(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 三

2014-09-21 20:45:29 | 新転地はお化け屋敷
 まあそれはともかく、あちら四人は成美さんが猫である、という話を本人からも家守さんからも僕達からも聞いているわけです。とはいえしかし、そのまんま猫な方を夫として紹介されれば驚きや戸惑いを生じさせずにはいられないところでしょう。
「で、この人間達は?」
 というわけで、そうして四人の反応が遅れている間に猫さんの方から質問が飛ぶのでした。人間達、という言い方はまあいつも通りだとしても、その声色には余所余所しさというか、警戒心が窺えたりもしたのですが――。
「家守の友人達だそうだ」
「ほう、あいつの」
 家守さんの名前が出た途端、それが少しばかり和らぐのでした。上位二名はもちろん怒橋兄妹なのでしょうが、その次となったら成美さんに今の身体を与えた家守さんなんでしょうしね。基本的には人間嫌いであるらしい猫さんが、それでも信頼を寄せる人間の相手となると。
 家守さんがまだこの場に残っていたら面白かったかもなあ、なんて発想は、意地悪というものに分類されるのでしょうか? と、それは今どうでもいいこととしておいて、
「その割には随分幼いように見えるが、単に年の差があるだけだと見ていいのか?」
 続けてそう尋ねもする猫さんなのでした。実際に問いたいことがその言葉通りのことでないということくらいは、この場の誰もが察せられたことでしょう。そしてそれは、成美さん大吾庄子ちゃんの三人が、間違いなく気にはなったろうにここまで問いただそうとしてこなかったことでもあります。
 猫さんと成美さん達、そのどちらの対応が正しいのかと言われれば、正直なところ成美さん達の側を推したくはあります。そうでなかったら、尋ねられるのを待つことなく初めからその点も含めて紹介し切っているわけですしね。
 ……しかし、では猫さんが間違っているかと言われれば、そうだとは言えないところでもあるわけです。これは誇張なく人の生死に関わる話なわけで、ならばそんな重大な点を本人からの証言を得ないまま想像で補うとなると、万が一それが間違っていた場合に大変な失礼を働くことになりかねないわけですしね。
 で、どちらが正解だとも言えない、もといどちらが間違いだとも言えないのならば、猫さんと成美さん達の対応の差はどこから生じたのか。それはやはり、猫と人間の差、ということになるのではないでしょうか?
 まあ正確に言えば人間と人間以外の差、ということになるわけですが――つまりは、死後の世界をあって当然のものとしていないのは人間だけだから、ということになるわけですが。人間以外の生物はそういう話をすることに抵抗がない、ということもないのでしょうが、しかしそれでもやはり、人間のそれに比べればいくらか軽いものにはなってくるのでしょう。
 というわけで特に猫さんを諌めるようなことをするわけでもない僕は、ならば猫さんではなくあちら四人に視線を送ります。そしてあちらが頷き返してくるのを確認してから、
「四人とも家守さんとは同年代だそうです」
 と。
「なるほど、つまり『そういうこと』というわけだな」
 ここでもまだ直接的な表現を避けようとするのは僕が人間だからなのか、それとも僕が僕だからなのかといったところではありますが、しかしそのどちらだったにせよ、そんな人間だか僕だかに合わせてくれた猫さんには頭が下がる思いなのでした。
 …………。
 そりゃあ嬉しいし頑張ろうって気にもなるよなあ。こういう遣り取りを何度も、しかも恋人もしくは奥さんと繰り返してきたってことになると。わざわざ誰のこととは言わないでおくけど。
 わざわざ誰の事とは言わないでおきますが、しかしそういうことを考えるのが僕だけだったというわけでもないようで、
「……なんだ急に」
「急ということはないさ」
 それまでは胸に抱いているだけだった猫さんへ、成美さんが頬を擦り寄せたりもしているのでした。
 そしてその隣でも、
「急ということはないさ」
「せめてオレが何か言ってからにしろよ」
 庄子ちゃんが大吾を肘でつついていたりもするのでした。明言なしにそんな遣り取りが成立する辺りは、さすがと言う他ないでしょう。
 同じ猫であるというのに、猫さんではなく人間側の反応をしていた成美さん。そうさせたのが誰だというのは、しかしまあ、これもまたわざわざ言わないでおくことにしましょう。
「本当に仲がいいんですね。なんて、新婚さん一家相手にわざわざ言うようなことでもないのかもしれませんけど」
 とここで、髪の長い女性がほっこりと頬を緩めながら。
 猫がどうのこうのという点で戸惑うところがないということはないのでしょうが、しかしどうやら、上手い具合に成美さん達の空気に飲まれてくれたらしいのでした。――なんて言い方だと、まるで狙ってそうしたみたいではありますが、もちろんそういう話ではなく。
