(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十六章 日向家 五

2012-02-26 20:50:14 | 新転地はお化け屋敷
 ……などと、これはこれで現実逃避かもしれないようなことを考えていたところ。
「あでででで」
 頬を摘まれ、更に引っ張られました。
「硬い顔されちゃうのは嫌だなあ、後ろめたく思われてるみたいで」
「いや、思ってるんだけど……」
 もちろんこの状態なので発音は正確ではなかったのですが、ともあれ正直にそんな返事をしてみたところ、すると栞はくすくすと笑い、頬を放して言いました。
「久々かな? 自分を悪者にしちゃう癖」
 ならば僕は、摘まれていた頬をさすりさすりこう返します。
「これ、そんな話?」
「そんな話だよ。私、一回でも孝さんが悪いって言ったっけ? こういうのは持ってちゃ駄目、とか」
「言われてはないけど」
「ね?」
 ……黙りこくるほか、つまり負けを認めるほか、ありませんでした。なんせ「持ってちゃ駄目」と言われていないどころか、「そんなつもりはない」とずっと言われていたわけで。
「というわけで、続き行ってみよう」
「うむむ」
 負けを認めたにせよ、意気揚々とページをめくられとなると変な声も出てしまいます。女性が男性向けのエロ本を楽しげに、なんてあんまり遭遇する自体ではないんでしょうし、しかもそれが自分の妻だなんて。
 ――なんてことを考えている間にまたも一つのコーナーが終わりを迎え、するとまたしてもそこで栞の手が一旦停止。
「孝さん」
「はい」
 負けを認めた今でもついつい丁寧な返事を返してしまい、ならば栞はそれをくすくすと笑ってみせるのですが、言及までされることはなく。
「男の人はもちろんそうじゃないんだろうけど、女の目線からするとさ、裸かどうかっていうのはそこまで重要じゃないんだよね」
「は、はあ」
 そりゃまあ、言われてみればそうなのかもしれません。女性にとっての「女性の裸」なんて、他意を挟まず厳密にそれだけを取り出すのであれば、自分のがいくらでも見られるわけですし。
「じゃあこういうのを見た時にどこを気に掛けるかって言ったら、やっぱりさっき言ったようなのだよね。胸の大きさとか、要はどれだけその人が綺麗かっていう」
 ちょっと聞いただけだと「裸かどうかっていうのはあんまり関係ない」という話と矛盾しているように聞こえたりもしますが、しかしつまり、服を着ていようがいまいが、ということなのでしょう。具体的には、表紙の水着の女性も今目の前で裸体を晒している女性も栞にとっては同じカテゴリに属する写真であって、見えてるとか見えてないとかではなく、ただ体型のみを比較されるものであると。
「で、それを踏まえて一つ」
「なんでしょうか」
「ここに写ってる人達より、普段着の楓さんのほうがよっぽどやらしい」
「なっ……!」
 なんてこと仰る! さすがに言い過ぎでしょう!……とは思ったのですが、よくよく考えてみると。
 家守さんの名前を出す際、わざわざ「普段着の」と付け加えた栞。男性が女性の裸を見てそういった感情を持つのはごく自然、当たり前な反応ではあるわけですが、しかし家守さんの場合、普段着ですら「そういった感情」を持ってしまうことがあるわけです。
 僕は男なので栞と同じ目線で家守さんとこの本の中の女性を比べることは難しく、なので結局男の視点で考えるしかないわけですが――「普段着であってすらこの裸になっている女性と同種の感情を抱かせる」と考えれば、もしかしたら栞の言う通りなのかもしれません。
 もちろん、同種とはいえ程度に差はありますけどね? そりゃあ。
「否定しないんだ?」
「いっ、いやいや! ちょっと慎重に検討しちゃってただけで、もちろんそんなことは!」
「ふーん、慎重に検討しなきゃならないほどってことかあ」
 うう、そこは反論のしようが。
 栞、なんか妙に意地悪だなあ。エロ本に手を掛けるまでは顔を赤くしてすらいたというのに。
「まあ女同士なら笑い話で済むけど、男の人からじゃそうもいかないもんね、やっぱり」
「こっちがそうもいかないのはその通りだけど、笑い話で済むの? 女同士だと」
「済むよ? もちろん、そういうの嫌がる人にはしないけどね」
 そういうもんなんだろうか、とそれを男性に置き換えて考え始めてみたところ、しかしその考察における結論が出るより早く、栞がこう言いました。
