ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

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トミー青山死去

2011年07月19日 16時46分34秒 | 女子プロレス

  トミー青山こと冨高千賀子さんが亡くなったという情報が入ってきた。食道がんで享年53歳だった。ビューティ・ペア時代に大学中退で全女に入門してきたエリート・レスラー、それがトミーだった。デビュー以来、連勝記録を作りすぐさまメインイベンターにもなった。そしてメキシコに渡り武者修行。今やメキシコ遠征は珍しくないが、日本人で初めてメキシコに旅立ったのがトミーとルーシー加山だった。日本で初めてトップロープ超えのプランチャを敢行したのもトミーだった。藤波辰巳が凱旋した年に、難なくトミーはやってのけた。クイーン・スペシャルという超立体式のリバース・スプラッシュも得意だった。この二人とは同世代だったため、割と親しくしていた。特にトミーの結婚相手が全女の社員で、私と仲が良かったため、必然とトミーとも打ち解けたのだ。トミーは膝を怪我して引退を余儀なくされた。当時、膝にメスを入れたら2度と試合が出来ないと言われていたから、復帰は無理だった。だから医学の発達はすごい。あの時代、もっと発達していたらたった3年間のキャリアでリングを降りることなど無かったと思う。トミーは結婚して2児の母親になった。そして少しして離婚した。

 4年前、ジャガー横田の30周年記念大会でトミーはルーシーやミミ萩原と共にエキシビションマッチに出場した。膝はボロボロだが元レスラーのプライドを大いに感じたものだ。「実は娘が結婚して、子供を産んだからもうお婆ちゃんになっちゃったのよ(笑)」と言っていた顔が今でも忘れられない。つかの間だったが、本当に嬉しい再会だった。その後、1度だけ手紙を書いたことがあった。やっぱり同世代の知り合いは遠くに離れていても気になるもの。長与千種が憧れていた良き先輩でもあった。残念、そして無念としか言いようがない。トミーの思い出話はいくらでも書けるが、あの素晴らしい立体殺法を何かの形で残せればと思う。ああ無念…合掌。

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