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トヨタ自動車 東北地方をHV生産の一大拠点化。

2010-01-02 12:11:59 | 「身の丈」経営
 報道に寄ると,トヨタ自動車は,2011(平成23)年に操業開始する宮城県大衡(おおひら)村の新工場で,ハイブリッド車(HV)生産を計画中という。これにより,愛知県や九州地方と並び,東北地方のHV生産の一大拠点化する構想。

 この動きを,県内に工場誘致を目論む鹿児島県当局(行政)や県内経済界はどのように読むのであろうか。鹿児島・大隅半島にはトヨタ系企業が進出しているが,少なくとも,トヨタ系列での新工場の県内進出は望み薄である。
 


 トヨタ子会社のセントラル自動車(神奈川県相模原市)が、本社工場を移転して稼働させる新工場で生産する。
 主要部品のHV用電池は、トヨタ子会社のパナソニックEVエナジー(静岡県湖西市)が宮城県大和町で来週半ばにも稼働させる新工場で生産、供給する。周辺にはほかにも自動車部品を生産するグループ会社の進出が決まっている。

▼関連情報-大衡(おおひら)村-関東シート製作所と立地協定を締結

 自動車用座席および内装品の専門メーカー「関東シート製作所」が,第二仙台北部中核工業団地内約5haに工場建設を決定し,8月3日に宮城県庁において立地協定締結式を行った。


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◆九州における自動車生産ブームの変遷

 九州における自動車生産は,福岡県苅田町への日産自動車による九州工場の立ち上げに始まる。北九州では日産の「里帰り」を熱望,これを受けて日産は73年,九州工場の建設を決定,75年にエンジン工場としての操業を開始した。この日産進出を契機に系列の1次部品メーカーなどの進出もあり,九州における第1次自動車産業ブームが巻き起こった。

 その後,91年にトヨタ九州が設立され,筑豊の一角にある福岡県宮田町(現宮若市)での生産を92年から開始した。宮田町は,明治中期に石炭採掘が開始して以来,長年にわたり産炭地として栄えてきた。豊富な労働力や交通の利便性に加えて,旧産炭地の振興を目的に設けられた各種基金で企業の進出コストを抑えることができ,自動車工場誘致に成功,「旧産炭地の優等生」となる。トヨタ九州が生産を立ち上げた同じ年に日産九州工場も第2工場を建設,年産53万台へと倍増させ,第2次自動車産業ブームと呼ばれた。

 その後,97年から99年までの期間は,景気後退などで伸び悩んだ。2000年から九州の自動車産業は,再び増加傾向に転じる。00年4月,日産九州工場内に専用埠頭が開設され,工場から直接海外への輸出が可能となる。以後,日産九州工場は日産グループにおける輸出拠点としての役割が強まる。

 また,トヨタ九州では,ハリアーやクルーガーなどの海外向け車種に生産転換した。これらの生産車は,北米をはじめとする海外での好調な販売を反映して,その生産にも拍車がかかっている。

 ダイハツグループによる大分県中津市進出もあり,九州の自動車生産は,年産100万台を突破した。これらの生産された自動車のうち,3台に2台が海外向けである。

トヨタ・ストラテジー―危機の経営
佐藤 正明
文藝春秋

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アメーバ経営―ひとりひとりの社員が主役
稲盛 和夫
日本経済新聞社

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