小脳梗塞の診断と初期治療についての総説
Lancet Neurol 2008; 7: 951-964
小脳梗塞は脳卒中の重要な原因のひとつだが、しばしばよくある非特異的な症状 (浮動性めまい、嘔気、嘔吐、歩行の不安定さ、頭痛) を呈する。小脳梗塞を正確に診断するためには、患者の協調運動、歩行、眼球運動を注意深く観察する必要があるが、特に小脳梗塞を疑っていない場合はこれらの神経所見の確認は省略されることがある。
小脳梗塞の鑑別疾患は幅広く、多くのよくある良性疾患を含む。さらに、後頭蓋窩の梗塞は初期には CT でとらえられることは稀である。
不十分な診察と画像検査は誤診につながるが、早い段階で正確に診断することは治療可能だが致死的な合併症、すなわち脳幹圧迫や閉塞性水頭症を防ぐのに極めて重要である。また、小脳梗塞の原因となっている血管病変を早期に発見し、治療することは脳卒中の再発を防ぎ、患者の予後を改善させることにつながる。
1. 疫学
9件の観察研究によると小脳梗塞は全脳梗塞の 3% (660/23426) を占める。小脳梗塞患者の平均年齢は 65歳で 3分の2 は男性である。脳梗塞の危険因子である高血圧、糖尿病、喫煙、脂質異常症、心房細動は、小脳梗塞にも当てはまる。
2. 解剖
小脳は半球 (hemisphere) と虫部 (vermis) からなり、意図した運動と実際の運動との差を修正し、運動を調節する機能を担っている。
小脳が障害されると、運動の正確さや協調性が失われ、動きを学んだり、修正したりすることが難しくなる。
これらの機能については小脳の区域で担当が分かれている。小脳の上部は四肢 (半球) 、体幹 (虫部) 、構音 (傍虫部) を担当しており、下部は眼球運動と前庭系を担当している。
小脳から四肢に至る神経路は交叉していないか二回交叉しているので、片側の小脳の障害では、同側に運動失調が出やすい。一方、頭部、頚部、体幹については小脳の両側から投射されているので、両側に運動失調を認めたり、左右差がはっきりしなかったりすることが多い。
小脳は小脳脚 (cerebllar peduncles) を介して他の中枢神経領域と密接に連絡している。下小脳脚は延髄 (medulla) の高さで脊髄と前庭からの入力を受けている。中小脳脚は橋 (pons) の高さで小脳半球からの出力を受けている。上小脳脚は橋中脳結合 (pontomesencephalic junction) の高さで小脳深部の核からの出力を受けている。
3つの小脳脚と小脳は第4脳室 (the fourth ventricle) の天井となり、中脳水道 (aqueduct of Silvius) の一部と重なっている。
小脳と脳幹は後頭蓋窩 (posterior fossa) に密に詰め込まれており、上は硬膜である小脳テント (tentorium cerebelli) に、下は頭蓋骨に接している。この解剖についての知識は小脳卒中の最も重篤な合併症である脳幹圧迫および閉塞性水頭症、脳ヘルニアを理解するのに重要である。
小脳は 3対の動脈から血流を受けている。3対の動脈とは、後下小脳動脈 (posterior inferior cerebellar artery: PICA)、前下小脳動脈 (anterior inferior cerebellar artery: AICA)、上小脳動脈 (superior cerebellar artery: SCA) である。
椎骨動脈 (vertebral artery) は鎖骨下動脈 (subclavian artery) から分枝し、頚椎の横突起 (transverse foramina) を上行し、第2頚椎から硬膜 (dura) を貫通して頭蓋内に入る。
左右の椎骨動脈が合わさって脳底動脈になる前に、椎骨動脈はふつう前脊髄動脈 (anterior spinal artery) と PICA を分枝する。
脳底動脈からは脳幹の大部分を灌流する穿通枝 (penetrating vessels) が何本か分枝し、 AICA と SCA が分枝する。SCA が分枝した後で脳底動脈ほ左右に分かれて、後大脳動脈 (posterior cerebral artery) になる。後大脳動脈は視床 (thalamus)、内側側頭葉 (medial temporal lobe)、後頭葉 (occipital lobe) を灌流する。後大脳動脈は近位部で後交通動脈 (posterior communication artery) を介して前方循環 (anterior cerebral circulation) と連絡する。したがって、小脳梗塞はしばしば脳幹梗塞や半球梗塞を合併する。
小脳の 3対の動脈の近位部からは脳幹の外側を灌流する枝が出ており、小脳梗塞の際には一般に脳幹外側も障害される (PICA 梗塞→延髄外側虚血→ワレンベルク症候群など)。
AICA から内耳動脈 (internal auditory artery) が分枝するので、小脳梗塞には聴力低下や浮動性めまい などの内耳障害を合併しうる。
小脳の動脈支配には相当なバリエーションがあるのは知っておくべきである。このために同じ動脈が梗塞しても患者によって呈する神経症状はかなり異なる。
後方循環系の脳梗塞 88症例の病理を検討した観察研究では、49例で血管発生のバリエーションを認めた。特に多かったのは、椎骨動脈、後小脳動脈近位部、後交通動脈の片側または両側の低形成だった。
3. 病理
前方循環の脳梗塞と同様に、後方循環の脳梗塞の原因として多いのは心原性塞栓、太い血管の動脈硬化のふたつである。小血管の病変や動脈原性塞栓症 (artery-to-artery embolism) も重要な原因である。
椎骨動脈の動脈硬化は頭蓋内、頭蓋外のいずれでも起こり得る。上記のどの原因の頻度が高いか、どの太い血管に動脈硬化が生じやすいかは人種や性別によって異なる。
特に若い小脳梗塞患者では卵円孔開存 (patent foramen ovale: PFO) の可能性を考えることは重要である。40歳未満の小脳梗塞患者を対象にした観察研究では、心原性塞栓症による小脳梗塞の半数で卵円孔開存を認めた。
椎骨動脈解離 (vertebral artery dissection) も若年者の小脳梗塞の原因として重要である。椎骨動脈解離患者 169例を対象にした症例集積研究では、年齢の中央値は 43歳で男女差はなかった。80%近くで脳虚血を合併しており、そのほとんどは後方循環の梗塞だった。40歳未満の小脳梗塞 37例を対象にした症例集積研究では、27%は椎骨動脈解離による PICA 支配領域の梗塞だった。椎骨動脈解離は子どもでも起こる。椎骨動脈解離患者でカイロプラクティックを含む頭頚部の外傷歴が確認できるのは半数に満たない。椎骨動脈解離には、俗に美容院梗塞 (beauty parlour stroke) と呼ばれる長時間の頚の過伸展が原因で起こるものがあるかもしれない。
頻度の低い椎骨動脈解離の原因としては、血栓傾向、血管炎 (巨細胞動脈炎、髄膜血管梅毒 (meningovascular syphilis) 、静脈血栓症、マリファナ (marijuana) 、コカイン中毒、片頭痛がある。