 そして成美さんについては、そもそもそれどころですらないようで、
「あ、いや、こいつは飽くまでも『元』夫で、一家というわけでは、な?」
 と、そうは言いつつしっかり抱き留め続けている猫さんについて、そんなふうに弁明をし始めるのでした。が、しかし――。
「全く説得力がないのは承知しているが、そういうことで頼むぞ?」
 先手を打たれてしまいました。しかし打たれたところで突っ込みどころが突っ込みどころであることに変わりはないわけで、だったらつついてみようかな、なんてふうにも思わないではありません。
 が、そこで助け船を出すのはやはり大吾なわけです。
「直接関係あるってことだとむしろ成美より庄子なんだよな、今は」
「えへん」
「いや別に威張るところでもないだろ。直接関係あるったってそれも結局は直接じゃない成美の関係を下敷きにしたものだし……って、説明すんのすげえめんどくさいなこれ」
 兄の妻の元夫、でしたっけ。当て嵌まる言葉がないからそのまんま猫さんとの関係を表す名詞扱いにしちゃったっていう。ということで猫さんからすれば元妻の現夫の妹……うん、確かに面倒臭い。
 面倒臭いのですがしかし、じゃあ止めた、で済ませられないのが大吾の立場でもあるわけです。なんたって今会ったばかりの人達にそれを説明しなくてはならないわけですしね。頑張れ大吾。
 ――というわけで、頑張ってくれたところ。
「いやでも、妹さんまだお若いのに……なんて、こんな見た目で言うのも変かもしれないけど」
「あ、いえ、そういうのは理解出来てるつもりですんで」
「これは失礼。しっかりしてるなあ、本当に」
 褒めようとしたところを遮られ、そのことで更に感心の度合いを増すことになる背が低いほうの男性なのでした。やっぱりどうやったってそこに行き着いちゃうんですかね、庄子ちゃんは。
 で、その庄子ちゃん。相手がついさっき会ったばかりの人物ということもあるのでしょう、普段以上に照れてしまっているようでよく見る照れ笑いすら浮かべられないでいるのでした。
 その代わりに焦ったような表情で――言い訳、というのも変な話ですが、何かしらの言い返せる要素を求めてか視線をあちこちへ走らせた後、
「色々ありましたんで」
 そう言って指し示したのは、兄なのでした。指し示したというか、腰を叩いていましたが。
 色々、と言った庄子ちゃんではありましたが、しかしそれを聞いた相手が真っ先に想像するものとなると、やはり一つのものに限られてくるのでしょう。
「いやオマエ、言われた方も困るだろそれ」
「あ、やっぱり? あはは、すいません」
 それが何なのかは明言しないままに兄と妹のその遣り取りで話は流れてしまうことになったのですが、そこへ向けられる複数の遠慮がちな笑みの裏にあるものはやはり、そうなる直前のものから変わってはいないことでしょう。
「まあだから別にあたし自身がどうってわけじゃなくて、なるようになっただけっていうか。と、いうわけですはい」
 本人はそんなふうに言ってたりもするわけですけどね。
「オレのことに限ればそういうことにもなるだろうけど、でもそれだけってわけじゃないだろ別に」
 話題を変えようとしたのかどうかは分かりませんが、ここで何やら大吾がそんなふうに。となれば庄子ちゃんは「へ? え、ええと、何の話?」と、明らかに及び腰にもなるわけです。今なんとか自分の話を終えられたばかりだというのに追い打ちを掛けられそうになっている、なんてことにもなればそりゃあそうもなりましょう。
「最近恋なんかし始めたりしたわけだし」
「さすがに全然関係ねえですよそれは!」
 初対面の相手を意識した口調が兄への罵倒に負けそうになっていますが、負けきってはいないのでまだセーフということでひとつ。
「いやいや、人としての成長ってことなら関係大有りだろ。真面目な話、オレだって身を以って知ったばっかりでもあるし」
「ぐう。まあ、今日がまさしくそういう日だっていうのもそりゃああるんだろうけど……」
 というのがどういうことなのかというのは、言わずもがな。で、そういうことであれば成美さんはもちろん僕と栞も、あと家守さんと高次さんについても大吾と同じ立場ということにはなるわけで、ならば残念ながら庄子ちゃんをお助けするのは難しそうなのでした。
「ふふふ、何だったら楽を呼んでこようか? どうせ紹介だってしておいてほうがいいのだろうし、そのついでに」
 確かに大吾達をこちら四人に紹介したということなら、清さん達の紹介もしておきたいところ。そしてそれは庄子ちゃんを追い詰めることにもなってしまうわけですがしかし、いつものことといえばいつものことではあるわけです。
 ……とはいえ当の庄子ちゃんとしては、
「そうなったら逃げますよあたし! あたし逃げますよ! 今回ばっかりは!」
 今回ばっかりは、なんて言い方をしなければならないのが実に気の毒ではあるわけですが、そういうことになるわけです。そりゃあ、会ったばかりの人の前でそんな話というのも、ねえ?
