(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十五章 そういう生き物 一

2010-05-29 20:41:07 | 新転地はお化け屋敷
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 本日は土曜日。つまりは休日で、しかも予定は一日通して何もなく、だったら栞さんとちょっと出掛けてみたりなんかしても良かったのでしょうが――。
「凄いねえ、雨」
「ですねえ」
 空模様を「凄い」と表現するのは昨晩から続いて二度目ですが、しかし綺麗な星空を指していたそれとは方向性が逆でした。一晩を過ぎただけでここまで変わるものだろうか、と頭を傾げたくなるくらいに空一面をどんよりとした灰色の雲が覆い、どしゃ降りの雨を降らせています。
 そのどしゃ降りというのがまた相当なもので、窓を閉めているにも関わらず、滝の前に立っているような轟音を室内にまで届かせています。そのおかげで、僕と栞さんは同じ部屋内にいるにも関わらず、ちょっとした遣り取りでもついつい、声をやや大きくしてまうのでした。
 ……ちなみに、あんまりベッタリはしないでおこうという例の決め事がある割には午前中から栞さんが部屋にいますが、まあ休日くらいはということで。そもそも、そこまで厳密な決め事でもないですしね。心構えというか指針というか、まあその程度のもので。
「あー、一日中このままみたいですよ」
「そっかあ」
 たった今流れた天気予報の内容を伝えたところ、栞さんは窓のほうを眺めたまま呟きました。そしてそれは呟きでしかなかったので、危うく聞き逃すところでした。
「台風とかじゃないみたいですけど、ここまでならむしろ台風だったほうが納得ですよね」
「そうだねー。もしそうだったら、庭掃除も諦めがつくんだけど」
「……諦めないつもりなんですか?」
「いやいや、このままだったらさすがにね。でも、お昼頃には弱まってるかもしれないし。止みはしないみたいだけど」
 それですら「仕方のない妥協」みたいな感じで言うんですから、ほとほと頭が下がります。普通なら、弱かろうが何だろうが雨が降ってる時点で外の掃除なんかしませんし。
「そうだ」
 栞さん、何か思い付いた――いや、タイミング的に考えて、思い付いてしまったということになりましょうか。ともかく、何か思い付いたようです。
「空き部屋の掃除にしようかな。こうくん、どう見ても庭掃除はして欲しくなさそうだし」
 そりゃあずぶ濡れになるのを承知の上で喜んで送り出すなんて、僕でなくともあり得ないでしょう。それはともかく、室内の掃除なら、もちろん問題はありません。
「そういえば空き部屋って、そんなに埃とか溜まるものなんですか? ちょくちょく掃除してますけど」
「埃がなくても、掃除しようと思った時にはするよ?」
 でしょうね。栞さんですし。
「それはともかく、まあ、そんなに埃が目立つってことはないかな。ドアも窓も全部閉め切ってるから、積もる埃がそもそも出てこないんだと思うよ」
 考えてみれば、そりゃそうです。埃は何も空気中から自然発生しているわけじゃないので、人の手入れがあろうがなかろうが、ないものが増えたりするわけがありません。
 もちろんそれだけでなく、栞さんがきちんと掃除をしているからという部分もあるんでしょうけど。
「何だったら、こうくんも来てみる? もちろん、それでもお手伝いはご遠慮させてもらいますけどね」
 誰の部屋でもない以上、そこへついて行って何かメリットがあるわけではないですが、しかし無人の部屋というのは、ちょっと興味を惹かれるところもあります。廃墟探索みたいな――いや、自分が住まわせてもらっている建物に対して廃墟なんて言葉を使っちゃいけないんでしょうけど。というかそもそも、引っ越してきた当初はこの部屋がそれと同じ状況だったわけですけど。
