イタリアンでも食べルッカ

おいしい物と個性豊かな料理人達に囲まれた料理学校での日常記

家庭料理コーススタート

2006-10-31 05:55:41 | 料理学院
10月30日(月曜) 講師:ジャンルーカ先生

時差ボケと長旅の疲れと山のようなきのうの昼食がたたり、ちょっとまだ胃が本調子でない人が1名。今日のメニューは「もう時期も終りかけだから急いで食べなきゃいけない」キノコのオンパレード。全然消化にはよくないけど、大丈夫かな。
今日から午前中だけ、2週間参加のサンドラさんも登場。ルッカ郊外の農場(fattoria)で働いているそうだ。たまたま今週のトスカーナの地方紙『LA NAZIONE』にルッカの主なワイナリーとワインの一覧が別冊でついたのをジャンルーカが持ってきたが、それにも載っていた。ここのワインとオリーブオイルは日本にも輸入されているそうで、3週目以降、全員が揃ったら見学に行こう!と話がまとまる。ちなみにFattoria COLLE VERDE(「緑の丘」)という。www.colleverde.it

3日目の昼食:
Le crespelle con ortica イラクサのクレープ 具はリコッタとイラクサ。形は青じそみたいだが味は全然違う。クレープ巻きにしてベシャメルソースとトマトソースをかけ、おろしチーズをふってグラタン焼き。
Stinco di vitella al forno con salsa di porcini 子牛のすね肉のオーブン焼き、ポルチーニ茸のソース 九州から参加の生徒さん、「子牛はなかなか手に入らないんですけど、成牛でもいいですか?」「ブタでもいいですよ」「鹿児島だから黒豚は入手しやすいんですよ。よかったら今度……」。お送りしましょうか、と言いかけて「ここは日本じゃなかったんだ」と初めて気づいたくらい、以上のジャンルーカとの会話はすべて日本語でした。
Schiacciata con l’uva 白ブドウのスキアッチャータ フォカッチャのお菓子版。パン(ピッツァ)生地を発酵させてワイン用のブドウとグラニュー糖をふりかけ、2層にしてオーブン焼き。生地を伸ばしてから押さえつける(スキアッチャーレ)のでこの名があるようだ。ワイン用のブドウなんて酸っぱいのでは?という懸念を吹き飛ばすほのかな甘味と適度な酸味。「ちょっと胃の具合が……」と言っていた生徒さんもつい何度も手を出すくらい好評で、おかげで?完治されたようだ。良かった。
Caffe’ エスプレッソコーヒー

家庭料理コースの場合、イタリア語の授業は週に2回、月曜日と金曜日。間があきすぎて学習効果は高くないような気がするが、今回はホームステイする人もいないし、まあいいでしょう。先週に引き続いてルカ先生とロレンツァ先生が登場。「(先週までの本科コースが続いていた間は)ここに来ると玄関でタバコを吸っている人や、2階の窓から顔をのぞかせている人がいたのに、今日は誰もいなくて淋しいわ!」そう、出会いもあれば別れもあるのが人生というものです。今回日本で6か月習ってきた人と、リヴォルノで6か月語学学校に通った人がいて(そういえば、エンリコとフランチェスコはどうしてるんだろう?)、このお2人が中級コース、他の4名が初級コース。

3日目の夕食:
Cacciucco di funghi misti di bosco 自生キノコのカチュッコ カチュッコといえばリヴォルノ名物の魚介のスープ。ウンベルト・D(これはデ・シーカ監督の名画のタイトル)ならぬウンベルト・C先生から耳にタコができるほどうんちくを吹き込まれているので説明する気にもならないが、とにかくそれを模して魚のかわりにいろいろなキノコを取り合わせて煮込んだスープ。ポプラ(pioppo)に生えるからpioppiniと呼ばれているはずなのに、なぜか和名をスギタケというらしい理解に苦しむキノコが登場。今までは栽培種しか見たことがなかったのでシメジみたいな奴だなと思っていたら、今日登場した自生種は色も形もゼンゼン違い、縦にまっすぐ細長く生えるのではなく、軸は傘のすぐ下でほぼ直角にカーブしていることを初めて知った。
Tortino di funghi, porri e fiori di zucca キノコ、ポロネギ、ズッキーニの花のタルト
Carciofi ripieni con pancetta e mentuccia アーティチョークの詰め物、ローマ風 またの名をユダヤ風。パンチェッタ・ネピテッラ(野生のミント。ローマ近辺ではたしかメントゥッチャと呼ぶ)・パン粉などで作った具をアーティチョークに詰め、さかさにしてオーブン皿で焼く。アーティチョークは根元のあたりしか食べたことがない、という人が多く、軸も葉も食べられると聞いてびっくりされていた。
Caffe’ エスプレッソコーヒー


10月28日・波乱の旅立ちと到着

2006-10-29 23:20:16 | 料理学院
10月28日(土曜)

