イタリアンでも食べルッカ

おいしい物と個性豊かな料理人達に囲まれた料理学校での日常記

11月23日・2037年11月23日にはどこで逢う?

2007-11-28 18:27:09 | 料理学院
11月23日(金曜) 講師:ジャンルーカ校長(その6)

泣いても笑ってもこの日が最後の講習。「勤労感謝の日」にふさわしく、遠方来てくださった生徒さんに感謝し、毎日おいしい食材を作ってくれたり獲ったりしてくれている農家や酪農家、漁業・林業関係の人たちに感謝しながら最後までお料理を作るのだ。
昼のメニューはリコッタやキノコ、クリスマスのビスケットがあるので肉料理、でも金曜日は伝統的に魚料理の日だし、魚好きの人も多いので夜は魚づくし。すかさずジーノが「先生、魚の掃除と処理はカルリーンが一人でしたいそうです!」と叫ぶ。彼女はやっぱりアングロサクソンにふさわしく「魚料理は大好きだがお腹を出したりおろしたりが苦手」なのでわざと言っているのだが、こういうことを言う男の子ってどこの学校にもいるよなあ(せいぜい中学2年生どまりだとは思うが)。ジャンルーカが2日に1回は「彼には半分トスカーナの血が流れているが、こういうのがイタリア人だと思っては絶対にいけない。彼は(ラテン)アメリカ人なんだ」と力説するのもわかるほど「今晩は魚づくしのあとディスコ大会だぜ。一晩中踊り明かそうネ~、○△子サン。ズム、ズム」と誰彼なしに声をかけ、マリエッラに「以前リヴォルノ人が2人揃って来たときですら、あんた1人よりまだ静かだったわ」と言われる始末。もちろん彼も淋しいに決まっているのだが、「今日で最後なのね」「もうお別れなんだわ」と、別れた後の淋しさを先取りして早くもしんみりする日本人の中にあって、「一緒にいられる時間はもう少ないんだ、だから今を精一杯楽しもう」と逆にひたすら現在に集中するジーノの存在は結構救いだった。

28日目の昼食:
Ricotta fresca 昨日のご夫婦から買った新鮮なリコッタ。ほのかで上品な甘みがあって何もつけなくても十二分においしく、ハチミツをかければこれだけで立派なデザート。「できたてのお豆腐みたい」という声を聞きつけたマリエッラは「全然違うわ!」と反論するが、考えてみれば日本に来たことのない彼女が食べた豆腐なんて、中華料理店のものか中国産の瓶詰め、または「ハウスほんとうふ」みたいなインスタント食品がせいぜいだ。それじゃ本当の豆腐の味はわからないから一度日本に来なきゃダメだね、と言っておいたが、本物のリコッタも、日本ではまず味わえないもののひとつだと思う。
Tagliatelle con salsa di formaggi タリアテッレのミックスチーズソース 4つ(quattro formaggi)どころか、たぶん冷蔵庫の中のチーズで使えそうなものを片端から入れているが、正確な種類と数は誰も見ていなかったチーズのソース。でもこういう全粒粉のパスタには最高。チーズ大好き娘カルリーンが感涙にむせんだことは言うに及ばず。
Funghi del parco con funghi e noci 「公園のキノコ」のキノコソース 「公園のキノコ」って?と思われるのも当然、タリアテッレとこのパスタは、ジャンルーカの知人が勤めている自然公園の中でしか売られていない特殊パスタ。原生種に近い古代麦を3種類かけ合わせて作った交配種を公園内で栽培し、収穫後に粉末(全粒粉)にして作ったといういわくつきのパスタである。もっとアピールしたいから、これに合うソースを考えてほしいという依頼があり、ジャンルーカただいま考案中。
Lasagne al forno ラザニアのオーブン焼き 常連セレーナ先生も今回都合がつかなかったのだが、ラザニアはやっぱりとりあげなくちゃ!と、前日ミートソースだけ仕込んでおき、手打ちパスタとベシャメルソースを作って仕上げた。一番上の層にはミートソースで終わり、表面におろしチーズをかけるのだが「私が習ったのは、最後はパスタ→ベシャメル→チーズなのですが、こっちが正しいんですか?」と言う生徒さん。マリエッラに確認すると「そうよ、ラザニアにはミートソースだけでなく野菜ソースバージョン、魚介ソースバージョンもあるから、何のソースが入っているのか一目でわからないと困るでしょ。だから一番味のはっきりしたソースを一番上に、よく見えるように持ってくるものなの」だそうです。
Insalata verde グリーンサラダ
Befanotti ベファノッティ(写真) 1月6日(公現祭)の日に食べる伝統的なビスケット。ハートや星、ウサギ(なんの象徴なんだろう?)などの形に抜き、シュガースプレーを散らして焼く。「夕食にはどうしても来られない」と昼食のゲストとしてやってきた語学担当のルカ先生は「子供の頃を思い出す」と大喜び。先生はもともとお菓子に目がないが、今回もっとも気に入っていたのがこれと、マヌエラ先生の時に作った「チョコレートのレンガ」だった。素朴すぎる手作り菓子だからレストランでも商店でも見かけず、作る人もめったにいないから心の琴線に触れたらしいのだ。おフクロの味ってやっぱり強いのね。
Caffè エスプレッソコーヒー

28日目の夕食:
Sarde gratinate イワシのグラタン焼き
Calamari ripieni 詰め物をしたヤリイカのソテー
Baccalà fritto e marinato 揚げた塩ダラのマリネ
Crostini con baccalà mantecato バカラ・マンテカート(塩ダラをオリーブオイルや生クリームと一緒に泡立ててムース状にしたもの。ヴェネツィアのロベルタ先生が得意な伝統料理だが、今回来られなかったのでここで紹介)のクロスティーニ
Cacciucco alla livornese リヴォルノ風カチュッコ
Panettoncini 小型パネトーネ サンドラ先生が使ったようなサイズのものはまさか家庭では作れないが、カップケーキ型で焼くこのミニ版なら大丈夫。しかしいつ見ても、pane+-ttone =panettone「大型(で豪華な)パン」+-cino=panettoncino「小型の『大型パン』」という命名はヘンだと思う……。
Torta di recupero 残り物再利用ケーキ 水曜日のお菓子の授業で残った生クリームやチョコレート、タルト生地を主な材料としてマリエッラが作ったもの。
Caffè エスプレッソコーヒー

