風の回廊

風を感じたら気ままに書こうと思う。

アメリカの正義に翻弄される日本1~普天間基地移設問題から

2010年03月10日 | 日記
1月17日から、それまでの日記欄に書いた内容と著しく異なる政治的な問題を取り上げ書いてきましたが、すでに2ヶ月近くになり、今回で21篇になります。これまでも単発的に書いたことはあるけれど、これほど連載したことはなく、昨年の夏から秋には。甘い恋愛小説をアップしていた時期もあり、それを知っているマイミクさんは「いったいどうしてしまったC-moonさん!?」と思っていると推察しますが、その辺のところは「ココロのままに」ということです。

僕の場合、内容に日記的な要素はなく、下手なエッセイが中心で、書くにあたってみなさんの反応を気にしながら、コメントの有無、数を気にしながら書いていたこともあったけれど、年が明けてすっかりそんな気持ちが、あるマイミクさんからいただいたメッセージでなくなり、「ココロのままに」書けるようになり、板に着いてきた今日この頃です。
その時マイミクさんからいただいた言葉が「好きなものは好き、ココロのままに」です。

少し低迷期気味で迷い多かった心の状態だったので、凍りついた湖の氷が春の陽光で融けだしていくような優しい解凍感を覚えました。
ありがとう……Dちゃん。

政治記事はいただくコメントは少ないけれど、その内容はから、熱く真摯なものを感じます。
以心伝心というか、意思疎通というか、能動的な想いは伝わるものだな……と感謝しています。
さらに、僕のつたない記事を好意的に評価してくださるマイミクさんが、ご自分のブログに僕の記事を掲載していただいたり、ある勉強会の資料として使っていただいたり、あるマイミクさんは、プリンターでコピーし、ご友人に配布していただいたり……
また、友人をmixiに強引と言ってもいいのでしょうか、登録させ、いちばん最初に僕の記事を読んでいただいたというメッセージも届きました。
ご自分の日記欄に僕の記事のURLを貼り付け、ご紹介していただいた方、引用していただいた方、全文貼り付けていただいた方も複数人いらっしゃいます。
何と言っていいのでしょう、気の利いた感謝の言葉もなく、ただ心から感謝です。
また、毎回コメントをいただく方、多忙な中コメントを書いてくださる方、読んでくださる方へも同じ気持ちです。心から感謝いたします。

みなさんは、僕のとても大切なマイミクさんです。
そして、こうした長くてややこしい記事を連載している中で、マイミクリクエストをいただき、マイミクさんが増えている現象……この上なくありがたく、お気持ちを受け取らせていただいています。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

そんな、みなさんのご好意と励ましに応えるべく、今夜も「ココロのままに」


《アメリカの正義に翻弄される日本~普天間基地移設問題から(2)》

◇アメリカの正義―自由と民主主義》

「正義」というものを考えた場合、「世界と人類が有する根源的な正義」を除く、たとえば政治的正義、国際関係の中での正義は、状況によって移り変わるものですね。
アメリカの正義は、独立戦争の時宣言された「独立宣言」の中に見られる、 “不可侵・不可譲の自然権として「生命、自由、幸福の追求」”を礎とし、合衆国憲法の前文――『われら合衆国の人民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のうえに自由のもたらす恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のために、この憲法を制定する』――ここに具現化し、条文化されていきます。

◇アメリカの正義―反ファシズム

このようにアメリカ型の「自由と民主主義」が、修正されながら形成されるわけですが、「アメリカの自由と民主主義」は、それはそのままアメリカの正義で、アメリカの正義と敵対するものは、第二次世界大戦前は「ファシズム」でした。アメリカは正義のためにこれを叩きます。

ファシズムを国家の根本とした、いわゆる「日独伊の枢軸国」と米英仏ソ中を中心とした連合軍の戦いが、第二次世界大戦です。
日本は、アメリカの正義の前に崩壊し、占領され、アメリカは勝者として日本を裁き、かつアメリカ型の民主主義が、アメリカ流儀の使命感によって導かれていきます。
その最大のテーマは「軍事力の永久放棄と民主化」です。

