(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十三章 変えた人達 三

2010-03-07 21:09:48 | 新転地はお化け屋敷
「そろそろ出ましょうか?」
「あ、うん。中途半端な時間だけあって、過ぎてみたらあっという間だね」
 講義が始まる十分前。大学までの道のりが五分なので、これでも少し余裕を持たせた出発時刻ということになります。とは言っても、そうして余裕を持たせるのが普通なんですけどね。
 で、それはそれとして。
「名残惜しそうな言い方ですね」
「そりゃそうだよ。どんなに普段から機会が多くたって、好きな人と一緒にいる時間っていうのはやっぱり特別な時間なんだし。……まあ、今日は特に、なんだけど」
 どうやら栞さん、そろそろ自分の機嫌のよさに自覚を持ち始めたようでした。いやまあ、何も確認を取ったわけではないので、初めから自覚はあったのかもしれませんけど。
「そこまで仰るなら、午後の講義をさぼってこのままっていうのも――」
「それは駄目」
「ですよねえ」
 分かっていて訊いたとはいえ、残念なのは残念です。なんせ栞さんがそうであるように、僕にとっても特別な時間なんですしね。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
 その後、せっかく栞さんの機嫌がいい日にいつも通りというのも、なんて玄関で靴を履きながら考えてしまいましたが、しかしよく考えるまでもなく、今日はあまりいつも通りとは言えない日なのでした。服を変えてみたとか普段なかなか会わない人に会ったとか、それだけのことと言ってしまえばそれだけのことなのかもしれない、というようなことではあるんですけどね。

 さて、やっぱりいつも通りでありながら、しかし特別でもある五分間を経て、あまくに荘から大学へと移動が完了。
 今日は僕と同じ講義に出ている栞さんも、三限はともかく教室が狭い四限の講義は無理なんだよなあ、なんて、これまたいつも通りのことながら今日は特別に残念がったりしていたところ、またも校門前である二人組に出会いました。もちろん、今日はもう大学に用がない明くんと岩白さんではないんですけども。
「おや、日向君」
「こんにちは……」
 僕と同じように今から構内へ踏み入ろうとし、そこでそうして声を掛けてきたのは、同森さんと音無さん。同森さんは相変わらずムッキムキな身体にジャージ姿で、音無さんも相変わらず上から下まで真っ黒な服装かつ前髪で顔のパーツが口元しか見えないのでした。
「こんにちは。えーと、栞さんも一緒ですよ、今」
「おお、こりゃ失礼」
「喜坂さんも、こんにちは……」
 同森さんも音無さんも幽霊は見えず聞こえずなので、客観的に考えてそれが失礼だというようなことではないのでしょう。もちろん、僕の主観からしてもそれは同じことですし。
 栞さんは受けた挨拶を返しましたが、それは相手に伝わりません。でもまあ、それが分かっていながら挨拶を返してるわけですから、だから何だと考え込む必要はないでしょう。
「二人だけなんですか? 異原さんと口宮さんは……」
 いつも四人で行動している――というのは言い過ぎでしょうけど、大体はそのお二人を合わせた四人が揃っているので、ふとそんな疑問が湧いたのでした。
 すると同森さんも音無さんも、何やら苦々しい顔に。とは言っても、音無さんは口だけしか窺えないんですけど。
「うーむ、あっちがそうしたのかこっちがそうしたのか――まあ、自然とこうなったんじゃ」
「説明なしでご理解いただけると……その、ありがたいんですけど……」
 そんなふうに言われてしまうとありがたがられたくなるのは必定なのですが、しかし残念ながら、ご期待には添えられないようです。理解できるかできないかの以前に、何を理解すればいいのかすら分かりませんでした。
「そんなふうに言ったら困らせるだけじゃろう」
「そ、そう……?……ああ、そうみたいだね……」
 どうやら、顔に出てしまったようでした。ただ、恐らくはそんな僕より音無さんのほうがよっぽど困ってはいるんでしょう。原因は不明なままですけど。
 ――と思ったら、同森さんが説明してくれるのでした。
「ほら、ワシらもあいつらも、少し前から付き合い始めたじゃろ? それでまあ、時折こうなるようになったんじゃ」
「ああ、そういう」
「もちろん、いつもこうだってわけじゃあないがの」
 理解はできましたが、見える範囲だけ見てもみるみる赤くなっていく音無さんの顔を見ていると、説明される前に察せられなかったことが、かなり申し訳なく思えてくるのでした。いやまあ、僕が悪いかどうかを考えたら、全く悪くはないような気もしますけど。
「……まあしかし情けない話で、ワシもこいつも、こういうことには不慣れでの。今も二人で飯を食ってきたんじゃが、どうもぎこちなくなるというか、それっぽくなれずに結局普段通りになってしまうというかでな。かはは」