さて、これで丸4年間続いたこのホテル&レストランでの正規コースは終了。今月末と12月上旬に短期講習でやってくるグループの講習が終われば、いよいよ来年からはVicopelagoでの新生活がスタートだ。
ボストンに帰ったカルリーンはすぐ学生ヴィザを申請し、2月からの本科コースに引き続いて参加の予定だし、モンテカティーニのコーリーも多分やってくる。今回のコースに「まったくの素人」ながら参加したアッコさんはVicopelagoがすっかり気に入り「来年は語学学校に留学しようと思っていたが、なんなら秋の本科に参加したい」と言い出し、カルリーンに「ダメよ、私と一緒に2月にいらっしゃい!」と迫られているし、ジーノも仕事の合間を見つけてはやってくるだろう。他の人たちは?わからない。が……
「ラテンアメリカの人間は、とても誇りが高いんだ。たとえば君がぼくの一家の悪口を言うとするだろう、そうしたら僕は一生そのことを覚えていて、絶対忘れない(それは誇り高いというより、根に持つと言ったほうが正確なのではないか?)」「その悪口が的を得ていても?」「そうさ。それから一度つながりのできた人のことは絶対に忘れない。ぼくたちが今日限りで別れて、30年後にまた逢ったとしても、ぼくは君たちの顔と名前を覚えていて、必ずあいさつするんだ」「よ~し、じゃあ今から約束しよう。2037年11月23日に待ち合わせ。場所は?(←このあたりが日本人)」「会えさえすればどこだっていいさ(←このあたりがラテン人)」
実現しますように。できれば、おいしいワインとパンとあったかいお料理のある食卓を囲んで。

11月22日・佳味を求めて東へ西へ

2007-11-28 17:57:48 | 料理学院
11月22日(木曜) 講師:ジャンルーカ校長(その5)

いつもよりちょっと早起きして、近くで細々と昔ながらのチーズ(ペコリーノとリコッタ)造りを続けているご夫婦の作業風景を見学。酵素で固まってきたカードを切る道具ひとつとっても、近代的な工場ではステンレスでできているが、こちらのものは長年のうちに磨きこまれてすべすべになった松の枝だ。もっとも伝統的にはセイヨウヤマモモ(corbezzolo)で作るものらしいが。「保健所の指導が厳しすぎるのでいやになるわ。ミルクタンクは必要なとき以外絶対に蓋をとっちゃいけないって言うし、これより使い勝手のいい鍋がちゃんとあるのに、材質が衛生基準と合わないからって使わせてくれないし、これで昔と同じ味を出せなんて無理よ」とぼやく奥さま、毎日6時半には「出勤」して丹念にチーズを仕込む寡黙なご主人。サンドラ先生と同じ「好きでなきゃやれない仕事よ」というセリフがここでも飛び出すが、羊の世話は息子さんがしているし、その一粒種の男の子は羊大好き・チーズ造り大好きの将来有望株だ。お嫁さん(男の子のママ)は羊とチーズだけでなく学校の勉強にも身を入れてほしいと思っているらしいが、いやいやそれよりこの一家の伝統を大切に守って次世代に伝える子になってくれと私は勝手に思っている。今の時期はペコリーノの生産量が少ないのでちょうどほどよく熟成したものがなく、仕方がないからリコッタを1個だけ講習用に買って帰った。

さて調理講習であるが、外部から来ていただく先生は昨日で終わり。残りの2日間は生徒さん側のリクエストを取り入れながら、今まで作らなかったもの、今の時期に見ておいたほうがいい食材を中心にとりあげる。

27日目の昼食:
Risotto all’empolese (con carciofi) エンポリという、フィレンツェとピサの間にある町(最近はサッカーで有名だが、もともと服飾で栄えた町)風のリゾット。アーティチョークのリゾットなのだが、普通のリゾットと違ってトマトやパンチェッタの入る珍しい作り方。
Bollito misto ゆで肉の盛り合わせ というといかにもていねいに作ったみたいだが、実はブロードを取ったあとの肉。でも「ダシガラ」とは思えないほどおいしいです。
Sformato di carciofi アーティチョークのスフォルマート 最近急にアーティチョークが登場しだしたのは、もちろん旬の野菜だから。日本でも、霜が下りる頃になると柔らかくなったりおいしくなったりすると言われる野菜があるが、アーティチョークはちょうどそれにあたるらしい。
Manzo al sale e pepe con la sua salsa di vino rosso 塩・こしょうしただけのシンプルな牛肉を焼き、焼き汁と赤ワインを煮詰めて作ったソースで。
Zuccotto ズコット 生徒さんのリクエスト。
Caffè エスプレッソコーヒー

今日は出たり入ったりが本当に多い日で、昼食後、一部の生徒さんは(全員お連れしたいが、単に車2台では乗り切らないだけなのだ)来年からの新しい本拠地を見学。また今日は午後がフリーなので、そのまま町に残る人は夕食までに各自適当な方法で戻り、3名はその後私と一緒に、近くのアグリツーリズモにオリーブオイルの試食と購入に行く。「行く」と言ってもなんとご近所のよしみで、ご主人のパオロさんが車で迎えに来てくれることになったのだ。ありがたや。去年のオイルが残っていたので希望者に味見してもらったところ「これなら」と皆納得し、さらにここは0.5リットル入りの小さい瓶もあるということで急に希望者が増えて合計16本も注文があったが、全員車には乗れないので、一番の大口注文者(2リットル)の人と、途中からこのコースに参加したので農園をまだ見学していない生徒さん2名を同伴。考えてみれば私も今年のオイルは初めて味見した気がするが、聞いていた通り最高級の香りと爽やかな風味。去年の味しか知らなかった生徒さんはもはや感動している。「昨日はサン・マルティーノに行ったんだって?」「そう、そうしたら今年のどころか去年のオイルもなくて」「あそこは高台で、寒波の影響をもろにかぶったからなあ。うちも量はずいぶん少ないけど、まだしばらくは残っていると思うから、ジャンルーカが要るならとっとくよ」お願いします。生徒さん「こちらのオイルも、やっぱり昨日のところみたいに有機栽培なんですか?」「今はそうだけど、完全有機農業に切り替えたのが2年前なんだ。イタリアの法律では3年以上経過しないとラベルに表示できないから、2008年度からじゃないとそう表示できないんだよ」。そうなのかあ。でもこのおいしさで、有機栽培なんて明記されたら、なおさら売り上げが伸びて争奪戦になるのでは。今のうちに自分用に1本買っとくか?とも思ったが、12月になったらまた荷物を全部まとめて引越ししなくちゃいけないから、やっぱり断念。

27日目の夕食(前菜以外は、木曜日恒例のイタリア人対象コースのお流れ):
Carpaccio con radicchio trevigiano e salsa al gorgonzola 牛肉とトレヴィスのカルパッチョ、ゴルゴンゾーラチーズのソース(写真)
Gnocchi di patate con sugo finto じゃがいものニョッキを作り、一見ミートソースっぽいが実はミンチ肉抜き・野菜だけで作った「偽ミートソース」をかける。ミンチというと偽装が多いのは洋の東西を問わず?
Rollè di pancetta di vitella con salsa al latte e funghi champignons 子牛肉のばら肉のロール巻き、ミルクとマッシュルームのソース
Amaretti アマレッティ・ビスケット
Caffè エスプレッソコーヒー

11月21日・クリスマス菓子の予行演習

2007-11-28 17:54:47 | 料理学院
11月21日(水曜) 講師:サンドラ先生(トスカーナ州ルッカ)