「別にこういう本を持ち出さなくても、ちょくちょくしてるでしょ? 楓さんと成美ちゃんの比較とか」
「ああ」
 なるほど、何のとは言いませんがその比較だって同じ話ではありますよね。最近では成美さんも慣れてきてるみたいですし。
 そしてついでにさっきの考察についてですが、まあ、男でもままあることかなと。具体的な話はしませんけど。そして今それはいいとして。
「……ちなみに、ということは成美さんも嫌がらない側に入ってるわけ? 最近はともかく、少し前までとか」
 家守さんとの比較の話だって家守さんか成美さん本人が言い出すのが通例で、僕がそこに参加することは殆どありませんでした。というわけで僕は成美さんとそういう話をしたことがなく(当たり前ですが)、なので、実際はどんなもんなのかなと。
 僕の中にある勝手なイメージとしては、あんまり良しとはしてなさそうですが。
「だって、そうじゃなかったら胸の話になるたんびに人魂騒ぎが発生してるよ?」
 胸の話って言っちゃったよ。
「あ、そっか」
「あんまりしつこいとそうなることもあったけど、ちょっとくらいなら。それに、その場に女しかいないなら割と平気そうにしてたし。自虐が自虐的な冗談になるっていうか。今ではもう男の人がいてもそんな感じだけどね」
 その場に女しかいないなら、ということであるなら僕がその現場を目撃することはまずなく、そしてしようとしてもできないわけで、ならば栞のその言葉を信用するしかないでしょう。疑うようなことでもありませんけど。
「そういうことだったら、ちょっと訊いてみてもいいかな」
「なに?」
「この写真の人達より家守さんのほうがやらしいって言ってたけど、それがもし成美さんだとどういう評価に?」
「成美ちゃんのほうが綺麗」
 即答にも程がありましたが、だからこそそれは嘘偽り誇張のない素直な意見なのでしょう。そして僕も、なるほどと。
「やらしい、ではないんだ。家守さんと違って」
「女の目からすればね。男の人がどうなのかは分からないよ? そりゃあ」
 いや、大吾も似たようなこと言ってたんだけどね。もちろん男の目から見て。
 ちなみに僕自身はどう思うかという話ですが、もちろんというか何と言うか、栞にも大吾にも同意であります。そりゃあ成美さんですし、「綺麗」という点では反則クラスなんでしょうし。……とは思うのですがしかし、なんせ友人の奥さんでありかつ直接の友人でもあるので、それを栞に述べるのは相当に躊躇われたのでした。
 家守さんの時も同じではありましたが、躊躇い度はこちらのほうが上です。理由はよく分かりませんし、あんまり考えたくもありませんが。
「で?」
「ん?」
 話題も切れたところで――と言っても僕が切ったも同然なのですが――本のほうへ目線を落としたところ、しかし栞はそれを許してくれないのでした。
「孝さん、何か忘れてない?」
「忘れてる? って、えーと……」
 話題が話題なので、忘れているより避けている可能性のほうが高そうですが、しかしともかく、忘れているにせよ避けているにせよ、栞に問いただされるようなものは思い付けないのでした。
 たった今心の内に秘めておいた成美さんの評価にしたって、それが問題になるんだったら家守さんの時だって同じような質問をされていた筈ですし。
 はて。
「楓さんの話をして、成美ちゃんの話をして」
「うん」
「じゃあ私は?」
「うぐっ」
 なるほどそれは当然そうなるだろう、と頷くべきか、まさかそんな展開に持ち込むか、と頭を抱えるべきか。あとついでにその疑問通り本の中の女性と栞を比べ始めている自分もいるわけで、少々、思考の制御がままならなくなってしまいました。
「私が自分で評価するのは変だし、だったらこの場では孝さんに訊くしかないよねえ?」
「そりゃまあ、そうなんだろうけど」
 何やら栞、家守さんのような笑みを浮かべはじめるのでした。いやもう、本当にノリノリでいらっしゃる。
 ――で、です。僕は栞の夫であるわけで、ならばこういった場合、半ば定型句のような回答が存在します。
 君のほうが綺麗だよ。
 ……ぶっちゃけそれを口にしている自分というのはかなりキツいものがありますが、しかし、言わなくてはいけないのでしょうここは。君なんて呼び方したこと一度もないっつーの――って、そこは別に「栞」でいいんでしょうけども。
「あ、ちなみに孝さん」
「え?」
「具体的に何がどうってところまで訊くつもりだからね?」
「あはは、そっかー」
 ぐおおおっ……!
