緋野晴子著「たった一つの抱擁」(文芸書房)をご紹介します。
平成19年の9月に文芸書房から共同出版された私の小説です。
いくつかの雑誌(文学界・群像・すばる・オール読物)に紹介されましたが、本屋さんの店頭には置かれていません。
本屋さんの店頭に並ぶのは、著名作家や有名人や大手出版社の本、あるいは新聞などで大きく宣伝された本ばかりです。
無名の人の作品を売るのは非常に困難だと、出版社の方はおっしゃいましたが、世間のみなさまに本を手に取っていただく機会がないのでは、無理からぬことです。 読んでいただきたくて書きましたので、ここで紹介させていただきます。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
これは、いつの間にか乖離してゆく夫婦の愛と性を、妻の側から見つめた作品です。
壊れかけた夫婦関係を立て直し、失われた抱擁を取り戻したいと苦悶する、妻の心の葛藤を描いています。
浮気や不倫といった特別な行動に飛び出すわけではない、ごく普通の夫婦のうちの一組ですが、この妻はいくつかの奇跡を起こします。
妻の心理にリアルに迫るため、日記の文体をとりました。
女とはどういうものか? 男とはどういうものか? 夫婦が愛し合い続けるとは、どういうことか?
・・・・そして妻は、ついに、女であることの切なくも輝かしい意味を、その手に握り締めることになるのです。
一見すると、可愛い恋愛物のような表紙に仕上がっていますが、夫と妻の愛と性の真実を描いたシリアスな作品です。
妻であるあなたにも、夫であるあなたにも、読んでいただけたらと思います。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
では、冒頭部分をご紹介します。
あっと言う間に四十九日が過ぎていた。狐につままれたみたいに、どこかぼうっとしたままの父を促して、そろそろ母の遺品を整理しようと思ってやって来た。
ついでに、それを口実にして二~三日この家に泊まっていくつもりでもあった。
些細なことですれ違ってから気まずい空気が流れ始め、意地の張り合いが始まると更に複雑化して、この頃、夫との間はいつもぎくしゃくしていた。
息苦しくなってきた私は避難場所を捜していたのだ。
実家は母が生きていた時と何も変わってはいなかった。家具も小物もカーテンも、何もかもそのままで、ただ、散らかっていることだけが、母の不在を物語っていた。
父が一階の事務所で仕事をしている間に部屋を綺麗に掃除すると、何もかも元どおりになった。
今にもその辺から母がにこにこと顔を出して、「明日香ちゃん、おかえり。」と呼びかけてくれそうな気がした。
母はいつもたいていキッチンにいた。
母がよく座って家計簿をつけていた、造り付けの小さな家事机の前に座ってみた。
窓から外の景色がよく見える。母が毎日のように眺めていた風景。
でも、こうして母のいた場所から見ると、私にはどこか見慣れない風景だった。
同じ家から見たのでも、私が毎日自分の部屋から見ていたのとは違う。
窓を開けてみる。春らしくなった風がふんわりと流れ込んできた。母の匂いがするようだった。
引き出しを開ける。ここも、生前のまま。
その時、ふと、一冊の古い大学ノートが目に止まった。
「何だろう?」
綺麗に洗って畳まれたエプロンの下に、隠されるようにしまわれていたノート。
開いてみると、それは母の日記だった。
何気なく読んでしまった最初の一ページで私の目は釘付けになり、心臓がドキドキして、次々とページを繰らずにはいられなくなってしまった。
そこには、私のまったく知らなかった母がいた。
五月二十九日
私は、きょうもベランダに立って、無意識のうちに空を眺めていた。夏の気配が広がる五月の末の空。
きのうも、おとといも、同じ場所に立って待っていた。風が吹いてくるのを。
どんな風でもいい。私の五感を揺さぶってくれる風でさえあれば。
ベランダの下に見える小さな畑と、それに続く果樹園の間から、かすかに青葉の匂いを含んだ風が柔らかく吹いてきた。
干したばかりの洗濯物を揺らし、べランダに置いた鉢植えのサフィニアを震わせた。
でも、それはやっぱり、私の体の底に潜む苛立ちを吹き浚ってくれる風ではなかった。
私は失望し、空を仰いだまま、小さな溜め息をついた。
遥か上空から吹き降りて来る見知らぬ風に肌を吹きさらし、清涼な空気を体一杯に吸い込んで、鳥のように舞い上がりたい。
やがて、私の体は透き通り、重力から解き放たれて宙を漂う。どこまでも、ずっと・・・・・。
ばかげた空想。そして、狂おしいほどの願望。
けれど、風はいっこうに吹いては来ない。
もう何日も、何ヶ月も、何年も、私はこうして風を待ち続けている。
六月十八日
今年になって夫と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆オンライン書店の 「7&Y」 と「楽天ブックス」には読者のレビューが 、「bk1」 には画像と内容
説明が載っています. このブログでも読者さんレヴューを多数ご紹介しています。
☆全国書店・インターネット書店でご注文ください。
「7&Y」ではコンビニ受け取りで