 とにもかくにも行ってみたいと思いはしたのですが、しかし。入るのが栞さんだけならいつも通りにドアをすり抜けて入ればいいんですけど、
「僕が行くとなると、部屋の鍵を開けなきゃですけど」
 で、ならその鍵を誰が持ってるのかという話になるわけで、
「家守さん、もう仕事に出てる時間ですよね?」
「そうなんだよねえ。でもこの天気だし、もしかしたらお休みにしてるかも」
 大雨警報が発令されててもおかしくないくらい、というか発令されてないことがおかしいくらいですし。いや、それは言い過ぎなのかもしれませんけど。
「車でも外出を控えたくなるレベルではありますよね、確かに」
「それに、何だったら私が内側から鍵を開ければいいんだし」
 言っちゃった。
「――っていうのは、さすがに止めておくべきだよね」
「でしょうね」
 あまくに荘では、基本的に幽霊さん方が壁をすり抜けるのを禁じています。栞さんが空き部屋掃除の際に壁をすり抜けて中へ入るのは、あくまで特例なのです。
「さて、じゃあまずは楓さんのところに行かないとね。お休みにしてないならもう仕事に出てる時間だけど、確認するのは早いほうがいいし」
「そうですね」
 掃除自体はいつも昼頃に行われるのですが、もしかしたらまだギリギリ仕事に出掛ける直前だってこともあり得るでしょうしね。まあ、もしも鍵を受け取れたとしたら、流れとしては多分そのまま掃除を始めることになるでしょうけど。
 しかしどうあれ、とにもかくにも出発です。

 ――101号室に辿り着く頃には随分と濡れちゃったわけですけどね。どうなってるんですかこの真横から叩き付けられるような雨は。
 で、結果から言いますと、家守さんと高次さんはご在宅でした。鍵を受け取るだけだった予定が中へ招き入れられ、そこで話を聞いたところ、本当に今日の仕事を休みにしたんだそうです。
「はいどうぞ、お二人さん」
 栞さんへ渡される鍵と一緒に二人分のタオルも手渡され、僕と栞さんは揃って頭を下げました。さすがに移動距離が短いのでずぶ濡れとまではいきませんでしたが、室内で放っておくのはちょっと躊躇われる程度の濡れっぷりではあったのです。
 顔や頭を拭きながら、そのタオルについてありがたく思うのはもちろんながら同時に申し訳なく、そしてそれら以上に恥ずかしかったりもします。なんせ雨が凄いことになってると分かったうえで部屋を出、ここまでやってきたんですから。
「こーちゃんも一緒にってことだけど、お手伝いってこと? 頑固なくらい一人でやってきたしぃちゃんでも、やっぱこーちゃんだと――」
「いえ、一緒に行くだけです。お手伝いは今回も断ってますよ」
「キシシ、そっかそっか」
 手伝わせてもらえない、というのが情けないような気もするのは、それが僕自身のことだからでしょうか。そうであって欲しいところです。
「喜坂さん、頑固なくらいっていうのはなんでまた?」
 ややごっつい体に怪訝そうな顔を乗せているのは、高次さん。いつもだって会うのは室内なのに、こんな天気で外に出にくいとなると、そのややごっつい体が勿体なく思われるのでした。もちろん晴れてたからって外で運動をするかと、そういう行動パターンの人ではないんですけど。
 というのはともかく。
「簡単な仕事とは言っても、お金を貰ってやってることですし。手伝ってもらうってことは、つまりそれってタダ働きさせるってことですから」
 初めて耳にする話ではありません。そりゃあ僕だって高次さんと同じことが気になった時期はあるわけで、だったらその理由を訊くぐらいのことはしますしね。
「ははあ、まあそりゃそうか」
 納得したらしい高次さんでしたが、しかしそこで何やら僕のほうへちらりとだけ視線を送ってきました。ちらりとだけなので、そのすぐ後にはまた栞さんのほうを向いているわけですが。
「でも日向くんだったら、例えば喜坂さんからお礼の一言でももらえたら、それで報酬としては充分だったりするんじゃないかなあ」
「そりゃそうです」
