しいたけの伊豆高原情報と放浪旅

(伊豆をバイクで回って10年、伊豆高原に住んで26年目に突入、いろんな事がおこりますねえ!)

吉田邸のバラ!(吉田さんは5回も総理大臣になりました)

2014年05月29日 | 遊び場
・             【今は春バラのシーズンなのです】

(テレビでもバラの開花特集を報道しております)

バラの品種改良はサラブレッドのようです、すべてに名前がついているそうです、この大輪の花も見事でした

吉田茂さんは近代の日本史をバラのように彩った人でしたので参考にして下さい!

「第一次吉田内閣―第一党の自由党から首相を選出(1946年5月22日~1947年5月24日)
 幣原内閣から吉田内閣に政権が移行したのは、敗戦後初の議会選挙の結果によるものであった。
 しかし、その以降は決して円滑とはいえなかった。67歳の吉田茂が、初の内閣を発足させるまでには、
 約1ヶ月、政治的混乱が続いた。
 第一に、新たな選挙制度のもとで占拠が行われる直前、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)により、
 公職追放が行われたため、戦前の翼賛選挙で推薦された議員は自動的に追放されてしまった。
 第二に、4月10日に行われた総選挙の結果、どの政党も過半数に満たなかった。
 敗戦後、すべての政党は解散し、進歩党(日本進歩党)が、戦前の翼賛政治会系の議員によって、
 自由党(日本自由党)が翼賛政治会とは一線を画した鳩山一郎らによって、
 さらに協同組合主義を唱える議員らにより日本協同党が、そして社会党(戦前の無産政党のグループ)が結成された。
 しかし、最大議席を獲得した自由党でさえ、466議席中、140議席にしか過ぎなかった。
 第三は、選挙の結果、下野するものと思われた幣原内閣は、第一党になった自由党も過半数に満たないことから、
 政権維持の意欲をみせていたことであった。首相自身、憲法改正問題もあり、政権を放棄する訳にはいかないと考えた。
 しかし、この政権居座りには批判も強く、芦田均厚生大臣が辞任する事態に発展したため、
 ついに4月22日に総辞職した。そこで、第一党になった自由党の鳩山が組閣するものと思われたが、
 5月4日に追放されており、同じ自由党の吉田にお鉢が回ってきたのだった。 鳩山追放の背景には、総司令部の意向
 (ニューディールに共感する総司令部の民生部が、社会党政権を期待)なども関係していたと言われる。
 吉田は、首相、自由党の総裁を引き受けるにあたり、政党の人事に関わらない、
 政治資金は作らない、嫌になったらいつでも辞める、鳩山の政界復帰の際には政権を返すとの
 四条件を示したと言われるが、その真偽のほどはともかく、後にこのことが、さらなる政治的混乱を招くことになる」



吉田茂さんは5回も総理大臣を経験しました


・              【吉田邸公園のバラの種類も多いね】

伊豆高原にもバラを栽培している方が沢山います、バラの栽培は棘もきついし、雑草の除去も重要
病害虫の被害にもあいます、土作り大事です、おまけに咲いたバラの花はできるだけ早めに処分しないと
秋バラのシーズンに陰を落とします!


・               【バラの花ガラは香水や石鹸にもなります】

とても良い香りに包まれていました

吉田茂さんの事は殆ど知りませんが、白州次郎さんと関係でおぼろげながら記憶しています



「第二次吉田内閣―議会を解散し、政権基盤を強固に(1948年10月15日~1949年2月16日)
 第二次吉田内閣は、不安定な少数内閣として船出した。既に70歳になっていた
 吉田茂は、それでも意気軒昂であった。吉田にとり、この政治的に不利な状況は賭けをしてでも、
 変えなければならない、そう考えていた。
 11月15日の、施政方針演説で「まず信を国民に問うがために冒頭解散すること」であり、
 それが「政治の常識であり、また我が国朝野の輿論となっておる」(朝野=世間)と述べたのは、
 まさにそうした理由からであった。しかし、吉田の思惑通りにはなかなか進まなかった。
 昭和電工事件は、吉田周辺が仕掛けたとみた総司令部の民政局が、頑として解散を
 認めなかったからと言われている。同事件で少なからず打撃を受けた中道勢力が、
 選挙になれば、敗北することを怖れていたのである。ついに問題は出来たばかりの憲法論争にまで発展する。
 GSは、憲法第六十九条の内閣不信任案でのみ解散できるとし、他方、吉田川は、
 内閣の助言と承認により、天皇が国民のために出来る国事行為として、憲法七条第三項を根拠に、解散出来るとした。」




