(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十四章 途上 九

2010-05-26 20:41:12 | 新転地はお化け屋敷
「でも、栞さんのほうが綺麗ですよ」
 栞さんが驚いた様子に。しかしそれは僕が人前で惚気始めたからというわけではなく、そしてその僕が口を開きます。
「……唐突に何を言い出すんですか家守さん」
「ん? いや、このあとどうなるかの予想」
 惚気たのは僕でなく家守さんなのでした。
 まず間違いなく正解だったでしょうね。家守さんがここで言っちゃった時点で不正解に成り下がりましたけど。……いや、そこを敢えて正解のままにしておくというのもアリと言えばアリなんだろうか?
「いやいや、孝一くんのほうが綺麗だよ」
 僕が驚いた様子に。しかしそれは栞さんが人前で惚気始めたからというわけではなく、そしてその栞さんが口を開きます。
「た、高次さん?」
「いや、楓に同じくね」
 惚気たのは栞さんでなく高次さんなのでした。
 しかし残念、二人だけの時は「孝一くん」でなく「こうくん」なのです。……まあ、正解のしようがないんですけど。
 ――というような突っ込みはいいとしまして、
「うーん、男が女の子の真似すると気持ち悪いねえ」
 一番重要な箇所を家守さんがバッサリと。それに対しては高次さん、「声色変えたってわけでもないのに……」と、それなりに傷付いてしまったようです。口調も特に女っぽいってことはなかったですしね。
 ただまあ、僕も家守さんの意見にまるで反対ってわけではないんですけども。

「楓さんと高次さん、どうしてああいう感じなんだろうね? 上と下って話」
「性格の問題じゃないですか? やっぱり」
 いつもなら適当にテレビを見ていたりする時間ですが、今日はそうではなく、窓を開け、並んで床に並座り込み、星空を見上げています。ベランダに出たほうが雰囲気としては良かったりするのでしょうが、まあそこまでは。
 そして星空を見上げつつも、話題はそれとまるで関係のないものでした。まあ、話している間はその話し相手の顔を見ることになるわけですけど。
「でもほら、前に楓さん、言ってたでしょ? 高次さんに依存してるって。さすがにそれはへりくだった言い方だろうけど、程度はどうあれそういうことなら、普通は逆になってると思うんだよね。上と下」
 それは確かに言っていました。逆に高次さんも「家守さんに依存している」というようなことを言ってはいましたが、それは仕事に際して家守楓という名前の集客効果を頼っているという話で、普段の生活の上下がどうだという話ではないですし。……いやまあ、人によってはそういうこともあり得るんでしょうけど。
「まあ、そうですね」
「それに、付き合う直前とか付き合い始めとかって、自分を丸く見せたいというか――言っちゃったら、猫を被ったりすると思うんだよね。そんな、断言できるほど経験豊富ってわけじゃないけど」
 栞さんの恋愛経験についてはまあ、わざわざ触れるまでもないこととしまして。
「というのは、家守さんも初めくらいはあんなに『上』っぽい言動じゃなかったかもってことですか?」
「あはは、初めくらいっていうのはちょっと失礼かもだけど……うん、まあ、そういうこと」
 言われてみれば、確かに失礼でした。言われて初めて気が付くくらいですし、家守さんについては、そういう扱いがすっかり普通になってしまっているようです。
「私とこうくんなんかは知り合ってすぐは友達付き合いだったから、付き合い始めてから猫を被るなんて不自然だし、なかなかできなかったけどね。――まあ、知り合う前からずっと被ってた物はあったけど、それはすっかり剥がされちゃったし」
 そう言いながら、ちょっとだけこちらへ体重を預けてくる栞さん。ええ、剥がしましたともすっぱりと。
 ところで、僕達は友達付き合いだったから、と栞さんは言いました。ではこの話の主役である家守さんと高次さんがどうだったかと考えてみると、
「仕事で知り合ったんですよね、確か。家守さんと高次さんって」
「うん、そう言ってたね」
「じゃあ、それこそ付き合う付き合わない以前の段階から猫被ってたんじゃないですか? 仕事上の付き合いってなると、相手に対して畏まるのが普通でしょうし」
 それを猫被りと言うのかどうかは微妙なところですが、これまでの流れと合わせてそういうふうに言っておきました。
「ああ……あー、確かにそうだよね。そこまでは考えてなかったよ。――そういえば高次さん、前に楓さんと知り合った時に仕事の時とそうでない時のギャップに驚いたって言ってたけど、仕事じゃなければ初めからあんな感じだったって言われたら、ちょっと考え難いもんね」
「仕事が終わっても扱いは『仕事仲間』でしょうしねえ。まあ家守さんですし、初めの更に初めのうちだけなんでしょうけど」
 栞さんがくすくすと笑いながら「ね」と短く返事をし、そしてやや会話に間ができます。それに乗じて視線を栞さんから星空へ移し、ついでにここまでの考えを簡単に整理してみることにします。
 上下関係というものがあまりない僕と栞さんは、友達付き合いから関係が始まって、そのおかげでお互いに猫を被るようなことはありませんでした。
 上下関係というものが目に見えてある家守さんと高次さんは、仕事付き合いから関係が始まって、そのおかげで当初からお互いに猫を被る必要がありました。
 関係の切っ掛けと、その後の猫被り。果たしてこれは、現在の上下関係に繋がるものなのでしょうか?
