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内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床についての論文のまとめ

認知症入院患者に対して経管栄養を行なっても予後は改善させない。

2025-02-26 22:37:53 | 老年学

認知症入院患者に対する経管栄養の効果
JAMA Netw Open 2025; 8: e2460780

目的
入院中の認知症高齢者(65歳以上)における栄養チューブ留置の発生率と入院中および入院後の健康転帰を記述し、栄養チューブ(すなわち、胃瘻、胃瘻-空腸瘻、空腸瘻チューブ)の留置に関連する因子を同定すること。

はじめに
認知症とは、認知機能の低下と神経変性に関連する一連の障害を指し、最終的には日常生活に影響を及ぼす。その結果、家族介護者と医療専門家は、腹部を切開して胃に挿入する経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous endoscopic gastrostomy: PEG)栄養チューブを使用するかどうかを決定する必要がある。しかし、PEG チューブの使用は褥瘡や誤嚥性肺炎を引き起こす危険性があり、認知症患者の間ではその価値が低いと考えられてきた。過去の研究では、これらの介入は QOL の改善や生存期間の延長とは関連していないことが示されている。

これまでの研究では、主に米国で認知症が進行した老人ホーム入所者を対象としており、経管栄養の使用は、健康状態を改善させず、生存率を悪化させ、医療資源の大量使用と関連すると報告されている。注目すべきは、カナダ老年医学会、米国老年医学会、欧州臨床栄養代謝学会、カナダ Choosing Wisely キャンペーンの現在のガイドラインが、PEG チューブを進行した認知症の人に提供すべきではないことを明確に推奨していることである。しかし、先行研究の多くは認知症が進行した人に限定したものであり、地域在住の認知症患者を対象とした栄養チューブの使用と転帰を検討した集団ベースの研究は、我々の知る限り過去にない。既存の推奨にもかかわらず、栄養チューブの留置は認知症患者に対して依然として行われているが、集団レベルでの経管栄養の頻度およびその使用に関連する因子についてはよく分かっていない。

このような知識のギャップを踏まえ、我々は、カナダ・オンタリオ州の認知症高齢者(65 歳以上)の入院患者における栄養チューブ留置の発生率を、認知症の重症度や居住地に関係なく説明することを目的とした。また、経管栄養を受けた認知症患者(以後、レシピエントと呼ぶ)が、受けなかった患者(以後、非レシピエントと呼ぶ)に比べて、入院中および退院後の転帰が良いのか悪いのかを検証することも目的とした。最後に、在宅介護を受けている、あるいは介護施設に入所している入院中の認知症高齢者のサブグループにおいて、栄養チューブの受給に関連する因子を同定し、有益性が証明されていないにもかかわらず栄養チューブを留置する理由を明らかにしようとした。

デザイン
この集団ベースのレトロスペクティブコホート研究は、カナダのオンタリオ州のリンクされたデータベースを用いて実施された。2014 年 4 月 1 日~2018 年 3 月 31 日の間に入院前に認知症と診断された高齢者を対象とした。データ解析は 2021 年 10 月~2024 年 11 月に完了した。

調査項目
社会人口統計学的特性、健康プロファイル、機能状態、および事前指示。

アウトカム
Ontario Health Insurance Plan の請求コードから特定される、栄養チューブ挿入(すなわち、胃瘻、胃瘻-空腸瘻、空腸瘻チューブ)を受けたかどうか。

結果
143,331 人の認知症高齢者(83,536人[58.3%]女性;平均[標準偏差]年齢 83.8[7.5]歳)のうち、1,312人(0.9%)が入院中に経管栄養を受け、142,019人(99.1%)は受けなかった。

表 1. 患者背景
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2830454?utm_source=twitter&utm_medium=social_jamajno&utm_term=16175207037&utm_campaign=article_alert&linkId=753230202#zoi241692t1

表 2. レシピエントの患者背景
https://jamanetwork.com/downloadimage.aspx?image=https://cdn.jamanetwork.com/ama/content_public/journal/jamanetworkopen/939547/zoi241692t2_1739309385.99417.png?Expires=1743460660&Signature=x5SR37OcYIkW~ocLvH1SqBaakMgxsI4q5yg375AtEQH47Tt095Aqz-oWePgv9762reYjp-pMhyC3YQGIg0MNe1OQFYzaQbm~UM40XRLdfenmT9y2Xak2p1zfYE6siPmSxFNEZn0hTPmKyRPvlSdlh6U9owS1ENyp41jwtL02-jc-j2XOjo56pHgkMJ~Yv-mVHoyXoYRfk9tqPNDfc-umfR-z355d2kLpAJDRyB55ep2KqLa30FiemNrV9oYazbQCuNFNKJy9XHijkoQVnHl22In3skWM~M-YR0~4aqCOrDxr2N3tbt53kOZ2v-5nIXXC7r9GPAoF3p1Ma0PNGQnawg__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA&sec=250159863&ar=2830454&imagename=&siteId=214

入院中、経管栄養レシピエントは入院期間が長く(平均[標準偏差]滞在日数、65.6[120.8]日 v.s. 非レシピエント 14.8[35.2]日)、集中治療室への入院(557[42.5%] v.s. 非レシピエント 14,423[10.2%])または入院中の死亡(294[22.4%] v.s. 非レシピエント 14,698[10.3%])が多かった。退院後 1 年以内に死亡したのは、非レシピエントでは127,321 例中 36,162 例(28.4%)であったのに対し、レシピエントでは 1,018 例中 509 例(50.0%)であった。

表 3. レシピエントおよび非レシピエントの入院中の転帰
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表 4. レシピエントおよび非レシピエントの退院後の転帰
https://jamanetwork.com/downloadimage.aspx?image=https://cdn.jamanetwork.com/ama/content_public/journal/jamanetworkopen/939547/zoi241692t4_1739309386.02417.png?Expires=1743460660&Signature=D~jQ83-PLY4QPWQcz9oRqiWYHKcJNZVRWXN-EfR6AXb~TB8sTfxP1sBXC83PCyBDcghcmp-ANnN6oNLTiL4N3IFJ22nfmslmXhuEImwgf7f8f4bc8xcZ2sN-TrjR2YH-~e3Ft911G6UiKbkNOOuZhDQKmYws0d9PoMZOeumnmXdmabmdKdL-yx7M1bOaPQmetQteRx9GikZjZxLQB4GswBlykTsLccSq77NaWeOQBHziUN~Yx8HSieG0gdBR8wOj~65kITTQid1AIwNwzzqdtKYNAuKY5TLsCT3QCJ6-ECljv-z2OJf-TThr3JDctWhKkK11gNFoktpc1MOTH5moaw__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA&sec=250159870&ar=2830454&imagename=&siteId=214

在宅介護および長期介護の受給者において、回帰モデリングによると、嚥下障害があること(オッズ比 [odds ratio: OR], 2.22;95%CI, 1.99-2.49)および機能障害が大きいこと(OR, 2.75;95%CI, 1.80-4.20)は、経管栄養を受けるオッズの増加と関連していたが、女性であること(OR, 0. 66;95%CI, 0.52-0.84)、高齢であること(年齢が 5 歳上昇するごとに OR は 0.75;95%CI, 0.70-0.81)、蘇生禁止指示書があること(OR, 0.38;95%CI, 0.31-0.47)、地方に住んでいること(OR, 0.38;95%CI, 0.22-0.66)はオッズの低下と関連していた。

