歩めを出してみたんですよ。 27歩めは文章塾への参加です。
 
せっかく作家クラブに入れていただいたのに引っ込んでばかりで、いろいろな会合にちっとも参加できていませんでしたので、これでは入った甲斐もなしと、ひとつ奮起してみました。
加賀乙彦先生と岳真也先生のお名前を合した「かがく塾」という名の文章塾です。月に一度、5枚程度の掌小説やエッセイを書いてメンバーで評し合ったり、先生方からいろいろな文学に関するお話を伺うというものです。
 
世話のやける家族が多くて書く時間の少ない私には、メインの中・長編に加えて月に一度5枚作品を書くというのは、かなり負担なのですけど、そんなことを言っていたら進歩もありませんので、頑張ってみることにしました。
最初の会に参加してきましたが、なかなか良くて、私は人に疲れてしまう性質なのですが、岳先生のお人柄か、メンバーのお人柄か、居心地の良い会でした。
 
塾は東京で開かれ、私には金銭的に遠い所ですので、ほとんど「通信塾」になると思いますが、3か月に一度は参加したいなあと思っています。 その掌作品や、小説を書いている人たちに有意義だと思われる雑談が聞けましたら、またこのブログに載せてみますね。
 
きょうは雨。いよいよ梅雨入りでしょうか。嫌だなあと思っている人が多いでしょうね。でも私は、嫌いではありません。「つゆ」と思ってはいけません。「五月雨(さみだれ)」と思ってください。 ね、ちょっと違うでしょ。
五月雨は五月と書くので誤解している人もいますけど、これは旧暦の五月、つまり皐月(新暦六月)のことですから、正しく書くなら「皐月雨」で、つゆの雨のことなんですよね。
紫陽花が喜ぶ皐月雨よし。太陽の有難みが分かる皐月晴れは、さらに良し。 季節を楽しみましょう。では、また。
 
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やっと戻ってきました

2018-05-22 13:55:27 | 千里の道
お久ぶりです。
「春になったらまた」と言っておきながら、桜が散り、若葉が芽吹いて、牡丹も終わり、今はもうすっかり初夏。 数えてみると、ちょうど半年ぶりです。 ご無沙汰いたしました。
ブログの書き方をやや忘れてしまった感がありますが、また、ぼちぼち始めていこうと思います。
 
千里の道も何歩まで来たのでしょうか? ふり返って確認してみると、
新しい小説の草稿が書き上がった時点で、22歩め。
「青い鳥のロンド」の予約者さんが100人を超して、出版できたので、23歩め。
新しい小説の出版契約をして、作家クラブに入ったことで、24歩め。
新しい小説の改稿その1(草稿に肉付けをしたもの)を仕上げて、編集さんに提出したので、25歩め。
これまでで、25歩進んできたようです。たった25歩という気もしますが、一歩、一歩、どれもしんどかったなあという気もします。 その25歩に10年と半年かかりました。
 
そして今、予定より遅れましたが、新しい小説の改稿その2が、やっとでき上がりました。
草稿225枚から415枚に増えました。 これで26歩めです。
 
こんどは、みなさんに楽しんで読んでいただけるよう、エンターテイメント要素を織り込んだ恋愛小説ですよ! 
と、言いたいところですが・・・読み返してみると、私、やっぱりエンターテイメントが得意ではないんですねえ。 う~ん、これじゃあ、イマイチかなあ、という気がしてきます。
さらなる改稿が必要でしょう。 まだまだだなあと溜息をついている、きょうのセイラです。
 
ともあれ、なんとかブログ復帰のゆとりがでてきました。 また皆様と、お喋りできるといいなあと思っています。よろしくお願いいたします。
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肩書きを持たない人間でしたが

2017-12-05 19:25:11 | 空蝉
 前記事からすっかり間が開いてしまいました。
何をお話していいか分からないほどたくさんのことがありましたが、シンプルに主な出来事を挙げてみますと、