 ――いやしかし、具体的な話がないというわけではないのです。「君のほうが綺麗だよ」にしたって別にご機嫌取りとかそういうものではなく、ちゃんとした理由付きで真面目にきちんとしっかりそう思ってはいるのです。
 僕は姿勢を正しました。
「『具体的に何がどう』の前に、まず全体評価から」
「はい」
 栞も正しました。
「栞のほうが綺麗」
「……やあん」
 へにゃへにゃしだした! 普通に照れた! ここで! ここまできて!
 しかしそれはともかくとして。前例二つのどちらかに合わせなければならないという話ではないにせよ、「やらしい」と「綺麗」なら栞は後者だろうなと、そんなふうにも考えての今の返事なのでした。
「えへへへ、じゃあ、具体的なほう、聞かせてもらっていい?」
 照れはもちろん、それ以上に嬉しそうにしながら栞は先を促してきます。
 エロ本に載っている女性と比べられて嬉しいものなのだろうか、なんて思ったりもしましたが、しかしエロであれ何であれその容姿のみを焦点とした本に写真が載っている以上、皆さんそれなり以上のものをお持ちなのでしょう。もちろんその中でのピンキリはありましょうが、ともあれそんな彼女らと比べてなお綺麗と言われるというのは、ならばやっぱり嬉しいものなのかもしれません。当然、人によるところではありましょうけど。
 で、返事のほうですが。
「これはまあちょくちょく言ってることだけど、まずは髪とか」
「あー」
 言った途端にご機嫌っぷりを引っ込めさせる栞でしたが、しかし文句があるというわけでもない様子。そして僕も、栞のそんな反応は予想していました。
「そう言ってもらえるのはもちろん嬉しいけど、ここで出てくる話かなあ」
「それは僕も思ったけど、言わなかったら言わなかったでもやもやしそうでさ。普段から好きだって言ってるんだし」
「まあ、うん、分かるけどね」
 という遣り取りの間に栞は指先で髪を弄り始め、ならばそれはそれで僕にとって可愛らしい仕草ということになるわけですが、それはまあいいでしょう。髪自体の話と同じく、一応程度の話です。
「……『まずは髪』ってことは、他にもあるの?」
「あるよ」
「おおっ」
 喜ぶに喜べない、といった風情でやや躊躇いがちに尋ねてきた栞でしたが、しかし僕の即答に再び表情を明るくさせます。
 が。
「たださ、栞」
「ん?」
「この本と比較して、だからどうしても話がそっち方向に行っちゃうんだけど、この本を持ってたことより更に幻滅される可能性が高いかもしれない。大丈夫? そのへん」
「誓って大丈夫だよ、そのへんは」
 栞の返事に躊躇いはなく、それはエロ本の所持について尋ねた時と同じ返事でした。
「だって私の話でしょ? こういう本を持ってるってことより幻滅する可能性が高いっていうのは、ないと思うけどなあ」
 続けてそんなことを言う栞には「だといいんだけどね」という消極的な言葉を頭に浮かべてしまうわけですが、しかし、こう言ってもらえているからにはそれに応えねばなりますまい。どのみち、ここまできて「やっぱり言えない」なんてのはちょっと無理があるわけですし。
 というわけで、僕は語り始めました。エロ本に肢体を晒している女性達にすら劣っていない、我が妻の「具体的に何がどう」を。

 結果。
「はあ……はあ……はあ……」
 栞が息切れを起こしてしまいました。――いや、興奮して息が荒くなったとかそういうわけではなく、あくまで疲労からくる息切れですが。
 なんというかいろいろと赤裸々に語り過ぎたせいで、栞、時折悲鳴に近いものすら上げていたような気がします。というわけで、身体的というよりは精神的な疲労なのでしょう。顔もまた真っ赤になってますし。