 というお話でしたが、同森さんの話を隣で聞いているだけで顔が真っ赤になってしまっている音無さんに比べれば、同森さんのほうはそう問題視するほどでもないのではないでしょうか。なんせ笑ってますし。
「普段通りで悪くないんだったら、それでもいいと思いますよ?」
 そんなアドバイスをしたのは栞さんでしたが、しかしその声は同森さんにも音無さんにも届かないので、僕が繰り返すことになります。もちろん、最後に「って、栞さんが」と付け加えるんですけどね。
 するとその瞬間に音無さんの顔色が戻り、そして同森さんも、栞さんがいる方向へと目を遣りました。
「静音、確かお前、異原から同じようなことを言われたって言ってなかったかの」
「うん……。でも、ただ、その……」
 同じようなことを言われた。そりゃあ、同じような話になったとしたら、同じようなことを言われてもおかしくはないのでしょうが、しかし音無さんは続けて何か言おうとしているようです。
「哲くんのことを……す、すすす好きだってことは、忘れないようにって……かなりきつく言われちゃって……」
 こんな調子の音無さんだと、誰が何をどんなふうに言っても「かなりきつく言われた」と受けとってしまいかねなような気がしますが、それはともかく。
 異原さんには――異原さんと口宮さんには、「普段通り」が続き過ぎて一度関係が自然消滅してしまった過去がある、という話を、口宮さん本人から聞いたことがあります。それを踏まえれば、異原さんがかなりきつい調子だったというのも、無理のある話ではないのでしょう。
「ワシゃあその場に居合せたわけじゃないが、お互いにこの調子じゃあ、少なくとも暫くは忘れようがないじゃろうな」
 と、同森さん。なるほど、それは確かにそうなのでしょう。お互いを好いていることが前提であるこの調子が維持されているならば、当然その前提を忘れられようもないでしょうし。
「――ありがとうございました、喜坂さん。ただこの通り、悲しいことにその助言を地で行ってるのが現状でして」
 そう言って同森さんが笑い、栞さんが笑い返し、それを伝える意味でも僕も笑い、そして音無さんもなんとかかんとか笑って、話に一区切りがつきました。
 音無さんとしては安堵すべきことなのでしょう、そうして話は次に移ります。
「ところで日向君、諸見谷さんのことは覚えとるかの。うちの兄貴の彼女の」
「ええ、覚えてますけど」
 移ったには移った話題でしたが、タイミングはともかく内容的に急だったので、ちょっと戸惑ったりも。ただまあ、付き合い始めてどうのこうのという前の話を考えれば、そういう意味では似たような話なのかもしれませんが。
 というわけで諸見谷さんですが、今聞いた通り、同森さんのお兄さんの彼女です。まだ一度しか会ったことはないのですが、眼鏡を掛けている割に大人しそうなタイプではないという偏見の塊みたいな紹介を除けば、さばさばしていて話がしやすい人だ、というところでしょうか。実際、初対面だというのにいろいろと話を聞かせてもらいましたし。
 ……正直に言いますと、こういった紹介で真っ先に持ち出すべきは、諸見谷さんよりも同森さんのお兄さん、一貴さんなんでしょうけどね。なんせオカマさんですし。
 さてそれはともかく、諸見谷さんがどうかしたのでしょうか?
「今日また来るそうなんじゃが、ワシらと一緒に会わんか? もちろん、そっちの都合が最優先じゃがの。喜坂さんのこともあるじゃろうし」
 そこで栞さんのことを気にするというのは、やっぱり現在の自分の立場があるからなのでしょう。自分のほうがこうなら気になるでしょうしね、他人のほうも。
 ――さてしかし、これは少し考えなければなりません。同森さんが栞さんの名前を出したのがそういうつもりだったのか、はたまた単に本日の僕との予定のことを考えてのものだったかは分かりませんが、諸見谷さんは、幽霊の存在をご存じありません。見える見えない、聞こえる聞こえないといった話ではなく、言葉の通りに、です。
 となると、諸見谷さんに会うその場に栞さんが一緒というのは、いろいろ問題が発生する恐れがあるわけですが――。
「行ってきたらいいよ」
 栞さんはにこりと微笑みながらそう言い、そして僕も、それを予想してはいました。これまでだって、同じような場面ではそう言ってましたしね。
 というわけで、
「是非行かせてもらいます」
 予想に合わせた想定通りの返事をするに至るのでした。

「前に話だけ聞いたけど、確か、眼鏡を掛けてる人なんだっけ」
「ええ、そうです」
 三限の講義は栞さんと一緒なので、同森さん達と別れてその部屋へ向かう途中、栞さんとはそんな話になりました。もちろん、他人に不審がられないよう、周囲に人がいないことを確認してからのことですけど。
「そうですけど、一番初めに出てくるのが眼鏡ですか」
「だってこうくん、そこを押してたし」
 そうでしたっけ?