1.実家の耐震補強工事  ・・・8月初めの耐震診断から3か月半、先日ようやく終わりました。

2.新しい小説の出版契約

  まだ書き上がってはいないのですが、出版社さんと契約し、この作品を急かされていますので、それがブログに手が伸びなかった一番の原因でした。

3.作家クラブへの入会

  何の肩書きも持たない人間として、この世の片隅に伸び伸びと生きることをこよなく愛してきた私ですが、たいへん強く勧めてくださる方があり、とうとう作家クラブというものに所属することになってしまいました。ついては名刺なるものを作らねばならぬということで、生まれて初めて名刺を持ちました。でき上がったきた名刺を眺めてみると、なんだか窮屈になってしまったような気がしました。
 入会のメリットは、作家クラブの講演会を聞きに行けること、自分の作品をプロの作家さんに読んでもらうチャンスがあること、の二つでしょうか。 要するに、刺激をもらうということです。
独りで黙々と書いているのとは違った視界が開けてくるかもしれないと思い、思い切って飛び込んでみました。
 
今月の16日に東京で、作家クラブの代表である岳真也さんの古希と新作の出版を祝う会があり、参加させていただきました。加賀乙彦さん、安部龍太郎さん、北方謙三さん、三田誠弘さん、林真理子さんなど、著名な作家さんもみえました。 思ったことは、岳さんをはじめ作家さんたちはみなさん地味で、威張った感じの方は一人もなく、自然体でいいなということでした。思ったよりもずっと堅苦しくない会でした。
 どういう繋がりかは存じませんが、元総理の管直人さんもみえ、写真をたくさん撮りました。


 そんなこんなで多忙を極めておりました。今後も今の作品が仕上がるまでは、それに没頭することになりそうです。ブログはほとんど休止状態になるかと思いますが、皆様、私のこと、忘れずにいてくださいね。春にはまたたくさんお話できるようになると思います。
では、ひとまず、近況のご報告でした。
 
 
                     
 
 
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小説の森で - 11.文学は何ができるか (3)

2017-10-12 21:32:54 | 文学逍遥
 さて、クラルテに招かれた6人の小説家の中で、最も的確で分かりやすく述べているのはシモーヌ・ド・ボーヴォワール。彼女の言葉を要約しておこう。

 
<シモーヌ・ド・ボーヴォワール> 哲学教師 → 作家、サルトルの協力者
 
「人はみな他人と共有しない個人的な状況と、意識しないまま身に反映している他人と同一の状況とを持っている。世界とは、その各個別の状況と互いに包含しあっているすべての状況との渦動状態のことをいうのである。

人々は他人に近づくために、意味の伝達手段として言語を使う。しかし、会話・議論・講演などではどうしても伝達不可能な部分(壁)がある。それは各人の持つ生命の独特な味わいである。

文学は各個人を分離させているその壁を確認し、越えさせる可能性を持つ。
一人の作家は、彼が包含し暗黙裡に要約している彼の世界を表現し読者はその世界に入りこみ、少なくとも読書の間は、彼の世界を自分の世界のものとすることができる。それによって我々は、我々を我々の特異性の中に閉じこめる仕切り壁に抗して、個人別の特異な経験が、他の人々のそれでもあることを会得するのである。

各人は、すべての人々が彼ら自身について打ち明ける事柄を通じて、また彼らによって明らかにされる自分自身を通じて、その人々を理解するものである。

また、文学は本質的に一つの探求(世界と自分・人間との関係)である。探求と発見があるところに真実は現れる。一人の作家は、渦動状態にある現実の部分的真実しか捉えられないかもしれない。しかしそれが一個の真実であれば、それを伝えられた人(読者)を豊かにする

ところで、文学とはどういう時に生まれるのか? 集団的歓喜(意思疎通)のある時には文学は無用である。また絶望の(何ら頼るべきものがあるとは信じられない)時には不可能である。苦悩があり、それを表現することによって、その苦悩が意味を持つと考えられる時、つまり、他の人たちとの意思疎通を信じて、意思疎通を求めている時にこそ生み出されるのである。

文学とは、人々に個人的かつ普遍的な世界を開示して見せるものである。」
                              (趣旨の要約)

 
彼女の論を総括すれば、「お互いに結びついていながら、しかも離れ離れである個々人に、人間の中の人間的なものを救い出し、人間世界の普遍性を開示して見せ、孤独な人間を人間共同体の中に組み入れる。これこそ文学の仕事」であり、文学の力である、ということになるだろうと思う。

このボーヴォワールの言葉に接した時、私は実に胸のすく思いがした。まったく、まったく、塵ほども異存なし。
それでも緋野は、少~しだけ彼女よりも欲張りなのだろうか。人間世界の普遍性の開示というだけでは、(これまでの文学はすべてそうであったとは思うけれども)、何か少しもの足りない。それが何なのか、いつかまた書いてみようと思っている。