表 5. 経管栄養と関連する因子についての重回帰分析
https://jamanetwork.com/downloadimage.aspx?image=https://cdn.jamanetwork.com/ama/content_public/journal/jamanetworkopen/939547/zoi241692t5_1739309386.03417.png?Expires=1743460660&Signature=Eb~laGCgq-MjQu6Brj~usuDkE~xBIGM5E-jHMhQZoVolPm68aIDV2xeO3ZNpqjcS6Ez~22vNDezCx1Vv3frDeeMxFqNwwuaBFv4mTPkbNMgPMI~wrecMZLRKupow-2HSPKdHBZvufovAYGiH238Bqgor7AREgb2fPMWEpIY8BSqqRmaxuXw9~HFbTRrLcTF95JEwX7SXF-DG1wYto747f2f0mJ8jiGSKGiiwOHDGIUzuOHl-770llkXDMOtUv8lCDxT1M~YsRyDnVe4xu-Nzs9WHOxlkAZ-UmJ-jx1yfZRAFgatdusUtIcC6d0NGffrsAwH1DBMxUHmpO6M06EMIxQ__&Key-Pair-Id=6・コホート研究では、オンタリオ州における入院中の認知症高齢者における経管栄養摂取に関連する特徴を検討した。全体として、入院中の認知症患者の 0.9%が経腸栄養チューブを受けており、これは進行した認知症患者における経腸栄養チューブ使用の発生率に関する過去の知見と同様であった。米国の老年医療センターにおける高齢者を対象とした研究では、経腸栄養使用の発生率は 1.35%であった。経腸栄養レシピエントは、非レシピエントよりも ICU に入室する可能性が 4 倍高く、平均在院日数が 2 ヵ月以上長く(非レシピエントの 4 倍)、入院中に死亡する可能性が 2 倍以上高かったことから、経腸栄養レシピエントは非レシピエントよりも虚弱である可能性が高いことが示唆された。我々は、経管栄養者の大部分が重度の認知・機能障害を有しており、介護施設患者の半数以上が入院前に DNH (do-not-hospitalize) オーダーを受けていたことを発見した。これらの所見から、経管栄養者のかなりの部分は意思決定ができず、意思決定を家族介護者や医師に委ねている可能性が高いことがわかる。過去の研究では、経管栄養の挿入に反対するガイドラインや臨床的判断にもかかわらず、代理の意思決定者や医師でさえ、患者の転帰を改善する経管栄養の有効性について誤った認識を持ち続けていることが示されている。医師もまた、この決定においてしばしばコントロールの欠如を経験している。これについては、患者やその家族に対する栄養チューブの使用や他の選択肢に関する教育や会話が欠けていることが状況を悪化させている。認知症で死亡した人の家族介護者を対象とした研究では、介護者の半数以上が、経管栄養の挿入に関する話し合いがなかったか、15 分未満しかなかったと報告している。Gieniusz らの調査では、ほとんどの医師が、医師が栄養チューブ挿入を勧めないと説明しても家族が挿入を要求することが多く、多くの医師が訴訟の可能性を懸念していると述べている。このような患者とその家族には、事前のケアプラニングと、起こりうる有害な結果と栄養補給の選択肢に関する教育が特に重要であり、推奨される。

ほとんどの先行研究は進行した認知症患者に焦点を当てたものであったが、我々の研究では、進行した認知症の病期に限定しなくても、認知症の入院患者における経管栄養の生存利益は認められなかった。

われわれは、短期・長期ともに、経管栄養を受けた認知症高齢者の死亡率、再入院率、退院後の救急部入院率が高いことを明らかにしたが、これは過去の知見と一致している。栄養チューブが適切な介入である場合もあることは認めるが、栄養チューブ挿入患者の生存率および健康アウトカムに対する有益性が一貫して欠如していることが証明されていることから、このような侵襲的な介入よりも、全人的な緩和ケアアプローチによってより多くの利益を得られる可能性があることが示唆される。緩和ケアの一部を構成する摂食介助(例えば、食事介助、頭位かつ/または体位のポジショニング、特殊な嚥下障害食や高カロリーサプリメントを含む食事の変更)など、侵襲性の低い適切な代替手段が存在する。臨床ケアチームに対する集中的な教育や、患者を中心とした個別的な話し合いは、患者とその家族が適切なケアの選択肢について十分な情報を得た上で意思決定するのに役立つだろう。また、臨床現場におけるプロトコールを変更する機会もあるかもしれない。例えば、認知症患者への栄養チューブ挿入の紹介は、自動的に緩和ケア相談のきっかけとなり、前述の話し合いが開始され、ケアの目標が設定されるかもしれない。

私たちは、男性であること、機能障害が高いこと、若年であること、嚥下障害があることは、経管栄養を受ける確率の上昇と関連し、DNR (do-not-resuscitate) オーダーがあること、地方に住んでいることは、経管栄養が行われる可能性の低下と関連することを示した。いくつかの所見は先行研究と一致している。例えば、入院前の嚥下障害は、栄養チューブ留置のオッズを増加させることが以前に報告されている。いくつかの変数(例えば、性別、都市か田舎か)は、栄養チューブ挿入の医学的適応と関連しないはずであることを考慮すると、臨床的意思決定プロセスにおける社会文化的考察およびシステムレベルの障壁(例えば、農村環境における必要な資源および医療へのアクセスの制約)の潜在的影響についてさらに考慮すべきである。さらに、栄養チューブ挿入に影響を及ぼすと予想されるいくつかの因子(例えば、認知障害の程度、DNH オーダー)については、関連性が認められなかった。このことは、臨床医と患者かつ/またはその介護者の両方が十分な情報に基づいた意思決定を行えるようにするために、意思決定支援ツールを使用する潜在的な必要性を指摘している。意思決定支援は、情報を明確にし、選択肢とそれに関連する利益と害に関する情報を提供し、決定と個人の価値観との一致を確認するのに役立つという明確なエビデンスがある。

限界
我々の知る限り、本研究は、包括的な集団ベースの医療データを用いて、オンタリオ州のすべての認知症入院患者における経管栄養導入に関連する因子と転帰を検討した初めての研究である。しかし、本研究にはいくつかの限界がある。第 1 に、RAI 評価からのデータを必要とする回帰モデルは、在宅介護または介護施設の個人のデータに対してのみ実行された。このため、より広い認知症患者集団への一般化可能性が制限される可能性があるが、その分、個人の健康、機能、ケアの必要性に関連する多くの要因を検討することができた。また、我々のモデル化には交絡が残存している可能性があることも認識している。例えば、我々は個人の人種や民族に関するデータを有していなかったが、これは以前に栄養チューブの挿入と関連していることが確認されている。いくつかの変数(例えば、性別、都市か田舎か)は、栄養チューブ挿入の医学的適応とは関連しないはずであることを考えると、社会文化的考察およびシステムレベルの障壁(例えば、農村環境における必要な資源および医療へのアクセスの制約)が臨床的意思決定プロセスに及ぼす潜在的影響についてさらに考慮すべきである。また、最近の研究では、経管栄養の有効性や認知症の臨床経過に関する誤解を含め、経管栄養の使用に対する認識には人種的・文化的な違いが存在することが示されている。最後に、評価は入院後 6 ヵ月以内に行われ、評価から入院までの間にこれらの状態が変化した可能性があるため、個人の機能的状態、健康状態、介護関連状態の分類に誤りがある可能性がある。咀嚼・嚥下障害の発症や健康状態の急激な悪化など、これらの状態の急激な変化が入院を引き起こした可能性があるため、この制限については留意が必要である。このような誤分類は、おそらくこれらの因子の効果を無効の方に偏らせ、その結果、CHESS スコアが高いなどの因子は、一見、経管栄養の受給に影響を及ぼさないように見える可能性がある。