この民主化は、当時の共産国ソ連もびっくりするほどの改革的なもので、それを成し遂げたのは、必ずしも自国で完成しなかったニューディール政策に取り組んだ、アメリカのニューディーラーたちによります。
占領軍(以下GHQ)の中には、ニューディーラーたちが、日本を改革すべく準備され、超タカ派のGHQ総司令官、D・マッカーサーは、ソ連もびっくりするほどの社会主義的な改革を「白人が導き与えるもの」として許容したのですね。
しかしその程度の意識だから、簡単に変更を余儀なくされ、日本は翻弄します。

◇アメリカの正義―反共産主義

大戦後のアメリカの正義は、ソ連を核に膨張する共産主義に向けられます。「自由と民主主義」に敵対するものとして。アメリカの正義に敵対するものとして。
こうした状況の中で「ドミノ理論」が生まれ、中国の共産化が、「封じ込め政策」を決定づけ、日本はいわゆる「逆コース」の道を、余儀なくされます。

逆コースとは「反共を盾にした、軍事化」です。日本は東アジアの対岸の共産化をこれ以上広げないために、まさに「橋頭保」としての役割を求められのです。
この逆コースの中で、アメリカが必要とした人たちがいます。巣鴨プリズンにA級戦犯容疑者として拘置されていた、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一、正力松太郎たちです。彼らに共通するのは反共的な思想を持つ超国家主義です。そして彼らは、アメリカの正義―「反共産主義」―のためにそれぞれ役割を与えられました。彼らの役割を書く前に役割として期待された要素を解りやすくするために、要素が伺える経歴を書きます。

岸、児玉、笹川に共通するのは、中国大陸でした。岸は商工省(当時)幹部官僚として、当時の日本の占領地、満州国(中国東北部)の事実上の統治機関「満州国国務院」で重要なポストに就きます。
笹川は、満州国で傀儡政府の要人たちと手を結び暗躍します。
児玉は、一時笹川の組織に加わり、笹川の紹介で、日本国海軍航空本部の嘱託となり、ライバルを暗殺したり、排除しながら軍事物資調達機関として闇の世界で巨大化していきます。これがいわゆる「児玉機関」で上海に勢力を伸ばすようになります。児玉が航空機関係に強く、戦後アメリカのロッキード社の代理人になり、ロッキード事件発覚まで、その威力を自衛隊関係と民間航空関係で発揮していたのは、こうした経緯があったからです。
正力は警察官僚で、関東大震災の時「朝鮮人の暴動」を流布したことで知られ、現職警察官の時は、数々の暴動鎮圧で名をはせていました。ある事件で官僚を免職されてからは、貴族院議員なども務めます。その間、読売新聞社を買収し経営に加わります。

彼らは出所後、形ばかりの公職追放を受けた後、役割を担うべく活動します。それぞれの役割とは、GHQに期待されるもので、当然CIAも関与し、CIAの期待を担うものでなくてはなりません。
岸は満州国と東条内閣で培った政治力と、満州国と軍部の表面化できない膨大な情報を、アメリカ(占領軍とCIA)と共有することで反共政治家として、政党(民主党―現在の民主党ともちろん異なります)を興します。
やがて総理大臣の地位に着き、朝鮮戦争勃発の50年に調印された「日米安全保障条約」の効力発生を約束する「日米安保延長」を、多数の学生、労働者、社会党などからの大反対運動の嵐の中で、60年に調印します。
この「日米安全保障条約」(以下日米安保)こそ、反共というアメリカの正義の東アジアでの礎でありシンボルです。
日米安保調印と同年に橋頭保の向こう側で、朝鮮戦争が起こり、東アジアの反共の礎として”日本の再軍備(自衛隊の創設)と米軍基地の常設と米軍の常駐”は、アメリカにとって緊急課題となり、再軍備と米軍の駐留、基地の常設の正当化に、状況証拠だけではなく、法律的意味合いを持たせ絶対化させる必要がありました。それが条約化されたのが「日米安保」です。
日米安保は、国連憲章を貶めるものではありませんでしたが、日本国憲法第9条を損うものでした。

◇日本国憲法第9条
*日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

*前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日米安保は、アメリカの正義―反共産主義ともう片方の国際勢力であるソ連を中心とした反資本主義が生み出した冷戦構造の中で、正当化され、憲法9条に拡大解釈が与えれることで可能となり、その後東アジアと日本の防衛、安全保障の基本となる揺らぎない地位を築いていきました。

