(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 十九

2014-12-10 20:56:35 | 新転地はお化け屋敷
 ――そもそも自分のことからして分かってなかった、と、彼はそう言いました。しかしそれは、僕からすれば耳新しい話でもなかったりするのです。なんせ僕自身、似たようなことを考えていたわけですし。
 相手のことを分かったつもりで適当なこと言ってるだけ、なんて言いながらそもそも自分のことが分かっていなかった、というのが彼の話。
 そして、そもそも自分のことからして分かってないんだから、じゃあ相手がどれだけ自分のことを分かっているかなんてことは判定のしようがなく、だったら「分かったつもり」止まりなのはある意味当然だよね、というのが僕の話。
 同じようなことを言っているようでいて中身はまるで別物、というか狙ったかのように真逆だったりするわけですが、とはいえそれを通して共感くらいはそりゃあするわけです――いや、考え方が逆なわけですから、やはり共感とは言わないのかもしれませんが。
 ああもあっさりと受け入れておいて何ですがあの話、「分かったつもり」の話について僕は、なにも昨日以前に考えたことがあったというわけではありません。今日初めて聞いた話について、その「ああもあっさり」が発生してしまったわけです。
 それが人によっては顔をしかめそうな話だというのは分かっているつもりです。が、だったら僕はどうして――という話はしかし、この話題が出てきた時に済ませてしまってもいるわけですが。
 今では妻をその筆頭とする、自分の周囲の人達。付き合いがどれだけ長かろうとも新たに気付かされるようなことは度々出てくるわけで、それを思えばむしろ、「その人のことは全部知ってる」なんてことのほうがおかしいだろう、とそういうふうにも考えられるのです。
 ……いやもちろん、親密さのアピールとして「全部知ってる」なんて言っちゃうのも分かるんですけどね? いちいち覚えてないだけで僕だって言ってるかもしれませんし――いつどこで誰に、ということについては、秘匿とさせていただきますが。
 ともあれ、そんなふうに考えられる僕だったが故に彼の言い分もすんなりと受け入れられたわけですが、しかしそうなると、です。
 前向きか後ろ向きかはともかく、恐らくは彼も似たような過程を経てその「分かったつもり」の話に行き着いたのでしょう。しかし、重ねて恐らくはずっと長い間その話を抱えてきたであろう彼が、それを一度も自分に向けないまま――つまり、「自分のことだって分からないんじゃないだろうか」という疑問を持たないまま今日まで過ごしてきたというのが、僕にはすんなりと飲み込めないでいるのでした。
 そりゃまあ僕は、「そもそも自分のことだって分からないんだから」とむしろ自分についての話を下敷きにして周囲の人達への話に繋げているわけで、ならばすんなり飲み込めたらそれはそれで変な話なんでしょうが……。
 しかし飲み込めないなら飲み込めないなりにも考えてはみるわけで、彼はどうしてそんなふうに――。
 と、思ったのですが。
「あ」
 気が付くと、周囲の視線が僕に集まっていました。
 僕が何かしたでしょうか――では、ありません。むしろ何もし過ぎなかったというか、つまりはまあ、いつものアレです。
「いや、すいません。どうぞお気になさらず」
「って言われても、そんなに全力で考え込まれてるとねえ? こっちで勝手に話進めるのは躊躇われるっていうか」
 背の低い男性が僕ではなく周囲の皆さんに向けてそんなふうに言ってみせたところ、ならばその周囲の皆さんからはくすくすと笑い声が。
 うう、栞に言われるのはそろそろ慣れてきたけど、それ以外の人っていうのはやっぱりまだ……などと肩身を狭めていたところ、するとその栞。
「何かあったらすぐこうなんですよこの人」
「しぃちゃんしぃちゃん、それ自慢げに言う台詞じゃない」
 ……狭めた肩身がカチコチだったこともあって家守さんに先を越されてしまいましたが、僕がどんな状況にあろうと栞は栞なのでした。
 が、僕ではない家守さんはここで更にもう一言。
「――いやもしかして、孝さんだけにこうなんです、みたいな?」
「え?」
「あ、ごめん何でもない」
 …………。
 …………。
「ところでこーちゃん、何考えてたか白状しないと場が進まない感じだよこれ」
「あ、ええと、はい」
 原因も解決策もそこではないような気がしますが、追及したところで得るものなんか何一つなさそうだったので、もうそういうことにしてもらっておきましょう。納得してくださいね、家守さん以外の皆様も。