前回に続いて2度目の登場となる、ルッカで一番有名なお菓子屋さんのパティシェール・サンドラ先生のお菓子の特別講習。実は今期で唯一の日本男子であるヨシさんは甘いものが苦手で、前日にレシピをもらった時から「明日の食事はお菓子だけなんですか?」と心配そうにしていたが、もちろんそんなことはなく昼食はマリエッラがちゃんと作るし、夕食は午後からの半日講習会にやってくるアメリカ人のグループが作ったものをいただく予定。今日が最後の参加となるジョーセフもやってきた。正午過ぎに大切な約束があるので昼食は一緒にできないが、午後の講習会にも参加するから今日は料理三昧だとご機嫌である。
先生はまず登場するなり厨房に用意してきた器具や材料を運び込み、レシピごとに別々の調理台に、砂糖だのバターだのを計量しては揃え、必要な用具を並べるのに余念がない。「お菓子作りには正確で一定でなければならないものが2つあるの。それは分量とオーブンの温度」。確かに。
今日はクリスマス向けの菓子を主に作るが、イタリアでクリスマスといえばまず思い浮かべるのが、すでにどこのスーパーでも食料品店でも山と積まれているパネトーネ。この作り方をお教えします……と書ければさぞすばらしいだろうが、工程が実に複雑で発酵にはまる2日かかるし、焼き方も特殊なので、パネトーネは昔から家庭で手作りのできる菓子ではなかったのだそうだ。そこでいさぎよく挑戦はあきらめ、市販のパネトーネをくり抜いてクリームを詰め、デコレーションを施して華やかに演出したお菓子と、いただきものが重なったりして食べきれずに余ってしまった場合のための、目先を変えておいしく食べられる方法を習う。
続いてビスキュイ生地とシャンティイクリームでいわゆるロールケーキを作り、チョコレートでコーティングして作るtronchetto natalizio(直訳すると「クリスマスの切り株」つまりフランス菓子の「ブッシュ・ド・ノエル」)。こちらは色とりどりのマジパンを先生が用意してきたので、それでサンタクロースに扮したクマさんを作って添えた(写真)。なるほどマジパンさえあれば他にもトナカイだのツリーだの、いろいろなものを作って遊べそうだ。ちょっと和菓子の生菓子の成形と共通したところがある。
続いてナッツ入りのちょっと変わったタルト生地で作る、濃厚なチョコレートタルト。
最後はプラートの町の伝統的ビスケット、カントゥッチ。アーモンドだけで作ったりヘーゼルナッツと半々にしたり、いろいろな作り方があるが今日はチョコチップ入り。考えてみればパネトーネにもブッシュ・ド・ノエルにもチョココーティングがしてあるので、まるで盆と正月が、いやクリスマスとバレンタインデーが同時に来たようなものだが、ここまで続け様にお菓子・お菓子・お菓子と向き合っていると、ヨシさんならずともちょっと胸焼けがしそう。「心底お菓子が好きでないとやっていられない商売よ」と先生が言うのはよくわかる。

26日目の昼食:
Orecchiette con broccoli オレッキエッテのブロッコリーソース ご存知プーリア料理の定番。
Stinco di maiale al forno 豚すね肉のオーブン焼き 今日はビスキュイ生地・タルト生地・カントゥッチとオーブンで焼く菓子が3つもあり、それぞれ温度が違う上に豚肉の匂いが移っては困るので、けっこう時間配分に気を使いました。
Sformato di verdure ミックス野菜のスフォルマート
Panettone farcito con crema Chantilly al Grand Marnier e cioccolato fondente in scaglie パネトーネの中をくり抜き、グランマニエの風味をつけたシャンティイクリームと、薄く削ったチョコレートを混ぜたものを詰めて、表面にもチョコレートでデコレーション。
Tronchetto di Natale ブッシュ・ド・ノエル
Caffè エスプレッソコーヒー

さて午後はこのすぐ裏のなだらかな丘陵の上にある、サン・マルティーノ農園を訪問見学。「Villa Realeに興味があるなら、ここの主人夫婦に聞いてみるといい」とジャンルーカが言っていたが、ここの奥様は18世紀に建てられた領主館を受け継ぐれっきとした貴族の末裔で、ルッカ近郊に点在する数々のヴィラの主人たちとも交流がある。農学と醸造学を学んだご主人はいかにも職人肌の、が確固とした信念の持ち主で、ルッカに伝統的に伝わる品種を絶やさぬよう払っている努力や、自生するハーブや雑草の働きを借りてなるべく豊かな生態系の土壌を作ろうとしている話などを熱心にしてくださる。またここのワインのウリのひとつは酸化防止剤である亜硫酸の添加量が少ないこと。飲みすぎで頭が痛くなるのはおもにこの亜硫酸が原因だそうだが、私は飲みすぎなくてもすぐ頭が痛くなるたちなので自分用に白を1本買った。もうひとつ搾りたてのオリーブオイルも楽しみだったが、なんと実が大きくなる頃に悪天候に見舞われ、ほとんどの実が落ちてしまったため、やっと自分たちで1年間消費する分くらいしか採れなかったそうである。「だから今年のも去年のも、お売りする分はないんです」。今年は全体にオリーブオイルの生産(収穫)量が少なく、その分質は最高と聞いていたが、楽しみにしていた生徒さんは可哀想だなあ。近くのアグリツーリズモに聞いてみよう。Villa Realeの話をしてみると「うちにも『イノセント』のロケ打診があったのよ。でも当時実権を持っていた父が、この館は創建以来一族以外の人間の手に渡ったことはない、たとえ一定期間でも他人に主人面されるのは嫌だ、と言って断ってしまったの(なんか、シエナ郊外の農園でも同じような理由でモニチェッリ監督の『女たちのテーブル』撮影を断っていたっけ)。そんな経緯があったのであの映画は隅々まで見てよく覚えているけど、Villa Realeでは確か内部でも撮っていたはずよ。あと、うちのすぐ裏手のCasino di caccia(狩猟用の小邸宅)も使われたはずだわ」。えっ、じゃそこも行かなきゃ。「でもそこは撮影当時の当主が死んで売りに出され、今は非公開なの」。ぬか喜びとはこういう状況を言うのね……とイレーネにその話をしたら、「Casino di caccia?そこなら管理人の息子がアンドレア(夫)の友人なので、7月に挙式したときに中に入れてもらって記念写真を撮ったとこよ」という巡り会わせがわかり、今私はどうにかしてイレーネをくどいて夫のアンドレアをくだいてもらい、管理人をくどいてもらえるよう息子をくどいてもらわなければ、などと考えている……。

さて学校に帰り、夕食の少し前に食堂のあたりを通りかかると、いくら「アメリカ人は陽気でよくはしゃぐ国民だ」という先入観を持っている人でも「なんじゃこりゃ」と思うほどのものすごい盛り上がりよう。大きい食堂の端と端に分かれて食事が始まったのだが、女性ばかり10人未満のグループなのに、倍ほどもいるこちらの話し声がかき消されるくらいの、傍若無人のおしゃべりと高笑い。どうも到着時からほろ酔いムードで、「ワインはいつ出してくれるの?ミネラルウォーターよりそっちが飲みたいわ」とのたまい、中には講習を途中で抜け、バーカウンターでリモンチェッロを「食前酒」に飲んでいた人もあったらしい。カルリーンは「同じアメリカ人として恥ずかしい」と嘆き、史上最高の紳士とうたわれるジョーセフはそっと厨房に来ては「ジーノはどこだ!?居てほしい時に限ってあの男はいない」と漏らしていった。そうだよなァ、半分イタリア人とはいえやっぱり南米生まれの必殺ラテンラヴァー男ジーノなら、打てば響くようなジョークの連射と話術の妙で彼女たちの10人や20人、ひとりで手玉に取ってくれるだろうから、ジョーセフやジャンルーカは平和にゴハンが食べられただろうに。