 ついつい栞さんより先に返事をしてしまいましたが、まあ問題はないでしょう。どうせこういうことを言われている時点でそういう人間だと思われてるのは確実ですし、しかもそれは正解なんですし。
 さて、そうなると困り顔になってしまうのは栞さん。意見を譲ったりはしないのでしょうが、噛み付かれるような話だとは思っていなかったのでしょう。
 するとそこへ、家守さんが割って入りました。
「『好きだから』で何でもかんでも片付けられちゃうってのはねえ。嬉しくはあるけど、時々それ以上に居た堪れなくなることがあるもんだよ? そういうこっちゃねえでしょうっていうかさ」
「そうそう、そうですよ」
 心強い味方なのでしょう。家守さんに追随する栞さんの声は、気持ち程度ながら強気になるのでした。
 ――しかし何も敵とか味方とかそういう話ではないので、高次さんは「そりゃそうだ」とあっさり納得してしまいました。いや、僕だって別に、それを残念だなんて思うわけじゃないですけど。
「どういう場面でそう思うかは人それぞれだろうけど、喜坂さんの場合は掃除がそれにあたるわけか」
「仕事ですし、大事な日課ですから」
 話題が終息しそうな流れに表情、声色ともにほっとしたのを表しつつ、それでもどこか力強く聞こえた栞さんのその返事に、僕はなんとなく温かい気分になりました。
 どうしてそうなったかはこれまたなんとなく分かるものの、しかし頭の中ではっきりと文章として組み上げることは、できませんでした。それでいいということだけは、頭の中でもはっきりしてましたけど。
 しかし今それはともかく、引き続いて高次さんが返事をします。
「任せてるほうとしては、今後も宜しくお願いしますって言うべきとことなんだろうけど――でもまあ、今すぐにはね。外に出たらまた濡れるだろうし、良かったらここに暫くいてくれれば」
「ありがとうございます」
 言いながら栞さんが頭を下げ、ならばと僕もそれに倣いました。確かに、これ以上濡れてしまうと頭を拭くどころか着替えをしなければならなそうですし。
 ところで、「任せているほうとしては」という話。栞さんに掃除を任せているのは、厳密に言えば家守さんなんでしょうけど――でもまあ、高次さんが連帯することにもなりますよね、やっぱり。
 なんてことを考えたその時、窓の向こうから聞こえてくる大きな雨音はそのままに、それとは別の、そしてそれ以上の音量が、裏庭の側から耳を打ちました。
「HAHHAAAAAAAAAAAAAA!」
 それが何かは、一瞬で分かったんですけどね。もちろん僕に限らず。当たり前ですがサタデーです。
 栞さんが立ち上がり、そして家守さんは座ったままでずるずると、それぞれ窓側へ移動。そうして二人が外の様子を窺ったところ、
「おーおー、はしゃいじゃってるねえ」
 僕達にとっては外に出にくい天気なのですが、植物である彼にとってはやはりそういう天気なのでしょうか。まあ他にはしゃぐような要素もないでしょうし、ならばそういうことなのでしょう。
 ここで僕も見てみようと立ち上がるのですが、するとその時栞さんが、
「あっ、埋まり始めましたよ」
 と。
 えっ。
 窓までは数歩の距離ですが、しかしその言葉が気になって、早足になってしまいました。そうして窓から覗き見るサタデーは、激しい雨に打たれながら、ずるりずるりと地面に埋まっていく最中なのでした。
 地面の穴に埋まる。普通に考えればそれは先に穴を掘ってからそこへ埋めるものを入れ、そしてその上からまた土を被せる、という手順を踏むものなのでしょう。けれどサタデーは、土を掘る動作と身体をそこへ沈めていく動作を、器用にも同時に進行させているのでした。しかもえらい早いです。
 さて。動作のことはともかく、彼は植物なのですから、土に埋まるというのはまあ不自然なことでもありません。がしかし、しかしです。
「サタデー、根っこってないですよね?」