結論
認知症の入院患者を対象としたこのコホート研究において、経管栄養の挿入は生存や退院後の転帰の改善とは関連していなかった。栄養チューブの留置と関連する(または関連しない)因子は、最良の実践ガイドラインと時にずれていた。ケアの目標についての会話、代替介入の選択肢、および臨床プロトコルの改善が推奨される。

元論文
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2830454?utm_source=twitter&utm_medium=social_jamajno&utm_term=16175207037&utm_campaign=article_alert&linkId=753230202


高齢者の 5 つの優先課題: 5M フレームワーク

2024-08-25 21:57:03 | 老年学
高齢者の 5 つの優先課題: 5M フレームワーク
Am Fam Physician 2024; 109: 498-500

高齢化社会は、世界中の医療システムにとって重大な課題でありチャンスでもある。アメリカでは 65 歳以上の人口が 2060 年までに約 9500 万人に達すると予測されている。現在の医療モデルは縦割りで運営されることが多く、継続性と統合性に欠けている。これは特に、複数の疾患を抱える高齢者人口の増加にとって問題である。

老年医学の 5M フレームワークは、心/精神 (mind/metation)、移動可能性 (mobilty)、薬 (medication)、多重複雑性 (multicomplexity)、患者自身が大切にしていること (matters most) の 5 つの重点分野を含む (表 1)。

表 1. 5M フレームワーク
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2024/0600/editorial-holistic-approach-geriatric-care/jcr:content/root/aafp-article-primary-content-container/aafp_article_main_par/aafp_tables_content.enlarge.html

このフレームワークは高齢者ケアに包括的なアプローチを提供し、患者中心の戦略と学際的な連携を強調する。このフレームワークは高齢者の転帰を改善し、質の低いサービスを減らし、費用対効果の高いサービスの利用を増やすことが示されている。

症例提示
80 歳のアーティストで、高血圧症、2 型糖尿病、脂質異常症、大うつ病、軽度認知障害、尿失禁を患っている。彼女は自立して生活しているが、最近娘を訪ねた際に転倒した。この出来事は将来の転倒への恐怖を高め、大切な日々の散歩や精神的健康に影響を与えている。最近の夫の死も彼女のメンタルヘルスの問題を複雑にしている。このケースは、高齢者ケアに対する統合的アプローチが重要であることを示しており、身体的、感情的、社会的な健康の側面に取り組む必要がある。

心 (mind):認知的・感情的幸福
夫の喪失と転倒により、患者のうつ病と認知機能の低下が悪化した可能性がある。認知症、せん妄、うつ病はしばしば相互に関連しているため、これらの状態の評価と管理は彼女のケアの重要な側面である。うつ病の高齢者は認知障害を発症する可能性が 2 倍高くなります。感覚の低下、社会的孤立、喪失など、加齢に関連するさまざまな要因がうつ症状に寄与する可能性がある。評価で問題を認めた場合、カウンセリングの紹介や薬物療法・非薬物療法による治療を勧められる可能性がある。

患者の薬を変更し、移動可能性の問題に対処することで、うつ病の治療と認知障害発症のリスク低減に役立つ。身体活動や個別の介入(例:社会的関与)を非薬物療法として使用することは、この戦略の不可欠な部分である。

移動可能性 (mobility):転倒
患者の転倒は、高齢者の間で転倒がいかに一般的であるかを反映している。転倒はさらなる転倒や股関節骨折のリスクを増加させ、大きな経済的負担を引き起こす。あらゆる医療現場で移動可能性を評価することが重要である。患者は怪我をしなかったものの、転倒の心理的な影響により再び転倒する恐怖が生じ、それが移動性を低下させ、精神状態を悪化させる可能性がある。このケースから、高齢者の転倒リスクを評価し、これらの恐怖を軽減するための戦略 (例:理学療法) を取り入れることが必要であることが分かる。移動可能性と身体活動はうつ病の予防にもつながっており、精神状態と移動可能性とは相互に関連することを示している。

薬 (medication):多剤併用の管理
高齢者の多剤併用の蔓延についての懸念は増大している。多剤併用は有害薬物反応、薬物間相互作用、服薬不遵守、機能低下、老年症候群、高コストにつながる。

この患者にとって、転倒リスク、認知機能の問題、尿失禁に寄与する可能性のある薬を特定するために、包括的な薬剤レビューが不可欠である。高齢患者のケアにおいて服薬内容の確認は重要である。

多重複雑性 (multi complexity):複数の慢性疾患
このケースは高齢者ケアにおける多重複雑性を例示している。複数の治療ガイドラインを使用すると、多剤併用、薬物間相互作用、高い治療負担、患者の優先事項や価値観とケアを一致させられない危険性が高まる。

患者には複数の慢性疾患があり、疾患管理と個人の医療価値観のバランスをとる細やかなアプローチが必要である。このアプローチは、ケアの修正可能な側面に焦点を当てる。健康の社会的決定要因に対処し、患者教育を彼女自身のヘルスリテラシーに適応させることに重点を置くべきである。

患者自身が大切にしていること (matters most): 人間中心のケア
患者が最も大切にしていることを理解し、ケアをそれに合わせることは、高齢者に優しいケアモデルの中心である。これは特に、断片的なケアを受け、目標や好みに合わない不必要な医療を受けている複数の慢性疾患を持つ高齢者にとって不可欠である。目標に焦点を当てた協調的アプローチは、健康転帰の改善につながる。効果的なコミュニケーションと、個人の好みに沿った事前のケア計画 (advance care planning: ACP) および共同意思決定の促進は、人間中心のアプローチを確かなものとし、生活の質を大幅に向上させることができる。この患者の場合、それは彼女の自立への願望とアートへの情熱を尊重しながら、メンタルヘルスのニーズに対処することを含む。症状の管理、疾患の経過、ケアの目標に対処する戦略は、認知機能が低下した高齢者のケアにプラスの影響を与える可能性がある。

結論
この患者のケースは、高齢者に包括的なケアを提供する際に固有の複雑さを示している。老年医学の 5M フレームワークは、これらの複雑さを認識し、対処するための包括的なレンズを提供する。心、移動可能性、薬、多重複雑性、そして患者自身が大切にしていることに焦点を当てることで、医師は高齢者の生活の質を向上させ、老年医学的ケアにより統合的で効果的なアプローチを確保することができる。

元記事
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2024/0600/editorial-holistic-approach-geriatric-care.html

乳製品摂取による骨折と転倒の予防効果

2024-06-17 18:57:24 | 老年学

オーストラリアの介護施設を対象にした乳製品摂取による骨折と転倒の予防効果を検討したクラスターランダム化比較試験

BMJ 2021; 375: n2364

介入群の施設では食事に乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズ)を追加した。被験者は 7195名で 68% が女性、平均年齢は 86±8.2歳。観察期間は2年間。

対照群はカルシウム 700 mg/day、蛋白質 58 g/day (0.9 g/kg/day) 摂取していたのに対し、介入群ではカルシウム 1142 mg/day、蛋白質 69 g/day (1.1 g/kg/day) を摂取していた。

観察期間内に 4302件の転倒および324件の骨折 (135件の大腿骨頸部骨折) を認めた。

介入群では、全骨折が 33% 少なく (HR 0.67, 95%CI 0.48-0.93, P = 0.02) 、大腿骨頸部骨折が 46% 少なく (HR 0.54, 95%CI 0.35-0.83, P = 0.005)、転倒が 11% 少なかった (HR 0.89, 95%CI 0.78-0.98, P = 0.04)。死亡率には差はなかった (HR 1.01, 95 %CI 0.43-3.08)。

https://www.bmj.com/content/375/bmj.n2364


高齢者の嚥下障害

2024-05-04 23:47:31 | 老年学
高齢者の嚥下障害
J Am Geriatr Soc 2019; 67: 2643-2649

嚥下障害または嚥下困難は、高齢になるにつれて非常に一般的になり、体重減少、肺炎、脱水、平均余命の短縮、QOL の低下、介護者の負担増など、重大な負の転帰と関連している。