26日目の夕食:
Focaccia con pomodorini e olive verdi ミニトマトとグリーンオリーブのフォカッチャ
Zuppa di farro スペルト小麦と裏ごししたうずら豆のスープ
Pollo nostrale al rosso delle colline lucchesi con cipollotti in agrodolce ルッカの丘陵地帯で生産される赤ワイン「Colline lucchesi」で煮込んだ地鶏料理。ペコロスの甘酢風味添え
Crostata di cioccolato con pasta frolla alle nocciole ヘーゼルナッツを混ぜ込んだタルト生地をいちど焼き、中にチョコレートのフィリングを詰めたタルト
Cantucci di Prato con mandorle e cioccolato アーモンドとチョコチップ入りのカントゥッチ。考えてみたらジョーセフは今日のドルチェをひとつも食べていないので、残った分は「明日のおやつに食べて」と持って帰ってもらった。
Caffè エスプレッソコーヒー


11月20日・名匠シリーズ第2弾~ロランド先生

2007-11-28 17:51:03 | 料理学院
11月20日(火曜) 講師:ロランド先生(トスカーナ州マリーナ・ディ・マッサ)

さて名匠シリーズ第二弾は、家庭の事情で先週来られなかった「イタリアの宍戸錠」、ロランド先生。長年務めた5つ星ホテルのコンサルティング業は最近やめ、最近はケータリングの仕事と国立料理ホテル学校の教授の2足のわらじらしい。レパートリーも豊富な先生なのだが、「めんどり丸ごと利用料理」と「ルニジャーナ地方伝統料理」メニューがとにかく何度見ても完成度が高く興味深く美味なので、何度メニューを相談しても結局どちらかに落ち着いてしまう。今回はおもに後者から。一見肉が少なく野菜が多く、とてもヘルシーなメニューに見えるがどうしてどうして。焼き型にはすべて惜しみなくラードが塗られ、「エルバデッラ」の生地、テスタローリの生地、ジェノヴェーゼペースト、それに調理にもオリーブオイルがたっぷり、そしておろしチーズもたっぷり。前日に引き続きチーズがいっぱい食べられるのでカルリーンは恍惚としていたが、昔の人ってやっぱり体を動かしていたからよく食べたのだということがよくわかる。

25日目の昼食:
Erbadella erbaというとすぐ機械的に「ハーブ」と訳してあるレシピを時々見かけるが、ルッカの青菜のタルトにしろ、先生の出身地ルニジャーナ地方(トスカーナ・エミリア=ロマーニャ・リグーリアの3つの州が出会う地域。地理的名称でなく慣習的な呼び名なので、地図などには表記されていない)にしろ、葉野菜・青菜の意味で使うことが往々にしてあるようなので要注意。葉玉ねぎ(英spring onion)のある時期にだけ作るそうで、浅漬けみたいに塩をふってしばらくおき、リコッタやおろしチーズなどを混ぜて(カルリーン大喜び)、とうもろこしの粉入りの黄色い生地でサンドしてオーブン焼き。生地も具も、材料をぜんぶ目分量で無造作に加えながら作ったのに、タルト形2台分にぴったり、過不足なく理想的な厚みに材料がおさまり、ちょうどいい塩味に仕上がるという職人芸の極地。
Testaroli al pesto (写真)「テスタローリ」のジェノヴェーゼペーストソース 鋳鉄でできたダッチオーブンみたいな、あるいはホットプレートの原型みたいな「テスタ」という器具を直火にかけ、底も蓋も熱々に熱したところで、田舎風のクレープみたいな生地を薄く焼く。ひし形に切って熱湯でふやかし、バジリコの香りも高いジェノヴェーゼペーストのソースで。もちもちした食感は日本人にも合うと思う。バジリコは今の時期温室栽培のものしかなく、その分香りも薄いからとにかく大量に使う。山のようなバジリコをせっせと茎からむしる作業にとりかかった生徒さん、「これ全部使うんですか?」先生「全部使います!」。だいたいイタリア人はこう答えるものなのだが、そのくせ盛りつけの段になって「飾りに使うバジリコある?」とたいていの人が言うのだ。今日も写真用の飾りがあとで必要になったらどうしよう?で、若い葉先を残しておいたら大正解。
Zuppa inglese ズッパ・イングレーゼ 先生がこれをメニューに入れようとすると、決まって「こんな当たり前の生地じゃなくて、もっと変わったお菓子をしてください」とクレームがつくそうだが、どうしてどうして。フランス語でœf à la neige(イタリア語でuova alla neve)という、泡立てた卵白をクネル型に成形してミルクで煮たものが加わった豪華版だし、カスタードクリームは温かいうちに使うから最後に作らなくてはいけないとか、普通他の人が知らないコツが一杯で、バールを経営していてお菓子には詳しいはずのジーノも「こんなバージョン見たことない」と感嘆しきり。
Caffè エスプレッソコーヒー

昨日、今ルッカを観光中で「以前参加した友人にこのコースを勧められてきました」というジョーゼフさんというアメリカ人男性が講習に飛び入り参加したのだが、気に入ったのか今朝もやってきた。勤務先はなんと、世界銀行。融資の仕事で世界を飛び回っていていろいろな土地の食べ物に詳しい。作るほうは素人だからと遠慮深いが、自分にできそうな作業は積極的に手伝ってくれるし、でも皆が明らかにやりたそうな作業は奥のほうで静かにかつ興味深そうに見守っているし、説明にはいちいち注意深く耳を傾けるし、とにかく紳士なのでわずか2日目にして人気沸騰。レストランの皿洗いのマリアおばあちゃんすら「もし彼が独身なら結婚したい」と言い出し、コックのシモネッタと「あんたに渡すくらいなら私がもらうわ」と言い争っているのだ。

25日目の夕食:
Carta da musica テスタローリと同じく、ゆでるのではなく湯でふやかして食べるサルデーニャ島の伝統的なパン。トマトソースとポーチドエッグを乗せて。
Insalata verde グリーンサラダ
Filetto di salmone gratinato ai fiori di finocchio 三枚にしてから切り身にしたサーモンに、フェンネルシードやパン粉、野生のフェンネルの花などで作った具を乗せ、オーブンでグラタン状に。寿司を上下さかさまにしたような形に見えるのが面白い。つけあわせはじゃがいもとフェンネルだが、フェンネルは外側の汚い皮や、先の緑の部分を切り落としてから使う。ここでも「このフェンネルの皮は捨ててもいいんでしょうか?」先生「捨てていいです」……「でももしかして」と緑の若葉のところだけは残しておいたところ、やっぱり飾りに使われ大正解。ジーノがよく「捨てるのはいつでもできるよ」と言っているが、本当だ。
Caffè エスプレッソコーヒー