バスでプラート(列車乗り換え)、フィレンツェ、シエナ方面に向かう人、もっと早い時間にバスでルッカ駅に向かうはずだったが自分たちでタクシーを呼ぶことにした人(それはいいけどちゃんと連絡しなさい。ジャンカルロはあなたたち4人のために夜明け前に起きてシエナからかけつける予定だったのだから)、ジャンルーカの車でルッカのレストランに向かう人、お店の都合で翌日出発になった人、全員寝不足の顔や泣きはらした目で別れのあいさつ。ま、店に入ればたいていの人は一皮向けて成長して遊びに来てくれるので、特に心配はしない。
最後がバタバタしたあおりで今夜さっそく到着するグループの事務作業がとどこおっているので、週末ゆえ電話もかかってこない事務所で静かに作業していると、案の定(?)ソレントに向かうU子さんが乗る列車を間違えたとの連絡入る。フィレンツェ~ナポリが幹線だから、フィレンツェまで出たほうがいいと思ったらしいのだが、実はそう思っていた我々もいろいろ調べた結果、プラート発のほうが乗り換えなしで早くて楽だとわかって変えたんである。フィレンツェからナポリに行く列車は確かに多い。が、フィレンツェには駅が3つあり、ナポリにも私が知っているだけで3つある。フィレンツェ中央駅からナポリ中央駅に行く列車は案外少ないのだ。昔プラートで一緒に仕事しためぐ太は毎回ミラノから駆けつけていたが、フィレンツェまで出なくてもちゃんとミラノ~プラート線があったのである。皆さんプラートを過小評価するのはやめましょう。
夜、22時にホテルでジャンルーカと待ち合わせするが全然来ない。とうとう家庭料理コースの一行が22時30頃先にご到着。一人でお出迎えするのは初めてである。聞けば別便で来られる1人の予定便がフライトキャンセルになり、結局ローマからピサまでバス便が出ることになり、空港であらためてジャンルーカがピックアップしたが、チェックインしたのが1時半ごろだったそうだ。この日で夏時間が終わったので、睡眠時間が1時間余計に取れたのがせめてもの幸いだった。

10月27日・最終日

2006-10-29 23:18:56 | 料理学院
10月27日(金曜) 講師:ジャンルーカ先生

56日目の昼食:
Risotto all’empolese con carciofi 今が旬のアーティチョークのリゾット。フィレンツェのファッション産業を陰で支える繊維工業の町、エンポリの名物料理。
Orecchiette con broccoli プーリア名物、ブロッコリーのオレッキエッテ
Farfalle alla caprese アルフォンソ君のご両親からいただいたモッツァレッラとバジリコ、トマトでさっとあえたファルファッラ
Costolette di agnello alla toscana 子羊のカツレツ、トスカーナ風
Costolette di vitalla alla milanese 子牛のカツレツ、ミラノ風 こっちはバターで揚げる。本当は澄ましバターで揚げるものらしい。
Insalata verde グリーンサラダ
Budino di latte con salsa all’arancio ミルクプリン、オレンジ風味のソース
Caffè エスプレッソコーヒー

56日目の夕食:
Carpaccio di vitellone marinato 若牛のカルパッチョ、香草とマリネしたもの
Minestra corta in zuppa di razza エイのスープ 小粒のパスタ入り
Gran pezzo alla Toscana トスカーナ風「グラン・ペッツォ」
Cicoria all’agro チコリをゆで、塩とレモンでいただくサラダ
Cantucci classici toscani con Vinsanto カントゥッチ(プラート風ビスケット ヴィンサントを添えて)
Caffè エスプレッソコーヒー

今期の最大の懸案だった携帯とPCの接続は、結局「あの時買った携帯は、適合するケーブルが現在入手できないかできづらい型で、性能の上ではインターネット接続が可能だが、現実にはケーブルが入手不可能のため不可能である」と生徒さんが主張したため、パオロさんを呼んで返却することに。うまく機能しなくて返却する可能性があるならていねいに扱ってくれればいいのに、どのケーブルも携帯も箱から何度も出し入れしているのが一目瞭然の状態だったので、果たして返却できるかどうか心配だったが、なんとか引き取ってもらえたようだ。さすが旧知の仲(それにしても、ちゃんと業者に返却できるのか?)。
ネーム入りのコックコートも届き、一部注文内容とくいちがいがあったためまた確認・注文取り、研修先までの移動の最終確認、等々。今回一番移動が大変なのはソレントに移動するU子さん。ソレントまでの列車はないのでいったんナポリ中央駅まで行き、ヴェスヴィオ周遊鉄道に乗り換え、さらにバスで店まで移動しなくてはならない。日本なら時刻表にバスだのフェリーだのの時刻表が網羅されているが、イタリアではたぶんデータを集めるだけで次の月が来てしまうから当然そんなものはない。店に何時に着くかがわからないので、「何時にどこそこに迎えに来てください」と言えないのだ。一番便利な列車の時刻をとりあえず2つピックアップし、お店に電話してバス会社の名前を聞き、お店の人が無理でもせめて前期の研修生が途中まで迎えに来てもらえないか相談し、U子さんに案内できたのが夕食後。大丈夫かなあ。というわけで生徒さんとの別れの感傷も、なにやら雑音が入ってしまってやや中途半端なのであった。