・                【柵を越えて広がります】

ばらは雑草のように強い花なのです、棘のある花は強いのです、ジロー邸から戴いたバラも接木で花が咲いています

(「シイタケ」はバラの育て方を知りませんから真夏でも咲かせてしまいます)

「第三次吉田内閣(1949年2月16日~1952年10月30日)
 総選挙の大勝利により吉田は第三次内閣を発足させ、その後、6年余り日本の首相として君臨することになるが、
 外相は自ら兼任し、講和条約締結問題の決着に意欲を見せる一方、大蔵大臣には、
 当選したばかりの池田を抜擢した。吉田が、その後の対米折衝などで、池田を重用したことは、
 よく知られている。運が良かったのは、選挙で多数を占めたことだけではなかった。
 国際情勢も吉田に味方した。米ソ対立は、ますます激しさを増し、アジアでは48年中頃には、
 相次いで、南北両朝鮮が独立し、49年の10月には、共産党率いる中華人民共和国が誕生した。
 国民党は台湾の国民党政府が有していたものの、国際社会は、大陸を支配した共産党政権を
 現実のものとして認めつつあった。イギリスは、早速、新中国を承認した。
 他のアジア諸国でも、共産主義の台頭は顕著な形で現れつつあり、米国政府の不安は次第に募りつつあった。」



バラの病害虫対策に苦労しています


・                 【何とも可愛い顔を覗かせています】

バラも盛りを過ぎてきました、茶色の枯れ花びらが目立っております

「第四次吉田内閣―激しさ増す権力闘争(1952年10月30日~1953年5月21日)
 吉田は、講和条約が発効する直前の52年1月23日の演説で、条約締結の成果を高らかに謳い上げている。
 「平和条約は近く列国の批准を了して効力を発し、新日本として国際の間に新しく発足せんとする
 に至りましたことは、まことにご同慶に存ずる次第であります。そのここに至れるは、
 過去六カ年有余にわたり、八〇〇〇万同胞が一致協力、国力の回復に渾身の努力をいたし、
 列国がわが民族の優秀性と愛国の至誠を認識せる結果にほかならぬと存ずるものであります。
 わが国現下の情勢は、まず食糧の確保を基礎といたしまして、内外の諸環境と相まち、
 日々安定を加え、労使の関係も漸次健全なる方向に向かいつつあるのであります。
 わが国民所得は、昭和二六年度においては四兆六六〇〇億円に達し、生産額は戦前
 昭和七年より一一年までを基準として一三八パーセントとなり、外国貿易は一昨年以来とみに激増し、
 輸出総額は一兆二〇〇〇億余円、三〇〇五億ドルに達し、世界の軍拡景気に刺激せされ、
 ますヽ活況を呈しつつあるのであります。」
 こうした高揚感に満ちた演説は、東京市場の株価が、朝鮮戦争勃発前から、右肩あがりに
 上昇を続けていた事実にも支えられていた。実際、この一年後に日経平均株価は四七四円と、
 三一ヶ月で、約六倍に跳ね上がる。とはいえ、講和条約締結の成果に水を刺すような事態に
 なりそうな、政治的状況が生まれつつあった。冷戦の勃発により米国の対日政策が変更された結果、
 公職追放により政界を追放された政治家が続々と、「職場復帰」したからである。」



バイクの駐車は無料ですが、車は有料です


・                 【公園駐車場に植わってるバラです】

さり気ないけれど駐車場にはバラが咲き乱れています、バラ屋敷やバラ園を期待させてくれます


・                  【柵には鍵が掛かっていますがカメラは覗けます】

9時開場なんですが、バラだけでも観たいね


・                 【開場時間は9時から17時までです】

「第五次吉田内閣―六年二ヶ月の長期政権に幕(1953年5月21日~1954年12月10日)
 漁夫の利を占めたのは、社会党だった。結局吉田は、鳩山派の自由党復帰を求めるしか無かった。
 憲法改正のための調査会を党内に設置して環境を整え、これに応じた鳩山は復党を果たした。
 しかし、吉田には与しないと、河野らが反旗を翻したために、過半数を得られず、
 政権運営は厳しさを強いられた。経済的指標にも、暗さが目立つようになった。
 株価は、3月にイオシフ・V・スターリン渋滞の報で暴落する一方、消費景気により輸入が増えて、
 貿易収支の赤字が増加したことや、特需景気の終りを示す、7月朝鮮戦争の休戦を受けて、
 金融引き締めが開始された。労働争議も、相次ぎ、三井鉱山のストライキは、
 53年8月から11月までの3ヶ月間に及んだ。」




・                  【吉田茂はバラの愛好家でした】


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