PICA 梗塞は SCA 梗塞より多く、AICA 梗塞は最も頻度が少ない。最も症例数が多い小脳梗塞の症例集積研究 (n=293) では 258例 (88%) は片側性で、一部は複数の動脈が梗塞していた (AICA と PICA の梗塞など) 。症例数の少ない症例集積研究 (n=34) では、13例 (38%) で複数の動脈が梗塞していた。
両側の小脳梗塞では心原性梗塞が原因の可能性があるが、片側で複数の動脈が梗塞する場合はアテローム血栓性疾患の可能性が高い。心原性梗塞による小脳梗塞では、出血性梗塞となることが多い。出血性梗塞では、血腫による晩期合併症のリスクが高くなる。
PICA, AICA, SCA の支配領域の梗塞の他に、大血管の支配領域の境界部に生じる梗塞がある。これらの 2 cm に満たない小梗塞は、表層にある場合も、深部にある場合も境界域梗塞 (borderzone infarcts) と呼ばれ、小脳梗塞の 23-31%を占める。境界域梗塞の危険因子は脳梗塞一般の危険因子と同じである。
小脳深部に起こる梗塞は塞栓や動脈硬化が明らかでない慢性的に高血圧の患者で起こるが、穿通枝の脂肪硝子変性 (lipohyalinosis) が原因である証拠はない。それゆえ、小脳深部に起こる梗塞に対して「ラクナ梗塞 (lacunar stroke)」という術語を用いている文献を見かけることがあるが、おそらく好ましくない。
4. 臨床所見
梗塞が小脳に限定している場合は、患者はふつう非特異的な症状 (浮動性めまい、嘔気、嘔吐、歩行時のふらつき、頭痛) および神経症状 (構音障害、運動失調、眼振) を経験する。これらの症状·神経所見は認めないこともあるし、はっきりしないこともあり、前庭 (vestibular system) に由来する良性疾患との鑑別は難しい。小脳梗塞の症状は 3つの動脈のどれが梗塞しても同様である。
脳底動脈起始部の梗塞は重篤 (昏睡、四肢麻痺など) になり得るが、稀である。脳底動脈起始部の梗塞の初発症状で混乱を呈するのは 26%、昏睡を呈するのは 3%に過ぎない。
古典的な交代性片麻痺 (同側の脳神経麻痺と対側の四肢麻痺を呈するもの) は脳幹に病変が及んでいることを示唆する。ただし、脳幹梗塞で交代性片麻痺を認めないことは多い。
延髄外側梗塞 (PICA 梗塞による) では、前庭症状の他に、注意深く所見を取らないと容易に見落とすが、ホルネル徴候や片側痛覚脱失を呈することがある。
橋外側梗塞 (AICA 梗塞による) では、前庭症状の他、第 VI, VII 脳神経 (外転神経、顔面神経) 麻痺を呈することがある。そのため末梢性多巣性脳神経障害と紛らわしい。
耳鳴 (tinnitus) や聴覚障害 (hearing loss) をともなう場合は内耳梗塞を示唆し、典型的には AICA 梗塞で認める。この場合も病変が中枢にあるのか、末梢にあるのかの判断は難しい。
他の脳梗塞と同様に、小脳梗塞の症状は突然出現する。そして、体の複数の部位に起こる症状は通常は同時に生じる。
後方循環の脳梗塞の 22%で一過性脳虚血発作 (transient ischaemic attacks: TIA) を認める。しかし、前方循環の TIA と異なり、浮動性めまい、嘔気、嘔吐、歩行の不安定さ、頭痛などの症状が脳梗塞の前兆だととらえられることは少ない。
浮動性めまい (±回転性めまい) は小脳梗塞の 3/4 で認める。めまいは一般診療で非常に多い症状のひとつであり、前庭由来の回転性めまいの 1年あたりの有病率は 5%である。また、外来患者の 5%はめまいを主訴に受診する。さらにめまいを主訴に救急外来を受診する患者の半数以上が 7日以上前から症状を自覚している。
内科医は症状の性状に基づいてめまいを 4つのカテゴリー (回転性めまい、前失神、平衡失調、非特異的な浮動性めまい) のいずれかに落とし込むように教えられる。しかし、最近の研究によるとこのアプローチは最適ではないかもしれない。
めまいを主訴に救急外来を受診した 44歳以上の患者 1666名を対象にした観察研究によると、めまいという非特異的な術語を用いた患者でも、回転性めまいという特異的な術語を用いた患者でも脳卒中は同じ割合で見つかった。
めまいを主訴に救急外来を受診した 316名を対象にした前向き観察研究では、91%(287名) がめまいの 4つのカテゴリーのいずれかに分類されたが、数分後に再度症状と一番よく合うカテゴリーを問うと、52%でカテゴリーの変更があった。カテゴリーの変更があった患者では、めまいの持続時間や誘因についての質問に対する回答の方が一貫性があり、信頼できた。このことから、症状のタイプに基づいて分類するよりも、持続時間や誘因にフォーカスして問診した方が有用な情報が得られるかもしれない。
小脳梗塞にともなうめまいは時に短時間で治まることもあるが、ふつうは数日間続く。また嘔気 (しばしば嘔吐をともなう) 、歩行の不安定さ、頭位変換による症状増悪、眼振をともなう。これらの随伴症状は末梢性めまいでも認める。
脳卒中はめまいの原因の中で最も重篤なものだが、めまいの原因としては聴覚障害をともなわない前庭神経炎 (vestibular neuritis)や聴覚障害をともなう内耳炎 (labyrinthitis) の方がずっと多い。
明らかな神経症状 (片麻痺、構音障害、四肢の運動失調) を認める場合は中枢性めまいと末梢性めまいの鑑別は容易だが、このような神経症状を認めるのはめまいを訴える脳梗塞患者の半数強でしか認めない。
240名の小脳梗塞患者を対象にした観察研究では、25名で聴覚障害をともなわない急性発症の前庭症状のみを認めた。このうち、24名は PICA 梗塞で、1名は AICA 梗塞だった。AICA 梗塞はしばしば聴覚障害をともなうので内耳炎と紛らわしい。
小脳梗塞の半数以上で嘔気、嘔吐を認める。めまいの程度と不釣り合いに嘔吐している場合もあるし、嘔気、嘔吐のみを呈する場合もある。
小脳梗塞のおよそ半数で歩行の不安定さを認める。片側の小脳梗塞の場合、ほとんどの患者は病側に転倒する。前庭症状を呈する小脳梗塞患者 25名の検討では、支えなしで転倒せずに歩けたのは 7名だけだった。末梢性めまいでも歩行の不安定さと一側への転倒を認めるが、歩いているときだけでなく、立っても座っても動揺している場合は中枢性が疑わしい。歩行障害が主訴である場合は脳卒中の可能性が高くなる。
頭痛は前方循環の梗塞よりも後方循環の梗塞で多く、特に小脳梗塞で多い。小脳梗塞の 40%近くが頭痛を自覚している。頭痛は脳梗塞自体が原因になることもあるし、脳梗塞の原因となっている血管病変 (椎骨動脈解離など) が原因になっていることもある。小脳梗塞にともなう頭痛は後頭部や (後) 頚部であることが多い。頭痛が片側の場合は、病側に出現する。小脳梗塞は時にくも膜下出血のように雷鳴頭痛として発症することがある。若年者でめまいが先行する頭痛や片頭痛よりも長く続く (片頭痛は 1-3日) 頭痛では、椎骨動脈解離の可能性を考えると良い。
構音障害、失調、眼振は小脳卒中でよく見る症状である。小脳梗塞のおよそ半数で構音障害を認める。構音障害はふつう傍虫部上部 (upper paravermal area) が責任病変であり、多くの場合 SCA 梗塞で認める。
ただし、構音障害は後方循環の梗塞に特異的ではない。構音障害を認める脳卒中 62例の検討では、38例は小脳テントより上に病変があり、小脳梗塞はわずか 9例だった。