10月26日

2006-10-29 23:17:59 | 料理学院
10月26日(木曜) 講師:ジャンルーカ先生

先週末あたりからフェスタの準備でみんな疲れがたまっているので、講習は10時から。といっても料理の残りがどっさりあるので、実質的に厨房および倉庫の片付けと整理、掃除が大半。以前の卒業生である通称「姉御」が、トツジョジャンルーカのおばさまと登場したのでびっくりしたが、1か月前からイタリアに来ていたのに、こっちのPCが壊れて最近ろくにメールチェックができないので連絡がつかなかったのだ。彼女はジャンルーカのおばさまのところにここ3年ほど連続でホームステイしながら料理を習っているが、特におばさまはルッカ名物 Torta d’erba がお得意だそうで、ぜひ今週末から始まる家庭料理コースに講師として来てくださいと、ジャンルーカの援護射撃をして説得。

55日目の昼食
Insalata verde グリーンサラダ
Crostini misti クロスティーニ各種(きのうのフェスタの残り) チーズと胡桃、香草と合わせてペースト状にしたラルド、ハムなど、フェスタではブルスケッタとなっていたがこんな具を載せるならこれは絶対にクロスティーニだ。
Casatiello napoletano (同上)ナポリ風カサティエッロ
Frittata di spinaci ほうれん草のオムレツ
Guancia di vitello brasata (フェスタの残り)牛ほお肉のブラザート
Caffè エスプレッソコーヒー

昼食後、イレーネと2人で「研修に必要な書類の記入方法」の説明。記入内容自体はとても短くて簡単なのに、記入や提出を怠ると査察のときに大変なことになるのだ。ある研修先では、生徒さんはちゃんと正式な手続きを踏んでいたのに、書類が提示できなかったために8000ユーロの罰金を科されたそうだ。先日のパルマのレストランの場合は、警察がまだ店にいる間にこちらがファックスで控えを送ったため無事に事情がわかってもらえたが、とにかくくれぐれも気をつけるよう案内。
イタリア語の授業、昨日ごちそうを堪能して上機嫌のルカ先生は「昨日の料理はすべておいしかった。一点として口に合わないものがなかった」。「まあ3年目で、どうすれば先生の好みに合うかがわかりましたから」「え?そうなの?僕の好みに合わせてくれたの?」「とにかくレーズンが入ってりゃいいんでしょ」。後半はロレンツァ先生のご主人が来てくださって、オリーブオイルのテイスティングの授業。宝石の鑑定でもなんでもそうだが、まずは本物に慣れるとにせものの判別が容易になるから、上等のトスカーナのオイル、上等のプーリアのオイルと進み、次に欠点のあるオイルの味見。ご主人はこのオイルを味見するのは4回目だそうで、ひどい味なのがわかっているからとてもイヤそうだった。不思議なのは欠点のあるエクストラバージンオイルというと、すぐに引き合いに出されるのがきまってスペインのオイルだということだ。スペイン料理はかの「エル・ブジ」をはじめとしてかなり注目されていると思うのだが、オイルに関してはいまだに水準が低いということなのか?この日のオイルも2つともスペイン産。オイルがエクストラバージンなのかどうかはひとえに酸度だけで決まり、味や香りは関係ないから、ピュアオイルよりまずいエクストラバージンオイルはいくらでもありうるのだ。ご主人はなかなか説明もうまく話術も楽しいので、家庭料理コースの時にもぜひ来てくださいとお願いする。

55日目の夕食
Insalata verde
Mozzarella di Napoli アルフォンソ君のご両親がナポリから持ってきてくださった、正真正銘本場のモッツァレッラチーズ。こくと歯ごたえがあって、今まで食べたのとはぜんぜん違うと一同感動。
Casatiello napoletano
イカ飯
柳川鍋
豚の角煮 フェスタでは「もうみんなお腹が一杯だから、盛りつけ(てお客様に見てもらう)だけにして、ドルチェに移ろう」とジャンルーカが言ったのでその通りにしたら、なんとイタリア人のゲストの約半数(イレーネも含む)はしっかりこれも食べていた。我々はこの時がお初。
うさぎ餅 中は粒あん、小麦粉ベースの生地でくるみ、目をアルケルメスで描き、耳は焼きごてでつける…予定が、アルケルメスがすぐ流れてしまうので大急ぎで代替案を出しながら試行錯誤で目を作ったらしい。カクテルグラスに盛ったプリンと同じトレイに乗せ、どんぐりや木の葉で飾ったらとても美しかった。
きなこプリン
Caffè