                 
  
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小説の森で - 11.文学は何ができるか (2)

2017-10-02 17:54:11 | 文学逍遥
父の一周忌があり、記事の間が開いてしまいました。
最近、急に寒くなって、家の近くの花の木はもう紅葉しかけています。今年は冬が早いかもしれません。
小説の森は、近年もうずっと冬ですけれどもね。

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 文学の力とは、現実に対する異議申し立ての力であるとしたホルへ・センプルン、現実世界を検討させる力であるとしたジャン・リカドゥ、変革への信号を送る能力を持つとしたジャン・ピエール・ファイユ、その完璧な夢の場から現実を非難する力があるとしたイヴ・ベルジュ。彼らがみな、文学を作品世界と現実社会との対峙において捉えていたのに対し、サルトルとボーヴオワ―ルは、文学というものの個々人に及ぼす力について述べている。

 
 <ジャン・ポール・サルトル>
  実存主義哲学者。小説・劇作・評論・哲学論文等。ノーベル賞辞退。
 
「飢えた子どもの死を前にして書物がそれを防げないように、書物が現実に対して直接的実践的な効用を持たないのは明白である。では、何ができるか。
 文学はイヴ・ベルジュの言うような「世界苦を忘れるための手段」ではなく、作品の中には、過去があり、未来があり、連続がある。言語に関わる実在であって、けっして「夢」ではない。
作家が文学作品を創作する時、不完全にしか目的を達し得ぬとしても、到達しようと望んでいる目的を持ってはいる。つまり、目的を持った現実の実践活動なのである。そこで作家によって意味されたものは、「言葉」という記号を通して読者に委ねられる。
読者も小説世界を逃避的夢として見るのではない。読者が書物に求めるのは、彼自身の生活の中に発見していなかったような意味である。人は常に現実に意味を与えて生きているが、それは互いの間で合致することのない部分的な意味にすぎないため、自分の生にすべての意味の統一を与えたいと望んでいる。
読者は、作者が到達しようと望んでいると、彼が感じる目的への見透しを持って、連結された言葉の意味を把握する作業を行う。これも本物の実践活動である。読者は一句一句を新しい経験として受け取り、自分が意味の総体を再構成しようとして読むのであり、その意味するものを作り出すのは読者自身である。」

 
つまりサルトルは、自分の生に意味の統一を与えたいという人間の願望を、実現へと向かわせる力、それが文学の力であると言っている。

また文学によって、人は現実の圧制から免れることができ、一瞬の自由を生きることができるとも言っている。それはイヴ・ベルジュの言うような、逃避という意味においてではない。読者は作品世界に入りこむことによって煩わしい現実から一時的に隔離され、作者の魂の中を自由に散策することで、自己の魂を磨けるという意味においてである。

文学とはそのような、まるでドラゴンボールに出てくる「精神と時の部屋」のような働きをするもので、読者は、そして作者自身も、そこで自分自身の魂を磨くことができる、そういうものだと私も思う。


 
               
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小説の森で - 11.文学は何ができるか (1)

2017-09-21 12:51:04 | 文学逍遥

                                 


 今から半世紀も前のこと。フランスの学生機関紙「クラルテ」が、当時活躍していた6人の作家を招いて「文学は何ができるか」というテーマで討論会を開いたそうだ。その時の記録がたいへん面白い。その六人の作家の主張にしばし耳を傾け、各人の文学論を要約してここに書き出してみる。


 
ホルへ・センプルン
18歳で祖国を追放され、ナチスの政治犯収容所で生活。スペイン共産党員。
 
「文学の力とは異議申し立ての力である。真実を示し、読者の非難憤激を買う力である。大衆文化の振興は、そういう文学の力を中和しようというブルジョワジーの戦略であり、ノーベル賞もその一つだ」

 
ジャン・リカドゥ> パリの教職者であり、作家。
 
「文学とは習練された言語行為(書くという行為)によって自ずと出現する一つの架空世界である。文学は、そうして出現させた架空世界を現実世界に対決させ、検討させるものである。(おまえは、おまえがそうであると称している通りのものなのか)と、世界に問いかける力がある」

 
ジャン・ピエール・ファイユ
 哲学者・社会学者・小説の他に、詩・劇作も手がける。
 
「文学は信号を送る能力を持ち、遠いところから変革の下準備をすることができる。信号がどんなふうに我々に語りかけているかを示し、我々の現実がいかなる信号を通して我々の方へ到来するかを、語り得る」

