歴タビ日記~風に吹かれて~

歴タビ、歴史をめぐる旅。旅先で知った、気になる歴史のエピソードを備忘録も兼ね、まとめています。

マエストロのお話

2024-08-12 14:42:00 | いろいろ
今年の「フェスタサマーミューザ」(於ミューザ川崎)、
<東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
藤岡艦長が誘う、「惑星」への旅 〜ホルスト生誕150年〜>を聴きに行く。

プログラム:
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 op. 30
ホルスト:組曲『惑星』op. 32

指揮はサッチーこと藤岡幸夫氏。
ソリストは、務川慧悟さん!

サッチーは、憧れの指揮者♥
関西でのお仕事が多いので、なかなかチャンスがなく
ようやくの機会に、ずっとドキドキ期待は高まるばかりだった。

その想いは裏切られず、
サッチーのプレトークから本当に楽しんだ。



そんなマエストロ・サッチーのお話をまとめておきたい。

わたしはラフマニノフのピアノ協奏曲なら、断然2番!
今回は、なんで、3番なのかなぁと、正直ため息をついていた。

ところが、サッチーによると、
2番と3番が人気なのだけれど、近年は3番の人気が高まったのか
演奏回数が多くなっているらしい。

「ぼくは断然3番の方が好き。ソリストの務川くんも3番が好きで
彼の演奏は、すばらしいですよ。」
・・・その通りだった!


実は、わたしの2番好きは中山七里『おやすみラフマニノフ』(宝島社)に
始まり、アンチ3番wは恩田陸『蜜蜂と遠雷』の影響が大きいw

『蜜蜂と遠雷』は、本選前にこんな会話がある。
ラフコンの3番はピアニストの自意識ダダ漏れの曲」だから
冷静な頭が必要云々。(467頁下)

もちろん務川さんは冷静に盛り上げてくれた♫
おかげで、3番への妙な偏見は消えている。


しかもっ!

「3番」の初演はアメリカ、NY。

ニューヨークフィルでタクトを振ったのは、
なんと若き日のグスタフ・マーラーだったという。
後に大作曲家として知られる彼の若き日は、指揮者だったのだ。

このとき、ラフマニノフの前衛的な新しいコンチェルトに、
団員はぶうぶう・・・
マーラーは、それを静かにたしなめ「傑作だ」と言い切ったそうだ・・・

ラフコンをマーラーが初演する・・・
ああ、そんな時代に居合わせてみたかった・・・

時は1909年、第一次世界大戦の始まる前・・・
世の中が平和だった、古き良き時代かもしれない。



もうひとつ。

グスターヴ・ホルストの「惑星」。

作曲されたのは1914年から1916年だという。
こちらはラフマニノフ3番から、少し後、
第一次世界大戦開戦から戦争中のこと。

本国イギリスで大人気を博すも、
当時は前衛的な音楽がたくさん出た時代・・・
いつしか忘れられていたのだそうだ。


十代の頃、わたしは、この曲を吹奏楽の曲として知り
たちまち魅了された。

同世代のサッチーは、その頃、
「ぼくは、ずっと冨田勲先生の作曲だと思ってました」と、笑う。

1976年冨田勲のシンセサイザー音楽のアルバム「惑星」が発売され
夢中になったのだそうだ。

サッチーによれば、今回、冨田勲盤を聞き直してたところ、
ホルストの原曲を、ものすごく研究していたことが
よくわかるとも続けられた。


冨田勲「惑星」に先立ち、
1961年に、ヘルベルト・フォン・カラヤンが
ベルリンフィルハーモニーで演奏している。

久しぶりの「惑星」の演奏は大評判、レコードも発売され、
ホルストの再評価につながったそうだ。

つまり、冨田勲の「惑星」も、わたしが魅了された吹奏楽の「惑星」も
カラヤンさまの賜物。

もしも、カラヤンが発掘してくれなかったら
平原綾香さんの「ジュピター」も生まれなかったわけだ。

あらためて、カラヤンの偉大さを知る。


サッチーはおっしゃる。

「ぼくらは、『スターウォーズ』も知っているし、
宇宙がどんななのかも知っている。
でも、当時1914年の人たちは、宇宙がどうかなんて想像もできない。
それにあの曲をつけていったんだから・・・
ホルストは、すばらしいですよ」

ああ、おっしゃる通り!

帰宅後、あらためて「惑星」を聴く。
もちろん、ずっと聴いてきたカラヤン盤♫


そうそう、サッチーはこうもおっしゃった。

「若い頃は、『惑星』は『火星』と『木星』ばっかりだったけれど、
年齢と共に、『金星』や『土星』の良さもわかってきた。
若い頃はわからなかったんですよね」・・・同感!

「金星」は「平和をもたらす者」のサブタイトルがある。
ガザやウクライナだけではなく・・・
嫌なことの多い時代だからこそ、
なおさら平和への祈りが心にしみるのだと・・・

「土星」は「老いをもたらす者」・・・
サッチーもわたしも還暦超え。
もうシニア世代だもんね、
この曲に込められた「老い」へのリスペクトも
理解できるようになったのだ。

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おつきあいいただき、どうもありがとうございます。
藤岡幸夫氏のプレトークから、まとめました。
わたしの記憶違いや勘違いはお許しを。
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