10月25日・卒業式

2006-10-29 23:17:01 | 料理学院
10月25日(水曜)

フェスタ(パーティー。卒業証書授与および謝恩会みたいなもの)。
朝から準備のため、恒例のイタリア語の授業はなし。イタリア班・和食班に分かれ準備。まかないはジャンルーカの提案によりミルクも生クリームも使わないホントのカルボナーラのパスタとサラダ、のはずが、ナポリっ子アルフォンソに日本が誇る「スパゲッティ・ナポリタン」を食べさせたいという生徒さんが買出しの間中ジャンルーカを説得し続け、計画を実現。これを十八番にしているというお母さんをもつ「ミンミン」が腕をふるったが、前日この陰謀を知ったアルフォンソは「ケチャップなんか入れるパスタを食べさせられるのなら、僕はラマダンをする」と宣言。作っている最中も厨房のシモネッタやマリエッラは「やめて~!イヤだ~!」と絶叫していたらしいが、いざ食卓に登場するとマリエッラ、アルフォンソともども案外イケルと認めていた。やはり洋の東西を問わず、マンマの味の威力は万人をひきつけるのだ。アルフォンソはこれで、日本人が作った本当のナポリタンを食べた唯一、ではないかもしれないが数少ないナポリ人のひとりとなった。それを栄誉と感じるかどうかは別問題だが。

当日のメニュー

Menù italiano イタリア料理の部
Antipasti   Bruschette miste
Terrina di fagiano
Casatiello napoletano

Primi piatti Sartù di riso alla napoletana
Zuppa di cereali e cento erbe

Secondi Anatra all’arancia con polpettine di vitella in foglia di limone
con cipolline in agrodolce
Guancia di vitello brasata

Dolci Soufflé di arancio
Buccellato

Menù giapponese 和食の部
牛肉のたたき、カリフォルニア巻、切干大根サラダ、コロッケ、海老しんじょ、けんちん汁、イカ飯、柳川鍋、おにぎり、浅漬け(白菜、きゅうり、大根)、みそモツ煮、豚の角煮、きなこプリン、うさぎ餅

この日はほとんど厨房には出ず、オフィスでイレーネの手伝いばかりしていたので作り方の詳細は不明。例によって折り紙も展示したが、真っ先にあらわれた来賓が連れてきた男の子と女の子に大好評だった。これが誰かと思ったら例の警察の親切なお兄さんだった。最後には押し頂くようにして折り紙を持ち帰ったので、これからも警察との円滑な関係を維持するため、折り紙の腕を上げなくては……。
アルフォンソ君は今日で実質ともに修了、明日からはキアンティにあるレストランに研修に入るので、ナポリからご両親が迎えに来る。ママはおしゃべりで陽気な、いわゆるナポリっ子のイメージそのまま。パパは仕事で何度も来日しているので、なんとジローラモ・パンツェッタを知っている(貴重な存在だ)。パパは料理も得意だそうで「うちの家庭料理コースに講師として来ませんか?」と勧誘。ところでルッカからキアンティに移動するのになぜ両親の迎えが必要なのかというと、スーツケースが5つもあるのだそうだ(何が入っているのだ?)。

Andrea Parodi

2006-10-25 18:06:51 | 雑詠
彼のステージを観る機会は、少なくとも一度はあった。
シエナのカモリア門に張り出されていた公演ポスターを見たのは92年だったか。
いつ仕上がるかわからない卒論の準備に追われ、滞在許可証の残存期間と所持金の残りと作業量を毎日ハカリにかける毎日を送っていた頃で、ポスターをしばらく眺めたあと、見送ることにして城壁をくぐり、大学の方に向かった記憶がある。
卒業後もシエナに戻る機会はあったが、もう公演は来なかった。
方言というよりひとつの言語だとされるサルデーニャ語を理解するため辞書を買った。
サルデーニャに行きたいと、友人と計画を立てた。
友人がファンクラブの情報をくれた。入会した。
いつかどこかでまたポスターに出会える時を待っていた。
その後彼はグループを去り、私は多忙になり、旅行の連れになるはずの友人とめったに会わなくなり
「その時」のもう来ないことはどこかで覚悟していたのかもしれないが
それが重く冷たく動かしがたい現実となってつきつけられたことが
今はただ悲しい。

追悼
Andrea PARODI氏
歌手
“I Tazenda”元ヴォーカリスト
2006年10月17日 ガンにて逝去
享年 51歳

Cento desideri miei
Cento sentimenti
Cento volte insieme a te
Mille e un giorno ancora qui
Mille testamenti
Mille volte insieme a te…

…e non ci perderemo mai
Quel buio dentro il sogno
E non ci lasceremo mai
Insieme fino a fondo

DA:《FRORE IN SUE NIE》

ラストバッター・ジャンルーカ

2006-10-25 18:03:17 | 料理学院
10月24日(火曜) 講師:ジャンルーカ先生(その7)