 
イヴ・ベルジュ> 評論家でもある。
 
「人間は現実を逃れるために書き、読む。文学世界は真実で、欠乏も、飢えも、死もない完璧な夢の場である。よって文学作品が、現実世界における人の行動を変えることなどない。ただ、その想像世界は真の生の感じを与え、読者がその想像界から現実界へと帰った時、彼が想い起こす想像界は、この現実界を非難する。文学にできるのは、そういうことだ」

 
なるほど、彼らの主張を総合すれば、文学には「現実を検討したり、非難したり、異議を申し立てたり、その変革のための信号を送る力」があるようだ。
彼らの論の導き方には処々異論もあるけれど、文学の力に関する彼らの結論については、私は反対はしない。そういう力も確かにあるように思われる。私が「沙羅と明日香の夏」で描いた 『空気による虐め』や『自然や命を見つめること』も変革への信号の一つだったと思う。
ただ、それだけだろうか? 彼らは、文学を現実社会との対峙においてのみ捉えている。そこに大きな欠落がありはしないだろうか。

次回は、サルトルボーボワールの言葉を聞いてみることにしよう。
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小説書きの卵さんたちに

2017-09-18 15:28:38 | 読者さんレヴュー
「青い鳥のロンド」にレヴューをくださったブログの友人 池ちゃん から、こんどは小説執筆上のアドバイスをいただきました。 こつこつと孤独に小説を書いてみえる小説書きの卵の皆様にも、ご参考になるかもしれませんので、公開させていただきます。


こんにちは。僭越ながら気づいたことをお伝えします。

 

今回は特に女性向きな作品でした。それはセイラさんの個性ですから、さらに女性に特化させても良いのではないかと思います。
書き出しから光と風を感じ、とても良かったです。あと一つ欲しいのは「匂い」。

女性の脳は、地図を読んでも「○○ビルから○メートル」ではなく「クロワッサンの美味しいあの店の向い」であるとか、そういう"感覚"の情報が先に来ます。
嗅覚は思考回路を通さずに脳にダイレクトに来ますから印象に残りやすく、味覚・嗅覚から思い出も紡げますからね。
ですので食べ物の表現も、色や味以上に香り・匂いの表現によって、さらに女性に印象付けられると思うので、不本意かもしれませんが、嫌味にならない程度に最大限「匂い」も盛り込んでみてはいかがでしょう。
ストーリー以上に「食べ物」の印象付けは大事ですよ。

また、テーマはとても魅力的なのですが、読んでいて心に起伏が起こりませんでした。
それは、それぞれの「場」の書き出しも、主人公も会う友達のテンションも一定、つまり冷静なのです。ですので「場」が変わってもまた同じところが始まるような錯覚を覚えてしまいます。
「対比」の話を以前しましたが、友達一人一人の個性の設定をもっと大胆にしても良いのではないでしょうか。
 
○子は店に入ってくるなり「ねえ聞いてよ、失礼だと思わない? わたし頭に来ちゃった」と、言い終わるか終わらない内に大きな荷物を床にドンと置き、私の顔を覗き込んだ。隣のテーブルの学生が驚いた表情を見せたが彼女はお構いなし。○子はいつもこうなのだ。
 
例えばこうすると、主人公のテンションが一定であったとしても、前までの「場」の空気がパッと変わり、友達のせっかちな個性も瞬時に伝わります。
場が変わっても「いつも同じ感じ」という危険性を排除できますよね。
 
いつも彼女はボンゴレを頼み、話に夢中になりながら、手元を一切見る事も無くパスタと一緒に魚介の香りをくるくると凄まじい速さでフォークに巻き付ける。器用なものだ。
 
みたいな表現も、料理のイメージとともに○子の表情まで伝わってきそうですし、次に彼女が言いそうなことも豊かに湧いてきます。
別の友達は、また違う個性があると面白いし、場によって空気が変わり飽きさせない。
 
〇美はやはり早く来ていたようだ。どんよりした空気が辺りを取り巻くので彼女だとすぐにわかる。私は思わず「どうしたの? 大丈夫?」と心配してしまうのだが、結局はいつも愚にもつかないことで悩み、落ち込んでいるだけなのだ。「いつもの落ち込みね。元気で安心したわ」「ひど~い、何よそれ。何か奢ってよね」
「甘いものを食べると気分も明るくなるって本に書いてあったわ。ケーキでも食べよっか」
 