「本やタウン」では提携書店受け取りで、送料・手数料が無料です。
「アマゾン」にはお値打ち商品があります。
「紀伊国屋書店」「楽天ブックス」「boople」「bk1」にも在庫があります。
☆図書館でリクエストして買ってもらうことも出来ます。
平成19年の9月に文芸書房から共同出版された私の小説です。
いくつかの雑誌(文学界・群像・すばる・オール読物)に紹介されましたが、本屋さんの店頭には置かれていません。
本屋さんの店頭に並ぶのは、著名作家や有名人や大手出版社の本、あるいは新聞などで大きく宣伝された本ばかりです。
無名の人の作品を売るのは非常に困難だと、出版社の方はおっしゃいましたが、世間のみなさまに本を手に取っていただく機会がないのでは、無理からぬことです。 読んでいただきたくて書きましたので、ここで紹介させていただきます。
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これは、いつの間にか乖離してゆく夫婦の愛と性を、妻の側から見つめた作品です。
壊れかけた夫婦関係を立て直し、失われた抱擁を取り戻したいと苦悶する、妻の心の葛藤を描いています。
浮気や不倫といった特別な行動に飛び出すわけではない、ごく普通の夫婦のうちの一組ですが、この妻はいくつかの奇跡を起こします。
妻の心理にリアルに迫るため、日記の文体をとりました。
女とはどういうものか? 男とはどういうものか? 夫婦が愛し合い続けるとは、どういうことか?
・・・・そして妻は、ついに、女であることの切なくも輝かしい意味を、その手に握り締めることになるのです。
一見すると、可愛い恋愛物のような表紙に仕上がっていますが、夫と妻の愛と性の真実を描いたシリアスな作品です。
妻であるあなたにも、夫であるあなたにも、読んでいただけたらと思います。
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では、冒頭部分をご紹介します。
あっと言う間に四十九日が過ぎていた。狐につままれたみたいに、どこかぼうっとしたままの父を促して、そろそろ母の遺品を整理しようと思ってやって来た。
ついでに、それを口実にして二~三日この家に泊まっていくつもりでもあった。
些細なことですれ違ってから気まずい空気が流れ始め、意地の張り合いが始まると更に複雑化して、この頃、夫との間はいつもぎくしゃくしていた。
息苦しくなってきた私は避難場所を捜していたのだ。
実家は母が生きていた時と何も変わってはいなかった。家具も小物もカーテンも、何もかもそのままで、ただ、散らかっていることだけが、母の不在を物語っていた。
父が一階の事務所で仕事をしている間に部屋を綺麗に掃除すると、何もかも元どおりになった。
今にもその辺から母がにこにこと顔を出して、「明日香ちゃん、おかえり。」と呼びかけてくれそうな気がした。
母はいつもたいていキッチンにいた。
母がよく座って家計簿をつけていた、造り付けの小さな家事机の前に座ってみた。
窓から外の景色がよく見える。母が毎日のように眺めていた風景。
でも、こうして母のいた場所から見ると、私にはどこか見慣れない風景だった。
同じ家から見たのでも、私が毎日自分の部屋から見ていたのとは違う。
窓を開けてみる。春らしくなった風がふんわりと流れ込んできた。母の匂いがするようだった。
引き出しを開ける。ここも、生前のまま。
その時、ふと、一冊の古い大学ノートが目に止まった。
「何だろう?」
綺麗に洗って畳まれたエプロンの下に、隠されるようにしまわれていたノート。
開いてみると、それは母の日記だった。
何気なく読んでしまった最初の一ページで私の目は釘付けになり、心臓がドキドキして、次々とページを繰らずにはいられなくなってしまった。
そこには、私のまったく知らなかった母がいた。
五月二十九日
私は、きょうもベランダに立って、無意識のうちに空を眺めていた。夏の気配が広がる五月の末の空。
きのうも、おとといも、同じ場所に立って待っていた。風が吹いてくるのを。
どんな風でもいい。私の五感を揺さぶってくれる風でさえあれば。
ベランダの下に見える小さな畑と、それに続く果樹園の間から、かすかに青葉の匂いを含んだ風が柔らかく吹いてきた。
干したばかりの洗濯物を揺らし、べランダに置いた鉢植えのサフィニアを震わせた。
でも、それはやっぱり、私の体の底に潜む苛立ちを吹き浚ってくれる風ではなかった。
私は失望し、空を仰いだまま、小さな溜め息をついた。
遥か上空から吹き降りて来る見知らぬ風に肌を吹きさらし、清涼な空気を体一杯に吸い込んで、鳥のように舞い上がりたい。
やがて、私の体は透き通り、重力から解き放たれて宙を漂う。どこまでも、ずっと・・・・・。
ばかげた空想。そして、狂おしいほどの願望。
けれど、風はいっこうに吹いては来ない。
もう何日も、何ヶ月も、何年も、私はこうして風を待ち続けている。
六月十八日
今年になって夫と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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