本論文では、正常な状況および健康な加齢における嚥下の複雑なプロセスについて述べた後、嚥下障害の原因となる病因について概説する。嚥下障害を評価し治療するためのアプローチについて述べ、利用可能な関連データを提供する。

高齢者の嚥下障害の治療におけるベストプラクティスを導くためには、質の高い研究が切実に求められる。

1. 正常な嚥下プロセス
嚥下プロセスは非常に複雑で、6 本の脳神経、複数の筋群、皮質および皮質下の脳信号が関与し、数秒以内に正確に調整されなければならない。嚥下は 3 つの段階からなり、互いに重なり合うこともあるとされている(図 1)。

図 1. 正常な嚥下プロセス
·口腔準備期 (Oral Preparatory Phase)
·口腔送り込み期 (Oral Transport Phase)
·咽頭期 (Pharyngeal Phase)
·食道期 (Esophageal Phase)

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/figure/F1/

参考: 摂食嚥下の 5 期モデル (慶應大学リハビリテーション科)
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/sp/000270.html

嚥下は、食塊 (bolus) を飲み込む準備をする口腔準備期から始まる。食塊は咀嚼され、湿らせるために唾液 (saliva) と混ぜ合わされる。唾液アミラーゼにより消化も始まる。

口腔送り込み期では、食物かつ/または液体が食塊にまとめられ、硬口蓋 (hard palata) に接触する舌の圧力により、咽頭に向かって順次送り込まれる。口腔送り込み期は随意的な骨格筋 (voluntary skeletal muscle) の制御下にあるため、覚醒状態にある (alert) 必要がある。

咽頭期では、舌が食塊を咽頭 (pharynx) へ送り込み、咽頭嚥下反応を構成する一連の事象を誘発する。これらには、口蓋帆咽頭閉鎖 (velopharyngeal closure, 口蓋帆 [velum] +咽頭 [pharyngeal] = 口蓋帆咽頭 [velopharyngeal] )、舌根部 (base of tongue) の咽頭後壁 (posterior pharyngeal wall) への後退、舌骨 (hyoid bone) および喉頭 (larynx) の運動、3 段階の気道閉鎖(声帯 [true vocal fold] 閉鎖、前庭襞 [vestibular fold, false vocal fold] の近接、喉頭蓋 [epiglottis] 基部の披裂軟骨 [arytenoid cartilage] の接触)、咽頭筋の収縮、上部食道括約筋の開放が含まれる。咽頭期は部分的には随意的、部分的には不随意的にコントロールされる。

喉頭蓋、披裂軟骨、前庭襞、声門の模型
https://www.google.com/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FrdT6csxIkdw%2Fmaxresdefault.jpg&tbnid=oNXa7ZqKbXWMxM&vet=1&imgrefurl=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DrdT6csxIkdw&docid=BiCnuO3pDONBkM&w=1280&h=720&source=sh%2Fx%2Fim%2Fm5%2F2&kgs=59e1833fff95c78f&shem=abme%2Ctrie

最後に、食道期は、不随意的な制御のもと食塊を食道内に移動させる蠕動収縮の波からなる。

2. 嚥下障害
嚥下障害は、口腔期、咽頭期、食道期害など、嚥下障害が起こる段階によって説明することができる。しかし、多くの場合、患者は嚥下の複数の段階で起こる機能障害を有している。

嚥下障害は、嚥下の一連の運動の企図、協調性、タイミング、または嚥下時の解剖学的構造の変位の障害によって起こる。

このようなさまざまな嚥下障害は、喉頭内侵入 (penetration) または誤嚥 (aspiration) という形で気道への侵襲を引き起こす可能性がある。喉頭内侵入は、食塊が喉頭前庭 (laryngeal vestibule) に入ったが、声帯より下に移動せず、気管には入っていない状態である。一方、誤嚥は、食塊が喉頭前庭に入り、さらに気管および肺にまで侵入した状態である。喉頭の感覚に異常のない健常者は、気道侵入に反応して咳払いをするが、嚥下障害のある患者の多くは感覚に障害があり、誤嚥に対して反応しない。これを不顕性誤嚥 (silent aspiration) と呼ぶ。

嚥下評価では、根本的な原因となる生体力学的障害を探り、治療計画の立案に役立てる。表 1 は、嚥下障害の部位、原因疾患、および臨床像の例を示している。

表 1. 嚥下障害の部位、原因疾患、および臨床像

3. 高齢者の嚥下障害の原因
嚥下障害はそれ自体病気ではなく、むしろさまざまな病的状態から生じる。高齢者における嚥下障害の高い有病率とその深刻な影響から、嚥下障害を老年症候群 (geriatricとsyndrome) とみなすことが提案されている。

口腔咽頭 (oropharyngeal) 嚥下障害を引き起こす最も一般的な疾患は、脳卒中、頭頸部がん、進行性神経疾患(認知症、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病など)である。食道嚥下障害の病因は食道炎、アカラシア、食道狭窄、Zenker 憩室など多岐にわたる。

Zenker 憩室
https://www.showa-u-kt-ddc.com/patient/zpoem/

病歴は適切な検査を行うための病因を考える上で非常に有用である。食道嚥下障害が固形物のみから始まり、時間の経過とともに液体も含むようになる場合は、腫瘍や狭窄などの機械的な問題をより示唆するが、最初から固形物、液体ともに嚥下障害がある場合は、アカラシアなどの運動器の問題を示唆する。医学的介入(例:気管内挿管、腫瘍切除)やある種の薬剤(例:抗コリン薬)も嚥下障害を引き起こすことがある(表 2 参照)。

表 2. 嚥下障害の原因となり得る薬剤の例
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/table/T2/

健康的な加齢でさえ、摂食に変化をもたらすが、嚥下そのものに関係するものはごく一部である。加齢により嗅覚や味覚が変化し、食欲、食事の選択、経口摂取量に影響を及ぼす。

サルコペニア(sarcopenia, 加齢に伴う筋肉の量と質の低下)は、嚥下に使われる筋肉が骨格筋であることから、嚥下機能に影響を及ぼすことが示されている。これらの影響により、舌の力は加齢とともに低下することが示されており、口腔相における口腔内の圧力が低下し、食塊の排出が悪くなる可能性がある。咀嚼筋の変化は、咀嚼速度の低下や非効率的な咀嚼をもたらし、窒息のリスクを高める。また、加齢により唾液量が減少し、これが薬剤の影響と相まって口腔乾燥症の発症につながる。さらに、高齢者が服用する多くの薬剤は、食欲減退、協調運動障害、食道炎を引き起こし、この問題を一層悪化させる。

このように、高齢者が摂食に関連した悩みを抱えている場合、嚥下障害が重要な原因となっているのか、それとも他の要因が優勢なのかを区別することが重要である。嚥下障害が原因となっている場合は、言語聴覚士(speak language pathologist: SLP)と連携して、注意深い病歴聴取、検査、嚥下機能評価を組み合わせて、嚥下障害の原因を特定する。

