(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 十四

2012-06-09 21:09:12 | 新転地はお化け屋敷
「あ、そうだ孝さん。全然別の話になるんだけど」
「ん?」
 いい雰囲気だと思っていたのですが、残念なことにここで全然別の話になるようです。だからといって話を遮ってまでその「いい雰囲気」に準じるような行動――例えばキスしてみるだとか――を、強行しようとまでは思いませんけど。したいとは思いますけど。
「ちょろっとだけ言ってたと思うけど、成美ちゃんの話。人魂三つのこととか」
「ああ、そういえば言ってたっけね」
 あっさりと口調が元に戻っていますが、まあそれはいいとしまして。
 そのちょろっとだけ言われた時は「みんなを待たせてるからまた後で」みたいな感じで詳細を聞けなかったわけですが、でも今話すのはその理由だけでなく、この場に成美さんがいないから、というのもあるのではないでしょうか。
 今話すということはつまり口止めなんかはされていないということなんでしょうけど、だからといって本人の前でというのは、やっぱり気が引けるところもあるでしょうしね。人魂三つってことは、よっぽど気分を損ねたってことなんですし。
「お昼にお買い物に行った時、成美ちゃんの服も買ってね」
「ほう」
 成美さんの服、と言われるとあの白のワンピースしか浮かばないわけですが。
 なんて思っていたところ、僕でなくてもやはりそこが焦点になるということなのでしょう、栞もそのワンピースを話題に挙げてくるのでした。
「いつものワンピースとは違う感じで、こう、シャツとパンツで――あ、パンツって下着じゃなくてね?」
「さすがにそれくらいは分かるけどね」
 そりゃまあ服ってものにあんまり興味がないとは公言してるけども。「シャツとパンツ」でそのパンツが下着だったとしたら、その、どえらいことになっちゃいますし。ちょっとだらしない感じの寝起きとか風呂上がりとかの格好ですし。……いや、勝手なイメージですけど。
「で、ええと、それって小さい方? それとも大きい方?」
「あ、大きい方大きい方。耳出してるしね、買い物しに行ったんだし」
 まあそうだよね。と思いつつ、でもそういえば、じゃあ小さい方の服って買うのちょっと大変かなあ、とも。試着室の中で耳を引っ込めることはできるでしょうけど、その前に大人の姿で子どもの服を持って試着室に入りこまなきゃいけないわけですし。
 と、それはまた別の話として。
「で、私が服選んだんだけど、それがもうものすっごい格好良くてさ。私が選んだんだから私が良いと思うのは当たり前なんだろうけど、もう、それどころじゃなくて」
「格好良い……まあ、なんとなく想像はできるかなあ」
 家守さん方面の系統でしょうか。もちろんのこと、無闇な露出を差っ引いて、ですが。パンツであってホットパンツではないわけですしね。
「それでそれで、大吾くんにも見せて喜んでもらおうってことで、お店からそのままその格好で帰ったんだけど」
 なんだか栞のテンションが上がりつつあるようですが、それはそれでいいとしておきましょう。さっきまでの「いい雰囲気」なんてものはすっかり霧散しちゃってますが、こういう栞もいいものです。
 ――で、この話は火の玉三つに繋がるわけですから、
「大吾の受けがよくなかった?」
「はずれー」
 むう。
「202号室に帰った時、成美ちゃんちょっと頑張ってくれて、『じゃーん!』ってやってたんだけどね」
 どうやらそのじゃーんとやらはポーズ付きだったようで、それに合わせて腕を振り上げる栞なのでした。これと同じことを、恐らくは上半身だけでなく成美さんがしたとなると、なるほどそれはちょっとどころでなく頑張っているような気がします。
「その時にはもう、道端さんと大山さんがね」
「ああ……」
 無情。無残。言われるまでもなく、それが火の玉三つの原因なのでしょう。実際、栞もわざわざ言いはしませんでした。
「で、ここからが本題なんだけど。なんで今この話をしたかっていう」
「お?」
 笑顔は浮かべたままながら、口調の方はテンションを抑え気味に。
 この場に成美さんがいないから、というのが今この話が出てきた理由についての僕の予想だったわけですが、この言い方からして、どうやら他の理由がありそうです。
「いつもならその場で人魂三つだったんだろうけど、成美ちゃん、そうなる前に自分からお風呂場に飛び込んだんだよ。そのおかげで巻き込まれる人はいなかったんだよね」
「へえ」
 言われてみれば、他の人に被害が出ていればもうとっくにこの話題が出てきていたのでしょう。長く付き合っている大吾と栞はまあともかくとしても、道端さんと大山さんも一緒だったらしいですし。巻き込んじゃったら大事件ですし。
「で、だよ」
「うん」
 ここからが重要だ、と言わんばかり。どういう意味で重要なのかというのは、やはり、さっき言っていた「なんで今この話をしたかっていう」についてなのでしょう。まだ、この話と今の僕達の状況が繋げられていないことですし。
「少しだけ待ってから、大吾くんがそのお風呂場に入っていってね」
「っていうのはやっぱり、成美さんを押さえとくため?」
 というのが、火の玉三つが起こった場合の通例です。が、ならば何故そんな当たり前のことをわざわざ尋ねたかというと、それだけではなさそうな気がしたからです。特別な何かがあったからこそ、栞はこうして今この話を持ち出しているんでしょうし。
「それもあるんだけど」
 予想通り、それだけではないようでした。
「もちろん大吾くんがお風呂場で何をどうしたかっていうのまでは見てないんだけど、成美ちゃん、どう考えても普段より早く立ち直ったんだよね」
「ほう?」
 それだけでないことは予想通りだったのですが、しかし、それは一体何を意味するのでしょうか?