 白状する、なんて言い方になるほど変なことを考えていたわけではない――と、自分ではそう思うのですがしかし、とはいえやはり言い出し難いところはあるわけです。やたらとお膳立てされてしまったこの状況的にも、変ではないにせよややこしくはあるこの話の内容的にも。
 しかしそう言っていても、それこそ家守さんの言う通りに場が進まないわけでもありまして。なのでここは意を決して、向かいの席から送られてくる生温かい視線も励ましのそれであると思い込んで、話を始めさせてもらうことにしましょう。
「優しい人なんだろうなって」
 …………。
 あれ、一言で終わっちゃったけど。
「あー、えー、もしかしてだけど日向さん?」
 周囲の皆さんの困惑はもちろん、おかしいなあもっと色々なこと考えてた筈だったんだけどなあ、と僕自身も困惑していたところ、そこでこのどうしようもない空気をどうにかしにきてくれたのは、背の低い男性なのでした。
「あ、はい」
「間が空いてちょっと分かり難かったりしたんだけど――話の流れ的に考えて、もしかしてその『優しい人』っていうのは、こいつのことで?」
 言って、遠慮なく指差してみせるのは背が高い男性。
「あ、はい」
 そりゃまあ急に他の人の話をし始めるわけもなく、ということでこれはご指摘の通りに背が高い男性についての話だったのですが、我ながらなんと間の抜けた返事なのでしょうか。
 ――気を取り直して。
「さっき仰ってた『自分のことが分かってなかった』って話なんですけど、僕なんかはむしろそれが最初にあったんですよ。自分のことだって全部は分からないのに他人のことを全部知るなんて無理だよなあ、なんて。全部知ったかどうかを保証してくれるその相手自身が、そもそも自分のことを全部は知らないわけですし」
 省略しようと思っていたわけではないのですが、その長ったらしさとややこしさからついついすっ飛ばしてしまった部分について、改めて説明をし始めます。
 これがいつものように栞一人を相手取った場であれば、これまたいつものように初めからこうして長々と話していたのでしょうが――と、思った以上に栞が持つ僕への理解に寄り掛かっていた自分を発見したりもしつつ、更に続きを。
 ちなみに、背の低い男性も背の高い男性も、それぞれ内情は違うのでしょうがやや苦い顔をしているのでした。そしてそれに気付いておきながらも、やはり話は続けることになるわけで。
「だから、なんでその『自分のことが分かってなかった』ってことが今この場で初めて出てくるんだろうかって――いや、すみません、失礼な話なんですけど」
「構わないよ。興味もあるし」
 苦い顔をしつつもそう言ってくれる背の高い男性でしたがしかし、興味「も」です。つまりはそれ以外にも何かあるということなのでしょう。
 恐らくは、批判的なことを言われるのも当然だとか、そんなふうに思ってらっしゃるんじゃないでしょうか? というのはまあ、その苦い顔からの判断でしかないわけですが。
 しかし先にも言った通りこれは彼が優しい人だという結論に行き着く話でして、ならば批判どころかその逆をいくことになるわけです。
「これまでずっと、ご自分を顧みなかったんじゃないですか? このことについて」
「…………」
 問い掛ける形にしてはみたものの、彼から返事を得ることはできませんでした。言ってることも合わせて胡散臭い占い師か何かみたいだしなあ、というのは、半分くらい気まずさや照れを誤魔化すためのものなんでしょうけど……。
 と、それはともかく、今言った「このこと」というのはもちろん「分かっているつもり」の話――ではなく彼、もとい彼らと家守さんとの間にあったことを指しています。ずっと、なわけですしね。
「それ、どういうことになるんですか?――ああいや、顧みなかったってこと自体は分かるんですけど、そこからどういうことになるのかな、というか……」
 黙ったままの彼の代わりに、ということなのかどうかは分かりませんが、ここでそう問い返してきたのは髪が短い女性でした。
 こちらとしてもまだ説明を全て終わらせたというわけではなかったので、本人であろうがそうでなかろうが、話を進めるよう促してもらえるのは有難いところです。
「自分以外の人――要するに、皆さんのことばかり気に掛けていた、ということになるんじゃないですかね。だから自分自身のことにまで考えが及ばなかった、とか」
 もちろん僕の推測なんかより本人がどう仰るかですが、というのは、もちろんに過ぎるので省略させて頂いておきましたが。