11月26日 足で情報集め

2007-11-28 01:49:15 | 料理学院
11月26日(月曜)

来年2月からは新しい場所に移転するので、残念だがこの家は12月限りで出ると大家さんに言ったら、新しい場所はどこだと聞く。どうもその近くにアパートを持っているようだ。駅にもスーパーにも近いし、今いるところ(約50㎡)より広い(同80㎡)が同価格でいいという。あまり広くても掃除する場所が増えるだけだから、狭くても安いところがいいんだけどね。とりあえず次回の住まいとして学校のすぐ裏を確保してもらってはいるようだし、私は車も(だいいち免許も)自転車もないので、公共交通機関が通っていないところでは困るのだが、まあとにかく見てみようというのでジャンルーカの車で下見に。久々に下宿から学校に通じる裏道を通ると、2年前から改装中の家の工事がやっと外壁に及び、そのあおりを食ってもとの塀と道路の間の土手が崩されて、ネピテッラも毎春ニオイスミレの群落が咲く草むらも跡形もなくなっていた。ハーブの魅力を知らない奴ばらめ。
1970年代に建てられたとおぼしきマンションの3階でもちろん家具つき、合鍵がないと敷地内に入れないシステムになっていて安全だし、目の前は公園で静かだし、2ベッドルームとダイニングキッチン、洗面所2つ(1つはバスタブつき)、北向きと南向きにバルコニー、電話線あり、洗濯機完備、何一つ不足はないが前を通るバスの最終便が20時過ぎなのが玉に瑕だ。もし私が学生か普通の事務所勤めだったらその場で手付金を打っている。なにしろフィレンツェ在住の去年の卒業生で、治安とガラの悪い郊外にイタリア人とマンションをシェアしていた、ということは1人部屋のほか共同のバス・トイレ、キッチンを使用していた女性が月々払っていた家賃とほぼ同額の掘り出し物なのである。今すぐに必要ではないがもしかしたら将来……と言いおいて辞去、その足でいま改装工事中の「新しい場所」に移動。ジャンルーカはいったん事務所に戻るのでここで別れ、門から本道までの道筋と所要時間、一番近いトラットリアの名前と定休日と電話番号、バス停の時刻表、道沿いの郵便局とスーパーの開いている時間、など確認しながら駅まで歩く。途中でサラダバーネット(pimpinella)とニオイスミレが生えている場所も発見。これはぜひとも学校の敷地に植え替えねば。3年前の卒業生のシューイチ君が「学校が移転したら、絶対そこに植えてくださいね」と言いおいて帰国したローズマリーもあるしね。
そんなこんなで時間を食って1本遅いバスに乗ることになり、あとはスーパーで買い物するだけなのに時間が3時間も余ってしまった。そこで駅の裏手にあると以前言われた東洋食品の専門店を訪ねて電話番号と営業時間と定休日を聞き出し、まだ時間があるのでさっき見たマンションまで歩いてみる。家を選ぶ場合、平日にも休日にも、昼にも夜にも足を運んで治安や交通量を調べるのは基本だからな。駅からの所要時間は20分(もっと近そうな道もあとで発見)。日没後だから言ってみれば夜道だし、初めての道であることを考えればまあ悪くない。もし毎日18時に帰っていいんなら絶対ここから通うんだけどなあ。やっぱり自転車の練習をするべきか。(実は初めて自転車にまたがったのが30歳の誕生日のことで、乗れるようになるとすぐやめてしまったので、転ばずに進めはするがとても道路を走る勇気と技量はない)。
といいつつも今日(火曜日)も卒業生が訪ねてきて、昼ごはんを一緒に食べようという話になり、裏手にすぐレストランがあるのにわざわざ小一時間歩いて(歩かせて)別の店に行った。おみやげにワインを買おうと思うが何がいいですかと相談され、水曜日に訪れた歴史と由緒とうんちくだらけのワイナリーのワインなんかどうですかと答える。この生徒さんは農学部の出身だから、栽培法だの使用品種だのに特徴のあるワインのほうがいいと思うのだ。予定が合えば来週いっしょに行きましょうと誘っておいたが、もちろん私は歩いて行くつもりである。雨でさえなければ。

カルリーンと英語

2007-11-27 23:59:05 | 料理学院
Villa Realeに行った翌日の25日、私の下宿の上の階に住んでいたカルリーンが出発。彼女はローマに一泊して月曜日にアメリカに発つので、前から持っていたローマのバスと地下鉄のチケットをあげ、彼女は「よかったら読んで」と、フランシス・メイズの”Under the Tuscan Sun”と、もう1冊ペーパーバックをくれた。前者はダイアン・レイン主演で映画にもなったが、発売以来トスカーナの書店で平積みになっていないことがないくらい売れに売れまくったベスト&ロングセラーだ。私はベストセラーとなると「私が読まなくても誰かが読んでくれるだろう」と読まないでしまうクセがあり、当然これも読んでいないのでちょうどよかった。英語の勉強にもなるし。
彼女はバイタリティとリーダーシップがあって今期一番の人気者。金曜日にも最後にみんなで夕食をとったあと、一言ずつ今期をふりかえってコメントを語ってもらったが、口をきわめてみなカルリーンをほめるのはいいとしても、「今度会うときにはもっといろんなことを話したいから、日本に帰ったらしっかり英語を勉強したい」「英語の大切さがわかりました」とほぼ全員が言い、「イタリア語の重要さがわかりました」と言ってくれる人はひとりもいなかったので苦笑してしまった。確かに今後の日本において、いや世界中どこでも英語の重要性は高まる一方だとは思うけど、一応うちはイタリア語でイタリア料理を学ぶコースなのよね。それに日本人は謙虚というかなんというか、仮に今回アメリカ人が十数人参加した中に日本人がひとり混じっていくら健闘したとしても、アメリカ人は絶対に「アメリカに帰ったら一生懸命日本語を勉強して、次は日本語で……」「日本語の大切さがわかった」なんて言わないはずなのだ。
ま、今回の生徒さんは総じて年齢も若く、料理のプロもほとんどいない。次回はアイルランドにある、100%オーガニックの料理を教えてくれる学校に行きたいという人、日本ではパン職人なのでいずれはフランスに行って現場でパン造りを学びたいという人、英語をブラッシュアップしてこの先につなげたい人、みんな英語の必要性を痛感する気持ちはよくわかる。フランスに行きたい生徒さんは「まずは英語をしっかりやればフランスでもそう困らないはず」と言うが、いずれフランス語もやらなきゃいけない日が来るのは明々白々。「語学の習得は聞き取りひとつとっても時間がかかるから、まず英語を重点的にやるとしても、ラジオのフランス語講座を1日20分、何も覚えようとしなくていいから、とにかくテキストを見ながら音を聴きなさい。将来フランス語を始める時やパリに行った時、『なな何これ、この音は、この綴りは』と思ってパニックになるのと、『これは以前に聴いた音だし見た綴りだ』と思って落ち着いて対処できるのでは、全然違うのよ」と助言しておいた。