「幻滅した?」
「そ、それはない。それだけは」
 もはや自分に言い聞かせているかのようでしたが、ぶんぶんと首を横に振る栞。気丈というか健気というか、何にせよ僕はそれに好意的な感想を持つのでした。
「まあ幻滅とまでいかなくとも、そんなふうになるとは思ってたよ。栞、なんのかんので胸の話しかしてなかったし」
 それはもちろん例に出したのが家守さんと成美さんだからということも大いに影響しているのでしょうが、しかしそれにしたって一言くらい他についての言葉が出てきて良さそうなところ、本当に胸しかでてこなかったわけで。そしてそう言うからには、僕が挙げた栞の「具体的に何がどう」は胸ではなかったわけで。
「胸ばっかり見てるわけじゃないんだよ? 男だって」
 もちろん、だからって胸はそんなに好きでもないってわけじゃないですけど。そりゃ僕は男ですし、そして妻である以上、栞はこれ以上なく惚れ込んでいる女性なわけですし、だったらその胸を「そんなに好きでもない」なんてことは。
 ――む、いかんいかん。いろいろぶっちゃけ過ぎたせいか思考が開放的になってるような。
 というわけで一人勝手に気を持ち直し、すると栞、僕が一人で勝手にそんなことをし始める程度の間を空けて、弱々しい笑みを浮かべながらこう返してきました。
「それは今ので充分理解した……というか、させられちゃったよ。そりゃあ胸しか見てないなんて思ってたわけじゃないけど、あんなにも語られちゃうなんて」
「そっか。いやよかった、理解してもらったうえで幻滅されてないってことなら最良の結果だろうし」
「語らせたのは私なんだし、だったらその最良の結果に持っていくくらいの責任はあるだろうしね。もちろん、その、ちゃんと嬉しいけどさ」
 努力してそうさせた、という部分がないわけではないのでしょう。けれど――というかだからというか――最後には照れ交じりに「嬉しい」と言ってくれる栞なのでした。
「なんかさ」
「ん?」
「こんな話題からじゃあものすっごい変なんだろうけど、抱き締めていい?」
「ん?……ん? よく分からないけど、ど、どうぞ?」
 栞からすればそんなふうに見えるのかもしれませんし、そうだったとしても訂正するつもりはありませんが、それは厭らしさを伴うような感情から発生した行動ではありませんでした。
 困惑顔のままこちらに腕を広げた栞を、遠慮なく抱き締めます。
「なんか、こっちも嬉しくて。あとほっとしたのもあって」
「ああ、そういう」
 やんわりと強張っていた栞の身体は、しかしその受け答えを経たところでふっと硬さが抜け、今度はやんわりと抱き返してくれました。
 なんせ男にとってはウィークネスな話題――と勝手に自分以外の全男性を巻き込むのもどうかと思いますが、ともかくそんな調子なので、そりゃもうたっぷりの安堵感を得てしまったのでした。
「こんな時でも孝さんは孝さんなんだねえ」なんて言われながら、そのまま暫く。ちなみに、何を言っても痛い目を見そうな気がしたので返事はしないでおきます。
「最後に、ちょっと訊いてみていい?」
 最後、というからには栞、エロ本とそれから派生した話はこれで終わりにするつもりなのでしょう。というわけで、それには反応してみます。
「なに?」
「『具体的に何がどう』って話、これまで言われたことなかったしそんな素振りもなかったけど、なんでなのかなって。だってほら、その、そういう機会は何度もあったわけだしさ」
 恋人同士だし夫婦だしで、そりゃあまあ、そういう機会が何度もあるのは当たり前ではあるのでしょう。