 そして僕がそんなふうに思うのであればその本人も当然、ということで、ここまで口を閉ざしていた背に高い男性が、ようやく動きをみせました。
 ふっ、と鼻で笑うようにしながら言うには、
「他人に文句を付けることばかり考えてた、とかじゃないのかな。僕の場合」
「だとしたら、それこそ真っ先に家守さんに文句を言ってたんじゃないですか?」
 ……言い返し始めたその瞬間、つまりは彼の言葉が言い終えられた瞬間に周囲の空気が張り詰めたのは感じられたのですが、しかしそれは気にすることなく、こちらも言い返し切ってしまいました。
 どうして一切の間を置かずにそうして言い返せたかというと、彼から言われるまでもなくその可能性は、そして彼がその可能性を口にしてくることも、初めから考慮していたからです。何も僕だって、手放しで彼を褒めちぎろうなどと考えているわけではありませんし。
 というわけで、張り詰め始めていた空気はしかし、即座に元へ戻ることになったのでした。そしてそうなったということは当然、それ以上彼が言い返してくるようなことはなかった、ということでもあります。
 今のたった一言だけで、です。たった一言だけで、彼はそれ以上の反論ができなくなってしまったのでした。
 いま言ったことが彼の本心であるなら、理屈がどうあれもう一言二言は反論を続けていたことでしょう。なんせこれは、簡単に折れてしまっていい話ではないのですから。
 ……故に、今彼が言ったことは口から出任せです。出るに任せる、というまさにその通りの言葉でしかなく、理念や意地といった後ろ盾はそこには存在していません。
「家守さんはさっき、会わないよりは会って文句を言ってくれた方が良かったって言ってましたけど……もしそれを望まれていると知っていたとしても、本人の立場から積極的に出来ることではないでしょうしね」
 なんせ会わなくなってすら友達だと思い続けていたくらいなんですから、そんな自分から傷付けにいくようなこと。
 とまでは、言わないでおきましたけど。
「つくづく勝手だよね、アタシ」
 背が高い男性が再び黙り込んでしまったところ、今度は家守さんから力無い声が。
 その通り、ではあるのでしょう。否定しようもなく。そもそもの原因である事件、そしてそこから連なる今のこの会話のどちらについても、家守さんがしていること言っていることはそれを勝手だと評するに足る、足りてしまうものではあります。
 が、
「僕なんかの経験談がどれほど役に立つかは分かりませんけど」
 その点についても、僕は言いたいことを抱えているのでした。
「ある程度痛い目見ないと直せないこともあると思いますよ」
 僕なんかの経験談がどれほど役に立つかは分かりませんし、それにそもそも、それを「僕の経験談」としていいものなのか、というところからして曖昧だったりするのですが――。
 僕は一体、僕とのことでどれだけ栞を苦しめてきたことか。
 幸せを感じると泣いてしまう女性を、だというのに、どれだけ幸せにしてあげようとしてきたことか。
 今でこそ結婚という節目を迎え、それらを「かつての苦労」として互いに懐かしむこともできるわけですが、しかし当時は間違いなく僕の勝手な振舞いでしかなかったのです。たとえ、あちらがそれを受け入れてくれていたとしても。
 しかし、だからこそその「当時」から付き合ってくれ、そして頑張ってくれた栞には尊敬と親愛の情を惜しまなくもあるわけですが――それは今、別の話としておきましょう。
「……凄いんだもんなあ、説得力」
 友人四人にはこれだけで伝わる話ではないのでしょうが、しかし家守さんは、栞の胸の傷跡を消してくれた張本人である家守さんは、苦笑しながらもそんなふうに言ってくれるのでした。ならばそれは、納得してくれた、と見て間違いということにはならないでしょう。
「凄いの? 見てる限り平和そうなカップルだけど」
「いろいろあったってことでしょうね、日向さん達も」
「まあ……こう言っちゃ何だけど、何もないってことはやっぱりないんだろうしね」
 背が高い男性を除いた友人三名は、家守さんの反応からそれぞれそんなふうに。ならばそれを聞いた栞は、照れ臭そうな笑みをこちらへ向けてくるのでした。
 そう。笑えるんです、こうやって。
 ――こちらからも笑い返して視線を家守さんの方へ戻したところ、家守さんも栞の笑顔に見入っているようでした。が、しかしすぐに僕の視線に気付き――もしかしたら僕の表情も合わせて見てみようとしたのかもしれませんが――すると家守さん、そこでニカッと無闇に明るい笑顔になってみせ、そして力強く「よし」とも。
「そういうわけで、どうかな。ここらで一発痛い目みせてみない? アタシに」