さて残すところあと3回(水曜日はフェスタの仕込みのため、通常の講習はなし)となった調理講習、最終日まですべてジャンルーカの担当。

53日目の昼食:
Insalata di mare con fagioli di Sorana e pomodori gratinati イカ・タコ・ムール貝などの海の幸を、ソラーナ産のいんげん豆・グリルしたトマトと合わせたサラダ。このソラーナ産の豆は生産量が少なく希少価値があるので、普通の豆がキロ4~5ユーロのところ16~17ユーロするそうだ。「絶滅品種なんですか?」と聞かれたが、そもそもいんげん豆はほとんど100%アメリカ原産なのである(知る限り在来種は1種しかない)。ジャンルーカに言わせるとこの土地にしかないミクロクリマが必要なのではないかとのこと。
Filetti di trota クールブイヨンでゆでたマスと、同じくゆでたアーティチョークを、あっさりしたマヨネーズソースで。
Tagliata sottile di tonno con carciofi ちょっと「たたき」風に焼いたマグロと、千切りアーティチョークのサラダ。以上3点は盛り合わせ。
Stracci di pasta fresca (senza uova)con calamari, cozze e pepperoni 卵を入れない手打ちパスタをstracci(ぼろ切れ)のように不ぞろいのひし形に切り、イカ・ムール貝・パプリカ・ズッキーニの花のソースで。
Caffe’ エスプレッソコーヒー

アルフォンソ君はやはり和食班に登録されているらしく、和食のレシピは彼の分も印刷されていた。ところが日本語で書いたので「渡しても読めませんよね?!」ということにあとで気づいて和食班長がくぜん。「ま、記念になるから渡しておけば?」と言ったものの、やはり初めて作る異国料理、レシピがなくては手伝いようがない。調理加熱・味つけはノータッチでも、成形とか盛りつけをみようみまねでやってもらえばいいのだ。「よし、アルフォンソはぜんぶの料理の担当です!」頑張れアルフォンソ。
時間のかかるものはそろそろ仕込みの開始。あと、お天気がこのところ不安定なので、飾りに使う栗の枝や実、ドングリ、笹の葉なども採りに行く。この点田舎暮らしは便利だね。ホテルの駐車場に生えている木にも小さなイガイガがなっているのを発見。「これって(シエナにあったのとは葉の形が違うけど)栗の木だったんだ!」と深く納得したのもつかの間、ホテルの人もイレーネもジャンルーカも「これは違う」と言う。じゃあ何なのかと聞くと「知らない。トリノでは gatte と呼んでいたけど」。Gatteって「メス猫(複数形)」?イタリアって動植物の名にすら方言が多すぎて大変だ。
イレーネはあいかわらず調子が悪く、昨日も温野菜とソースなしパスタしか食べなかったのに食後気分が悪くなったそうだ。語学のリディア先生もご同様で授業に来られず、急きょロレンツァ先生がピンチヒッターに。二人ともフェスタまでに治ればいいが。ルカ先生の方は体調も万全で、印刷し終わったばかりのレシピを見てはいちいち感動している。ドルチェにレーズンが入っているのには大喜びで「レーズンが入っているものなら僕は何でも大好きだ!」と口を滑らせた。「じゃあ、(先生の唯一苦手な)お好み焼きも、レーズン入れたら食べる?!」(ワナに堕ちたのに気づき愕然として)「いや!物事ははっきりさせておこう。レーズンは塩味の料理の中には存在すべきでない。シチリア料理などでは肉料理にもレーズンを入れるが、僕はあれは食べられない」「先生、中世やルネサンスに生まれなくてよかったね」。

53日目の夕食:
Zuppetta semplice di pesce 伝統料理というととかく加熱時間が多いものだが(船乗りジュゼッペ先生も「加熱は長くじっくりと。だから材料を切ったり刻んだりはなるべく早くしなくちゃいけないよ!」とよく言っている)これはにんにくの香りを移したオリーブオイルで魚介を炒めはじめてから、30分くらいで煮上げてしまうあっさりしたスープ。日本人には受ける味だと思いつつ食べているといきなりジャンルーカの抜き打ちテスト。「このスープの segreto(秘訣)は何だと思う!?」ムール貝やアサリの煮汁を鍋に入れる時に「これがスープね!」と言っていたのを思い出して「貝の汁を入れること?」と答えたら正解だったらしい。シェフの言うことは聞き捨てにせずどんなことでも記憶にとどめましょう。
Filetto di ricciola in crosticina di nepitella con cipolle rosse di Certaldo in dolce forte 白身魚ならいろいろ使えそうだが、今日は30キロある大きなカンパチがあったので、尾に近い部分を2キロほど使った。カマに近い部分はスープの方に回したそうです。ネピテッラを使った香草パン粉を乗せて焼き、甘酢風味に仕上げたチェルタルド(ボッカチオの故郷)名産のレッドオニオンと。
Panettoncini 小型のパネトーネ パネトーネというと大きくて背が高くて、どっしり存在感のあるお菓子だが、今日はマフィンのように小さく成形して焼くかわいいバージョン。冬に来日する時は東京でもやるという。期待したほどふくらまず生地も硬めだったが、聞くと「15分オーブンで焼いて」とジャンルーカが言ったのに、マリエッラが「まだ焼けていないわ!」と30分焼いたのだそうだ。「みんな研修先に入ったら、シェフの指示を固く守りなさい。特に初めて手がける作業や料理の場合は!」という今日のジャンルーカの訓示には臨場感がこもっていた気がする。それにしてもこの菓子名、そもそも「大型パン」を意味するpanettone=pane(パン)+-one(大きいもの)に、さらに –cini(小型)がつく複雑怪奇な命名。数年前に誕生した「西東京市」といい勝負だ。東にある京都(東京都)の西にある地って、結局どこなんですか?
Caffe’ エスプレッソコーヒー