「見てない以上は、私の勝手な想像なんだけどさ」
「うん」
「大吾くん、ただ押さえてるだけじゃなくて、成美ちゃんを元気付けようともしてたんだと思う」
 つまり、詳細は不明ながら、普段より早く立ち直ったのは大吾の手柄であると。
 何かしら理由があって普段より早く立ち直った、ということならそれも可能性の一つではあるのでしょうが、しかし疑問が湧かないでもありません。
「それって、効果あるの? 今まではそういうことしてなかったと思うけど」
 普通に落ち込んでいるのならまだしも、火の玉三つという、なんというかこう、不思議パワーによって強制的に落ち込んでいるわけです。言葉で立ち直らせられるんだったら今までだってそうしてきたでしょうし、なので今までそうしてこなかったことを違和感なく受け入れてもきたわけですが――。
「ないんだけどね」
「ないんだ」
 苦笑するほかありませんが、どうしたもんでしょうか。
 というわけで苦笑していたところ、けれど栞は、むしろ真面目な顔をして言いました。
「でも今の大吾くんなら、っていうのは、やっぱり夢見がちな考えってことになっちゃうのかな」
「あー……」
 言われてみれば確かに、というのが正直なところ。しかし苦笑してしまった手前、即座にそれを翻して「そうだね」とは言い難かったりします。言い難いだけですが。
「そう、だね」
「私がさ」
 言い難いところを無理して言ってみたところ、やや強い語調でそう続けてくる栞。言うまでもなく大吾と成美さんの話をしていた筈なのですが、何やら話の主題が入れ替わってしまいました。
 と思いましたがしかし、それは僕の思い過ごしなのでした。
「私がさっきあれだけ、あんなにも嬉しい気持ちにさせてもらったのって、実はかなり意外だったんだよね。結婚までして、もうこれ以上ないくらい幸せだって思ってたのに、その『これ以上』がさっきあっさり来ちゃったんだもん」
「いやあ……」
 と照れ始める僕に構わず、栞は話を続けます。
「だったら大吾くんと成美ちゃんだって、意外というか、ちょっとした理屈なんて無視できちゃうくらい想い合うとか、そういうのがあってもいいよねって、そう思って」
 ちょっとした理屈というのは、成美さんを元気付けようとしても効果はないんじゃなかろうか、という話について言っているのでしょう。
 で、それを踏まえたうえで考えてみても、なるほどと頷くには無茶苦茶な理屈です。
「なるほど」
 が、言ってしまいました。ありだなと、そう思わされてしまいました。
 なんせ、栞が嬉しい気持ちにさせてもらったという以上はそれと同様、僕だって嬉しかったわけです。頭に「あんなにも」なんて付けてしまうくらいに。
「良かった」
「ん?」
「納得してもらえて。それってつまり、孝さんもそれくらい私のこと想ってくれてるってことだよね?」
 ああ、そういうことになるのか。
 ――というか多分、栞はそれを確かめたくてこの話をしていたのでしょう。最初から直接尋ねてもいいのでしょうが、比較対象があるとやっぱり違いますもんね。より強く、かつはっきり自覚できるというか。
「時間ないのに、えらく遠回りに甘えてきたなあ」
「やるなら徹底的にって感じかなあ。……ふふっ、孝さんだってそうでしょ?」
「まあ、そうだね」
 その方が性に合うというのは、間違いありません。せっかちなくせにそんなだから、怒られたり泣かせたり喧嘩したりしてきたわけですしね。今日だってついさっき泣かせたばっかりですし。
「じゃあ、仕上げに」
 何? と訊き返すまでもなく、栞は目を閉じ唇を差し出してくるのでした。そりゃまあそうなってもおかしくないというか、いっそそうならないほうがおかしいのでしょう。――いや、一般的な話でなく、飽くまで僕と栞についての話ですけどね。
「……ふふっ」
 唇が離れると、栞は何やら笑みを溢します。嬉しさのあまり、というのがまずその理由として頭に浮かんだのですが、しかしどうもそうではなさそうというか、なんとなく家守さんを思い起こさせるようなというか。
「どうかした?」
 なので内心ちょっと恐る恐るながら、尋ねてみます。
「道端さんと大山さんに話したら驚くかなってね。孝さんと、こんなに普通にいちゃいちゃして来ましたって」
「普通じゃなくいちゃいちゃってむしろどんななのさ」
 そんなこと言いふらさないでください、とは敢えて言わず、ちょっとずれた方向から突っ込みを入れてみました。まさか本気じゃないんでしょうしね。まさかね。