 それが誰に対する言葉なのかは、言うまでもないでしょう。
 家守さんが笑顔を浮かべているのに対して彼は、それこそさっきみんなの注目を集めてしまった僕なんか目じゃないほど険しい様子で、家守さんのその提案に頭を抱えているのでした。
 というのは何も誇張した言い回しではなく、文字通りに、です。
 そしてそれを確認し終えてから更に暫くの時間を要して漸く、彼はゆっくりと頭を上げ、その重くさせた口を開き始めます。
「……日向さんが言った通りになるなんて保証はないよ。言いたいことを言いたいように言いたいだけ言ったりしたら、そんなことしたら今度こそ、僕は家守ちゃんと友達でいられなくなってしまうかもしれない。友達だと思えなくなってしまうかもしれない」
 それが今日までずっと隠してきた本音、ということなのでしょう。ただ、もしかしたら今の今までその自分の本音に自分で気付いていなかったという可能性も、考えられないではないのですが――というのは、自覚してそう思っているなら、それを皮肉めいた言い回しで伝えはしても隠そうとする人ではないんじゃないかなと、僕は彼についてそんなふうに思うからです。もちろんそんなもの、単なる印象論でしかなくはあるのですが。
 そうして勝手なことを考えていたところ、しかし彼の言い分はそれだけに留まらず、
「それに、僕だけじゃ済まなくなるかもしれない。許せないって程じゃないとはいえみんなだって僕と立場は同じなんだし、じゃあ、僕が好き放題言ってるのを聞いてたらそっちに引っ張られるっていうのも考えられなくはない――というか、充分に考えられる範疇なんだろうし」
 …………。
 皆さんのことばかり気に掛けていたのでは、と、彼に対してそんなふうに言った僕ではありましたが……。
 そうですか、そこまで。
「僕らがお前に引っ張られるってことは考えられても、僕らがお前を引っ張るっていうふうには考えられないのか?」
 少なくとも雰囲気や表情からは気分を害したふうに見えませんでしたが、しかしここで背の低い男性は、そう言って彼を咎めます。彼が起こし得ることは彼にもまた起こり得る、ということで、これもまた「立場は同じ」という話なのでしょう。
「考えられたところで、僕からそれを望むわけにはいかないでしょ。そんな勝手な」
「ちょっとしたことでいちいち言ってくるならともかく、本気で追い込まれてる人間が誰かに助けを求めるのはそんなに悪いことなのか?」
「…………」
「じゃあ追い込まれてるのがお前じゃなくて僕達三人のうち誰かだったら、その誰かが助けを求めてもお前は見捨てるのか?」
「そんなことしないよ。できるわけない。でも、だからなんだよ。助けてって言ったら助けてくれる人達だって分かってるから言えないんだよ、そんなに易々とは」
「だから、易くないだろもうとっくに。今日までこっちから言ってやれなかったのは謝る――謝られたくなんかないだろうけど無理矢理にでも謝る」
 途中何かを言い返そうとした背が高い男性を、しかしその上から抑え込むような言い方で、彼はそう言い切りました。
 言い切ったうえで、
「で、だからそれと一緒で無理矢理にでも助けてやるからな。こういう話になった、というか日向さんがこういう話にしてくれた以上、今日こそは」
 ……ついつい、自分の名前が出てきたことに意識が向いてしまいがちになってしまいますが、もちろん本題とすべきはそこではありません。
 こういう話になった。第三者がこういう話にしてくれた。――今回何が特別だったのかというのは、ただそれだけのことなのです。ただこういう話が出てきたというだけのことで、何年もの間彼らが抱え続けてきた問題が今、解決に向かっているのです。
 この現状を何とかしたいという思いは、今話している彼ら二人に限らず、五人全員が持っていたことでしょう。しかしそう思いこそすれどうにも身動きが取れないまま、第三者がちょっと話をするだけでどうにかなってしまうようなことが誰にもどうにもできないまま、今日この日までそれが続いてしまったわけです。
 ……それを指して彼らの要領が悪いだとか、一歩を踏み出す勇気がないだとか、そんなことを言うつもりはありません。それを言うのであれば僕はまず、最も自分に近しくかつそれを同じような状況にあった栞に、そう言わなくてはならなくなるからです。
 そして当然、僕が栞に対してそんなことを思っているわけがなく。
 ならばこれまた当然、栞に対して言えないことを同じ状況にある他の人には言える、なんてことがあるわけもなく。
「そういうことだったら、もちろん私も」
