周平の『コトノハノハコ』

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小説第5弾続編『夢の続きの夜行バス』~後編~

2015年05月17日 | 小説
10年前の上京とは訳が違う。

夢が叶う事が決定している上での上京なのだ。

上京したらとりあえずは二瓶のアパートに居候させてもらい、落ち着いたら自分でアパートを借りて、いやマンションを借りて、いやマンションを買って一人で住んでやろうと思う。

メジャーデビューすれば、自ずと大金も彼女も欲しいものは何でもセットで付いてくるに違いない。

一人の男との出会いがここまで人生を大きく変えるなんて…。

彼も一人では無力だった。俺も一人では無力だった。
お互いに長い年月を無駄に過ごしてしまった。

しかし、そんな二人が力を合わせれば、こんなにも簡単に夢は実現できるのだ。
これまでの10年間がバカみたいに思えた。

俺は一刻も早く東京に着きたい気持ちだったが、バスは焦らない。
栃木県内の佐野サービスエリアで2回目の休憩をとった。
俺と二瓶が初めて会話を交わした思い出の場所だ。
俺が気になった女の子との会話のチャンスを二瓶に妨げられた因縁の場所だ。

俺はさっさとトイレを済ませ、自動販売機でコーラを買い、バスへと戻った。

全乗客がバスへ戻ったことを乗務員が確認し終え、そろそろ発車すると思われた瞬間…

事件は起きた。

「おい!乗客を殺されたくなかったら俺の言うとおりにしろ!」と運転手と乗務員に向かって怒鳴る男の声がバスの前の方から聞こえた。

おいおい、嘘だろ? バスジャックか!?

その男は運転手に拳銃を突きつけ、こう言った。

「今から高速道路を逆走しろ!北へ向かってバスを走らせろ!」と。

おいおい、冗談じゃないぞ。

俺はこれから夢の実現に向かって東京へ行くのだ。
盛岡へ逆戻りしたところで、また無職の腐った俺に戻るだけだぞ!

それよりもバスジャック犯なんかに殺されて夢が終わるなんて冗談じゃない!!

だからとりあえずは運転手にバスジャック犯の言うとおりにして欲しかった。

バスはやがてゆっくりと動き出し、本当に高速道路を逆走し始めた。
そのバスを避ける反対側からやってくる車たちが窓から見える。

俺はこの状況がニュースになっているのか知りたくて、犯人に気付かれないようにこっそりとポケットからスマートフォンを出し、テレビのニュース番組を見た。

まだ夜明け前だが当然、緊急特番だ。

まさに俺が乗っているバスの上空を飛んでいるヘリコプターからの映像が流れている。

犯人が誰なのかはもう判明しているようで未成年ではないため名前も顔も公表されている。

どうやら犯人は犯行直前に日本のどこかでバスジャックを行うと警察に対して犯行予告を出していたらしい。

犯人は俺や二瓶と同い年で、岐阜県出身らしく、名前は「叶 歩夢(かのう・あゆむ)」というらしい。
犯行の動機は「俳優になりたいという夢がなかなか叶わない腹いせ」というふざけた理由だ。

頭にきた俺は思わず犯人に向かって叫んでしまった。

「おい、お前! 夢が叶わないからって他人にあたるなんて最低だぞ!」と、どうやら火に油を注いでしまったらしい。

すると犯人は、「なんだテメェ!殺されたいのか?」と俺に拳銃を向けながら怒鳴ってきた。

「夢はあきらめなければいつか叶うんだよ!!」と俺は燃え滾る炎の中にさらにダイナマイトを放り込んでしまったようだ。

「そんなの嘘だ!!何を根拠にそんな事を…」

「お、お、俺が根拠だ!!」

「はっ? ふざけてんじゃねぇぞ、テメェ!!」

犯人はそう叫ぶと、俺に向かって発砲した。

バーンッ!!

終わった。
今度こそ終わった。
やっぱり俺の夢は叶う事のないまま終わるんだ。
俺の意識はだんだんと薄れていった。

バーンッ!!

もう一発鳴った。
これでとどめだ。

でも今度はさっきの発砲の音とはちょっと違い、盛岡の実家の俺が今日まで3ヶ月間引きこもっていた部屋の引き戸を強く開ける音に聞こえた。

バーンッ!!

さらにもう一発鳴った。
もうどうせ死ぬんだから撃たなくても良いのに…

でも今度もまた最初と2回目の発砲の音とは違い、盛岡の実家で何もせずに3ヶ月間も引きこもっていた、どうかしている俺の頭を母が強く叩く音に聞こえた。

「ちょっとあんた! 何やってるの! 初日から遅刻するわよっ! 今日は3ヶ月もかけてやっと決まったバイトの初日でしょ! さっさと起きなさい!」

<完>

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