めまいをともなう構音障害はほとんどの場合、中枢神経系に病変がある。例外としては耳性帯状疱疹 (herpes zoster oticus) で前庭機能障害をともなう顔面神経麻痺を認める場合などがあるが、稀である。
四肢の運動失調は小脳卒中で必ず認めると思い込んでいる人は多いが、実際には小脳に病変がある患者の 40%で認めない。失調はテント上の病変でも認めることがある。
眼振は小脳梗塞のおよそ半数で認めるが、末梢性の前庭機能障害でも起こる。特に誘因なく起こった垂直方向やねじれた (torsional) 眼振は中枢性を疑わせる。また、側方視で誘発される水平方向の眼振 (左右注視眼振) も中枢性を示唆する。
5. 鑑別診断
小脳梗塞の急性期では CT では所見を認めないことを知らないと小脳梗塞を見逃しやすくなるだろう。多施設の 400名の救急医を対象にした観察研究では、上記の誤解が多く、特に経験年数の少ない救急医では多かった。
めまいを訴える小脳卒中患者では、末梢性めまい症や薬物-代謝障害と誤診されることが多い。めまいを訴える患者が一過性脳虚血発作や脳卒中である可能性は低い。44歳以上のめまいで救急外来を受診あるいは入院した患者 1666名のうち、小脳卒中または一過性脳虚血発作だったのはわずか 3%だった。小脳卒中 46例のうち、救急医が正しく診断できたのは 16例のみだった。一過性脳虚血発作または脳卒中の患者はそうでない場合と比べて高齢で男性が多く、2つ以上の危険因子を持っていた。
小脳卒中の患者が嘔気または嘔吐を呈している場合、胃腸炎と誤診されることが多い。嘔吐している患者でその他の症状 (下痢、熱、胸痛、腹痛) を認めない場合は、中枢神経系の疾患である可能性を考えると良い。その場合は注視眼振 (gaze evoked nystagmus)、四肢の失調 (limb ataxia) 、測定障害 (dysmetria) 、体幹失調 (truncal instability)、歩行の不安定さ (gate instability) の有無を確認するべきである。
小脳卒中患者が頭痛を呈する場合、片頭痛と誤診されることが多い。誤診を防ぐためには、臨床医は新しい、突然発症の、持続性の、いつもと違う、後頭部または頚部の痛みのいずれかを認めた場合は全例小脳卒中ではないかと疑って診察するべきである。
片頭痛は一過性のめまいと頭痛のよくある原因であるが、一過性のめまいと持続性の頭痛を認めた場合は必ず小脳卒中または一過性脳虚血発作を疑うべきである。片頭痛はふつうは 3日以上続かない。したがって、3日以上続く頭痛では椎骨動脈解離を疑うべきである。
危険因子に注目していると、若い (50歳未満) 小脳梗塞を見落とす。そして、診断が遅れると死亡したり、永続的な障害を残したりすることになる。症状が片側であったり、明らかな神経所見を認める場合は容易に診断できるが、そのような場合は少ない。
眼球運動の評価 (追跡眼球運動: visual smooth pursuit、垂直方向の目の位置、眼振の向き、前庭動眼反射: vestibulo-ocular reflex (VOR)) は正しく評価できれば中枢性めまいを末梢性めまいから感度、特異度 92%で鑑別できる。
単独で小脳卒中と前庭神経炎とを区別できる身体所見はないが、head inpulse (or head thrust) manoeuvre は恐らく最も的中率が高い。これは非専門医が行える VOR の機能を評価するための試験である。小脳卒中では head inpulse test は陰性であり、前庭神経炎や内耳炎ではふつう陽性になる。MRI の拡散強調像で小脳梗塞を示唆する所見が得られなくても (偽陰性でも)、head inpulse test が陰性であることから小脳梗塞が診断できる場合がある。
head inpulse test が陽性の場合はふつうは前庭に病変があるが、例外もあるので注意が必要である。前庭神経炎が疑わしい場合は、眼球運動異常の三徴、すなわち head inpulse test 陽性、定方向性眼振 (direction-fixed nystagmus)、斜偏倚 (skew deviation, 眼球が垂直方向に偏倚すること、リンク参照) を認める場合は 91%の陰性的中率で脳卒中を除外でき、78%の陽性的中率で前庭機能障害を診断できる。この 3つの身体所見は発症 24時間以内の脳卒中の診断については MRI と同等の感度がある。
片麻痺や意識状態の変化など明らかな神経所見をともなう場合は中枢神経系に病変がある可能性が高く、緊急で画像検査を行う必要がある。
明らかな神経症状を認めない場合は、複視 (diplopia) 、構音障害 (dysarthria)、嚥下障害 (dysphagia) 、発声障害 (dysphonia)、顔面感覚異常 (facial dysaesthesia) の存在を確認ことを意識して review of system を行うと良い。一般的には神経所見を一通り取ることが勧められるが、特に四肢の協調運動 (limb coordination)、体幹と歩行の安定性 (trunk and gait stability)、眼球運動を中心とする脳神経の機能評価に注意するべきである。
小脳梗塞を診断するのは難しいことがある。小脳梗塞を診断する最初の一歩は、「小脳梗塞の可能性はないか?」と疑うことである。臨床医は頭痛、めまい、歩行障害、嘔吐の患者の全てに対して小脳梗塞ではないことを確認することはできない。そのため、どの患者で小脳梗塞を疑うかを決めなければならない。著者らは危険因子によるリスク層別化と、病歴、身体所見の組み合わせがどの患者を精査するべきかを決めるのに役立つと信じているが、この戦略の妥当性については前向き研究で検討されていない。
6. 血管病変の診断
脳卒中に対して緊急で行われる画像検査で最もよく用いられるのは CT である。CT は脳出血を正確に除外することができるが、発症から数時間の脳梗塞では所見を認めないのがふつうである。また、頭蓋底の骨によるアーティファクトのために後頭蓋窩の梗塞は特に感度が低い。
MRI は CT と比べて急性脳梗塞に対する感度がずっと高く、拡散強調像を用いれば発症 24時間以内の脳梗塞に対する感度は 80-95%だと報告されている。MRI でも後頭蓋窩の梗塞に対しては、前方循環の梗塞と比較して偽陰性となる頻度が高いかもしれない。画像検査の結果は個々の患者の臨床経過と照らし合わせて解釈しなければならない。
脳梗塞を診断したら、その原因となっている血管病変を同定することが次のステップである。脳梗塞の血管病変を描出するために利用される主な画像検査はドップラーエコー (doppler ultrasound, リンク参照)、CT アンギオグラフィー (CT amgiography: CTA)、MR アンギオグラフィー (MR angiography: MRA)、血管造影 (catheter angiograms) の 4つである。
ドップラーエコーの利点は迅速に行え、どこでも行うことができ、費用が安いことである。欠点は術者の技量に依ることである。また、後方循環は前方循環よりも描出が難しい。power motion mode Doppler という新しい撮像法では後方循環の病変も正確に同定できるようになった。それでも感度は 73%に留まる。しかし、power motion Doppler では CTA や MRA の所見を相補する所見が得られることもあり、さらなる研究が望まれる。