「まあここにだけやたら集合してるってのも窮屈だし、別にそれでいいんじゃないか?」
「つまり、ここから逃げてもわたしと大吾とこいつからは逃げられないということだ」
「俺は別に庄子を困らせるつもりはないんだが……」
 というわけで怒橋一家プラス猫さんは、どうやら清さん達と入れ替わりにこの場を離れる、ということになったようでした。普段ここより狭い部屋にもっと大勢で集まっていたりすると窮屈も何もあったもんじゃないとは思いますが、しかしまあ、そういうのは我が家だけに留めておくべきでもあるんでしょうしね。
 ひーん、と庄子ちゃんが情けない声を上げたりもしている中、「んじゃ孝一、オレらあっちに声掛けてくるわ」と兄は無情にも決定を押し通しに掛かるのでした。
「うん、お願い」
 そうして無情な兄に同調した僕は、ならばやはり無情な男ということになってしまうんでしょうかね?

 そういうわけで大吾一行がこの場を離れ、そしてそれから清さん一行がやってくるまでのこと。
「変な意味ではないんだけど」
 という不安を煽るような前置きを挟んで話し始めたのは、背の高い男性なのでした。
「人を成長させるってことなんだろうねえ、辛い出来事っていうのは」
 ……前置きについてはまあ、不審がっていることを隠せないでいた僕に向けたもの、ということで納得しておくとして。
 それというのはもちろん、庄子ちゃんのことを言っているのでしょう。明言こそしなかったものの、正にその話をしていたわけですしね。
 とはいえしかし、本人がいなくなったからといってあの時明言しなかったことをここで口にするというわけにもいかず、ならばどうにも反応しにくい話題ではあったのですが――。
「私達はどうなんでしょうね?」
 彼にそう言い返したのは、髪の長い女性なのでした。
 そしてそこで大吾達に呼ばれた清さんが到着し、なので彼がその質問にどう答えるつもりだったのか、そもそも答えるつもりがあったのかどうかは、有耶無耶なままになってしまうのでした。
 と、いうわけで。
「いやあ、わざわざお声掛け頂きまして」
「この人達、家守さんのお友達なんだってね。庄子ちゃんが困った顔してたのは何だったのかな?」
「うーん、いつも通りだとしたらまだ清明さんの話になったとか……あ、すいません、後回しですよねこんな話」
「ワフッ」
 遠目からでも目立っていた、蛇に巻き付かれて鶏を抱いている人こと清さんの登場です。そして当然、その蛇さんと鶏さん、あと足元の犬さんについても同様に登場したことになるわけです。
 その遠目からでも目立っていたという話が出た時にも目視だけはしていたわけで、ならば蛇と鶏とあと犬が一緒に登場したことについて驚く人はいなかったのですが、
「あれ? え、さっきの妹さんの恋の相手って……」
 それとは全く別の点について目を白黒させているのは、髪が短い女性なのでした。
 …………。
 ああ、そうか。さっきの流れだとそういうことになっちゃうのか……。
「あ、やっぱりそういう話になってたんですね」
 喜ぶようなところではないと思いますが、喜んでみせるナタリーさん。そしてそれをいつもの調子で笑いとばした清さんは、
「ご迷惑ばかりお掛けしてますねえ、庄子さんには。――もちろん私ではありませんよ。私の息子ですね、庄子さんが良く想ってくださっているのは」
 と。さすが清さん、家守さんと違って遊ばない。なんてふうに思ってしまうのは、さすがに家守さんに対して失礼でしょうか? もちろん、それ以上に庄子ちゃんに対しても、ですが。
 で、それはともかくさてさて。
「こちら、楽清一郎さん。それからナタリーさん、サンデー、ジョンです」
 わざわざ「蛇の」だとか「鶏の」だとか「犬の」だとかの説明はするまでもないでしょう。そのへんは見たまんまですしね。というわけで、簡潔ながら清さんご一行の紹介でした。
 ちなみに見たままはともかく聞こえたまま、つまり蛇と鶏が喋っていることについて特にあちら四人から驚きの声が上がらないということは、そのことも既に家守さんから聞いていたということなんでしょうね。猫さんの時もそうでしたし。
 もう一つちなみに、その中で犬だけが喋るのでなく普通に吠えてみせたことも――と、それに説明が必要というのは、なんだか変な感じではあるんですけど。
 で、ならばそれらについては既にご理解頂けているらしい、ということで。