 そうでしたっけね、そういえば。
「で、眼鏡を掛けてる割に、大人しい感じの人ではないっていう」
「言ってましたねえ」
 ついさっき同森さんから諸見谷さんの名前が出て真っ先に考えたのもそこだったので、僕の中での諸見谷さんといえば、今のところはそこが印象のほぼ全てを占めているのでしょう。
 まあ、見た目に分かり易い特徴ですしね、眼鏡って。あんまり言うとそれは失礼に当たるのかもしれませんけど。
「えーと……その人は、幽霊のことは? 同森さん達はもう知ってるけど」
「知らせてはないです。ただ、一貴さんも含めて周囲の人達が知ってるわけですから、伝わってないって可能性が全くないってわけでもないですけど。それでもまあ、知らないんでしょうけどね」
 もしそういうことになったとしたら、恐らくは僕にその話が伝わるだろうと思います。何も幽霊に対する顔役だとかそういうのを気取るわけじゃないですけど、一貴さん達が一番接触しやすい「幽霊の話ができる人物」っていったら、やっぱりそれは僕ということになるんでしょうし。
 もちろん、実際はどうかと言われたら、その位置に立つべき人物は家守さんと高次さんなのでしょう。僕なんかは、幽霊さん方と親しくさせてもらっているだけですしね。
 そんなことを考えている間に教室へ到着しましたが、席についてからも栞さんの話は続きます。ただし、僕が考えているような話とはまるで別方向ですけど。
「岩白さんが言ってたけど、大人っぽいイメージを考えた時、眼鏡を掛けるって答えてたでしょ?」
「うーん、即座に否定されてましたけどね。明くんに」
「諸見谷さんは眼鏡を掛けてるっていうけど、実際どう? 大人っぽい?」
 なるほど、そんなふうに絡めてきましたか。
「大人っぽい、ですねえ。いや、眼鏡の話なんで、外見についてだけの話ですけど」
 大人っぽいというか、実際に大人なんですしね。
「じゃあ、中身については?」
「それはもう、大人っぽいどころか大人ですよ。シビアなものの考え方をしてるというか」
 それを大人だと思うというのは、僕が子どもだから、というようなこともあるのかもしれませんが、ともかく僕はそう思います。
「なんせ、『愛やら恋やらっていうのはみっともないものだ』なんて言っちゃうんですから。『みっともないからいいんだ』とも言ってましたけど、それを一貴さんのすぐ隣で、ですよ?」
「うーん、みっともなくてもいい、くらいは、そう思いさえすれば私も言えるかもしれないけど……みっともないからっていうのは、もしそう思っても、ちょっと平然とは言えそうにないなあ」
 と言いながら、栞さんは眉を八の字にしていました。同意を得られたようで、そこにちょっとだけ満足感を得たりもします。
「もちろん、栞さんにそう思えって言ってるわけじゃないですからね? その話を聞いた後、一貴さんにも、今のはあくまで諸見谷さんの話だからって念押しされましたし」
「それはまあ、そうだろうね。人それぞれ考え方が違うっていうのは、周りの人達を見て知ってるし」
 その「周りの人達」という表現には、あまくに荘のみんなが含まれているんでしょう。けれど今日あったことを考えると、その筆頭はやっぱり明くんと岩白さんなんだろうなと思います。大人っぽい子どもっぽいの話にも繋がりますしね。
「こうくんはどう? みっともないものだって思う?」
「いえ、思いません。ただ……」
「ただ?」
「栞さんに熱を上げてる最中の自分は、他の人から見るとみっともないんだろうなあ、とは思います」
「あはは、それはそうかも。突っ走っちゃうところあるもんね、こうくん」
 栞さんにまでそう思われていたことを嘆くべきか、それともそんな話を笑顔でしてくれたことを喜ぶべきか、と一瞬迷いましたが、ここは後者を取って照れ笑いを浮かべておくことにしました。なんせ、まったくもって言われた通りなんですから。

「それじゃあ、先に帰ってるね」
「はい。また後で」
 三限の講義が終わり、まだ四限が残っているものの、栞さんはここであまくに荘へ帰るという選択をしました。というのも、四限の教室は狭いので一緒に行動することができず、更にその後は僕が諸見谷さん達に会いに行くということで、実質的に二人での行動がここまでだからなのです。
 もともと別行動だった四限はともかく、五分と言えど帰り道に栞さんがいないというのは、今から考えてもちょっと寂しいかもしれません。大袈裟かもしれませんけど。