血管造影、CTA、MRA は血管病変の同定のために広く行われている。ある研究では、CTA は椎骨動脈の病変描出についてはドップラーエコーよりも優れることが示されている。CTA は多くの施設で実施することができ、迅速に行うこともできるが、造影剤を使用する必要があり、放射線被爆の問題もある。MRA は造影剤は不要で、放射線被爆もないが、行える施設は限られていて、CT に比べて撮影に時間がかかる。さらに後方循環については、MRA よりも CTA の方が感度が高いかもしれない。
カテーテルによる血管造影はゴールドスタンダードだが、行える施設は非常に限られている。CTA と同様に造影剤が必要で放射線被爆の問題があり、よく訓練された術者が必要である。また、血管造影はCTA や MRA と異なり、血管と同時に脳の構造を描出することはできない。ハードウェアとソフトウェアの進歩にともない、古典的なカテーテルによる血管造影から、非侵襲的な CTA、MRA に移行しつつある。
7. その他の検査
脳梗塞一般と同様に心電図および心臓超音波 (経胸壁または経食道) は心原性脳塞栓症の診断に有用である。血液検査は血栓形成傾向 (thrombophilia) や血管炎 (vasculitis) の検索のために行っても良い。また、血清の脂質を確認することは脳梗塞再発予防のためのリスク層別化に役立つかもしれない。
8. 経過および治療
小脳梗塞患者に限ったランダム化比較試験のデータはない。したがって、小脳梗塞の治療については急性脳梗塞の治療ガイドラインに準ずる。
まず重要なのは、気道 (airway)、呼吸 (breathing)、循環 (circulation) の確保である。低酸素血症の患者には酸素投与を行うべきである。意識障害が出現し、気道防御反射 (protective airway reflexes) が消失している場合には、誤嚥を防ぎ、低酸素血症や高二酸化炭素血症により二次的に脳を損傷しないようにするために挿管するべきである。バイタルサインの異常を認めれば原因を調べ、治療するべきである。たとえば、発熱の原因 (感染性心内膜炎、誤嚥性肺炎) を明らかにし、抗菌薬治療を開始することなどである。経過中は循環動態と酸素飽和度をモニターするべきである。
現在の米国心臓協会 (American Heart Association: AHA) のガイドラインでは、心房細動に対して抗凝固療法を開始するかどうかは血圧に依るとしている。すなわち、持続的に収縮期血圧 185 mmHg または拡張期血圧 110 mmHg を越える場合は抗凝固療法を始めるべきではない。また、収縮期血圧 220 mmHg または拡張期血圧 120 mmHg を越える場合は降圧薬を使用するべきである。
どのような血圧であったとしても患者の循環動態を把握するように努めることは重要である。血圧が不安定あるいは低下した時に神経症状が変動する場合は昇圧剤で脳血流を増加させることも考えるべきである。
小脳梗塞の自然経過では、完全な回復から死亡まである。小脳梗塞の死亡率は 7% (546例中 38例) である。回転性めまいのみ、あるいは回転性めまいと頭痛、嘔吐、運動失調を認め、他の神経症状を認めない場合の長期予後は比較的良い。脳卒中の専門施設で治療を受けた脳卒中患者の方が予後は良い。
小脳梗塞患者の一部ではアルテプラーゼ静脈注射の適応となることがある。しかし、後方循環の脳梗塞に対してアルテプラーゼ静脈注射または動脈注射を行った症例についての検討では、治療前の時点ですでに脳幹にも明らかな病変があった。
血管内治療の経験が豊富な術者であれば、椎骨動脈狭窄に対して血行再建することは可能だが、誰にでもできる手技ではない。血管形成術 (angioplasty)、ステント留置術 (stenting) 、ステント支援下コイル塞栓術 (stent-assisted coiling) などが椎骨動脈解離や椎骨動脈の血栓塞栓症に対して行われている。血管内治療が行われた症例のほとんどは脳底動脈の虚血をともなっており、小脳だけでなく脳幹にも病変が及んでいる。また、ランダム化試験は行われていない。しかし、この領域では活発に研究が進められており、将来有効な治療選択肢が生まれる可能性がある。
9. 合併症
どの治療を選択したとしても、続発性の脳浮腫は起こり得、後頭蓋窩の腫瘍性病変のように脳幹圧迫と閉塞性水頭症を来し得る。これは小脳梗塞患者の 10-20%で起こり、脳梗塞発症から 3日後で最も多いが最初の 1週間であればいつでも起こり得る。最も多い症状は注視麻痺 (gaze palsy) と進行性の意識レベルの低下であるが、画像的にマス効果を認める場合でも症状を呈するのは半数である。
CT は第4脳室の変位、閉塞性水頭症、基底槽 (basal cisterns) の消失を検出できるが、マス効果による症状が出現しつつある患者の 25%では初回の CT で所見を認めない。
脳浮腫による症状はふつう小脳梗塞発症から 24時間以上経過した時点で起こり、梗塞した血管の支配領域では説明できない。昏睡に至った場合は手術を行わなければ 85%が死亡する。
どの症例で、いつ手術を行うべきかについてはランダム化比較試験がなく、結論が得られていない。手術は第一選択の脳室ドレナージ (external ventricular drainage) 、後頭下開頭術 (suboccipital craniectomy) および梗塞組織のデブリドマン、あるいは両者の併用が行われる。どの術式が選択するかは意識状態や臨床所見および画像所見を考慮して臨床的に決定される。
理論的には後頭蓋窩の浮腫が存在する状況で脳室ドレナージを行うと上方テント切痕ヘルニア (upward transtentorial herniation) が起こり得るが、実際には多くないようである。昏睡に至り、開頭手術を行った患者のおよそ半数は予後良好 (修正ランキンスケール 2以下) だった。
頭部を 30°まで挙上すると静脈のドレナージが改善する。糖質コルチコイド投与には効果はなく、過換気と浸透圧利尿の効果は一時的である。これらの保存的治療のために手術が遅れてはならないが、脳外科に速やかに転送できない医療機関ではこれらの治療を行うしかないということもあるかもしれない。
10. モニタリング
小脳卒中患者の症状が増悪していないかどうかを密に確認することは極めて重要である。神経症状が悪化しているときは、1. 梗塞範囲が広がったか (脳幹梗塞を合併したか)、脳浮腫により二次的に脳幹圧迫·水頭症を来したかを鑑別しなければならない。両者の治療方針は異なるからである。MRI は両者の鑑別に役立つ。
したがって、急性期小脳梗塞患者は神経集中治療室 (neurological intensive care unit) を備えた脳卒中センターで管理するのが望ましい。神経集中治療室は密な経過観察を行っており、緊急で脳画像検査を行うことができ、脳外科医が常にオンコールとして待機している。
11. 予防
後方循環の一過性脳虚血発作患者は経過観察目的に入院させた方が良い。後方循環の一過性脳虚血発作の患者がどのくらいいるものなのかは分からないが、2件の観察研究では一過性脳虚血発作を速やかに診断することで脳卒中を防ぎ得たと報告している。