 植物だからって何でもかんでもどこまでも埋まればいいというわけではなく、そのための器官があるわけです。一般的な植物とは随分と姿形の違っているサタデーには見られない、根っこという器官が。
「茨が代わりになるみたいだよ? いっぱいあるしね」
 今更ですけど、何でもありですよね本当に。どう考えても「いっぱいあるしね」とかそういうことじゃないような気もしますし――でもまあ、そうさせた人がすぐ傍にいるんですけどね。
 そうこう言ってるうちにどうやらサタデーの作業は完了したようで、せわしなく土を掻き出していた多数の茨が動きを止めました。というか、全ての茨がすっかり地面に埋まり切っていました。動きを止めるというか、もう動きようがありません。
 そうして最終的に地面から出ているのは、大きな口の付いた花部分だけ。花部分から下の全てである茨が根っこでもあるってことなら仕方ないんでしょうけど、割とシュールです。
 しかし、記憶の隅っこから「そういう花があったような」と呼び掛けられ、それに釣られてもわんもわんと、その花の情報が浮かんできました。
 赤くて、大きくて、あと何となーくハエという単語も。
「ラフレシアみたいですね」
 言ってはみましたが、しかしもちろん、あまりラフレシアという植物に詳しいわけではありません。花だけがどどんとそこにある、みたいな印象だけの話なのです。
「ああ、だいちゃんも初め、同じこと言ってたよ」
 家守さんがそう言いました。なるほど、しかし大吾ならきっと、ラフレシアの生態にもそれなりに詳しかったりするんでしょう。いや推測ですけど。
「私もそれは聞きましたけど、テレビでしかみたことってないんですよねえ、ラフレシア。臭いらしいですから、実際に目の前にあったらあったで困るかもしれないですけど」
 栞さん、実際に見たいんだか見たくないんだか微妙なご意見。その臭ささでハエを誘き寄せて、ってことでしたっけ。そうだと分かってればまあ、微妙な意見になるのも頷けるところです。
「見に行くかい?」
 えっ。
 窓際の三人が振り返った声の主は、高次さんでした。そりゃあ他にもう誰もいないので当たり前なんですけど。
 三人を代表して、家守さんが問いました。
「見に行くって、植物園とか? この雨で?」
「どうせ日本の気候で咲くもんじゃなし、展示されてるとしたら室内だよ。……熱帯の花だったよな? あれ」
「だったような気もするけど、それ以前に植物園なんてこの雨でやってるもんかねえ? お休みしちゃってるんじゃないの? アタシらみたいにさ」
「室内展示がメインだったりするならやってたりするんじゃないか? もちろん、調べてはみるけど」
「そもそもあのちっさい車に全員乗せて、しかもこのどしゃ降りの中ドライブしちゃうのって、大丈夫?」
 ここまでは前向きな表情だった高次さん、しかしこの質問には眉を寄せました。
「んー、それは確かになあ……よし、じゃあ車買うかこの際」
 この際っていうほどの際じゃないような気がします。さらりと出てきた提案でしたけど。
「出来れば即日納車だな。植物園に行くならサタデーの時のほうがいいだろうし」
「そりゃそうだね。よし、それでいこう」
 それでいくことになったようです。なんて思い切りのいい夫婦でしょうか。
 場所は移って、102号室。どうしてここにお邪魔しているかと言いますと、善は急げと車を買いに行ってしまった家守さんと高次さんの本日の計画を、清さん達に伝えるためです。もちろんこの後、202号室へも行くことになります。
 で、車を買ったのちに植物園へ行くという話を清さんにしてみたところ、
「いいですねえ。外に出ないのはともかく、外に出られないというのは窮屈でしたから」
 いつもどこかへ出掛けている清さんが言うと、あまり大袈裟にも聞こえません。恐らくは本気で窮屈だったことでしょう。
「植物園というのは、動物園の植物版みたいなところですか?」
 そう尋ねてきたのはナタリーさん。ナタリーさんにとっての動物園というのは一時自分が住んでいた場所なので、まあ、そういう考え方にもなるでしょう。