Villa Reale

2007-11-27 19:03:57 | 雑詠
前日から小雨と本降りと雷雨が交互に降り続く中、ルッカを経由して北東8キロ地点にあるMarliaに行く。目的は月曜に浮上したVilla Reale訪問。なぜ雨ニモマケズ風ニモマケズ見学を決行するかというと、この前日(11月23日)でコースが終了し、この日の朝は全員ホームステイ先や旅先に移動、または帰国のため空港や乗り継ぎ地点に向かうのだったが、隠れキリシタンの片割れである生徒さんは午後2時に出発してピサ空港に行けばいいので午前中はヒマである。その半日を有意義に過ごすには「現在庭園しか一般公開されていないが、それも11月30日までで、次は3月まで開かない」Villa Realeに行き、思う存分映画『イノセント』の世界に浸るのが一番ということで意見が一致した。
現地に向かうにはまずバスで市内に行き、広場を横切って向かいのボックスからまたバスに乗って30分揺られ、villaの塀の周りを約20分歩く。その間柱廊など雨をしのぐ場所は皆無、車は水をはねかけながら猛スピードで横をすり抜けていくので、映画の世界はさておき雨水には十二分に浸ることができる。おまけに入場料は管理人小屋で払うのだが、こっちは客なのに中に招じ入れてもくれないので、傘をさしながら財布を出しお釣りと見取り図をもらうという離れ業を演じなくてはならない。呼び鈴も実に小さく目立たないところについていて、これは「シーズンも終わりの土曜なんか、働きたくないから来るな」という意思表示かとも思えるが、いきなり東洋人の女が2人も雨の中「庭園だけでもいい」とやってくるとは予想していなかったに違いない。しかも閉園時間ぎりぎりまでねばって散策したとあっては、我々の訪問はきっと管理人一家の昼食の話題となったに違いないのだ。
しかし苦労した甲斐あって門が開くとそこはもうヴィスコンティ映画の世界。案内図には親切に見学コースが記されているが、なにせ1735年に当時ルッカの統治者だったナポレオンの妹、エリーズ・バチョッキ・ボナパルトが(従来あった司教館などを包合しつつ)建てさせ、以来ヨーロッパの王族の居館や訪問地になっていたゴージャスかつ広大な宮殿跡。まじめに回っているとお目当ての館は最後になってしまうから、コースを逆にとってまずは館へ(写真)。馬車で進むのがふさわしい白の砂利道(「ヴィスコンティ様は絶対にこの上を歩いた」とうわごとのように当たり前のことをつぶやきながら進む2人)はしだいに左にそれながら館正面の庭園へと通じ、右手には芝生のかなたに広大な池と彫刻陣。ところどころに樹齢数百年の大木、果樹。館の裏手にはローマのティボリにあるような彫刻と噴水(もちろん規模は劣るが)、時計塔、アンティークなドールハウス(「ハウス」といっても造りが宮殿というのが凄い。徳川家がお輿入れに持たせた雛飾りみたいなものか)のある小邸宅、糸杉の小道、昔のパン焼き窯、バロック趣味の人工洞窟……映画『イノセント』を最後に観たのは20年くらい前だから、はたして撮影に使われた場所がどこなのかさっぱり見当がつかないのだが、そんなことは大したことではなく「こんなに並木道や小道が入り組んでいては、いくらでもあいびきできる」「チャタレイ夫人でも平気」「外に出かけなくても、ここに住んでいるだけで時間が過ごせるわね」「家族だけじゃヒマだから、ときどき友人が2週間くらい泊まりに来て、狩猟して、遠乗りして、釣りして、音楽会をして、舞踏会を開いて、詩の朗読をやって、食べて飲んで、一通りやったら揃って別の友人の邸宅に泊まりに行って」「退廃するの、わかるわ」などと話しながら、ルートを楽しく逆送しながら散策。雨は時々小止みになって、館の背後の山にも、頂上にかかる雲が切れ始めるのだが、少しするとまた本降りになることの繰り返しだったので、最後まで他の訪問客は現れず、塀にそって一周するだけで推定1時間かかるヴィッラを貸切状態で見学した。その間「あいびき」という単語を2人で計10回は発した気がする。ヴィスコンティ映画だけでなく、キューブリックの『バリー・リンドン』や、オースティンの小説『高慢と偏見』のペンバリーの館をも髣髴とさせる雰囲気が満喫でき、ルッカからバスで30分(プラス徒歩20分)、バス代が片道1.5ユーロ、入場料が7ユーロというのはお手軽に優雅と退廃を体験できるリーズナブルなお値段だと思う。
帰りはまた歩いてバスに乗り(またも貸切状態)、ルッカの町もすこし散策してからバスでホテルに戻り、濡れた服を着替えてフロントに預けておいたスーツケースを引き取ると、ちょうど予約しておいたタクシーが到着。なかなか効率よく有意義に過ごした半日だったのでは?

11月19日・名匠シリーズ第一弾・アルヴァーロ先生

2007-11-21 16:44:44 | 料理学院
11月19日(月曜) 講師:アルヴァーロ先生(トスカーナ州モンテカティーニ・テルメ)

さて先週来られるはずだったロランド先生の講習が明日にずれこんだので、週末に登場するジャンルーカとあわせて、司厨士協会の料理の名匠3人が勢ぞろいする1週間がスタート。トップバッターはスピードにかけては当校の全講師中一、二を争う、いわば短距離走者のアルヴァーロ先生である。
先生の奉職するホテルは、というよりモンテカティーニ・テルメという湯治場・保養地じたいが春から秋にかけての季節営業の町なので、先生は1週間ほど前からいわばヴァカンスに入っている。もちろん司厨士協会の理事としての用事もあり、コンサルティング業もしているので無為に日を過ごしているわけではないのだが、やはりなんとなく表情にゆとりが感じられ、マッハ級とうたわれる動きもやや普通の人間の速度に近づきつつある(めでたい)。しかし来週は「200人規模のパーティーが2つ」入っているのでレストランだけは臨時営業、それを4~5人でこなすのでやはり効率よく作れるよううまく考えたメニューが多い。