後方循環の梗塞も前方循環の梗塞も危険因子は同じなので、一次予防については両者で違いはない。米国心臓協会のガイドラインでは、脂質異常症、糖尿病、高血圧症、心房細動などの修正可能な危険因子の管理が重要だとしている。
抗血小板薬やスタチンによる二次予防については米国心臓協会による予防ガイドラインにまとめられている。後方循環の一過性脳虚血発作を認識し、原因となっている血管病変を治療することも二次予防として重要である。
経頭蓋超音波検査
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jamt/66/J-STAGE-2/66_17J2-10/_html/-char/ja
head inpulse test
https://youtu.be/-fs20vQnNzA
斜偏倚
https://tsunepi.hatenablog.com/entry/2017/01/31/000000
元論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18848314/
急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を特徴とする抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の 1例
BMJ Neurol 2019; 19: 19
背景
抗 leucine-rich glioma inactivate 1 (LGI-1) 抗体陽性脳炎は稀な自己免疫性脳炎であり、急性または亜急性に進行する認知機能低下と、精神障害、fasciobrachial dystonic seizure (リンク参照)、低ナトリウム血症が特徴である。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は早期に診断して治療を開始できれば、治療に良く反応し、予後良好な疾患である。
症例
急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を呈した 56歳男性。血清および髄液から抗 LGI-1 抗体を認め、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎と診断した。Mini Mental State Examination と Montreal Cognitive Assessment はそれぞれ 19/30 と 15/30 だった。頭部 MRI では FLAIR および DWI で両側海馬に高信号を認めた。arterial spin labeling による MR 脳血流イメージングおよび 18F-FDG-PET では異常所見を認めなかった。免疫グロブリン療法と糖質コルチコイドで治療を開始すると、患者の症状は著明に改善した。
結論
この症例で示されるように、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は急速に進行する記憶障害主体の認知症を呈する。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎を認識することは、早期診断、早期治療を可能にし、予後を改善させる可能性がある。
1. 背景
自己免疫性脳炎 (autoimmune encephalitis: AE) は最近になって知られるようになった稀な神経炎症性疾患であり、特定の抗体と関連する。自己抗体の種類によって、AE は臨床所見および予後が異なるサブグループに分類される。この中で、抗 leucine-rich glioma inactivate 1 (LGI-1) 抗体陽性自己免疫性脳炎は治療可能な脳炎である。
抗 LGI-1 抗体陽性自己免疫性脳炎は急速に進行する認知機能低下、精神障害、fasciobrachial dystonic seizure (FBDS) 、治療抵抗性の低ナトリウム血症を特徴とする。抗 LGI-1 抗体陽性自己免疫性脳炎はまた、辺縁系脳炎に含まれると考えられており、通常は傍悪性腫瘍症候群ではない。抗 LGI-1 抗体陽性脳炎は免疫グロブリン療法 (intravenous immunogloblin: IVIG) や糖質コルチコイド、その他の免疫抑制剤による免疫療法によく反応する。残念なことに、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎はしばしばウイルス性脳炎や精神疾患と誤診され、免疫療法開始が遅れる。その結果、病態が悪化し、てんかんや昏睡に至る場合もある。
fluorine-18-fluorodeoxyglucose positron emission tomography (18F-FDG-PET) および arterial spin labeling (ASL) は脳局所の血流の変化を感度良く検出できる画像検査である。抗 N-methyl-d-aspartate 受容体抗体陽性脳炎では ASL で局所的な脳の血流増加が特徴であると報告されている。一方、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎において ASL で脳の局所的な血流を評価した例は 1例しかない。そこで、著者らは ASL および 18F-FDG-PET で脳局所の血流を評価した。
2. 症例提示
56歳男性が 3週間前からの発熱と、2週間前からの記憶障害を主訴に受診した。記憶障害は特に前行性健忘 (anterograde amnesia) が目立った。
神経学的評価では、急速に進行する認知機能低下を認めた。Mini Mental State Examination (MMSE) と Montreal Cognitive Assessment (MoCA) はそれぞれ、19/30、15/30 だった。経過中にけいれんは認めなかった。
髄液検査では、軽度の白血球上昇 (19 /μL, 基準値: 0-8 /μL) 、糖上昇 (5.39 mmol/L, 基準値: 2.5-4.5 m mol/L)、クロール低下 (113.5 mmol/L, 基準値: 120-130 mmol/L) 、蛋白正常 (44 mg/dL, 基準値: 20-40 mg/dL) を認めた。
血液検査では、血清ナトリウム 126 mmol/L, 血清クロール 94.2 mmol/L, 血糖 7.26 mmol/L だった。その他の検査項目には異常を認めなかった。
抗 LGI-1 抗体は髄液および血清で強陽性だった。一方、その他の自己免疫性脳炎のバイオマーカー (NMDAR-Ab, AMPAR2-Ab, GABABR-Ab, Caspr2-Ab) 、腫瘍マーカー (CEA, AFP, CA125, CA19-9, CA15-3, CA724, SCCAg, NSE, T-PSA, CYFRA21-1)、傍腫瘍性抗神経抗体 (paraneoplastic
neuronal antibody) (抗 Hu 抗体、抗 Ri 抗体、抗 Yo 抗体、抗 Ma/Ta 抗体、抗 Amphiphysin 抗体、抗 CV2 抗体、抗 SOX-1 抗体、抗 Tr 抗体) はすべて陰性だった。
脳波は正常だった。
頭部 MRI では FLAIR と拡散強調像で、両側の海馬に高信号を認めた。12日後に撮影した MRI でも同様の高信号を認めた (リンク参照)。