 そして今でなくそういう機会の中で話していれば、あそこまで栞を驚かせることはなかったのかもしれません。会話だけで息切れしてましたし。
「雰囲気を壊したくなかったから、かな?」
 雰囲気は大事ですもの、そりゃあ。下世話すれすれというか、下世話な話そのものかもしれませんが。
 すると栞、僕のその答えを予期していたらしく、「そんなところだろうね、やっぱり」と呆れ混じりの笑みを浮かべながら。そしてそれに続いて、
「何が言いたいかは分かってもらえるかな?」
「……分かってると思うけど、一応教えてもらっていい?」
 間違ってたら悪いし、というのも多少はあります。けれど他大多数は、ここは怒られたほうがいいんだろうな、という思いが占めていました。
「それくらいでへそ曲げちゃうほど軽くないよ。孝さんへの愛情とか好意とか、そういうの」
 間違ってはいませんでした。そして実際に怒られてみて、ああこれは怒られて正解だったな、とも。
「分かった。肝に銘じとく」
 怒られなくとも肝には銘じられますが、けれど当然ながら、怒られたほうがより強く銘じられます。怒る側だってそうあって欲しいから怒るんでしょうしね。
「たださ、栞」
「ん?」
「言い訳ってことじゃないんだけど、こっちの言い分も聞いてもらっていい?」
「言い訳ってことじゃないなら聞く」
 これが言い訳だったりしたらその念押しで心が折れていたのでしょうが、しかしそうならないあたり、僕がこれから言おうとしていることはきちんと言い訳ではないのでしょう。
 という馬鹿みたいな確認をしてから、僕は口を開き始めました。
「二つ上げたでしょ?『具体的に何がどう』っていうの」
「うん」
「その片方――もう一方と比べたらまあマシなほうなんだけど、栞の名前に続けて出すと下らないギャグみたいになっちゃうからさ」
「私の名前? 栞の――」
 確かめようとして自分の名前を口にした栞は、すると続けてそのマシなほうの名称を上げるよりも先に気付いたらしく、「あっ」とだけ声を上げて止まってしまうのでした。
 一方で栞の出方を窺いたい僕は、栞が動きを止めても何も言えず、再度口が開くまで待っていました。
 で。
「十八年、幽霊になってからも含めたら二十二年生きてきたけど、自分では全く思い付かなかったなあ……」
 口を開いた栞は、何やら遠い目線なのでした。下らない、どころか衝撃のギャグだったようです。
「でも大丈夫だよ孝さん、それでもきっとへそは曲げてなかったと思う」
 曲がらないから曲げてなかったと思うにレベルダウンしてしまいましたが、まだ頑張る栞なのでした。そんなことをしていい立場ではないものの、頭を撫でてあげたくなります。
「……ちなみに、二つ上げたうちのもう片方にも何かあったりする?」
 口調が怖々としたものになってしまっていますが、果敢にも挑んでくる栞。ならば応えねばなりませんでしょう、その勇気に。
「あるよ」
「あるかぁ」
「栞って、僕が栞の髪が好きっていうのは好意的に見てくれてるでしょ?」
「ゴメン参った! ストップ! ストップお願いします!」
 果敢なチャレンジも、どうやら栞、散ってしまったようです。
「それでもへそは曲げない所存だけど……!」
 と、まるでその髪を何かから守るように手で押さえながら。
 頑張るなあ、本当に。
「……うん、もう、これについてはこれくらいにしとこうかな」
 気勢を削がれた様子で本を閉じる栞でしたが、しかし別に、気勢を削がれたからここまでにしておく、ということではないのでしょう。最後にって言ってましたしね、それよりも前に。