と、柑橘系の酸味が鼻をくすぐるタルトであるとか、何を食べさせれば彼女に似合うか考えるのもまた楽しい作業です。
 
これらの手法を使ったからと言って、エンタメに傾くわけではありません。
純文学や文芸作品などでも、料亭や旅館、あるいは蕎麦屋などで食べ物の描写が魅力的に描かれます。
これを生かさない手はありませんよ。
とりあえずお伝えいたしました^^


登場人物の個性の鋭角化、嗅覚の効用・・・なるほど、ですね。
次こそ・・・・頑張るぞ! という闘志が湧いてきたセイラでした。
池ちゃん、今回も的を射たアドバイス、ありがとうございました!
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次々と来る 「青い鳥のロンド」 レヴュー

2017-09-12 15:26:38 | 読者さんレヴュー
次作の執筆に取りかかっている緋野ですが、9月に入ってからパタパタとレヴューが届きます。出版からすでに3か月、どうして今? と思いましたら、どうやら書店で注文してくださった方たちのようです。
出版のご案内を送ったのが確か7月の中旬だったと思いますので、下旬に書店に注文していただいたとして、本が書店に届くまでに1か月~一か月半かかったと思われます。 
出版・書店業界を悪く言いたくはないのですが、この遅さ! 取次制度に起因するものでしょうが、何とかならないのでしょうか。 これでは書店さんは、とてもネット書店には勝てません。

書店で注文してくださった方々、ご不自由をおかけしましたが、町の本屋さんの存続に貢献していただけたと思います。ありがとうございました。


              



    60代の女性(主婦) M さん からのメール


どんどん読めて一気に読み上げましたよ。ただ漢字が難しかったです。
よくあるパターンながら共感できる内容で興味深く読みました。

夢子さんや栄の魔女の存在は面白かったです。
小説としてはどうでもいいことなんですが、夢子さんの生活を支えている男性の奥様のことを考えてしまいました。
それと、あの小説、テレビドラマとかで連載ものだったら面白い、と思いましたよ。
よくある日常のことだけに共感する人も多く、楽しめるような気がしました。

 
Mさん、ありがとうございました。
私の小説はいつも、普通の人の普通の生活の中にあるものを描いていますので、よくあるパターンばかりと感じられることでしょう。ダイナミックさや奇想天外な面白さはないのです。
でも、退屈されなくてよかったです。
漢字のことは前記事の A さんのレヴューにもありましたね。ルビをふるべきでした。ごめんなさい。


 
     70代の女性(自営業) K さん からのメール


「青い鳥のロンド」 一気に読みました。
あんな小説が書ける緋野さんはあらためてすごいなと思いました。
女心、夫婦の機微など胸のすくようなタッチで描かれていて、もしあれが有名人の作品ならすぐ書店に並び、話題となったことでしょう。
 なかなか世に出るってことは難しいってことですね。
 
一つ、えらそうなことを言わせてもらえば、登場人物の生き方が従来の型に嵌っていて、いわゆる新しさがないこと。ドラマの「逃げ恥」が当たって、私的にはこれ何?って感じだったけど、文学の世界ではそういったありえないような取り扱いがアピールするのかも・・・・。
 
でも、わたしにとっては面白いいい作品でした。教室の生徒にも回し読みしたいと思っています。ありがとうございました。

 
Kさん、ご感想にアドバイス、ありがとうございました。
新しい生き方・・・まさにそれを模索しつつ書いたのですが、目を見張るようなものは生まれず、結局、四人はああいう形になりました。
「奇抜な発想を」ということは、いつも編集さんに指摘されるところですし、それがトレンドだと思います。ですが、そこに売らんかなの嘘臭さが漂うと、どうも我慢できなくて。
いっそファンタジーの世界を描いたものであれば、いいのですけれどもね。

文学は衰退の一途を辿り、いまや大衆文芸、それもドラマ的なものの洪水です。
ありきたりな人生を描いて、たくさん売れようというのは無理な話ですよね。
私は世に出なくてもいいんです。魂の通う誰かに、私の魂を残したいだけですから。


              
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また、いただきました。「青い鳥のロンド」レヴュー

2017-09-07 19:16:18 | 青い鳥のロンド
大学時代の同窓生、同じ専攻だったAさんからもお手紙をいただきました。ほんとうにありがたいことです。
本の感想に関わる部分だけ抜粋して掲載させていただきます。
 