胸部 CT と 18F-FDG-PET では腫瘍性病変を認めなかった。認知機能低下出現から 1か月後に行った ASL および 18F-FDG-PET では、海馬の血流低下や代謝異常は認めなかった。
患者は抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎と診断され、メチルプレドニゾロンと IVIG で治療を開始された。その後、6ヶ月間プレドニゾロン内服を継続した。入院 15 日目には明らかに症状が改善し、軽度の認知機能低下を残した状態で退院した。免疫治療開始から 30日以内に完全寛解し、MMSE では 30/30 に改善した。
3.議論
今回、著者らは急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を呈した辺縁系脳炎の症例を報告した。臨床所見、血清および髄液から抗 LGI-1 抗体を認めたこと、画像所見、免疫療法によく反応したことから、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎だと診断した。
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は稀な疾患で、認知機能低下、FBDS、てんかん発作、精神障害、低ナトリウム血症を認める。低ナトリウム血症は抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎に特徴的な所見で、60-88%で治療抵抗性の低ナトリウム血症を認めると報告されている。低ナトリウム血症の病態生理としては不適合抗利尿ホルモン分泌症候群が想定されており、視床下部と腎臓に LGI-1 が発現し、抗利尿ホルモンの分泌を刺激するのではないかと考えられている。今回の症例でも、血清ナトリウム 126 mEq/L の低ナトリウム血症を認め、治療抵抗性だった。
認知機能低下、特に短期記憶の障害も抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎によく見られる症状である。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の最大 15%で急速に進行する認知機能低下を認める。しかし、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にともなう認知機能障害に特徴的な画像所見や長期予後については不明な点も多い。
認知機能障害は抗 LGI-1 抗体が海馬の構造を障害することによるのかもしれない。日本の研究者らは LGI1-ADAM22-AMPAR 系の障害が抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にととなう記憶障害において重要なはたらきをしているかもしれないと報告している。
幸い、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にともなう記憶障害は早期に免疫療法を行うことで予防できる可能性がある。
18F-FDG-PET は脳炎の治療への反応性を評価するのに有用なツールである。最近は自己免疫性脳炎の補助診断としても利用される。自己免疫性脳炎では頭頂葉と後頭葉の代謝が低下し、基底核の代謝が亢進するのが特徴である。自己免疫性脳炎の PET 所見を検討した別の観察研究では、急性期は両側の辺縁系で FDG の取り込みが著明に亢進し、治療後は緩やかに低下して正常化することが報告されている。
ASL は非侵襲的に脳局所の血流の変化を高感度でとらえることができる。ASL で血流亢進は急性期または亜急性期の局所の炎症を反映していると考えられている。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎で ASL 所見を検討した研究は 1件あり、急性期に海馬および扁桃で血流亢進を認め、治療後は正常化したと報告している。
今回の症例では、18F-FDP-PET および ASL では有意と取れる所見は認めなかった。これは発症から 4週間経過した時点で撮影したからかもしれない。
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の ASL 所見について前向きの観察研究が必要だろう。
抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の MRI 所見
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6366039/figure/Fig1/?report=objectonly
fasciobrachial dystonic seizure
https://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/observation/020.html
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6366039/#__ffn_sectitle
下垂体卒中についての総説
Endocr Rev 2015; 36: 622-645
下垂体卒中は下垂体腺腫の 2-12% に合併する。主な症状は突然起こる激しい頭痛であり、時に視野障害や眼球運動障害をともなう。髄膜刺激症状や意識障害をともなう場合は診断が難しくなる。
頭蓋内圧亢進、高血圧、大手術、抗凝固療法、負荷試験が下垂体卒中の誘因となることがある。
下垂体性副腎皮質機能低下症を合併した場合、治療が遅れると生命に関わる。
CT または MRI で出血かつまたは壊死組織をともなう下垂体腫瘍を確認することで診断は確定される。
かつては下垂体卒中は脳神経外科の緊急疾患と考えられ、全例で手術が行われていた。最近では、症例によっては保存的に加療されることが増えてきている。後ろ向きの観察研究によると、保存的に加療した場合も眼球運動障害、下垂体機能、腫瘍の増大については手術と大差ない。
1. 疫学
下垂体卒中の有病率は 6.2/10万人、罹患率は 0.17 /10万人・年だと報告されている。
下垂体腺腫の 2-12%で下垂体卒中を経験し、下垂体卒中発症後に下垂体腺腫が発見されるケースは 3/4 以上である。2件のメタ分析によると、非機能性下垂体腫瘍を保存的に診ていく場合、年率 0.2-0.6%で下垂体卒中を起こす。
下垂体卒中は全ての年齢層で発症し得るが、特に 50-60歳台で多い。
無症候性の下垂体卒中は症候性の下垂体卒中よりもはるかに多い。実際、下垂体腫瘍の最大 25%で出血や壊死組織を認める。
2. 誘因
下垂体卒中の 10-40%で誘因を認める。血管内操作、特に脳血管造影は下垂体卒中と関連すると報告されている。血管内操作の数分後に発症する場合もあるし、7時間後に発症した場合もある。血圧の変動や血管攣縮が原因になると言われている。
手術の中では、整形外科と心臓血管外科の手術は消化器や呼吸器、甲状腺の手術と比較して下垂体卒中を合併しやすいようである。整形外科の手術では膝よりも肩や股関節の手術で発症しやすく、手術中あるいは術後 24-48時間に発症することが多い。術中・術後の低血圧、抗凝固、微小血栓が下垂体梗塞の原因になるのではないかと言われている。