24日目の昼食:
Tartar di tonno in purezza con panzanella all’aceto rosso 固くなったパンの利用法として夏のトスカーナではおなじみのパンのサラダ・パンツァネッラと、牛肉ならぬマグロのタルタルの組み合わせ。パンツァネッラには野菜がたっぷり入るし、オリーブオイルはマグロのほうにしか使わないし、で爽やかかつヘルシーな前菜。みんな野菜は好き、サラダは大好きなので「赤ワインビネガーの酸味がいいよね~」と評しながら食べる。でも酸味の利いた白い炭水化物の上に塩味のきいたマグロを乗せるというのは、先生は言わなかったがスシがヒントになっているのでは……?
Stracci di pasta fresca alle triglie e filacci di zucchine stracciとは「ぼろきれ」のこと。やれフェットゥッチーネだのタリオリーニだの、長さも幅も揃えて切るパスタではなく、一応包丁やパイカッターも使いながら、でも不規則に切るパスタをよくこう呼ぶ。でも先生はまだるっこしいのか、写真用に1皿だけ作った分は手で不規則に「ひきちぎりながら」(と呼ぶのが最もふさわしい)ゆでた。ソースはヒメジと、緑の部分だけ千切りにしたズッキーニ。ヒメジはお腹を取ってうろこをはね、三枚におろしてから切り身にするのだが、小さい魚なので熱中するとどうしても姿勢が前かがみになる。「もっと背筋を伸ばして、腕を根元から使えるようにして作業しなさい。今日の分量なら今の姿勢でもいいが、おろさなきゃいけないヒメジが5キロ届いたら、背中が折れちゃうよ」。ヒメジを5キロねえ……家庭料理ではまず考えられないけど。さすが数百人規模のパーティー料理に慣れている人は言うことが違う。パスタ生地は伝統的なpasta all’uovo(卵風味の生地)で作ったのでシコシコした歯ごたえは好ましいが、魚のソースだから、個人的にはもう少し卵の割合が少ないほうが味の上では好みかも……。
Involtini di pesce spada farciti di pinoli tostati uva passa e erbette (写真)色よく炒った松の実、レーズン、ハーブ、パン粉を使った具を巻き込んだカジキマグロのロール巻き。松の実とレーズンというのは、トスカーナ内陸部でも古くから伝わる組み合わせだが、パン粉が入ると気のせいか一気に地中海風になる気がする。カラブリア料理と言われても信じてしまいそう。色よくゆでたさやいんげんを添えて。
Semifreddo al gorgonzola piccante イタリアでも「ティラミス」にマスカルポーネは使うし、アメリカの「チーズケーキ」の影響もあってチーズのお菓子は珍しくなくなってきているが、ゴルゴンゾーラを使うのは珍しい。レシピを見た瞬間にそう思ったが、先生も再三そう言ったので本当だと思う。チーズの大好きなカルリーンは料理名を見たとたんに顔がほころび、製作過程を見て感動し、食べて恍惚としていた。半信半疑で口に運ぶと、全然奇妙な味でもなんでもなく、ほのかな甘みと芳醇なミルクの重厚感が同時に味わえる、チーズ愛好家にはお薦めの一品。ただしこの「ほのかな甘み」を演出するにあたっては砂糖と生クリームと砂糖漬けフルーツが大量に投入されているので、食べる人は決して深く考えたりカロリーを計算したりしてはなりません。
Caffè エスプレッソコーヒー

24日目の夕食:
イタリアに来てから本当においしいピッツァを食べたことがない(あるいは、本人は食べたと思っているかもしれないが、店の名を聞いた限り「もっとおいしい店があるのに……」と思わざるを得ない)人ばかりであることが先週判明し、ルッカ近郊のノッツァーノにあるピッツエリア=トラットリアにて。ここの城砦跡では毎年9月1日に「中世風夕食会」が開かれ、ジャンルーカはその料理を担当しているので詳しいのである。
フォカッチャ(塩加減がぴったり)、マルゲリータ、ズッキーニ、とうがらしの効いたサラミ入り、キノコ入り、ストラッキーノチーズとハム、ここまでが「食事」部分。続いて「デザート」部分はマスカルポーネとヌテッラ入り、それに「モー」ソースとバナナのピッツァ。「モー」ソースはたぶんカラメルソースと生クリームベースと思われるが、絶品。飲み物はノヴェッロ(新酒。フランス語で言うと「ヌーヴォー」)、ビール、なぜか1人だけファンタオレンジ。
向かいに座った生徒さんと雑談を交わすうち、お互い長年の映画、特にイタリア映画のファンであることが判明し、会話の80%は映画の話。うち80%は映画に出てくる食べ物の話。残る20%の話のうちから、今日の先生アルヴァーロ先生が奉職するホテルが、ソ連映画『黒い瞳』やフェリーニの『8 1/2』に登場する保養地の舞台になっている話、ルッカにジェーン・カンピオンの『ある婦人の肖像』のロケに使われた館がある話、ルキノ・ヴィスコンティ監督の遺作『イノセント』で主人公の屋敷として撮影に使われた館Villa Realeがルッカの郊外にあるという情報が浮上する。Villa Realeが一般公開されているかどうかは調べていないのだが、公開されているのなら是非行ってみたい。

11月18日(日曜)のメニュー

2007-11-21 02:44:17 | 料理学院
11月18日(日曜)

昨日がパルマ(パルメザンチーズ工場見学)、モデナ(バルサミコ酢醸造所見学)の遠足だったので今日は振り替え休日。ピサに行った人、フィレンツェに行った人、ルッカに行った人、家でごろごろした人、いろいろ。

Minestrone ミネストローネ 今日のような冷え込む夜にはピッタリ。ちなみに最近朝夕の外気温は零下です。
Coppa コッパ 本科の講習でジュリオさんと作ったもの。豚肩ロースを使用。柔らかくてみずみずしくて美味しいんですが、ちょっと胡椒がききすぎ(ワインをしこたま飲めば問題はない!?)
Verdure bollite (fagiolini, zucchini, carciofi, finocchi, patate) ゆで野菜盛り合わせ(さやいんげん、ズッキーニ、アーティチョーク、フェンネル、じゃがいも)オリーブオイルと塩で。
Torta con becchi (d’erba, d’amaretti, di cioccolato) ルッカの伝統菓子。タルト生地のふちをくちばし(becco)のように三角に折り返すのでこの名あり。ビエトラを使った青菜バージョン、アマレッティというビスケットを使ったバージョン、チョコレートバージョンの3つ。
Mattonella di cioccolato 先週、マヌエラ先生の講習で作ったもの。
Vin Santo ヴィンサント 今日のお菓子に相性がよい、というのでまたまた登場。
Caffè エスプレッソコーヒー

11月16日(金曜) 代打で登場ジャンルーカ先生

2007-11-17 19:40:48 | 料理学院
11月16日(金曜) 講師:ジャンルーカ先生(その4)

トスカーナ州に3人いる「イタリア司厨士協会認定・料理のマエストロ(マイスター=匠)」がそろそろ登場する時期となったが、その1人ロランド先生が土壇場で来られなくなったので急きょジャンルーカが代打で登場。ま、この方もトスカーナ3人目のマエストロですから。でも、確かジャンルーカと同時に認定を受けたシェフがもう1人いましたよね?「彼は政治家の知り合いが多くて、料理における技能や業績というより、政治がらみで認定されたんだ。実際は料理人としての活動は形だけだよ」。やっぱりイタリアにもそういうのがあるんだね。急な話なので、メニューは生徒さんに「肉か魚か」で多数決をとり、あと何点かリクエストを盛りこんで決めた。