 
 大変遅ればせながら・・・・この夏、「沙羅と明日香の夏」 と 「青い鳥のロンド」 を読みました。いずれにも、作者の生きることに対する真摯な姿勢を強く感じました。
 
 今年出版された 「青い鳥のロンド」 では、子育て中のもやもやした気分を思い出しました。
手伝っている、恐妻家だといった夫の言葉にいちいちいらだち、子どもに対しては急かしてばかり、座る間も惜しんで一生懸命やっているつもりでも、自分の時間が持てるのは夜中で、それから仕事の準備をするものの、いつのまにかうつらうつら。
子育ても不十分、仕事も不十分、なのに夫は仕事で忙しいと休みも不在・・・。 
 
我が家の場合、夫の態度が変わったきっかけは、夫の両親が倒れたことでした。土日を利用して、しばしば遠方まで帰ったりする中で、家族のこと、夫婦の事、色々思うところがあったのでしょう。
子どもの反抗期も重なり、家族の形が揺らぐ中で、それまでよりも積極的に家事を担おうとするようになりました。
と、小説に触発されて、来し方を振り返ってしまいました。
 
 上の息子は結婚し、お嫁さんは今は家にいます。息子がそちらを望んだようです。でも、休みの日には食事の準備をしたり、育児休暇を1か月取ったりと、子育てにおおいに参画しているようです。
また、私の職場はしっかりした女性が多く、主要な部署で女性が力を発揮しています。公務員が恵まれているという点はあるでしょうが、男女を問わず力があれば影響力を発揮できる環境は、少しずつ整ってきていることは確かだと思います。
 
 二作を読んで、結末の部分が素敵だなと思いました。理想論に縛られず、今の自分の条件の中で、より良い方向を目指す努力を続ける。そのことをうまく描いていると思いました。
私の両親は今、認知症が進んできています。何事もすっきり解決できる問題はありませんね。いつも片付かない状態です。 でもその中で、自分の人生を大切にすることを諦めてはいけないなと思います。 「幸福」 の問題は、一生のものですね。
 
 少し気になったところが二点ありました。
 ・「看護師」 ではなく 「看護婦」 なのは、何か訳があるのでしょうか。
 ・難読語が使われていますが、読者を選ぶ意図が無いならルビが付されているほうが親切ではないでしょうか。
 
 
A さん、ありがとうございました。そして、さすがですね。文学からは少し離れたお仕事をされるようになりましたけれど、目は確かでいらっしゃる。
 
ご指摘の点、ごもっともです。私の両親は山奥と言っていいほどの田舎に住んでいて、病院に連れていくたびに、患者さんたちの誰もが(看護師さんたち自身も)、「看護婦さん」 と呼ぶのをずっと聞いていましたので、言葉に鈍くなってしまっていました。「看護師」と書くべきであり、私の不注意でした。
 
また、難読語とは、たぶん登場人物の名前のことではないでしょうか? そこも気配りが足りませんでした。書き直しを通して自分で何度も彼らの名前を呼んでいるうちに、そう読むことが自然になってしまっていました。読者の皆様、読者を選ぼうなどという意図は、私はこれっぽっちも持ってはいません。ただ単に、迂闊だっただけです。 ご不自由をおかけしましたことをお詫び申し上げます。
今さらですが、いちおう
 
菜摘子 (なつこ)   翔子 (しょうこ)   百音 (もね)   麗 (れい)  
護 (まもる)   菜摘子の姉・遥 (はるか)
 
のつもりです。すでに独自の読み方をされた方は、それでも何の問題もありません。そのままの呼び方で、記憶に残していただければと思います。
 
 
「青い鳥のロンド」 緋野晴子著
         (リトル・ガリヴァー社) 1200円
   
就職氷河期の中でなんとか思いどおりの道を切り開き、仕事も結婚も手に入れた4人の勝ち組女たち。 夢を追う菜摘子を取り巻く人々、ある日忽然と現れた栄の魔女夢子さん。30歳を迎えた彼女たちを待っていたものは・・・。
 
今を生きる男女に、幸福の真の意味を問う現代小説。 
                   (舞台は 名古屋市 栄)                              
                                                                                    
 
     あなたは青い鳥が見えますか?
 