心臓血管外科の手術は血圧変動が大きく、抗凝固療法を行うので、下垂体卒中のリスクになることが昔から知られている。特に人工心肺装置 (cardiopulmonary bypass) を使用すると血圧変動が大きくなるので、下垂体腺腫があることが分かっている場合は off-pump で手術を行った方が良いのではないかと言う専門家もいる。
頭部外傷も下垂体卒中の原因になり得る。
また、負荷試験も下垂体卒中のリスクである。多くの場合は負荷後数分以内に発症する。インスリン、TRH、GnRH や GHRH と比べると CRH 負荷は下垂体卒中のリスクは小さい。また複数のホルモンで同時に刺激すると下垂体卒中のリスクが高くなる。近年は負荷試験後に下垂体卒中を発症するケースは少なくなっている。おそらく多くの内分泌代謝内科医が下垂体卒中のリスクが高い症例で、TRH や GnRH の負荷を避けるようになったからだと考えられる。著者らはトルコ鞍の上方に伸展する大きな腺腫 (macroadenoma) では術前は ACTH 分泌能評価目的の CRH (またはインスリン) 負荷以外の負荷試験は行わない方が良いと考えている。前立腺癌の治療に用いられる GnRH アゴニスト (リュープリン、ゾラデックスなど) も下垂体卒中発症と関連すると報告されている。投与後数分で発症する場合もあるし、徐放製剤の場合は投与から 10日経った後に発症した場合もある。
下垂体卒中は抗凝固療法と関連するようである。抗凝固療法開始直後に発症する場合もあるし、もっと時間が経ってから発症することもある。抗凝固療法以外の原因で出血傾向がある患者についても下垂体卒中との関連が報告されている。しかし、これらは症例報告であり、前向きの観察研究はない。したがって、既知の下垂体腺腫の患者で抗凝固療法を行うことの是非については現在のところ不明である。
ドーパミンアゴニストと下垂体卒中との関連が言われているが、はっきりしない。
ほとんどの場合、下垂体卒中は大きな下垂体腺腫で起こる。そのためか下垂体卒中を起こした下垂体腫瘍の多くは非機能性である。非機能性の腺腫は発見が遅くなるため、機能性の腺腫よりも大きいことが多い。非機能性腺腫に次いで多いのはプロラクチノーマと成長ホルモン分泌腫瘍である。
3. 病態生理
下垂体卒中の病態生理は不明だが、下垂体卒中のほとんどは大きな腺腫で起こることは重要である。
下垂体は 1. 下垂体門脈系および 2. 上・下下垂体動脈から直接血流を受けている。上下垂体動脈は下垂体茎に沿って走行し、下垂体前葉に血流を送る。下下垂体動脈は下垂体後葉に血流を送る。さらに、上下垂体動脈と下下垂体動脈は吻合している。静脈血は下垂体静脈から隣接する静脈洞を経て、頚静脈に流れる。
下垂体腺腫では、正常下垂体と比較して、門脈系よりも動脈系にほとんどの血流を依存している。また腺腫は正常下垂体に比べて血流が乏しい。
正常下垂体の毛細血管は有窓の内皮からなるが、プロラクチノーマにおいては平滑筋層をともなう通常の動脈や有窓の内皮に平滑筋層をともなう異常な血管を認める。
下垂体腺腫は脆弱な血液供給に見合わない増殖のために虚血や出血を来しやすい可能性がある。あるいは腺腫によって、漏斗や上下垂体動脈が鞍隔膜に押しつけられることによって虚血になる可能性もある。
4. 臨床症状
頭痛は下垂体卒中の最も頻度の高い症状であり、80%の症例で認める。下垂体卒中の頭痛は最初の症状であることが一般的であり、晴天の霹靂のような (like a thunderclap in a clear sky) と形容される突然の激しい頭痛である。しかし、亜急性の経過で出現することもある。疼痛の部位は眼の奥であることが多いが、両側頭部や頭部全体であることもある。嘔気や嘔吐をともなうことも多く、偏頭痛や髄膜炎と間違われることもある。
視覚障害は下垂体卒中の半数以上で認める。血腫による腫瘍の増大で視交叉や視神経が圧迫されることが原因である。視野障害の程度は症例により様々だが、両耳側半盲が最も頻度が多い。視力障害や失明も起こり得るが、稀である。眼球運動障害も頻度の高い症状で 52%の患者で認める。海綿静脈洞内の圧力が上昇すると、海綿静脈洞内を走行する第 III, IV, VI 脳神経が障害される。特に障害されやすいのは第 III 脳神経 (動眼神経) であり、半数を占める。第 III 脳神経の障害は、眼瞼下垂、内転障害、散瞳が特徴である。
下垂体卒中の患者では、嘔気・嘔吐 (57%)、羞明 (40%)、髄膜刺激症状 (25%)、発熱 (16%) を認め、髄膜炎と間違えることがある。髄液検査では、リンパ球高値を認めることがある。無気力、混迷、昏睡などの意識障害を認めることもある。
内頚動脈が前床突起に押しつけられたり、能動脈の攣縮したりすると脳虚血のために片麻痺や嚥下障害などの巣床状を認めることがある。
頻度は低いが嗅覚障害 (嗅神経の圧迫による) 、鼻血・髄液漏 (トルコ鞍の侵食による)、顔面痛 (三叉神経の圧迫による) もあり得る。
下垂体卒中に続発する下垂体性副腎皮質機能低下によりショックになると心筋梗塞と間違われる可能性がある。
5. 内分泌学的異常
下垂体卒中の発症時点では 1つ以上の前葉ホルモンの分泌が低下している。後ろ向きの検討では、下垂体卒中を発症する前から性的な問題、月経不順、乳汁分泌、倦怠感などの内分泌学的異常と関連する症状を認めた。これらの症状は下垂体腫瘍による正常下垂体の圧排によって起こると考えられる。
ACTH (corticotropin) の分泌低下は下垂体卒中の患者で最も頻度の高いホルモン分泌低下であり、50-80%の患者で認める。ACTH が欠損するとショックや低ナトリウム血症を起こし、命に関わる。下垂体卒中では、二次性副腎皮質機能低下症を高率に合併するので、下垂体卒中と診断したら、ACTH と血清コルチゾールを提出し、副腎皮質機能低下の診断確定を待たずに直ちに糖質コルチコイドを経静脈的に投与する。
副腎皮質機能低下によるショックはカテコラミンに反応しない。下垂体卒中急性期では、重度の低ナトリウム血症を認めることがある。これは糖質コルチコイドの分泌低下が原因である。糖質コルチコイドの分泌が低下すると、1. 抗利尿ホルモンの分泌抑制がかからなくなり、2. 糖質コルチコイド欠損自体が腎からの水排泄を抑制する。
下垂体卒中では、視床下部の機能障害のために ADH 不適合分泌症候群 (syndrome of inappropriate antidiuretics: SIADH) を合併することもある。下垂体卒中後に低ナトリウム血症を認めた場合は、血清の重炭酸イオンを確認すると良い。副腎皮質機能低下症では、重炭酸イオン濃度が低下しており、SIADH との鑑別に役立つ。
TSH (thyrotropin) 欠損による甲状腺機能低下症も低ナトリウム血症の原因になり得る。嘔気・嘔吐、低血糖 (いずれも ACTH/コルチゾール、成長ホルモン/IGF-1 欠損と関連する) も非浸透圧性の抗利尿ホルモンの分泌刺激となる。
重篤な患者では、下垂体-副腎皮質軸の反応が正常であれば血漿コルチゾールの濃度は上昇している。ICU に入室した患者では、入院 2日目の血清コルチゾールの平均値は 20 μg/dL でその後 1週間以上高値 (平均 16.8±7.8 μg/dL) が続くと報告されている。ちなみに、コルチゾールの濃度が高値になるのはコルチゾール分解の低下に依るところが大きく、コルチゾール産生増加の寄与は小さい。
