しいたけの伊豆高原情報と放浪旅

(伊豆をバイクで回って10年、伊豆高原に住んで26年目に突入、いろんな事がおこりますねえ!)

これは海の上を走っている漁船ではありません!(5月4日)

2011年05月10日 | 災害・地震・津波・原発脅威
・          【高い堤防のテトラの上に鎮座しておりました】

震災以来2ヶ月もたっているのにむなしく晒されています
小さな船ですからクレーン船で簡単も持ち上げられる筈なのにこれも未処理のままです
津波が去って陸中海岸には海の青さが戻っていますが、波止場には人がいません

(船もなく、漁具も失い、建物もなくなっては漁業はまったくできません!)



完全に橋げたが道幅分ずれ落ちています!


・          【津波は堅牢なコンクリートでも横に運びます】

国道45号線から外れた海沿いの道です、野田村付近だと思います
橋がそのまま横にづれていて通行は不能です、その横に仮設の道路が作られて迂回できました



ここにどんな建物があったのでしょうか?


・          【宮古付近ですが遠くの防潮堤がズタズタに破壊されています】

遠目で見ますと穏やか景色ですが、よく見ますと防潮堤が破壊されているのがわかります

(たとえ壊されるような防潮堤でも津波を弱める効果はあったと言われてますが
 今回のような巨大津波では第1波で破壊されたと思います)



防潮堤の内側に入ると津波が運んだのか、引き波で持って行ったのか建物や設備の残骸
が田畑に散らばっていました


・          【田畑の区別がつきませんが、ここにも人はいません】

自宅を流されては皆様は避難所のほうで過ごされていると思います



【三陸鉄道北リアス線】検索

岩手県宮古市の宮古駅と久慈市の久慈駅とを結ぶ三陸鉄道の鉄道路線である。

気仙沼線・大船渡線・三陸鉄道南リアス線・山田線・八戸線とともに三陸縦貫線を構成する路線の一つである。太平洋沿岸を走っているが、ほとんどの区間を長大トンネルで抜けているため、海が見える箇所は駅の近くなどに限られる。


・         【三陸鉄道北リアス線の鉄路だったと思います】

(久慈駅~陸中宇部~陸中野田~野田玉川~堀内~白井海岸~普代~田野畑~鳥越~小本~摂待~
 田老~佐羽根~一の渡~山口団地~宮古駅までの71kmの鉄道です)



三陸鉄道では2009年4月より、北リアス線の久慈、宮古、南リアス線の釜石、盛の4駅の命名権を募集しており、同年4月27日から1年間宮古駅に「アイフルホーム宮古」[4][5]、同年6月1日から1年間久慈駅に「琥珀王国久慈」[6]の愛称がついていた。

久慈から宮古までは「浄土が浜」など断崖絶壁奇岩景勝地帯ですから海沿いを走りますと
鉄道は見えません、今回「浄土が浜」を回ってきましたが当然人の住めるような場所でなく
津波はあったと思いますが、車1台すれ違う事も出来ない無い狭い道でも通行止めはなく津波に
やられた痕跡すらありませんでした!

(現在、北リアス線は宮古~小本間と陸中野田~久慈間で臨時ダイヤで運行しています)

津波は線路も堤防も田畑や建物等人工的な構造物、全てをなぎ倒して進行します

津波が悪いのか?津波にやられる構造物を建てた人間が悪いのか迷います!



この辺は田園地帯だったのでしょう?


・             【散乱物はまばらで遠くまで広がっています】

宮古手前ですから多分田園地帯の農村風景が広がっていたはずです、海水にやられた土が
妙に茶色が濃く見えています

こちらの景色にも人は写っていません、本当ならば田植えの準備に取り掛かる時期だと思います


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