「念仏唱えながらとか?」
「…………」
 たしかに普通ではありませんが、どころか常軌を逸しているような気がしますが、それ以前に何をどうやったってその要素一つで「いちゃいちゃ」なんてものではなくなってるような気が。
「でも孝さん」
「ん?」
「そんな無茶苦茶な話じゃないにしたって、ここまで普通に付き合ったり結婚したりっていうのは、やっぱり幽霊が見えるってだけじゃあ無理なことなんだと思うよ」
「うーん……そう、なのかなあ」
「私はそう思う」
 具体的な説明は一つもありませんでしたが、しかし栞は断言するのでした。
「そっか」
 だからといって、説明を求める必要はないのでしょう。栞がそう思うんだったら栞にとってはそうなんですし、栞にとってそうなのであれば、じゃあ僕にとってもそれでいいのです。
 他の誰か、何かが関わる話ならそうはいきませんが、これは僕と栞だけに関係する話です。それは、なんせ家守さんすら身を引いてしまうくらいに、言ってみれば閉じられた関係についての話なのです。良くも悪くも――ええ、良くも悪くも、です。
「栞」
「ん?」
「僕を選んでくれてありがとう」
 栞の意思を確認せずに決めたことではあったけど、それでも、嬉しかったよ。
 家守さんが身を引くこと。僕が全部を背負うこと。その両方を、泣いて、でも笑いもしながら受け入れてくれたことが。
「あれ? あはは、それ、どっちかっていったら私が言うべき状況だったような」
「んー、そういえばそうかもね」
「……でも、うん、どういたしまして。と、こちらこそ、もかな」
 そう言ってやっぱり栞は笑ってくれるのですが、けれど唐突に、かつ状況から見てあべこべに礼を言ってしまうほど内心が温まっている今の僕にとって、その笑顔はたまらないものなのでした。
 だから、というほど思考と行動が合致していたとは思いませんが、ともあれ僕はそれまでずっと栞の傷跡の跡に触れさせていた手を引き、代わりにそこへ顔を寄せました。ゆっくりと、けれど思いっきり、もしかしたら痛いかもしれないくらいに栞を抱き寄せながら。
「孝さん」
「ん?」
「大好きだよ。愛してる」
「うん」
「ふふっ。――それと孝さん、もういっこ」
「ん?」
「時間、大丈夫?」
「あんまり」
「ん。よし、じゃあほら離れて離れて。優しくしてくれるのは嬉しいけど、それで遅刻は駄目だよ。後味も悪くなっちゃうし」
 渋々――なんて言ってしまうのは非常に大人げないのですが、それでもやっぱり渋々と、僕は栞を開放しました。
 ら、その途端、再度のキスを見舞われました。
「今のが区切りってことでどう?」
「はは、参ったよ」
 笑うしかなく、そして笑った時点で僕の負けなのでした。ええ、すっぱり切り上げて学校に赴けそうですとも。

「じゃあ孝さん、行ってらっしゃい。帰って来た時、もしからしたらまた101号室にいたりするかもだけど」
「そうだね、木崎さん達もまだいるかもしれないし。それっぽかったらそっちに顔出すよ」
「うん。――んー、できればここで『お帰りなさい』って言いたい、っていうのもなくはないんだけどね」
「分からなくはないけど、まあそれは今日じゃなくたっていくらでもチャンスはあるわけだし。っていうか、チャンスだらけだし」
「あはは、まあ、そうなんだよね」
 ずっと一緒に暮らすんだし。とは、僕も栞も敢えて口にすることはありませんでした。
「じゃあ、行ってきます」
「うん」
 このあと101号室に移動するんだったら一緒に出ればいいでしょうに、栞はにこにこと僕を見送るのでした。
 そういうところに拘るというのは可愛らしくもある一方、しかし、それで僕が救われているという面もあるのでしょう。
『ここまで普通に付き合ったり結婚したりっていうのは、やっぱり幽霊が見えるってだけじゃあ無理なことなんだと思うよ』
 栞は僕への褒め言葉としてそんなことを言っていましたが、でも僕からすれば、栞が普通の女性だったからこそなのです。初めて会った時からこれまでずっと、そしてこれからも。
 そうでなければ僕は、栞のことをどれだけ強く好きになろうともどれだけ深く愛そうとも、家守さんが身を引くことを良しとはしなかったでしょう。したくてもできなかったでしょう。
 幽霊だけど、普通だったから。
 だから僕は栞とこうして一緒になれ、栞の全てを受け入れられたのです。


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