4. 嚥下の評価
臨床医学において嚥下障害は頻繁に遭遇するにもかかわらず、評価や治療法の推奨の根拠となるエビデンスは驚くほど少ない。

嚥下機能の評価において、口腔咽頭嚥下障害が疑われる場合、SLP は重要なチームメンバーである。食道嚥下障害は通常、内視鏡検査またはバリウム嚥下造影によって評価され、多くの場合、根本的な病因を特定し治療するために消化器内科医と連携する。

口腔咽頭嚥下障害と食道嚥下障害の両方が疑われる場合は、バリウム嚥下造影とビデオ透視下嚥下造影検査を併用することもある。

いつ SLP に相談するかについての明確なガイドラインは存在しない。ほとんどの臨床医は、嚥下障害の徴候や症状があるとき、または患者が嚥下障害と非常に関連性の高い臨床症状を新たに発症したときに、相談を検討する。最近では、神経変性疾患(パーキンソン病、認知症など)の高齢患者に対するケアのパラダイムシフトにより、SLP が多職種チームの一員として老年科や認知症外来に組み込まれ、診断から終末期まで関わることができるようになった。

嚥下障害の徴候や症状としては、飲み込もうとして咳き込む、食物の鼻腔への逆流、飲み込んだ後の湿った声質、分泌物の管理不良、弱い咳、食物が詰まる感じや逆流が必要な感じなどがある。

脳卒中や化学放射線療法を受けた頭頸部患者など、嚥下障害のリスクを高める既知の神経障害や口腔消化器障害がある患者では、懸念が高まる可能性がある。

さらに、患者が臨床的かつ/または器械的な嚥下評価や、嚥下機能評価に基づいて行われる嚥下体操などに参加できることが重要である。したがって、嚥下体操などに満足に参加できない錯乱状態の患者に嚥下評価を実施しても無駄かもしれない。

最後に、SLP による嚥下評価は、臨床的なシナリオが不明確な場合に、さらなる情報を収集するために行うことができる。嚥下評価には主に 2 つのタイプがある:1. しばしばベッドサイドで行われる臨床評価と、2. ビデオ透視下嚥下検査(videofluoroscopic swallowing scopic: VFSS)およびファイバーオプティック内視鏡嚥下評価(fiberoptic endoscopic evaluation of swallowing: FEES)を含む機器による評価である。

高齢者は若年者よりも不顕性誤嚥の割合が高い。不顕性が疑われる患者においては、ベッドサイドでの臨床評価の信頼性が低くなる。これらの検査が予後的にも治療的にも最も有用な患者を特定するために、さらなる研究が必要である。

口腔咽頭嚥下障害について患者を評価する場合、SLP は病歴の精査、患者かつ/または介護者/家族との面接、脳神経の検査、さまざまな質感や大きさの液体や食物の投与などの臨床評価を行う。

臨床評価の目的は、嚥下障害の徴候があるかどうかを判断することであり、器械的評価による評価を追加するべきかどうかを判断することである。また、SLP は、患者の症状、認知状態、食事中の疲労、姿勢、ポジショニング、環境条件、およびさらなる評価に必要な情報も得る。これらの評価と臨床的に意味のある転帰を関連付けるエビデンスは不十分であり、ベッドサイドでの評価のみに基づいて治療介入を決めて良いのかについてはエビデンスによって支持されていない。

VFSS は最も一般的な機器による評価である。VFSS では、さまざまな量と粘度のバリウムを投与し、口腔咽頭部を X 線透視する。SLP は、嚥下の安全性と効率性だけでなく、嚥下障害の具体的な状況を判断することができる。また、SLP はこの検査を使って、特定の介入戦略(例えば、ポジショニング、食事の工夫、嚥下訓練 [swallowing maneuver])が嚥下機能の改善に効果的かどうかを判断し、治療計画の指針とする。

FEES では、鼻から咽頭上部に軟性内視鏡を挿入する。これにより、咽頭および喉頭の解剖学的構造だけでなく、患者が通常の食事や水分を摂取している間の嚥下プロセスを視覚化することができる。

高齢者施設入所者を 1 年間追跡調査した後ろ向き研究では、VFSS での誤嚥は再入院を予測したが、肺炎や肺炎死は予測しなかった。別のコホート研究では、16 ヵ月間追跡した脳卒中患者において、VFSS での誤嚥は肺炎と死亡の両方を予測したが、脱水は予測しなかった。ある研究では、脳卒中後の嚥下障害スクリーニングプログラムを遵守している病院は、嚥下障害スクリーニングプロトコルを利用していない病院よりも肺炎の発生率が低い傾向があった。臨床的評価や機器による評価(VFSS や FEES など)の結果が嚥下障害患者の重要な転帰に関連することが示されている一方で、このような有益性を示すことができなかったものもある。これらの評価手法の利点と欠点を理解することに焦点を当てた、より多くの研究が必要である。

5. 高齢者の嚥下障害の管理
嚥下障害に対する介入には、嚥下機能を改善し、誤嚥、肺炎、窒息の発生を減少させることを目的とした代償的方法とリハビリテーション的方法がある。

5-1. 代償的方法
代償的な方法は、嚥下障害の症状や有害な後遺症を最小化または除去するために考案されたものだが、嚥下の根本的な生理機能を変えるものではない。このようなアプローチには、口腔ケア、摂食時のポジショニング、嚥下訓練、食事の仕方および食事形態の工夫が含まれる。

嚥下機能に直接影響を与えるものではないが、人工呼吸を行っていない患者において誤嚥による肺炎発症リスクを軽減するために口腔ケアを行うことを支持するエビデンスは限られている。あるメタ分析では、口腔ケアは肺炎および致死的肺炎のリスクを減少させたが、すべての研究でバイアスのリスクが高かった。

あごを引く(あごを胸につける)、頭を回す(頭を右または左の肩の上に回す)などポジショニングの調整を行うと、嚥下時の咽頭圧を変化させることで誤嚥を減らすことが示されている。さらに、意識して嚥下するなどの嚥下訓練も嚥下生理に対して良い影響を与える可能性がある。

嚥下障害のある患者に対して、液体や固形物の固さを変えることも一般的に行われている。しかし、この方法が臨床的アウトカムに及ぼす利益とリスクを明らかにするためには研究が不足している。VFSS による観察から、嚥下障害のある患者に対して安全かつ効率的に与えることができる液体および固形物の形態についてのグラデーションをつけることができる。最近開発された国際嚥下障害食標準化イニシアチブ(International Dysphagia Diet Standardization Initiative: IDDSI)は、液体および固形物の形態に関する標準的な国際用語と定義を確立することに成功している(表 3 参照)。

表 3. 国際嚥下障害食標準化イニシアチブにおける食品形態のフレームワーク
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/table/T3/

とろみのある液体(例えば、蜂蜜のようなとろみのある粘稠度)は、VFSS での気道侵襲の発生を減少させるなど、嚥下のいくつかの尺度を改善する可能性が示唆されているが、QOL の低下を伴う脱水の増加も報告されている。さらに、とろみのある水分の推奨に対するアドヒアランスは、全体的に低いことが研究で示されている。頭頸部がん患者およびパーキンソン病患者の誤嚥の発生率に対する食物と水分の粘稠度の変更の影響を評価した研究は、質が低く結論が出ていない。

最近のコクランレビューでは、食物の形態変更に関する質の高い研究はなく、認知症またはパーキンソン病患者に対する顎を引いた姿勢でのはちみつや桃くらいの粘稠度の液体と通常の液体の使用を評価した 2 つの研究(同じ臨床試験の一部)しか見つかっていない。その結果、桃やはちみつくらいの粘稠度の濃厚流動食は、通常の流動食に比べてビデオ透視下での誤嚥を減少させることがわかった。