最終週開始

2006-10-25 02:20:10 | 料理学院
10月23日(月曜) 講師:マリエッラ先生その3

金曜日のセレーナ先生に続いて登場のマリエッラ。ジャンルーカの新旧アシスタント登場って感じですな。メニューは例によってルッカの伝統的家庭料理、なかでも今の時期に欠かせないキノコと栗。特に栗はルッカ市の北方にあるルッカの一大農業地帯・ガルファニャーナが一大産地になっている、住人にはなじみの深い産物である。マリエッラによると栗は「パンの木(albero di pane)」と呼ばれるほど住民の大切な共同財産になっていて、実をゆでて食べるほか粉にひいて、かずかずのお料理やお菓子の元になった重宝な植物なのだそうだ。「ポレンタみたいに煮て豚の骨(の出し)と食べた」なんて話を聞くと、なんだか哀れが迫るなあ(以前本で読んだけど、イタリアが美食の国になったのはほんのここ数十年前のことで、一般庶民の食卓は実につつましやかだったそうだ。美食に慣れていない証拠に、現在イタリアの子供の肥満率はヨーロッパ一で世界有数だ)。
さて今日はこの栗の粉、プリモのパスタ生地に小麦粉と混ぜて使い、あとお菓子を2種類作る。「本当は今年の粉を使うとおいしいんだけど、もう出た出たと言われながらまだないの。でもこれはガルファニャーナにいる叔父からもらった本場の粉で、去年からフリーザーで保存して……」といいつつ大きな袋に入った粉を一口味見したマリエッラ「これは栗の粉ではないわ」。もう1つの袋も違う。じゃあ予備に買った市販の粉(500g)しか栗の粉はないの?パスタに300g使うのに?今日のドルチェは2点とも栗の粉がなくては話にならないシロモノなのに、講習開始早々にしてドルチェ存亡の危機である。「フリーザーにあると思ったから家から持ってこなかったのに~!」結局近くの店で買ってきて無事にドルチェは作れたが、叔父さんお取りおきの粉、味見したかったな。
今週におけるめざましい変化は、珍しく日本人以外の外国人(イタリア人にとっての)がいないので、誰も英語の通訳および会話をしなくてよいことである。確かに楽は楽だが、アメリカ人やオーストラリア人との仕事も多いマリエッラにとっては、英語のブラッシュアップができずある意味残念なことなのだ。衛星放送とも契約しているので英語のニュースや映画も観られるのだが、いかんせんソファにゆっくり座っている時間があまりない。CDやMDなど、聴覚教材ならアイロンがけや掃除をしながら聴けるからと、とりあえずお試しに(フランス語だが)プルーストのエッセイのCDを貸してあげる。

52日目の昼食:
Pappardelle di farina di castagne con salsa rustica 栗の粉入りの手打ちパスタで作ったパッパルデッレに、ソーセージやパンチェッタをトマトソースで煮込んだ「田舎風」ソースをからめる。イノシシ肉ならパスタにココアパウダーを混ぜてもっと苦く個性的な味にするけれど、豚肉程度ならほの甘い栗がちょうどいい。
Rosticciana con funghetti misti 豚のスペアリブとミックスきのこの煮込み スペアリブはいったんオーブンで焼いて脂を落とし、同時に表面を焼いて旨みを閉じ込める。あとはポプラに生えるキノコ「ピオッピーノ」とマッシュルームの入ったソースで煮込んで。
Necci con ricotta フライパンみたいに丸くて柄がついて、真っ黒な鉄でできていて、ただし全くのペッタンコの「テスト」という器具で焼く伝統のお菓子、「ネッチ」。栗の粉をベースにクレープのような生地を作り、火にかけた「テスト」の丸い部分に、お好み焼きやクレープみたいに流して焼く。上からももう1枚のテストを乗せてはさみ焼きにするので、モデナの「ティジェッラ」や「ロンドン焼き」みたい。リコッタを乗せてロール巻きにして食べたが、栗のほろ苦さとリコッタの淡白な味がよく合う。そういえば昔、よく朝食にリコッタと栗のペーストをパンに乗せて食べたっけ。
Caffe’ エスプレッソコーヒー