「猫被りが解けて楓さんがいつもの調子になった時、もしもその時点で高次さんを『頼れる人』だと思ってたら――」
 口を開いた栞さん。そちらを向いてみたところ、しかしその顔は星空を見上げたままでした。
「そうなったら、いつもの調子のままで頼ることになるのかな。今みたいな」
「タイミングの問題になっちゃいましたか」
 軽く笑いながらそう返すと、栞さんも照れ臭そうに笑いながらこちらを向きました。
「当ってるかどうかは分からないけどね、もちろん。いやほら、私がそうだったから」
「栞さんが?」
「うん。知り合う前から被ってた物を、ね。それとも私、あれから何か変わったかな?」
「……いえ、変わってませんよ」
 僕だけの功績ではない、ということをくれぐれも忘れないようにしたいところですが、それはともかく。僕との関わり合いの中で、栞さんは胸の傷跡の件を克服しました。そしてそれを恩義に思ってくれてもいるようですが、しかしだからといって、僕との仲に上下の関係が生まれたりはしていません。友達付き合いから始まった対等な関係が、そのまま今でも続いているのです。
 傷跡の件の克服も変わったことと言えば変わったことなので、正確には変わるべきところが変わって必要のないところは変わってない、というところでしょうか。
「こうくんとしては、今のままでいい? 楓さんと高次さんみたいな感じとか、その逆とかじゃなくて」
「そうですね。僕は今の感じが一番いいです」
 格好がつくようにそう言い切ってみますが、今の感じ以外を経験したことがないわけですから、当然ながらそれは推測です。自分のことながら。
 そしてそれは栞さんも同じことなのですが、
「私も、そう思うかな」
 同様にすっぱりと言い切るのでした。まあ、そういうものですよね。
 栞さんの視線が再び星空へと向けられ、少しだけその横顔を眺めてから、僕もそれに倣います。普段から星に興味があるというわけではないですが、やはり綺麗です。
「綺麗だね」
 たった今思ったことが栞さんの口から出てきましたが、しかしこれはそこまで珍しい偶然というほどものでもないでしょう。星空を見上げた人の感想なんて、大体はこうなんでしょうし。
 ――ただ、それ以外のところで思うことがありました。自分で綺麗だと思った時には頭に浮かばず、栞さんが綺麗だと言って初めて頭に浮かんだことが。
 同時に、あの意地悪そうな笑みが浮かんできたりも。
「栞さんのほうが、綺麗ですよ」
 言った途端、頭の中にあるあの意地悪そうな笑みが爆笑し始めてしまいました。しかし、そのくらいの羞恥は覚悟のうえでの発言ですので、問題はありません。
 星空を見上げ始めたばかりの栞さん、くりんとこちらを向きました。
「あはは、こうくん、本当に言っちゃった」
 ……栞さんにも笑われてしまいました。頭の中の家守さんはともかく。
 家守さんのあれさえなければ若干クサいうえにベッタベタながらも口説き文句の部類ではある台詞だったのでしょうが、そうでないおかげで冗談にしかならなかったようです。
 するとそこで栞さん、
「いやいや、孝一くんのほうが綺麗だよ」
 それは、高次さんが言っていたことを意識しての言葉なのでしょう。わざわざ「こうくん」じゃなくて「孝一くん」なところまで再現してますし、その一つ前の笑っていたところから台詞が繋がってないですし。
「……本当だよ?」
 どんな顔になってしまっていたんでしょうか、栞さんの顔色がちょっとだけ曇ります。
 しかしもちろん、結果的に冗談ぽくなってしまっただけで、僕だって栞さんと同じです。
 だったら「僕だって本当ですよ」とでも返すべきだったのでしょうが、しかし僕はそうせず、そのままでも目と鼻の先な距離である栞さんの顔へ、更に自分の顔を近付けていきます。
 何をしようとしているかは、栞さんにもすぐに分かったでしょう。そしてそのうえで、栞さんは目を閉じてくれるのでした。

「今のままがいいって、さっき言ってくれたけどさ」
 寄せ合った顔が離れ、数秒だけ黙ったまま視線を重ねたその後。星空のほうへと視線を逸らしながら、栞さんが言いました。