はちみつくらいの粘稠度の濃厚流動食は、通常の流動食を用いてあごを引いた姿勢で経口摂取させた場合と比較して肺炎の発生率が高かったが、この研究では肺炎をアウトカムとするには十分な検出力がなかった。

以上のように、水分や食物の粘稠度を変えるなどの代償的方法が臨床的アウトカムに及ぼすリスクとベネフィットを理解するためのエビデンスは限られており、不十分である。このようなエビデンスベースの限界は、家族との話し合いや治療推奨の強さを検討する際に認識されるべきである。これらの代償的方法が嚥下機能、QOL、および臨床的アウトカムに与える影響を解明するためのさらなる研究が必要であり、エビデンスに基づいたプロトコルの作成が切実に求められている。医師は SLP と協力し、研究資金のアドボカシーが必要な最も差し迫った分野を理解すべきである。

5-2. 経管栄養
さまざまな病因による嚥下障害のある患者には、経口摂取を完全になくすか、経口摂取の変更と併用して、誤嚥のリスクを減らす目的で、しばしば栄養チューブが留置される。

汚染された口腔分泌物が宿主の防御に打ち負かすのに十分な量で誤嚥された場合、死亡率が高い複数の細菌が関与する (polymicrobial) 誤嚥性肺炎が発生させ得る。

胃内容物の誤嚥は通常、肺に化学的刺激を与え、発熱、頻呼吸、ラ音などを引き起こすが、通常は抗生物質を必要とせず、24 時間以内に治癒する。この後者の症候群は、メンデルソン症候群 (Mendelson's syndrome) または誤嚥性肺炎として知られている。

メンデルソン症候群
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/a/a-12.html#:~:text=%E8%AA%A4%E5%9A%A5%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%82%8E%E3%81%AF,%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

栄養チューブを留置しても、嚥下能力は改善しない。したがって、誤嚥性肺炎の最も多い原因である、汚染された口腔分泌物の誤嚥は、栄養チューブの留置によって減少することはない。

さらに、動物実験では、胃瘻チューブ (gastrostomy tube) を留置すると下部食道括約筋の圧力が低下するため、胃内容物の逆流が増加することが証明されている。したがって、栄養チューブを留置した後に、胃内容物の誤嚥や、口腔分泌物の誤嚥による誤嚥性肺炎の発生が減少することを示す十分なエビデンスがないことは驚くにはあたらない。実際、経管栄養は最もリスクの高いもののひとつである。現在進行中の研究では、経管栄養の使用によって口腔内細菌叢が変化するかどうか、またこの変化が肺炎のリスクに寄与するかどうかが研究されている。

さらに、経管栄養にはそれなりのリスクが伴う。ほとんどの患者において、経管栄養チューブの挿入は非常に簡単であるが、長期的な転帰には懸念がある。胃瘻チューブは蜂窩織炎、筋膜炎、菌血症と関連している。経鼻胃管 (nasogastric tube) は興奮性の増大と関連しており、認知症患者ではしばしば拘束具の使用が必要となる。また、副鼻腔感染や鼻炎のリスクも高い。

どちらの経管栄養も、感染性および非感染性の下痢を発症する重大な危険因子であり、褥瘡 (pressure ulcer) の可能性がある寝たきり (bedridden) 認知症患者では特に問題となる。実際、重度の認知障害を有する介護施設入居者を対象としたあるコホート研究では、経管栄養チューブの留置は、チューブのない患者と比較して、ステージ 2 以上の褥瘡を発症するリスクが 2 倍になり、既存の褥瘡の治癒が遅くなることと関連していた。

著しい嚥下障害と認知症を有する患者では、栄養チューブの有無にかかわらず、生存期間は同じように短く、約 6 ヵ月であることがわかっている。いくつかの研究では、認知症で嚥下障害のある患者の生存期間は、食事介助ではなく経管栄養の方が短いことが示唆されているが、このエビデンスは決定的なものではない。経管栄養が認知症・嚥下障害患者の生存期間を延長させるというエビデンスはない。

急性脳卒中による嚥下障害を有する患者において、FOOD 試験では、入院時に栄養チューブを留置した場合、 1 週間待機した場合と比較して、機能回復や入院期間の改善はみられなかった。実際、栄養チューブ留置を待つ群に無作為に割り付けられた患者の 50%は、その間に嚥下機能が回復したため、経管栄養を受けることはなかった。早期に経管栄養を開始した患者では、消化管出血の割合が高く、試験終了時の経管栄養利用率も高かった。

さらに、経管栄養は蜂窩織炎や感染性下痢のリスク上昇の一因となる可能性がある一方で、経管栄養の使用によってあらゆる種類の感染症が減少するという考えを支持する証拠はない。同様に、経管栄養が身体機能や QOL にどのような影響を与えるかを評価する証拠は乏しい。

2014年、米国老年医学会の倫理および臨床プラクティスに関する委員会では、経管栄養と認知症に関するエビデンスの包括的レビューを発表し、ポジションステートメントを発表した。米国老年医学会の見解では、認知症や嚥下障害のある患者にとって、栄養チューブは臨床的に意味のある利益をもたらさず、むしろアウトカムを悪化させる可能性があることを示唆する情報が豊富であることから、認知症患者への栄養チューブの留置は真剣に再考されるべき行為であるとした。さらに、望ましいアプローチとして手間はかかるものの慎重な手指栄養を推奨している。

急性期脳卒中患者の場合、胃瘻チューブの留置を 1 週間遅らせても安全であることを示唆するデータがある。進行性運動ニューロン疾患、食道癌、その他嚥下障害を伴う多くの疾患の患者に対しては、治療方針を決定するためのエビデンスはほとんどない。

5-3. 嚥下リハビリテーション
リハビリテーションは、嚥下に関わる筋力や機能の障害に基づいて、嚥下を改善するように計画される。これには、筋力や、嚥下の一連の動作の計画を改善するためのトレーニングが含まれる。

前述したように、舌および咽頭筋の力は、高齢者および嚥下障害のある患者では低下していることが報告されている。努力性嚥下や Mendelsohn 法などの嚥下訓練は、患者が自発的に喉頭を上端位置に 2-3 秒間保持してから嚥下を完了するように指示するもので、嚥下訓練に取り入れることにより、複数の患者集団において嚥下関連のアウトカムに有益であることが示されている。

メンデルソン手技
https://rehabilidata.com/mendelsohn-maneuver/

バイオフィードバックを提供する装置を用いた、段階的で集中的な舌の運動機能強化訓練もまた、舌機能に良い変化をもたらし、高齢者や脳卒中後の患者の嚥下機能にいくらか影響を与える。

呼気筋力トレーニングは、嚥下の他の要素に良い影響を与える。McNeill Dysphagia Therapy Program (MDTP) は段階的な強化プログラムであり、より困難な摂食作業に進んでいけるように階層化されている。このアプローチは、いくつかの患者群で嚥下障害の重症度を改善することが示されている。

最近のコクランレビューでは、嚥下リハビリテーションを行わない場合と比較して、嚥下リハビリテーションが嚥下障害および呼吸器感染症の患者数を減少させ、嚥下能力を改善する可能性があるという質が低い~非常に低いエビデンスが見出だされた。嚥下リハビリテーションにより在院日数が短縮したことを示唆する中等度の質のエビデンスはあるが、これらの介入は症例致死率や死亡・障害の複合アウトカムを減少させなかった。様々な病因を持つ高齢者の嚥下障害に対するリハビリテーションによる良い影響を支持する、より質の高いエビデンスが切実に求められている。

6. 嚥下障害管理における連携の重要性
最適なケアを達成するためには、嚥下障害のある患者の治療方針についての話し合いに、専門職間チームと家族·介護者が参加することが必要である。