今期の最大の懸案ともいうべき?携帯とPCの接続の話は「結局今回買った携帯は、理論的にはインターネットとの接続が可能だが、実際は適合するケーブルがないので無理である」説が支配的である。ニコ・イル・テクニコ(技術屋ニコ)さんに合計3種類のケーブルを試してもらったがイタリアのPCとさえうまくいかず、HPで見たケーブルすら古すぎてダメらしいのだ。別件で訪れたジャンルーカ御用達テクニコさんにも意見を聞いたところ、ケーブルではなく設定の問題だろうとご意見。とにかくネットができなくてはお話にならないが、出発の日が迫っている以上「理論的に」存在する可能性にこれ以上しがみつくこともできず、機種を買い換えた上でケーブルは返却したいとの方向で話が進んでいる。かなうなら次回は携帯屋さんとテクニコさんに「どの機種が設定が楽か」について徹底的に議論し結論を出してもらった上で、生徒さんに勧めたい(希望的観測ではあるが)。
そろそろ移動に向けて小包発送の案内、当日の電車の時刻表を調べて店まで送り届けるルートを決めるなど、いろいろと案内。肝心のイレーネがインフルエンザで体調が思わしくないのだけが心配。

52日目の夕食:
Malfatti con ricotta e spinaci リコッタとほうれん草ベースの生地(ラビオリに入れる生地とほぼ同じ)を手で成形した上パスタ生地で包みもせずにゆでるので、「マル(へたに)」+「ファッティ(作った)」。スプーンでクネル形に成形し、ゆでてから溶かしバター、トマトソース、おろしチーズなどをかけてオーブン焼き。
Tortino di porcini e patate ポルチーニとじゃがいものタルト この両者を鍋でシチューみたいに煮た具をブリゼ生地で包み、オーブンで焼くボリュームのあるタルト。
Castagnaccio カスタニャッチョ 生徒さんは前日、遠足に行ったモンテカティーニ・テルメで食べたので「やめようか」との声も出たが、作りたいという生徒さんの要望があってやっぱり作った。ネッチョとはちょっと配合が違うが、やはり栗の粉をベースにした生地を平たく型に流し、千切りにしたオレンジの皮、ローズマリーの葉、クルミ、松の実を散らしてオーブン焼き。上記のトッピングは地方によっても変わるそうだが、何よりやはり昔は「あるもので作るしかなかった」そうだから、何かが乗っているだけゼイタクだったのかも。
Neccio con ricotta お昼の残り、いや正確にはまた焼いたのでアンコール。売るほど作るのではたぶん飽きると思うけど、人数分くらいならなかなか楽しめる。
Caffe’ エスプレッソコーヒー


ワインの本のその後

2006-10-24 23:26:01 | 雑詠
10月22日(日曜)

どこへも出かけず、昨日と今日の2日でCarta dei Vini DOC e DOCG の翻訳第一稿をほとんど完成。あとは若干の単語の確認と、地名表記(アクセントの位置によりカタカナ表記が変わるから)、人口の確認。なぜ人口が必要なのかというと、イタリアの自治体はすべてコムーネと呼ばれ、首都のローマもコムーネなら住民5百人の寒村もコムーネで同列だが、日本語では人口の多寡により市・町・村に訳し分けないといけないからである。母国語ながらメンドクサイ言語だよ。

51日目の夕食:
Brodo con farfallina 小さなパスタ(「ファルファッラ」の小型版)を浮かべたブロード。日本人にとってのおかゆのような感覚の食事らしい。おかゆといえば昔同居していたイタリア人の女の子が「胃の調子が悪いから今晩は riso bianco にする」と言ったことがある。直訳すれば「白ご飯」。体調の悪い時はイタリア人も白飯を食べるんだ!ともう1人の日本人女性と感心していたら、パスタをゆでるときのように沸騰した塩湯に米を注ぎ入れ、柔らかくなった頃にゆで汁ごとすくって皿に盛り、山のようなオリーブオイルとおろしチーズをかけて食べていた。肉食人種の胃はあなどれん。
とんかつ、キャベツの千切り添え 「ブルドック」ソース 大好評。
Caffe’ エスプレッソコーヒー


今期のトリはセレーナ先生

2006-10-24 23:24:27 | 料理学院
10月20日(金曜) 講師:セレーナ先生(トスカーナ州シエナ県シエナ市)