21日目の昼食:
Bagna cauda バーニャ・カウダ ピエモンテ州の伝統料理なので、トリノ生まれのイレーネは大喜び。バターを熱くした中でアンチョビを煮溶かし、にんにくを入れて香りを出したソースに野菜を浸して食べる。風味豊かなイタリア野菜のおいしさを味わうには絶好の一品で、トスカーナではバターでなくご自慢のオリーブオイル・塩・こしょうを使った「ピンツィモーニオ」という料理(というほど大げさなものではないが)で似た食べ方をする。
Focaccia con stracchino ストラッキーノチーズ入りフォカッチャ 普通のフォカッチャよりも平たく、ぺったんこに伸ばすので生地のイースト量は控えめ。オーブン皿いっぱいに伸ばし、間にチーズをはさんで焼く。前菜というよりおつまみにぴったり。
Tagliolini al pomodoro シンプルなトマトソースのパスタが食べたい、というリクエストに応じて登場。今日は香味野菜のみじん切りを最初に炒める「ソフリット」から始めるのではなく、香味野菜・トマト・オリーブオイル・にんにくなど、材料を全部いちどに鍋に入れ、火にかけて煮ていく「ポマローラ」という作り方で。パスタは卵風味の手打ち生地。
Porchetta con patate al forno 子豚の丸焼き、ポテトのオーブン焼き添え レストランを経営している頃は10年間毎日作っていたので、正直なところ二度と作りたくない、というジャンルーカだが、今日はおあつらえむきの豚を見つけたのでついつい買ってしまったそうだ。頭もたて半分に割って一緒に焼いたので、会食者のうち2人までは頭も食べられる。希望者は日本男子代表のヨシさん1人。私も食べたことがないのでついつい残り半分に手を出してしまった。ほおのあたりが、パリパリの皮のすぐ下に旨みたっぷりの柔らかい肉があって絶品。耳と鼻は「垢つきに違いない」と断腸の思いで放棄したが、目玉はしっかり賞味した(グロとお思いでしょうが、うしお汁が食べられる日本人なら絶対に気に入る味なので、機会があればぜひお試しを)。
Cannoli alla siciliana シチリア風カンノーリ(写真) 具はリコッタとオレンジ&シトロンピール、チョコレート、砂糖、飾りにドレンチェリー。ピスタチオやコーヒーを入れる人もいる。砂糖は生徒さんの希望により控えめにしたが、ベタ甘が苦手ならむしろコーヒー風味がお薦めです。
Caffè エスプレッソコーヒー

そろそろ講座終了の日が近づき、生徒さんの荷造りの準備が始まった。今回は「キタッラ」の器具を買った人が多いので、長さのある段ボール箱が不足気味。午後から新聞雑誌屋に行って、帰りに生協に寄るからと言ったらイレーネが「段ボール箱があったら拾ってきてね!」もし半日ずっと張り込みさせてもらえるなら段ボールくらいいくらでも手に入るのだが、「ご自由にお使いください」と段ボールがよりどりみどり、しかも丈夫なのを取り揃えてある日本のスーパーと違い、イタリアでは空にする端からつぶして業者に回してしまうから、商品を補充している現場に遭遇しないとなかなか手に入らない。ところが今日はおあつらえむきに、ドンピシャリの箱を次々と空にしている現場に出くわし、わずか2分で10個もキープ。しかし「徒歩なのにどうやって持って帰るんだ~?」幸いインフォメーションコーナーに顔見知りのお姉さんがいたので「1時間で引き取るから」と預かってもらうが、その後にまた丈夫な箱が2つも見つかった。2回も預けに行くのはさすがに気がとがめて、結局でかい箱を振り分け荷物にして行き交うドライバーの目を驚かしつつ新聞雑誌屋へ。扉を開けるなりご主人が輝かしく純白で大きくて丈夫そうな段ボール箱をつぶしかかっている姿が目に入る。「ひょっとして段ボール箱、他にもありますか?」「朝はものすごい数が届くけど、狭い店だから片端からつぶして資源ごみ回収箱に入れちゃうんだよ」。よし次回からこの店も要チェックだ。予約してもらっていた雑誌を受け取り、小包用の包装紙も買い、「プリペイドのテレカを使うからお金はかかりません」と電話を貸りてイレーネに車で駆けつけてもらって(さらに2個追加で見つけ)、ホクホクと事務所に運び込む。これで今回の発送準備はカンペキだ!しかし30分後にイレーネが「ア~ッ……ガムテープがほとんどないわ」……。

21日目の夕食:
Sedani all’amatriciana ローマ近郊のアマトリーチェ名物、「アマトリーチェ風ソース」(レッドオニオン、パンチェッタ、ローリエ、トマトがベース)をショートパスタのセダニで。パスタのゆで方が、日本人の考える「アルデンテ」を大幅に上回る噛みごたえのある固さなんだけど、アルデンテのおいしさはこのくらい固くないとわからないんだ、とジャンルーカのコメント。たまたま夕方に調べ物で『イタリア料理の技法』という本を読んでいたら、噛みしめておいしさを感じるのがイタリアンなのだ、という趣旨のことが書いてあったので、あれは啓示であったのだと思いつつ食べる。
Tagliata di manzo con carciofi marinate トスカーナ地方の肉牛で、キアニーナ種と双璧をなす(その割には知名度が低いけど……)スコッターナ種のステーキ。マリネした生のアーティチョーク添え。ニューヨークのレストランで働いていたカルリーンに言わせると、日本の「コウベギュウ」の評価と人気(とお値段)はアメリカでは抜群だそうだ。春のコースに参加したカイザーも同じことを言っていたっけ。でも日本の肉はいくら上等でも、とろけるような舌触りのすばらしさに比べ、風味に乏しいので私には不満。イタリアの肉は塩と油だけでおいしいと思えるが、日本ではいまだにそんな肉にお目にかかったことがないのだ。神戸牛の産地の生徒さんに尋ねると、やはり日本の肉はすき焼きがベストだとのこと。ある人は以前たくさん高級肉をもらってすき焼きだけでは食べきれず、3日目には子供さんのリクエストにより「ハンバーグにした」そうである。脂っぽすぎておいしくなかったそうだが、もったいない……。
Insalata verde グリーンサラダ
Cannoli alla siciliana シチリア風カンノーリ
Cenci di Carnevale 復活祭の伝統菓子。時期はずれだがカンノーリの生地があまったのでついでに作ったもの。細長く切って油で揚げ、粉砂糖をふるだけ。このあたりでは「チェンチ(ぼろぎれ、ぞうきんの意味)」と呼ぶが、地方によっては「フラッペ」その他いろいろな名で呼ばれるポピュラーなお菓子。
Caffè エスプレッソコーヒー

さて今回の講習も余すところ1週間(正味5日間)。土曜日には1週間だけ参加する最後の生徒さん(女性)が加わる。最初は今週だけ参加する予定だったジーノは講習を気に入ってくれたようで、来週も毎日来ることになった上、来年2~3月の本科にも参加することを検討中。彼が加わってから授業中の雰囲気がぐっとラテンっぽく賑やかになり、さすが南アメリカの空気だなァと思っていたら、なんとお父さんはヴィアレッジョ出身なのでイタリアとのハーフ、子供のときから日曜日は朝イタリア語で行われるミサに出席し、お昼はお父さんが作るイタリア料理を食べ、夕方6時まではイタリア語しか話さない家に育ったのだそうだ。道理でイタリア語も達者なら地元に知り合いも多いわけだ。