 ――というわけで、四限の教室。
 もともと別行動だった四限はともかく、なんて言ったばかりですが、この後に栞さんが現れないとなると、これもまたどこか心細いような気分になってしまうのでした。ここまでくると、さすがに自分でもどうかとは思いますけど。
 しかし恐らくは、今日の栞さんがご機嫌だからということなのでしょう。そういう日ぐらいはずっと一緒にいたいと思っても、まあそこまで変な話ではないでしょうし。
 そういう日ぐらい、どころかほぼ毎日ずっと一緒にいるとか、そういう日に限って他の人との約束を取り付けるとか、突っ込みどころはそりゃありますけどね。
 これはむしろ勉学に集中するチャンスだ、なんて普段は集中力が散漫しているかのような発想の転換を見せつつ、でも結局はその後に会うことになる諸見谷さんのことを気にしたりしつつ、一時間半の勉強に臨む僕なのでした。

 ……それでも、普段よりは集中してたと思うんですよ。
 なのになぜ、そういう時に限ってウトウトしてしまうんでしょうね? 何も言われなかったとはいえ狭い教室なんですから、先生にはしっかり気付かれちゃってるでしょうし――むしろ、そういう時だからこそ、ってことでしょうか? 慣れない気勢を張ったりしたもんだから、頭が疲れ果てたとか?
 明くんは毎回こんな感じなのかなあ、などと思いながら、講義が終了して人が減り始めている教室の中、僕は座ったままなのでした。
 この後の予定もあるだろうにどうして動かないのかと言いますと、僕のところへ迎えが来るということなんだそうです。ゲストが誰かを考えればそれは間違いなく諸見谷さんなのに、僕がこんな待遇でいいんでしょうか? そりゃあ、集団単位で考えれば新入りなんですけど。
 というわけで。
「いやあ日向くん、お久しぶり」
 呼ばれて教室の入り口へ目を遣ってみれば、そこに立っているのは諸見谷さん。
 まさか迎えに来るというのが諸見谷さんだったとは思っていなかったので、これにはさすがに虚を突かれてしまいました。
「お久しぶりです。――と言うほどでは、ないと思いますけど……」
「あっはっは、そりゃそうかもね。前に会ったのが先週の金曜だっけ? 半端だねえ、これくらいってのは」
 ちなみに今日は木曜日なので、ぎりぎり一週間経っていないと言ったところです。普段から頻繁に顔を合わせているならこれくらいでも「久しぶり」ということになるんでしょうけど、一度会ったきりの僕と諸見谷さんとじゃあ、確かに中途半端です。
「半端なのが好きなのよねえ、愛香さんは」
 諸見谷さんの後ろ、廊下側から聞こえてきたその声は、口調の割に男性のものなのでした。名前を挙げるまでもなくそれだけで特定できてしまうのですが、まあ、一貴さんです。部屋のドアから顔だけ覗かせて、こちらへひらひらと手を振っていました。
「そんなこたあないよ? って言うか、自分のオカマ性だけ指してそんな、断言までする?」
「あら、あたしが何を言いたいかは分かってくれてるじゃない?」
「一貴の冗談って、半分以上がそのネタだもんさ」
 なるほど。半端なのが好きっていうのは、一貴さん自身がオカマであることを指していたわけですか。日にちの話をしているところに好きも嫌いもないんじゃないだろうか、なんて思った僕はまだまだ未熟なようです。
「――本気か冗談かはともかく、言われたから言い返すけど、私は何もオカマだから好きになったってわけじゃないからね?」
「うふふ、知ってますとも。そう言って欲しかっただけよ」
 なんて言いながら一貴さんが柔らかに首を傾けると、一方の諸見谷さんは苦い顔になりました。
「くそう、ばっちり嵌められたってことか」
「まだまだ使えそうねえ、このネタも」
 その駆け引きの引き金になったのが僕との再会だというのはかなり不思議でしたけど、それはまあそれとしておきましょう。
「えーと、他の皆さんは?」
「ああ、もう集まってるよ。私がここにいるのは、いきなり私が出てきたら驚くんじゃないかって、まあそんだけの話。そんで一貴はオマケだね」
「オマケとオカマって、字面が似てると思わない?」
「それはもういいって」
 実に楽しそうなのでした。
 しかしだからといって諸見谷さんはその話を長引かせるようなことはなく、発言を受けるよりも前に話を変えるなとこちらが感付けるほど、きっぱりとその身に纏う雰囲気を一新させます。
「前に会った時の話だと、日向くんって彼女持ちだったよね?」