「ずっとそういられるか――ずっとそう思ってられるかどうかは、また別だよね」
 それだけ聞くと意見を否定されているように聞こえなくもないですが、しかしその「今のままでいい」の直後、栞さんは「自分もだ」と返していました。つまりこれは、単なる可能性の話なのでしょう。
 となれば、それは否定できようもありません。
「でしょうね。でもまあ考えが変わるとしたら、今より状況が良くなるような案を思い付いた場合なんでしょうけど」
「あはは、うん、私もそのつもりで言ったんだけどね」
 今より悪くなる――つまり、栞さんとの関係が悪化するようなことだけは、この先絶対にないと言い切らせてもらいます。可能性の一つとして否定はできない、というさっき思ったばかりのことをすっぱり無視して。
 しかし、そういうふうに考えてみると。
「……今日、音無さんの服装が普通になってたとか、庄子ちゃんが清明くんと会うことになって慌ててたとか、あったじゃないですか」
「うん」
「そういうのを見てて、『自分と栞さんはもうそういうことが起こる段階を過ぎてるな』って感じの余裕があったりしたんですけど、そうでもないですよね。何かが起こる予定はないっていっても、だったら何も起こらないかって言われたらそうじゃないんでしょうし」
「今の話だとね。でもまあ、それだとずっと余裕がないままってことにもなっちゃうんだけど」
 栞さんとだったらそれでもいいです。
 という返事はすぐに思い付いたのですが、しかしそれは仕舞っておきました。この話自体が冗談交じりの極論のようなものですし、そこへ真面目な、しかもちょっと格好付けたような言葉を持ち出すというのは、照れ臭かったのです。
 というわけで、それ以外の返事。
「当たり前ですけど、普段は余裕たっぷりでのんびりさせてもらってますからね?」
 冗談めかした言い方ではありましたが、極論を抜きにした現実的な論としても、こちらのほうがそれに相応しいでしょう。なんせ今、現状に満足して二人で星を眺めたりしてるんですから。……いや、今この瞬間で言うなら、僕が眺めているのは星じゃなくて栞さんなんですけどね。
 すると、栞さんもこちらを向きました。話題が今のものになってから初めてです。
「うん。それはもう、こちらこそ」
 にこにこと、嬉しそうな笑みでした。普段みんなといる時よりも更に――というのは浮かれた気分から来る僕の思い過ごしなのでしょうが、思い過ごしでも構わないでしょう、この雰囲気なら。
「ごめんね。急に変なこと言いだして」
「え? 変なことって、えーと、今の話ですか?」
 その話をしていたんだから、思い付く候補がそれしかありませんでした。そして栞さんも、「うん」と。
 うーむ、微塵も変なことだなんて思わなかったわけですが……しかし客観的に考えてみれば、誰から見ても「いい雰囲気」であろうこの状況で今の話でなく先の話をするというのは、変と言えば変なのかもしれません。まあ、それにしたってちょっと無理矢理なんですけど。
「『ずっと好きでいてください』って言っちゃったからさ。これから先のこと、やっぱり気になっちゃうんだよね。……幽霊になっちゃうと、そういうことを考える機会とか意味とかって、正直に言って、あんまりないからさ」
「そうですか」
 ちょっと考えます。
「そう、でしょうね」
 考えるまでもないことでした。というのは、後付けなんですけど。
 特に意味もなく、なんとはなしに視線を再び星空へ向けました。ならば恐らく、栞さんもそうしたのでしょう。視界の外なので確認は取れませんが。
「私、まだまだ先があるんだよね」
「はい」
「こうくんの、隣で」
「はい」
 ………………。
 どうやら栞さんの言葉はそこで途切れたようで、そして代わりにこれまでよりももう少し、こちらへ体重が掛けられました。
 星が綺麗でした。
 視界には入っていませんが、栞さんも、綺麗でした。


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