「なんかこう、ごく自然に肩に乗せてますけど……いや、こんなこと言ったら失礼なんでしょうけど……」
 清さんはともかく、蛇と鶏と犬が現れた時にその三者のうち誰が一番気になるかと言われれば、そこはやはり蛇ということになるのでしょう。というわけで四人全員がナタリーさんへ視線を集めている中、髪の短い女性は恐る恐るそんなふうに尋ねてくるのでした。
 正確に言えば「肩に乗せる」ではなく「首に緩く巻き付いて頭を肩に預けている」なのですが、そんな訂正をしたところで恐る恐る具合を加速させてしまうだけなのでしょう。ならばそれについては横に置いておくとして。
 その「乗せてますけど」という尋ね方からしてその質問は清さんへ向けられたもので、更にはその中で「失礼」なんて単語も出てはきましたが、しかしそのどちらも気に留めることなく答え始めたのは、ナタリーさんなのでした。
「ごく自然に肩に乗せてくれる方は好きですよ、私」
 好きになる基準が簡素だなあ。と、そんなふうに思わなくはないわけですが、しかしだからこそのナタリーさんだったりもするわけです。それについての是非を問われれば、もちろんながら是だと答えさせてもらいますしね。
 あとまあ、簡単に人を好きになるとは言っても、「その中でも特別に好きな人」が二人ほどいたりもするわけで。有か無か、みたいな単純な価値観をお持ちというわけはないのです。多分。
「そ、そうですか? そ、そ、それじゃあ……」
 そう言葉を詰まらせてまで勇気を振り絞るようなことでもないとは思いますが、そういうことらしいのでこれまた恐る恐るナタリーさんへ手を伸ばしていく髪の短い女性。安心して見ていられる側としては微笑ましい光景なのですが、それを見守る他三人の緊迫した表情を見ていると、迂闊に頬を緩められなくなったりもするのでした。
「ふふ、じゃあお邪魔しますね」
「は、はい」
 というわけでナタリーさん、持ち上げた頭を差し出された彼女の手に預けます。思っていたほど受け付けられないような感触ではなかったのか――というのもこれまたナタリーさんに失礼な話ではあるんですけど――その瞬間、女性の表情にふっと安堵の色が浮かび上がります。
 が、もちろんながらそれだけで移動が完了したということにはならず、
「ぅひぃいいいいぃおおおおぉ……」
 ぐるぐるするするとナタリーさんに腕を巻き付かれかつ這い上がられた彼女は、叫び声とすら言えなさそうな何かを絞り出すことになったのでした。しかし声こそ抑え切れなかったものの、空いている方の手で口を抑えはしていて、大声を上げてはならないという気概はしっかり見せていたりも。
 そして彼女のその懸命さ溢れる様子のおかげで、当人はともかく他三人については緊迫や緊張から脱出できたようなのでした。具体的には、笑っちゃってらっしゃるわけですが。
「大丈夫ですか?」
 移動を終えたナタリーさんにそう問われたところで、彼女は一旦深呼吸を。そして自分を笑った他三人に恨めしそうな視線を向けたのち、しかしすぐさまそれを柔らかい表情に差し替えつつ、「はい」と。
 恨めしそうな視線はともかく大体誰でも初めはこんな感じなのですが、しかしだからこそ安心できるところでもあります。ここまでがいつも通りなら、じゃあこの後もいつも通りなんだろうな、という。最初だけなんですよね、怖いのって。
 ――最初だけ怖い。
 ついついあまくに荘に引っ越した初日のことを思い出してしまいましたが、いやいや、今それは全然関係ないですよね。
「最初は怖いよねえ、やっぱり」
 全然関係ないことを思い出してしまっていたところ、するとそこへ栞がそんなふうに。
「同じこと考えてた? もしかして」
「ん? 何のことかな?」
 何もないのにそんなニヤけ顔されてたらそれこそ怖いよ。最初だけと言わず。……さすがはお嫁さん。
「いいなあ、ナタリーさん」
 さすがだとは思うものの特にそれを望んでいるわけでもない我が妻の我が妻たる所以に苦笑していたところ、それとは全く関係のないところでサンデーがぽつりと。
 ナタリーさんの何が羨ましいのか、というのは見たままということで問題ないんでしょうけど、しかしそれだったらサンデーだってそう言っているまさに今、清さんの腕の中にいるわけです。