「そうだよ。雨が降ってるから、行くとしたら建物の中でやってる所だけどね」
 そう返しつつ、栞さんは窓の外へと顔を向けました。そこでは未だに、花部分だけを地上に出したサタデーが雨に打たれながらじっとしています。
「植物自体は、雨が降ってても平気みたいだけどね」
「ふふ、そうみたいですね」
 そういって女性二名は軽く笑ってみせますが、しかし雨だけならまだしも風だってそれなりにあるので、花びらが千切れて飛んでいったりしやしないかと、僕としては少しだけ心配だったりします。
 けどまあサタデーは自分から、しかも大喜びで外へ出たわけですから、そんな心配は無用なのかもしれません。
「それで、あの」
 ナタリーさん、何やら気後れした様子で尋ねてきました。
「ジョンさんは、一緒に行けるんでしょうか?」
 ……まあ、これまで何度かありましたもんね。ジョンに留守番をしてもらうってことは。
 少しだけ返事を躊躇ってしまいましたが、言うだけのことは言わなくてはなりません。誤魔化したって何にもなりませんし。
「難しいでしょうねえ。外だったらまだしも、室内になるわけですし」
 ちなみにそのジョンですが、さすがにこの天気で裏庭の犬小屋に入っているままということはなく、今この部屋でゆったりと伏せっています。名前を呼ばれたことでこちらを向いてはいますが、残念な話をしているということまでは気付いていないようでした。
 しかしそこへ、そんなジョンの頭を撫でながら、そしていつものようにんっふっふと笑ってから、清さんが言いました。
「ドッグランがある植物園も、割とあるものですよ」
「ドッグラン?」
 自分で犬を飼ったりしていれば別なのでしょうが、生憎と僕はその名前を知りませんでした。
「まあ要するに、飼い犬を預けておける施設です。殆どは屋外ですが、室内展示を主にしている植物園なら、もしかしたらドッグランも室内だったりするかもしれませんよ?」
 なんとも希望に溢れる情報を頂いたわけですが――しかしその後ろには「滅多にないでしょうけどね」という言葉が続いてしまうのでした。
「まあ何はともあれ、調べてみましょうか」
 誰かに何かを言われるより早く、清さんは次の行動に。いつも薄暗い私室へ進み入り、そしてすぐにノートパソコンを持ち出してくるのでした。
「調べるって、インターネットでですよね?」
「そうですよ」
「……あんまりパソコンって詳しいわけじゃないですけど、ここって、回線とか通ってるんですか?」
「ええ。私達が暇をしないことについては助力を惜しまないでくれますからねえ、我らが管理人さんは」
 おお。
「いや、そうでなくとも今時このご時勢ですから、小さいアパートにだってネット回線が通ってたりはするものですけどね」
 おお……。
 それでも感謝すべきことであるのに変わりはないんですけどね、と言いながら笑ってみせる清さんは、早速ながら作業を開始。
 キーボードを叩く指の速さに驚いたりもしつつ、しかし清さんだったら納得だとも思いながら、暫くののち。
「おや、あるものですね」
 あったようです。
「ジョンさんも一緒に行けるんですか?」
「ええ。さっき言ったドッグランで待っていてもらうことにはなりますが、そこまでは一緒に行けますよ」
 いやあ、良かった良かった。

「で、そこってラフレシアも見れるのか?」
 あっ。
 というわけで、202号室。これまでの話を整理して大吾と成美さんに伝えたところ、大吾から即座に突っ込みを入れられてしまいました。
「滅多に置いてあるもんじゃねえと思うぞ。なんせあれ、確か花が数日で枯れるし」
「えっ、そうなの?」
 栞さんが驚いたように尋ねますが、僕だって同じ気分です。数日でって、そりゃまた。
「おう。だから、生きてるラフレシアを展示してるとこなんてまずねえだろうな。ホルマリン漬けとか、そんな感じだぞあったとしても」
