富岡町観光協会ブログ「夢咲くら」

警戒区域となった福島県富岡町の現在…
東日本大震災・原発事故・避難に関する新着情報などをお伝えしています。

友人より送られてきた新聞記事

2011-11-03 17:30:13 | 東日本大震災関連
11月2日、大学時代の友人より新聞に掲載された「声」の切り抜きが届いた。
その友人は、宮城出身の彼女は学生時代から、おっとりゆったり天然キャラ。
結婚後はご主人の赴任先のパラオで第一子を出産するなど、
「大丈夫なの?」という私の問いに、「なんとかなるわよ」とのたまう位。

その彼女は現在千葉県に住んでいて、原発事故後は何かと心配して、
さりげなくメールや電話、時々はお手紙などをくれる。
それも絶妙なタイミングで…
10月は、ほぼ一ヶ月間、精神的に参っていた私、それを察するかのような…

新聞記事の切り抜きは、富岡町出身の17歳の女子高校生の「声」だった。
現在はいわき市内で祖父母と妹(16歳)と4人で暮らしているらしい。

彼女の両親は双葉町と富岡町の役場職員。父親は埼玉県、母親は郡山市にて
住民の生活支援をするために離れ離れで、一緒に住めないという。
いわき市内の高校では、みんながいつも通りの生活を送る中、
親と離れ、勉強道具も服も失い、友達といつも通りの生活のフリをするのが、
とても苦しいと…文章には綴られていた。

母の代わりに、妹のお弁当を作っているが、急に悲しくなるそうだ。
半年前まで普通の高校生だった。わがままだって言えた。
何より家族全員で暮らす毎日があんなに幸せなものだったのかと、
失って初めて知った。と続く…

そして、
「今回の震災で失ったものはたくさんある。でも、怒りという感情はない。
むしろ、家族の大切さという、とても尊いに気づけた。
今ではたくさんの友達や先生が私の身の上を理解してくれている。
本当に私は幸せだ。少しだけ悲しくなる時はあるけれど、
絶対に私は、諦めない。」と閉じられていた。

切り抜きを送ってくれた友人は、この少女の父親と私が、
高校時代の同級生だったことなど知らずに送ってくれたのですが…
不思議な縁を感じ…この文章を読んで涙してしまいました。
そして、この少女から大きな勇気と元気をもらいました。
記事を見つけてわざわざ送ってくれた友人と、
富岡町出身の女子高生に、心からありがとうと言いたいです。


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