重篤な患者でコルチゾール濃度が 15 μg/dL 未満である場合、副腎皮質機能低下症を疑う。多くの文献と著者らの経験によれば、下垂体卒中に続発する二次性副腎皮質機能低下症では、コルチゾール濃度は非常に低く、診断に迷うことはまずない。それでも、下垂体卒中では全例で糖質コルチコイドを経静脈的に投与するべきである。
下垂体卒中では、TSH は 30-70%、ゴナドトロピンは 40-75% で分泌低下すると報告されている。成長ホルモンはほとんど全例で分泌低下しているが、診断時には検査されていないことが多い。プロラクチン分泌低下は 10-40%で認める。
尿崩症が下垂体卒中に合併することは稀で、頻度は 5%未満である。尿崩症は副腎不全 (あるいは甲状腺機能低下症) によってマスクされることがあり、糖質コルチコイド(あるいは甲状腺ホルモン) 補充後に尿崩症が顕在化することがある。
下垂体卒中に下垂体ホルモン分泌亢進がともなうこともある。特に、プロラクチノーマは出血しやすい性質があるので、下垂体卒中を合併しやすい。
6. 鑑別
下垂体卒中の主な鑑別疾患はくも膜下出血と細菌性髄膜炎である。他には海綿静脈洞血栓症、中脳梗塞も鑑別に挙がる。髄液検査は下垂体卒中とくも膜下出血、細菌性髄膜炎の鑑別にはあまり役に立たない。下垂体卒中では、特に髄膜刺激徴候を認める場合は、髄液中の赤血球高値、キサントクロミー、髄液細胞増加、蛋白質高値を認めるからである。しかし、髄液培養で細菌性髄膜炎は除外できる。
下垂体卒中の診断に最も有用なのは、CT と MRI である。下垂体腫瘍を認めれば、出血や壊死所見を認めなくても下垂体卒中だと考える。たとえば、突然の頭痛と視覚障害を訴える患者に下垂体腫瘍を認めれば、下垂体卒中だと診断して良い。
CT はくも膜下出血の除外に有用である。下垂体卒中の 80%の症例では下垂体腫瘍を認める。このうち 20-30%では腫瘍内部に出血を認める。数日すると出血は検出できなくなる。造影すると、不均一な造影効果を認める。
MRI は出血と壊死の検出に優れ、下垂体と周辺の構造 (視交叉、海綿静脈洞、視床下部) を詳細に観察することができる。下垂体卒中急性期に蝶形骨洞の粘膜、特にトルコ鞍直下の粘膜の肥厚は神経学的および内分泌学的予後不良と関連する。蝶形骨洞の粘膜肥厚はトルコ鞍内圧の上昇と海綿静脈洞のうっ血を反映していると考えられている。
7. 臨床経過
下垂体卒中の臨床経過は症例によりさまざまである。梗塞よりも出血性梗塞あるいは出血の方が予後不良である。
軽症の場合は頭痛、視覚障害、下垂体機能障害は緩徐に出現し、数日から数週間持続する。最重症の場合は、数時間の経過で目が見えなくなったり、昏睡したり、神経学的な異常が現れたり、循環動態が不安定になったりする。この場合、直ちに診断し、除圧と糖質コルチコイド投与を開始しないと、副腎不全または神経学的な合併症のために死亡することもあり得る。ほとんどのケースは前二者の中間で、数日の経過で頭痛と視覚障害が出現することが多い。
神経学的異常、視覚異常、内分泌異常の回復についても、症例によりさまざまである。手術によって除圧すると意識障害は改善する。視野障害や視力障害も下垂体卒中後に出現したものであれば手術後に改善する可能性がある。しかし、視神経が萎縮してしまっている場合には手術しても改善しない可能性が高い。眼筋麻痺も多くの場合改善するが、改善には数週間がかかる。内分泌障害は多少変化はあるが、しばしば永続する。
8. 治療
下垂体卒中では多くの場合、ACTH 分泌低下をともなうので、手術を行う場合でも保存的に治療する場合でも、下垂体卒中診断後直ちに糖質コルチコイドを経静脈的に投与するべきである。具体的には、ヒドロコルチゾン 50 mg を 6時間毎か、初回に 100-200 mg、以後 50-100 mg を 6時間毎に静脈注射 (または筋肉注射) する。あるいは 2-4 mg/時で持続静脈注射しても良い。ショックになっている患者では低血糖を予防するために生理食塩水に 5%ブドウ糖を混合注射して投与する。
手術を選択する場合は、ほとんど全ての症例で経蝶骨アプローチが推奨される。理由としては除圧に優れ、術後の合併症と死亡率が少ないからである。経蝶骨下垂体手術はかつては上口唇下粘膜を切開する sublabial transseptal approach が行われたが、現在は鼻中隔粘膜を切開する nasal septal displacement が主流である。手術顕微鏡 (operating microscope) を使用するか、内視鏡を使用するかは脳外科医の好みによる。特に熟練した脳外科医では手術にともなう合併症は稀だが、髄液漏と尿崩症は起こり得る。
下垂体卒中後に下垂体腫瘍が自然に収縮し、症状が改善することがあると報告されている。そのため、症例によっては保存的に治療するのが妥当ではないかと言われている。
下垂体ホルモン分泌低下と下垂体腫瘍の再増大の頻度については手術しても保存的に治療しても変わらない。また保存的に治療した場合でも眼筋麻痺は 75-100%で完全に回復する。ただし、回復には数週間~数ヵ月がかかる。
手術と保存的治療を比較した前向き研究はないが、後ろ向きの検討では早期に手術を行った方が保存的治療よりも下垂体卒中の重症度スコア (Pituitary Apoplexy Score: PAS) が低かったと報告されている。
手術を行った場合、視力障害の 50%で正常化、 6-36%で部分的な改善を認める。視野障害は 30-60%で正常化、50%で部分的な改善を認める。失明している場合は、50%で改善を認める。
視力障害および視野障害については、保存的に治療しても手術と同様に改善する。保存的に治療した場合、視力障害は 60-100%で正常化し、25%で部分的に改善する。視野障害は 50-100%で正常化し、25%で部分的に改善する。失明している場合は、50%で改善を認める。
保存的に治療した方が視覚障害の予後が良さそうに見えるのは、重症な患者では手術を選択されることが多いからだろうと考えられている。
内分泌障害については、手術を行うと 50%以上で完全または部分的な改善を認める。しかし、保存的に治療した場合でも手術と同程度の割合で改善を認めたとも報告されている。
手術を行った場合、下垂体腫瘍を除去することができる。しかし、保存的に治療した場合でも、腫瘍はしばしば縮小し、腫瘍を認めなくなることも多い。
手術後平均 6.6年の時点での評価では、11.1%で腫瘍の再増大を認めた。腫瘍の再増大については、手術をしても保存的に治療しても同程度の頻度で認める。いずれの治療方法を選択したとしても、腫瘍の再増大は起こり得るので、長期間のフォローアップはした方が良い。
最近上梓された英国の下垂体卒中の治療についてのガイドラインでは、神経障害および視覚障害が顕著または意識レベルが低下している場合には手術を推奨している。手術を選択する場合はいつ手術するかは重要な問題である。視覚障害については、3日以内に手術しても、1週間以内に手術しても予後は変わらなかった。しかし、1週間以上経過してから手術した場合は改善に乏しかった (8日以内 86%で改善、9-34日 46%で改善)。
元論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26414232/