ある研究では、病院で栄養チューブを考慮する際の話し合いに老年医学専門医が関与することで、栄養チューブの留置が 50%減少したことが実証されている。嚥下障害のある高齢患者、特に神経機能の回復を促進するために積極的な介入が必要な患者(例:脳卒中)や疾患の進行に伴い嚥下機能をできるだけ長く維持する必要がある患者(例:認知症)に対して、徹底的な評価とフォローアップを行うためには、SLP の早期関与が不可欠である。リハビリテーションを実行に移す上で介護者の教育は非常に重要である。

ある研究では、認知症患者のアドバンス・ケア・プランニングを促進するためのビデオガイドツールを使用することで、安楽なケアが優先される患者における経管栄養の使用が減少した。

摂食にまつわる文化的価値や感情価 (emotional valence) は、嚥下障害のある高齢者の評価や治療計画を検討する際に、エビデンスや表面妥当性 (face validity) とはあまり関係がないかもしれない。

表面妥当性
https://clover.fcg.world/2016/06/02/5126/

このような価値観はすべて注意深く検討されるべきであり、この種の困難な決定に重くのしかかる。可能な限り、宗教家、家族、友人、長期的なかかりつけ医など、信頼できる助言者を議論に参加させることは有用であろう。極めて重要なことは、医療チームがケアに対して協力的で謙虚な姿勢で臨み、共通の目標を認識し、知識の限界に対して謙虚であることである。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/

高齢者の転倒を防ぐためにできること

2024-03-22 10:15:29 | 老年学

プライマリケアにおける転倒リスクの評価と管理についての総説

Med Clin North Am 2015; 99: 281-293

 

毎年、社会生活をしている 65歳以上の成人の 30-40%が転倒している。転倒するとおよそ 50% が受傷し、そのうち 10% は重症である。

高齢者にとって転倒は生活の質を低下させる大きな要因である。転倒の結果、要介護状態となり、社会活動ができなくなることが多い。さらに、転倒を経験すると 20-39%の人は転倒への恐怖を感じ、身体活動に対して消極的になる。

転倒は環境要因と身体機能の低下が重なって起こる。環境要因としては、薬物、履き物、歩行補助具、自宅や自宅周囲の環境、アルコール、支援者の有無が挙げられる。転倒に関わる身体機能の低下としては筋力低下、姿勢保持の不安定さ、立ち直り反射の低下、歩行時に足が上がらないこと、深部感覚の低下、明るさに対する視神経乳頭の応答の低下、白内障が挙げられる。危険因子の数が増えると、直線的に転倒のリスクは上昇する。しかし、75歳以上では危険因子がなくても 1年間に10%の頻度で転倒する。

転倒したことを医療者に報告する高齢者は半数に満たない。そのため、転倒予防のガイドラインでは医療者は 65歳以上の全ての患者に対して少なくとも 1年に1回は転倒歴を確認するべきだとしている。プライマリケア医は高齢者の転倒リスクを評価し、患者にエビデンスに基づく転倒予防策を指導することによって、転倒、転倒による外傷、さらには死亡のリスクを減らすことができる。

 

転倒リスクのスクリーニング

2012 年の Cochrane systematic review によれば、医療者による臨床的な転倒リスクの評価と同定された危険因子への介入は転倒リスクを 24%減らした。USPSTF も同様に、転倒リスクの多角的評価と管理によって転倒を効果的に減らせたと報告している。

米国老年医学会と英国老年医学会 (American Geriatrics Society/British Geriatrics Society: AGS/BGS) は共同で転倒リスクのスクリーニング、評価、管理についての診療ガイドラインを発表した。同ガイドラインでは、65歳以上の全ての成人に対して毎年転倒リスクのスクリーニングを行うことが勧められている。スクリーニングは具体的には、最近1年間に2回以上転倒したか、転倒による外傷で医療機関を受診したか、あるいは転倒はしていないが歩行時に不安定さを感じることはないかを訊くことによる。スクリーニングが陽性の場合は転倒のリスクが高いのでさらなる評価が必要である。最近1年間で転倒したが受傷していない場合は、平衡感覚と歩行について評価し、平衡感覚または歩行に異常を認める場合はさらなる評価を行う必要がある。平衡感覚にも歩行にも異常を認めない場合は、さらなる評価は行わず1年後に改めてスクリーニングを行う。

CDC は STEADI (STopping Elderly Accidents, Deaths, and Injuries, リンク参照) と呼ばれる転倒リスクのスクリーニング・評価・介入のアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムの特徴は低リスク (転倒歴なし、平衡感覚・歩行の異常なし) の場合でも転倒の危険因子に対する教育と、筋力・平衡感覚のトレーニング、ビタミン D 補充が受けられる点に特徴がある。転倒予防のためのビタミン D 補充の推奨量はコレカルシフェロール 1000 IU/日である。

 

転倒リスクの評価

転倒リスクの評価で確認すべき事項は転倒歴、内服薬、身体所見、身体機能と環境である。

転倒歴については過去 1 年間で何回転倒したかを確認する。その際には、転倒の兆候があったか、いつ (時間帯も) どこで転倒したのか、どのような靴を履いていたのか、歩行補助具を使用していたか、普段眼鏡をかけている場合は眼鏡をかけていたのか、転倒した後は自力で立ち上がることができたか、外傷による後遺症はあるか、何らかの治療を受けたのかを確認する。転倒をくり返している場合や転倒時の状況を覚えていない場合は、失神である可能性があり、目撃情報が役立つ。転倒時の状況を詳しく聞くことは転倒の予防に重要である。

内服薬を確認することも重要である。いくつかの薬は転倒リスクを上昇させる。特に抗うつ薬、向精神薬、睡眠薬は独立した転倒リスクであることが知られている。これらの薬よりも転倒との関連は弱いが、降圧薬、 NSAIDs、利尿薬も転倒リスクを増やす。転倒リスクになる薬は減量、中止を試みる。不眠に対する睡眠環境の改善など非薬物療法も有用である。

 

薬物による転倒リスク

抗うつ薬 OR 1.68 (95%CI 1.47-1.91)

向精神薬 OR 1.59 (95%CI 1.37-1.83)

催眠鎮静薬 (sedative hypnotics, バルビツール酸など) OR 1.47 (95%CI 1.35-1.62)

ベンゾジアゼピン OR 1.57 (95%CI 1.43-1.72)

降圧薬 OR 1.24 (95%CI 1.01-1.50)

NSAIDs OR 1.21 (95%CI 1.01-1.44)

利尿薬 OR 1.07 (95%CI 1.01-1.14)

 

起立性低血圧は、起立後3分以内に収縮期血圧 20 mmHg 以上もしくは拡張期血圧 10mmHg 以上の低下によって定義される。起立性低血圧は社会生活をしている高齢者のおよそ 30%で認め、転倒のリスクになる。起立性低血圧の患者は無症状の場合もあるが、起立後数分以内の立ちくらみ ( lightheadedness )、かすみ目 ( blurred vision )、頭痛、倦怠感、脱力、失神を経験していることが多い。立ちくらみの訴えはあるが、血圧低下を認めない場合も、起立性低血圧と同様に転倒のリスクとなる。起立性低血圧は降圧薬の減量および起立性低血圧を来しうる薬剤の中止によって軽減される。また膝上の弾性ストッキングの着用と就寝時に頭の位置を高くすることは、起立時の血圧低下を減らす効果があるかもしれない。