 だったら僕からもこれ以上は――とは思うのですがしかし、これまた最後に、一つだけ気になることが。
「あのさ、栞」
「なに?」
「本の中身を見るまでは照れてた感じだったのに、中を見た途端割とノリノリになってたけど、それってなんか理由とかあるの?」
 ないならないで構いませんし、そういうものだろうと納得もできたことでしょう。そりゃまあエロ本ですし、方向性はともかくテンションは上がるものでしょうし。大なり小なり、誰だって。
 けれど栞、「あー……」と何かありそうなご様子。
「本の中身、思ってたよりソフトだったっていうか」
「ソフト?」
 はて、それは何を指してそう言っているのか。確かに妙な嗜好やテーマ性が発揮されたような内容ではなく、言ってみればただ単に女性が裸になっているだけの本ではありますが、しかしだからと言って全裸は全裸です。ならば僕はそこにソフトもハードもあったものなのだろうかと首を捻ってみせるのですが、
「写ってるの、女の人だけだったし」
 女の人だけ。と言うからには栞、男性も一緒に写っているものを想定していたようですが、それは一体どんな――って、ああ。
「くんずほぐれつ的な?」
「あ、あんまり言わないで欲しいかな。……だってそれさえなければ、女が女の人の裸見て恥ずかしがったり興奮したりするっていうのも変でしょ?」
「なるほど」
 家守さんの名前が挙がる辺りで言っていた「裸かどうかっていうのはそこまで重要じゃない」という話と、それはほぼ同じ意味を持った話なのでしょう。ならば僕は尋ねるまでもなくそこに気付くべきだったのでしょうが、しかしやはり、女性の裸しか載ってなくとも「これはエロ本である」という点に引っ張られていたのかもしれません。エロ本なんだから見ればそれに相応しい気分になるものだ、というか。
 というわけで僕が納得してみせたところ、栞はほっとしたような表情を。
「で、だから、これはもういいよね? このあとどうするかは孝さんに任せるとして」
 言って、閉じた本を手渡してくる栞。
 このあとどうするか、ねえ。
「捨てるつもりだよ。別に栞に気を遣ってとかじゃなくて、もう要らないし」
 捨てるつもりだよ、と言ったところで栞が口を開きかけていましたが、その上から被せるように捨てる理由を説明したところ、開きかけた口は閉じられたのでした。ということはつまり――と、皆まで言う必要はないでしょう。
 エロ本を持っていたことを怒りもしないし嫌がりもしない栞。ならば、気を遣おうにもそうする理由がないわけで。無理にそうしたところで、逆に余計なお世話ってやつになってしまうんでしょうしね。
「じゃあ、作業再開ってことで」
「うん」
 思えば今は、家具の整頓中。勉強するつもりが机の片付け始めちゃった、みたいな感じだなあと、もう二度と開かれないエロ本を片手にそう思う僕なのでした。
 ……ちなみにそのエロ本について、敢えて栞には黙っておいたことが一つ。
 最初のほうだけしか目を通さなかったのでそこまで辿り着きはしませんでしたが、なくはないのです、くんずほぐれつ。白黒ページにコラム形式で文章だけ、添えられた写真にはやはり女性しか写ってないものの、文章だけだからこそ好き勝手やっちゃってるというか、それこそソフトではないものが。
 この本はもう捨ててしまう、ということでどうするかちょっと悩みましたが、しかし、やはり黙ったままにしておきましょう。
 怒りもしないし嫌がりもしなかった栞。あまり、そこへ水を差したくはないですしね。


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