 が、とはいえ、そこはまあ人の差が大きいということになるのでしょう。会ったばかりの相手に、ですもんねナタリーさんは。いやもちろん、抱っこ相手としての清さんの格が低い、というような話ではなく。
 ――などと、気付いてみれば自然に「会ったばかりの相手に抱っこされるのは羨むようなこと」という思考を持ってしまっている僕だったのですが……いや、大丈夫ですよね多分。何がと言われたらよく分かりませんけど。
「ええとじゃあ、私も大丈夫ですか?」
 僕なんかのことはともかく、そう言って清さん、正確には清さんの腕の中のサンデーに近付いたのは、髪が長い女性でした。こちらもそうそう機会があることではないと思いますが、とはいえやはり蛇に比べれば難易度は随分と下がるのでしょう。というわけで、そう申し出ることに際して躊躇は特に見受けられず。
「んっふっふ、もちろん。サンデー、大人しくしてるんですよ?」
「はーい」
 この場合の「大人しい」というのは口ではなく身体の動き具合を指すことになるんでしょうし、ならばサンデーであっても心配は不要でしょう。いや、別に普段がうるさいとかそういうわけではないですけど。
 とまあそういうわけで、こちらについては静かに平和的にあっという間に、移動が完了するのでした。
「あら、思ったよりふわふわしてるんですね」
「そう? えへへ、嬉しいな。自分では分からないけどよく言われるよ」
 ああそうか、そりゃあ自分で分かるようなことじゃないか。などと今更そんなふうに思わされる僕は、ならばつまりはその「よく言われる」の対象の一人だったりもするのでした。
 ただ、今までであれば自分で抱いていようが他人が抱いているのを見ていようが、その「ふわふわだなあ」という感想くらいしか持たなかったこの光景なのですが――。
「あと、思ったより重いかも……あ、いえ、ごめんなさい」
 という言葉の通り、重そうにしてらっしゃるのでした。
「これでも大人だからね、ボク」
 ヒヨコでない以上間違いなくその通りなんだろうけど、それとこれとは関係あるかないか微妙なところだよサンデー。
 とまあそういうわけで、大人であるサンデーを抱えているのは外見だけで言えば小学生程度の女性なわけです。じゃれ付く中で一瞬だけ抱え上げてみた、というならともかく抱っこの姿勢のままでいるとなれば、腕が辛いところではあるのでしょう。
 しかしそうなると、同じく小学生くらいの女性である成美さんはどうしてたっけ、ということにもなるのですが――。
「お席どうぞ。膝に乗せちゃえば楽ですよ」
 手近な椅子を引きながらそう勧めたのは、栞なのでした。
 そうか、散歩の時を除けばサンデー達を抱いたりなんだりするのは家の中のことなんだし、じゃあ床に座りながらってことになるのか。と、まあそもそも見たことがあったかどうかの時点ではっきりしないんですけどね、成美さんがサンデーを抱いてるところっていうのは。どっちかと言えば抱かれる側ってことにもなるわけですし。
「ありがとうございます」
 両手が塞がっているということもあって、腰を下ろすというよりは飛び乗るような感じで腰を落ち着かせる女性。勧められた椅子もまた小学生くらいの体格である彼女にとっては少々大き過ぎるものだったりするのですが、でもまあ立ったままでいるよりマシなのは間違いないでしょう。
 であれば、あとのことはもうサンデーにお任せということにしておいて、
「となると僕は……」
 今度は背の低い男性、ジョンを見詰めながら呟くような口調でそんなふうに。別に順番制でも当番制でもないわけですが、でもまあそういうことになっちゃいますよねそりゃあ。
 ただし彼は、ナタリーさんの時ほどではないにせよその表情に若干の緊張を孕ませてもいるのでした。これもまたそうもなろうという話で、ジョンはこれまでのナタリーさんサンデーに比べ、随分とデカいのです。
 が、しかしながら。
「大丈夫ですよ。ジョンは物凄く大人しいですから」
 と、清さん。
「もしかしたら私より――あと孝さんよりも賢いかもってくらいですしね」
 と、栞。
 ……まあ褒め方としてはそういうのもアリと言えばありなんだろうけど、でもなんでわざわざ僕まで一纏めにしたんでしょうかね栞は。しかも間違いなく後から思い付いて付け足した言い方でしたし。


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