転倒のリスク評価目的の身体診察のうち最も重要なのは平衡感覚と歩行の観察である。他に背部および下肢の筋力、起立時のバイタルサイン、視力、聴診 (心拍数・リズム・心雑音の有無)、神経所見 (認知機能、知覚、固有受容感覚、筋量・筋緊張・筋力、反射、可動範囲)、高次脳機能 (小脳、大脳皮質運動野、大脳基底核) も評価する。

歩行と平衡感覚の評価法として推奨されているのは、Timed Up-and-Go ( TUG )、30-Second Chair Stand、4-Stage Balance Test である。これらの検査については STEADI のサイト内に解説動画がある。

TUG は可動性の評価についての検査である。具体的には、肘掛けのついた椅子から立ち上がり(普段、歩行補助具を使用している場合は歩行補助具を使用)、3 m (10歩) 歩いてから方向転換し、椅子に戻って座る。この一連の動作に 12秒以上かかる場合は転倒のリスクが高い。

30-Second Chair Stand は下肢の筋力と平衡感覚を評価する検査である。具体的には膝の高さの椅子から腕を使わずに立ち上がれるかどうかを見る。これができない場合は転倒のリスクが高い。

4-Stage Balance Test は立位時の平衡感覚を評価する検査である。具体的には、被験者は 4 つの姿勢で立位を保つことを指示される。順を追って難易度が高くなる。最初は足を揃えて立ち、次に片足を足半分だけ前にずらして立ち (semi tandem stand) 、さらに継ぎ足で立ち (tandem stand) 、最後に片足で立つ。継ぎ足で 10 秒以上立てない場合は転倒のリスクがあり、片足で 5 秒以上立てない場合は転倒による外傷のリスクが高い。

認知機能も転倒のリスク評価においては重要な項目である。Mini-Cog などの簡易検査でスクリーニングする。中等度から重度の認知機能低下があると転倒のリスクは高くなる。

生活機能によって転倒リスクや転倒する場所、転倒時の外傷のリスクは異なる。生活機能は通常は日常生活動作 ( activities of daily living: ADL )、手段的日常生活動作 ( instrumental activities of daily living: IADL ) についての標準化した質問によって評価する。生活機能が高い人は自宅の外の階段などで転倒することが多く、かがんだり、物をとろうとしたりしている時にバランスを崩して転倒することが多い。そして、これらの人が転倒した場合は受傷する場合が多い。一方、生活機能が低い人は自宅内で日常動作をしている時に転倒することが多い。

血液検査では、血算、甲状腺刺激ホルモン ( thyroid stimulating hormone: TSH )、ビタミン B12、25-OH ビタミン D を調べ、必要に応じて他の項目を追加する。

骨密度が未評価なら、二重エネルギー X 線吸収測定法 (dual-energy x-ray absorptiometry: DEXA ) を行うべきである。

環境の評価については、米国ではプライマリケア医が occupational therapist (OT) に依頼する。OT は自宅の階段や床に障害物がないか、床は滑りやすくないか、履き物は足にあったものを使用しているか、歩行補助具はあったものを使用しているか、照明は十分か、家の周囲には舗装されていない道や段差、坂はないかを評価する。OT による環境の評価と調整は転倒予防に有効であることが示されている。

 

転倒リスクの管理

医療者は高齢者自身が転倒の原因をどのようにとらえているかを知り、再び転倒しないために何ができるかを一緒に考えられるように本人の意思を引き出す努力をするべきである。

バランス運動は転倒と転倒にともなう外傷のリスクを最も効果的に低減させる介入である。ストレッチや歩行については転倒リスクを低減は認められていない。

転倒予防のために運動をするなら、1. バランス運動 を重点的に、2. 少しきついくらいの負荷をかけて、3. 最低でも 50時間は続ける (週 2 時間を 25 週間) ことがポイントである。

プライマリケア医は転倒予防のために運動が有効であることを高齢者に伝え、理学療法士 (physical therapist: PT) や地域の転倒予防プログラムを紹介する。1. 運動による転倒予防効果が現れるには数ヵ月以上かかること、2. 転倒予防効果を維持するために運動を続ける必要があることはしっかり伝える必要がある。転倒予防のエビデンスがあるバランス運動としては、オタゴエクササイズ(リンク参照)や太極拳 (tai chi) がある。

転倒リスク因子の数が増えるほど転倒リスクは高くなるので、複数の転倒リスク因子を修正することで転倒リスクを低下させられる。特に重要な 3 つの転倒リスク因子 (平衡感覚、内服薬、自宅の環境) については全ての高リスクな高齢者で確認するべきである。さらに、白内障による視力低下が疑われる場合は白内障の手術を勧めると良い。白内障の手術が転倒を減らすことが示されているからである。

転倒にともなう外傷を減らすために、カルシウムとビタミン D の補充を勧め、骨粗鬆症がある場合は治療する。下肢の筋力増強を勧めるとともに、高齢者に転倒した際に自力で起き上がれない場合 (いわゆる long lie ) の切り抜け方を教える。転倒リスクが特に高い高齢者には携帯電話やアラートを携帯させ、起き上がれないときには助けを呼ぶように伝える。

PT は平衡感覚と筋力、歩行の障害を評価する。PT が平衡感覚と歩行の評価のために行う代表的な検査としては以下のものがある。

Dynamic gait index: 歩きながら頭の向きを変えたり、歩く早さを変えたり、方向転換したり、またいだり、登ったりすることができるか

TUG cognitive: 注意がそらされている時の歩行の安定性

Berg balance scale: 座っているとき、立っているとき、移動しているとき、手を伸ばしているとき、方向転換しているときのバランス

Functional Reach: 静止時の安定性

Four Square Step Test: 動作時のバランス

 

PT は歩行および平衡感覚の評価に基づき、それぞれに合った運動のプログラムを提案する。運動プログラムは制止時や動作時の安定性の向上だけでなく、実際の生活で役立つように他に注意を向けながら動いたり、動きながらものをつかんだり、方向転換したり、体重移動したりすることができるように立案される。評価の結果、歩行補助具が必要と判断される場合には PT はそれぞれにあった歩行補助具を選び、正しい使い方を教える。

OT は高齢者の家を訪問し、住環境と身体機能 (視覚、認知機能)、その他安全に生活する上で支障になるものがないかを評価する。OT は転倒した状況を詳しく聞き取り、高齢者自身が転倒の原因は何で、自宅内で何が危険で、どのように対処するべきかと考えているかを把握する。さらに家庭内でどのように生活しているのか、また社会活動に参加しているのかを確認する。これらの評価に基づいて、OT は高齢者と一緒に転倒予防のための新しい生活様式を考える。たとえば、歩くときに前方の障害物に注意することを提案する。

転倒予防の社会活動への参加も有用である。たとえば、太極拳は転倒リスクを 29%低下させることが示されている。多くの地方自治体は地域の転倒予防活動を支援している。

認知症があると歩行と平衡感覚、障害物への認識が難しくなる。社会生活を送っている認知症の高齢者のおよそ半数は毎年転倒している。認知症をともなう高齢者の転倒予防については知見が不足している。しかし、運動は転倒予防に有効かもしれない。介護者との共働は重要である。介護者が家の中の日常動作 (着衣、排泄、家事) や移動の障害を取り除くことで転倒リスクは減らせるかもしれない。

多くの転倒リスクを抱える高齢者については一度に全てのリスク因子を修正しようとすると、高齢者自身が混乱してしまうかもしれない。プライマリケア医は看護師や PT、OT とともに継続的に転倒リスクの評価と介入を行うべきである。

 

オタゴエクササイズ動画

https://youtu.be/RmZO_EPoB4k

STEADI

https://www.cdc.gov/steadi/index.html

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4707663/