「あ、はい」
 確かにその話はしましたが、もちろんありのままを伝えたわけではありません。なんせ諸見谷さんは、幽霊というものが存在していることをご存じないのですから。
「うーん、私と一貴はもちろん、待たせてるみんなもカップルだし、日向くんのほうも二人揃ってると面白そうなんだけどなあ」
「あー、僕もそう思わなくはないんですけど、なかなかそうは……」
「ああいやいや、そんな気にしてもらうほどのことじゃないよ。面識もないんだし」
 どちらかと言えば、栞さんと会わせられないことよりも栞さんに関して隠していることがあることに後ろめたさを感じているわけですが、でも仕方がないことは仕方がありません。栞さんに尋ねれば恐らくは、僕がそんなふうに思う必要はない、というような返事が返ってくるのでしょう。
 もちろん、栞さんの名前を出すまでもなく、自分でそう思ってるからそう考えるんでしょうけど。
 ここで諸見谷さん、再び話を変える雰囲気に。でもそれはどうやら僕への遠慮から来るものではないように思え、ならばただ単に話題を変えるというだけでもこんな感じになるようです。
 雰囲気が変わる、というのは何も諸見谷さんに限らず誰からでも感じ取れるんでしょうけど、しかし諸見谷さんは、どうもそれが他の人よりも強く発せられているようです。内面がキビキビしているというか何というか――自分でも、不思議ではあるんですけど。
「今日はどうしようかね。前と同じ店ってのも芸がないだろうし」
「あら、そうかしら? あたしは同じお店でもいいと思うけど。食べることじゃなくてお喋りが目的なんだから、そんなに気にすることもないんじゃない?」
「それはそうだろうけど、まあ、招待する側である年長者としてのみみっちい見栄ってとこかな」
 食事が縁の下の力持ち的な位置付けをされているとするなら一貴さんに同意したかったところですが、諸見谷さんが言っていることも分からないではありません。年長者云々はともかく、僕だって誰かに何かを提供する機会があったとしたなら、ちょっとくらい見栄は張るでしょうしね。
「そもそも毎回あたし達の奢りだっていうこと自体、見栄なんだものねえ」
「小物だねえ、私も一貴も」
「うふふ、そうねえ」
 何だかんだで、やっぱり楽しそうなのでした。

 実際の振る舞いがどうだったかはともかく、諸見谷さんの目的は僕を呼びに来ること。なので僕はお呼ばれされ、連れられるまま校舎の外に出てみると、そこには同森さん音無さん口宮さん異原さんの四人がお待ちかねなのでした。
 本当に校舎を出たその場だったので、これだったら迎えをよこす必要なんてなかったんじゃないだろうか、とも思わないではないですが、もしかしたら外で待っていた皆さんがここへ移動しただけなのかもしれません。まあ、教室でそこそこ喋ってましたしね。
 あまり重要なことではないので、それはともかく。
「あの、異原さん」
「ん? 何?」
「昼に同森さんと音無さんに会って、その時に時々二人ずつで行動するようになったって聞いたんですけど、じゃあ今日の昼って異原さんと口宮さんも二人で一緒だったんですか?」
 なんでいきなりそんなことを尋ねたのかというと、何となくです。……いやまあ、何となくなりにも理由はあるんですけどね。
 失礼ながら、異原さんと口宮さんが二人きりというのは、どうも想像し難かったのです。それもただ二人だというわけではなく、同森さんと音無さんに二人でいることを知られていてもなお大人しく二人だけになったというのは、どうも引っ掛かるところがありました。
「ああ、うん、まあ。話題にするほど面白いこともなかったけどね」
 しかし結局、返ってきたのは僕の考えに反しての素直な肯定でした。
 でもそれは喜ばしいことなのかもしれません。恋仲の二人が丸くなったということなんですから、少なくとも外野はそう思っておくべきでしょう。
「面白いことはなかったって言うけど、異原さんの場合、口宮くんと二人きりだったってだけで面白いよ」
 諸見谷さんがある意味で僕の考えに近いようなことを言うと、「ど、どういう意味ですか?」と異原さん。しかし、説明するまでもなく分かってはいるのでしょう。その表情はどう見ても、困惑というよりも照れが表れたそれなのでした。


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