「一番好きだった人と、幸せの奪い合いをしている」     菜摘子

 「心の震えは何物にも代え難いわ。ああ、生きている」    百音                                           
 
「他の人たちにも何か不幸があったらいいのに……」      夢子
 
「何だかんだ言っても、私たちはそれでも勝ち組なのよ」     翔子                                     
                               
「オマエは空っぽだって、喉の奥から嫌な声を出して笑うの」    麗                      
 
「フッ、フッ、夢は掴んだとたんに消えてなくなるシャボン玉」栄の魔女                         
 
「暗闇の中で、君と僕のことを想って泣いた」                        護 
 
 
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小説の森で - 10.文学にノーベル賞はそぐわない

2017-09-02 19:30:15 | 文学逍遥
家じゅうの開け放った窓を、9月の清涼な風が吹き抜けていく。 
秋が来た!
出版騒動の夏は終わったのだ。できるだけのことはしたのだから、もう十分だ。売れ残った本は出版社に返っていくだろう。「さあ、書くのだよ」と、小説の森が私を呼んでいる。自分の場所に帰ろう。

 
    小説の森で - 10.文学にノーベル賞はそぐわない


 今年もノーベル賞の季節に入った。
昨年はボブディランがノーベル文学賞を取ったというので、世界に衝撃が走ったものだ。彼は作詞(詩)をするといっても、ご存知のとおり有名なミュージシャンであり、主体がミュージシャンなのにと、受賞に異議を唱える声も聞かれた。

確かに、彼の詩は楽曲を伴うのが前提の詩だから、文字だけの文芸の世界においてみると、異端に見えるかもしれない。けれど、詩とは元来、その内に韻律を含むものではないだろうか。詩だけでなく、小説だってそうなのだ。書かれているのは文字だけだけれど、それを書く時も、読む時も、人の頭の中には文字が音声となって響いているはず。だからこそ、作家は響きの良い表現を模索しもするのだ。

ボブの心に湧き出でた詩の言葉が、彼の歌となって声に出た時、それが文学的な内容の詩であるならば、十分に文学の仲間であると私は思う。
そして彼の詩はあきらかに、緋野の考える「文学」の本質の上に立っているものであり、さらに、世界に与えた影響には偉大なものがある。だから私は、昨年のノーベル賞の選考にだけは、そういう意味で「あっぱれ」と申し上げたい。
 
 ところで、このノーベル賞だけれど、過去の受賞者を思うにつけ、緋野の頭には ? ばかりが浮かんでくる。
 そもそもこの賞を創設したアルフレッド・ノーベルは、「理想的な方向性(in an ideal direction)」の文学を対象とし、理念を持って創作し、最も傑出した作品を創作した人物に授与される、と規定していたようだ。
それはつまり、基本的に、人類の幸福な未来を志向し、少なからず貢献する作品・作家、ということではないだろうか。人類の幸福を支えるのは自然科学だけではない。文学にも賞を与えて振興しようという意図には共感できる。
けれども、では、最も傑出した作品・作家というのは、どう選んだらいいのだろう? そもそも文学作品の価値に、順位などつけられるものだろうか?
 
荒川洋治さんの「ぶんがくが すき」(『文学が好き』旬報社)というエッセイに次のような言葉があった。(これはブログの親友、セネカさんの声を通して聞いた言葉)

<そっと夜、ひとりで、涙をながすような気持ちで。
ぼくは「ぶんがくが すき」なのだ。>

 文学は、それを書くたったひとりの人間の魂の放出であり、またそれを読むたったひとりの人間の魂に呼びかけるものではないだろうか。その出会いはきわめて個人的なできごとであり、ひとつの作品がすべての人に同じ感銘を与えることはなく、よって、同じ価値を持つものでもない。
 その魂と魂との出会いの意義・価値を、その高低・軽重を、いったい誰が測れるというのか。

最も傑出した文学作家を毎年ひとり選ぼうなど、無謀なことだ。文学にノーベル賞はそぐわない。緋野はそう思う。
まあ、そういうものという前提で、たまたま幸運な人が拾われると考えれば、それはそれでいいのかもしれないけれど、熱くなるほどの価値はない。

世間はなぜそう騒ぐのだろう? 今年こそ村上春樹ではないかと、熱い期待を寄せる声がまた湧いてきそうだけれど、村上さんは迷惑しているだろうなと思う。世界で最も受け入れられている作家の一人、それだけで十二分ではないかと緋野は思うのだけれど。
 
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