60年安保(10年毎に更新)に調印した岸信介や、それに連なる政治家を資金的にバックアッしてきたのが、児玉と笹川です。児玉と笹川は、中国大陸での暗躍、軍部との協力体制の中で、巨万の資金を作り上げていきます。それは、軍部からの資金を利用して得た物資はもちろん、中国大陸や朝鮮半島で不当に得た物資を――直接的にではないにせよ略奪した物資、貴金属、文化財、美術品など――貨幣と有利に交換できるダイヤや金などにして手にしたまま敗戦を迎えます。
これらの物資は、表面化されることなく闇に存在する、戦後日本で言われるところの「隠匿物資」です。隠匿物資は、日本政府も持っていましたが、こうした政商たちも持っていたのです。

そしてGHQの占領で弱体化した「検察」の強権復活の嘆願を受け入れ、占領政策の一環として、隠匿物資の調査、確保するため組織として生まれたのが、現在の東京地検特捜部と大阪地検特捜部です。(その後、名古屋地検にも特捜部が生まれる)
押収した隠匿物資は、GHQに流れ、軍の資産、資金として流用されます。美術工芸品などは、個人資産としてそのままアメリカに運ばれた疑いも持たれています。
しかし、児玉や笹川が隠匿した資産は、押収されなかった。
これはGHQとの一種の取引でしょう。「密約」という奴です。岸も同じですね。

当時の地検特捜部と検察は、GHQのために活動した、きわめてアメリカの影響、特に軍部とGHQの影響が濃縮されている組織です。そうした傾向は、現在でも続き、検察の幹部となる人間は、アメリカの日本大使館勤務などを経験する傾向にあります。

そして、彼らの隠匿物資は、戦後の日本の政界、保守政党の資金として流れ続け、反共を強化させながら、55年の保守合同を可能にしました。吉田茂率いる自由党と岸信介、鳩山一郎率いる民主党が合併し「自由民主党」にとして進化します。同時に親米、反共も深化します。この時生まれた体制がいわゆる「55年体制」で、対立する革新政党として、右派と左派に分かれていた社会党も日本社会党として再統一されました。
彼らの資金は、自民党になってからも流れ続けています。笹川の資金の流れは広く、自民党から共産党にも及んでいたと言われています。
また、児玉に至っては、資金だけではなく、右翼のこわもてからやくざ、チンピラまで提供し、60年安保の嵐の中で、左翼勢力の学生、労働者の運動に暴力的妨害行為を加えさせていました。

もうひとりの反共的に人物の正力は、出所後、読売新聞社の経営に加わり、日本テレビ網株式会社を興し社長になり、読売グループのトップとして君臨します。
同時に岸らの民主党から国会議員となり、鳩山一郎内閣と岸内閣で閣僚を経験しています。
彼の役割は、岸のもうひとつの役割と同じ、CIAのエージェントです。岸は政治家としてのCIAエージェントの役割を果たし、正力は、メディアを使った反共、親米的な考え方の洗脳を国民に行っていきます。
「トンデモ論」と思われるかもしれませんが、正力については、アメリカ側の公式文書によってCIAのエージェントだったということが、明らかになっているようです。

彼らの共通点である、反共思想とその活動は、このようにリンクしながら、政界、財界、社会で実態化し、アメリカの正義の日本での最大の協力者として、協力者ぶりをそれほど多くの人に知られることなく、戦後日本の地下水脈を流れる大きな系譜として在り続けてきました。

その反共ぶりを示す事実として、岸、児玉、笹川は、統一教会の文鮮明と深い繋がりを持ち、統一教会の組織である、共勝連合設立の際に、岸と児玉は、物心両面で支援しています。
岸の孫である安倍晋三が、統一教会の式典に祝電を打ったりするのは、この時からの繋がりが考えられ、現在も続いているのではないか……と言われています。

アメリカが日本に強いた正義の「逆コース」は、このような人たちのフィクサー的な手腕とその勢力によって整えられ、強化されてきたのです。
そして、冷戦構造が生み出した、「逆コース」の中で、沖縄の在米軍基地は、なくてはならない存在になり、やがて始まるアメリカの正義の威信をかけた戦争である、ベトナム戦争が激化する中で、最大の意味を持つ中継基地としてより強化されたのです。
同時に沖縄の人々の苦悩も深化し、翻弄されていくのです。

                                 続く