 ……ジョンの同行とラフレシアの観賞を両立するのは、どうも無理そうです。
 しかしそこへ、成美さん。小さい身体を座椅子にくつろがせながら、少々気落ちした僕とは逆に、前向きな声で言いました。
「まあ、別にいいのではないか? ジョンを連れていくのと、その……ラフレなんとかを見るのだったら、どのみちジョンを連れていくほうを取るだろう」
 シアの二文字くらいは頑張って欲しかったところですが、まあそれはそれとして。
 それもそうです。どっちを取るかと言われれば誰もがジョンを取るでしょうし、だったら清さんが見付けた情報が今になって無駄になるというようなことはないのでしょう。もち論僕だってジョンを選ぶわけで、だったらラフレシアのことを残念がっても仕方がありません。
「それにしても――わざわざそれ目当てで植物園へ行くという話が出たくらいなんだし、そのラフレなんとかは面白い植物なのか?」
「ラフレシアな」
「ラフレシアか」
 訂正も入ったところで、大吾から本格的に説明がなされます。
「世界で一番でかい花を咲かせるんだと。ただ、実際に一番でかいとされてるのは、厳密には花じゃねえ部分も含めて測った別の植物らしいけど。――で、花がでかい代わりに茎とか葉っぱ根っことか、花以外の部分は殆どねえ。他の植物に寄生する小さくて細っこいのがまずあって、そこから直接花を咲かせるだけ――とかだったと思うぞ。あと臭い」
 世界で一番大きいとか実際にはそうでないとか、ラフレシアって寄生する植物だったのかとかは、今初めて知りました。しかしまあ、そういった反応は成美さんにお任せしましょう。
「大元になる部分と花しかないのか。ふうむ、確かにそれは見てみたいな。臭いというのが引っ掛かるが」
「他の花がいい匂いを出して蜂とかに花粉を運ばせるのと同じで、ラフレシアは蠅を呼び寄せるんだよ。んでそのせいか、花の見た目とか色もなんか肉っぽいんだよな。赤い色に白い斑点があって」
「ほほう、ますます面白そうな……いやしかし大吾、随分と詳しいな。滅多に見られないものらしいし、調べようと思うような機会もそうそうにはなさそうなものだが」
 そういえばそうです。大吾だったらこういうことに詳しくてもおかしくはないと思っていましたが、そこいらで見られる植物ならともかくラフレシアとなると、そもそも普段生活していて意識に上ることがまずないでしょう。今回は僕がたまたま、裏庭に埋まったサタデーの姿から連想しただけのことですし。
「いや、結構前になるけど、今日みたいなことしてるサタデーを見た時にな。花だけ地面から出てるってのがそれっぽかったから、気になって調べたことがあって」
 僕と同じ動機でした。そこで調べようとするのは随分な差なんでしょうけど。
「ほう。いや、これは素直に感心したぞ。そういうことに興味を持てるからこそ世話係が務まっているのだろうな、お前は」
「んなこと言われても困るだけだけどな、こっちとしては」
 明らかに照れている大吾でしたが、照れ臭さが勢い余って成美さんの言葉を否定したり、なんてことはありませんでした。自分でも認めるところではあるのでしょう、やっぱり。
 しかしやっぱり僕や栞さんの前だと褒められた嬉しさより恥ずかしさのほうが勝ってしまうんでしょうし、ここいらでちょっと割り込んでみましょう。
「それにしてもサタデー、普段やかましいのがあれだけ大人しくじっとしてると、なんとなく違和感があるんですよねえ」
「そういえば、孝一くんが引っ越してきてからは初めてだっけ? サタデーのあれって」
「まあただ雨が降るだけってならともかく、それが土曜じゃねえと駄目なわけだしな。そこそこ珍しいことではあるか」
「はは、植物だということを考えれば、やかましいほうが普通だという時点で珍しい筈なんだがな。もちろん今更な話なんだが」
 ごもっともです。


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