 栞と同じだというなら僕からの評価はむしろ高くなるわけで――といったところで、そう言って背が低い男性に続いたのは髪が長い女性。とはいえ背が低い男性は初めから自分だけでなく女性二人も含めた三人を指していたので、それについては言うまでもない、といったところでもあるにはあったのですが、
「……ここでもそういうの挟んでくる?」
 と、苦々しい笑みを浮かべていたのは、髪が短い女性でした。
 はて、そういうのとは一体どういう?――と首を捻りそうにもなったのですがしかし、そう言われて髪の長い女性が浮かべたほんわりと厭らしい笑みを見た瞬間、ああ、と。
 そういうわけで、今度は髪が短い女性の番です。
「当然、私もね」
 ……その短く、かつ無難な言い方には、誰からとは言いませんが残念そうな空気が滲み出てくるのでした。
 ちなみにそれは、栞ではありません。もしそうだったらどうしよう、ということで、初めからそちらを確認していませんので。
 ともあれ髪が短い女性、その滲み出されてきた空気に大袈裟な溜息を吐いてみせてから、こんなふうにも続けるのでした。
「そりゃあ、個人的な感情もないとは言わないけど。でもどうする? そういうの込みがいい?」
「……いや、後でってことで」
「ん。ふふ、気が合うね」
 野暮なことは言わないでおきましょう。そういうことで話は纏まったようでした。
 しかし一から十まで「そういうの込み」でやってきたような気がする自分達のことを考えると、逆にこっちが恥ずかしい気分にさせられそうでもありましたが……いやいや、今はそんな話をする場面じゃないぞ僕。そこに後悔や反省があるというならともかく、そういうわけでもないんだし。
 ――で、さて。話が纏まったとなればあとはそれに向けての行動に移るわけですが、
「日向さん」
 栞へ目配せをし、あちらもそれに頷いてみせてくれたところで、そんな僕達に声を掛ける人がいました。背が高い男性です。
「ありがとう――本当に、ありがとうございました。二人が一緒じゃなかったら、こうはなってなかっただろうし」
 続けてそうも言われたところ、栞はこちらへ少々情けない感じに緩められた笑みを向けてきます。恐らくそこには、自分は何もしてないですけど、というような意味が込められているのでしょう。
 というような想像を働かせる以上、僕も同様の認識を持っている、ということではあるのですが……とはいえしかし、話していたことの裏にやたらと栞を絡めていてもいたので、実際に動いたかどうかはともかく栞の功績がないというわけではない、というのが僕の立場からの見方だったりもします。もちろん、他の人から見れば無理がある話だというのも分かってはいますけどね。
「まあ、自分で『良い方向に向かうとは限らない』なんて言ってるのに、この時点でお礼を言うっていうのも変な話なんだろうけど」
「あはは――でもまあこういう内面の問題の場合、結果が一つに限られてるんだったら過程なんて省略すればいいや、なんて話にもなっちゃいますしね。何かしら具体的な物を作るってことならそうはいきませんけど」
「お料理とかね」
「……うーん、今取り上げるべきはそっちじゃないと思うけどなあ」
 まあ流れ的に正しい方を取り上げたとしたら、それはそれで顔をしかめるような展開になったりもするんでしょうけどね。これから「そこ」に向かおうとしている人を下手に不安にさせてどうするんだ、という。
 というわけで、そうは言っておきながら心の中では親指を立てさせてもらう僕なのでした。
 ちなみに、僕に対して「お料理」なんて言葉を向けるのは誰なのか、なんてことは、それこそ取り上げるまでもないでしょう。僕がどうとか以前に、料理の頭に「お」を付ける人がそもそも一人しかいないような気もしますが。
 いや、僕は好きですけどね? 可愛らしくて。
 そして当然そんな話は横にぶん投げておきまして――どんどん硬くなっていく表情を見るに、背が高い男性としてはどうやら、ここからが本題らしいのでした。
「それで……今から家守ちゃんの提案通りのことをするわけだけど、日向さん達はさすがに……」
「ああ、はい。大丈夫です、こっちもそのつもりでしたし。ね、栞」
「うん。――あはは、さすがにこれ以上お邪魔するのはね」
 これまでずっと口にしないでいた家守さんへの不満を今回、数年が経ってようやく、洗いざらい吐き出してしまう。
 たとえ口出しをせず聞いているだけという立ち位置であれ、そこに第三者が立ち会うというのは、考えるまでもなく避けるべきなのでしょう。というわけでそれが、先程交わしていた目配せの中身なのでした。


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