客員講師というか、外部から招聘する先生としてはラストバッターになるセレーナ先生。ジャンルーカの元アシスタント、協力者として10年くらい一緒に働いているので、親友というよりは姉みたいな存在だ。実は先週に来てもらうつもりでいたが、珍しく体調を崩したとかでこの日にスライド。めったに病気はしない人だが、去年の手術が尾を引いていないのならいいけど。メニューはセレーナがやりたい料理というよりは、「やってほしい」料理をジャンルーカの方で選んだ。それではきっと……と思ってラインナップを見ると、やはり「これだけはセレーナにかなわない」とジャンルーカが認めるラザニアが入っている。ラグー(ミートソース)の煮込みに時間がかかる上、外国人相手に21年料理を教えてきたセレーナの説明はわかりやすくて丁寧な分やたら長いので、この料理はいつも時間との戦いなのだけど。

49日目の昼食:
Triangoli con passato di patate e porri じゃがいもとポロネギを炒め煮して裏ごししたクリーミーなスープに、ハーブを混ぜてのした手打ちパスタの浮き身。
Focaccia con rosmarino ローズマリーのフォカッチャ セレーナの講習で「お約束」のように登場するフォカッチャ。急に作ることにしたのでミニトマトもグリーンオリーブもなく、シンプルにローズマリーで。
Antipasto di verdure miste ナス、グリーントマト、パプリカ、ズッキーニ、じゃがいもなど10種類ほどの野菜をゆでたりグリルしたりして、彩りよく大皿に盛りつけて香草やオリーブオイルなどで味つけ。イタリアは野菜の味がしっかりしているので単純な料理法だけど十分においしい。
Scaloppine alla pizzaiola 子牛肉のエスカロップ、ピザ屋風ソース 
Caffe’ エスプレッソコーヒー

天気がよくてヒマさえあればキアンティ地方を自転車で走り回っているセレーナ、今回も自転車仲間のアヴィオさんを伴って登場。「いや~昨日ピストイアまで来たもんだから、ついでに」。隣の県なんだけど。「シエナのニュース、何かある?」「何~にも。シエナはいつもおんなじさ」。セレーナ「とんでもない。いろいろと変化があったわ。ヴァレンティーノ(ご自慢の一粒種)が大学に入学したの」。アヴィオさんとヴァレンティーノ君についてはセレーナの生徒だった料理研究家・ユキキーナこと前澤由紀子さんの本に詳しい?のでそちらをご参照あれ。20代前半でアジア中を放浪した母の血を受け継いだか、先日3か月のインド放浪旅行から帰ったヴァレンティーノ君、民俗学や文化人類学をやりたくなったらしい。せっかく堅気の工員の仕事についたのにそれも辞め、夜はピッツェリアでサービスのバイトをしているそうだ。「インド料理を覚えて帰ってきたの。上手なのよ!」そのわりに彼の作ったタンドリーチキンを食べて、胃がむかついたので4時に目が覚めたきり眠れなかったとセレーナは言っとります。それにしても息子の動向=シエナのニュースになるんだから、セレーナ一家の母子密着は相変わらずである。

49日目の夕食:
Lasagne verdi al ragù di carne 緑色のパスタ生地を使い、ラグーソース、ベシャメルと重ねる定番のラザニア。この3つの中で一番手がかからないのはベシャメルだと思うのだが、なぜかどの期でも必ず焦げつかせてしまったり、計量をまちがえてうまくとろみがつかなかったり、とにかく呪いでもかかったかのようにいつも失敗するのである。その事実を重々強調したせいか今回は初めて(?)ベシャメル作りに成功!ちなみに去年で料理教室の先生から大学のおかかえ料理人に転身したセレーナ、多いときでは140人分のベシャメルを作るそうです。ジャンルーカはしっかり自宅にも持って帰りました。
Antipasto di verdure miste たくさんできたので、昼に続き夜にも登場。
Torta speziata ai frutti di bosco スパイスとミックスベリー風味のケーキ。いつもイタリア語の時間では先生が「今日は何を作った?」と聞くのだけれど、このケーキの作り方にルカ先生はいたく興味を惹かれたらしく、お誘いもしていないのにキッチンに出かけていき、しっかり実物を味見しましたとさ。
Caffe’ エスプレッソコーヒー

夕食のお客様:先日滞在許可証の件で警察から紹介され(?)、電話で何度かお話したキョウコさん。めでたく大学の彫刻科に合格、下宿も便利なところが決まってこれで滞在許可証もスムースに下りそうだとのことで、カラーラから遊びに来られたもの。さすが芸術家だけあって観察力も洞察力も鋭い。イタリア語をゼロから勉強し始めたのが1年前ほどで、6月から通算3か月くらいしかイタリアにいないのに、イタリア人を実によく捉えているのだ。彫刻家は(特に大きな石を相手にする場合)とにかく体力が必要なため、ガクッと体力が落ちる年齢になる前にと思って留学を決心したとのお話で、私も30代になってから留学したが、こちらで知り合った人に「30歳過ぎての留学は身につく」と言われた話などして、話つきず。