(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第二十五章 お留守番の終わり 二

2009-04-18 20:53:19 | 新転地はお化け屋敷
 庄子ちゃんは、大袈裟でないにしてもしかしはっきりと、驚いた顔をしていた。
「ないってわけじゃないですけど、思いっきりっていうのは」
「そうなんだ」
 思いっきり泣いたことはないと言われて、驚く。――ということは、庄子ちゃんは泣いたのだろうか。思いっきり。自分がそうだった時に。
「あの、僕、出てようか?」
 不意に、そんなことを提案してしまう。庄子ちゃんが驚いたのを目の当たりにしたとはいえ、だから何だと深く考えたわけでもないつもりなのに、気が付いたらそんなことを言っていた。そして気が付いたら、片膝をついて立ち上がる途中だったりした。
「あ、いや別にそんな」
 そんな僕に対して、清明くんへの困惑した表情そのままな庄子ちゃん。自分でも「急に何やってるんだろう」な話なんだから、あちらからすればもっとだろう。
 だけどその返答を耳にしている間にも僕は立ち上がり続け、聞き終わる頃にはもう立ち上がり終わっていて、なのでそうまでしてからまた座るというのも収まりが悪い。
「ジョンの寝顔でも眺めとくよ」
 残ったりんご二切れには手を出さず、自分ですら得心がいかない行動を、なんとなく実行に移す僕なのでした。
 ――というわけで、さっきまで清明くんが寝ていた私室。今ではジョンしかいませんが、なんとなくこちらの部屋へ滑り込んでその隣に座り込んでみたり。
「孝一くん、どうかしたの?」
 心配して、というほどのことでもないのでしょうが、栞さんがついてきてくれました。僕と同じくジョンの傍に座り、するとなんだかジョンを見舞っているような気分に――というのはまあどうでもいいんですけどね。
「いや……」
 ついつい普通に返事をしてしまいますが、しかしそれ以降はなんとか踏み止まる。移動したと言ってもふすま一枚隔てただけなんだから、状況は何も変わっていないも同然なんでしょうし。まあ、携帯電話で話していたことにするとかメール画面で意思疎通とか、そういうこともやってましたけど。
 というわけでこれまでに倣い、メール作成画面に『なんとなく』とだけ打ち込んで栞さんに見せる。本当にそれだけなんで、どうにもこうにも。
 するとたったそれだけの文面に栞さんは、
「でもまあ、そういうものなのかもね。自分のならともかく他の人のそういう話に、世間話のついでみたいな感じで立ち会っちゃうって、なんとなく気が引けるというか」
 それ、僕が書いた「なんとなく」に比べたら、全然なんとなくのレベルじゃなくなってますけど――。
「庄子ちゃんのも清明くんのも、どっちの話も栞達はもう知っちゃってるんだけど、それでもやっぱりそういうものなんだろうね」
『じゃあ僕が清明くんとそういう話をしてたのは?』
「うーん、あの時は孝一くんだけだったから、かな? 清明くんの話し相手、他にいなかったから」
『庄子ちゃんに任せたってことですかね?』
 ……なんとも、文章にしてしまうと嫌味っぽいなあ。口で言えたらこう、自嘲的にというか冗談半分にというか、そんな感じにしたいところだけど。
「そういうことになっちゃうのかもしれないけど、でも、まだ誰もそれを駄目だって言ってないからね?」
 笑顔ながら、しっかりと釘を刺されてしまいました。文章での会話、難しいです。
「駄目だなんて言えないよ。だって、孝一くんが庄子ちゃんに任せたって言うなら、栞達は初めから孝一くんに任せてるんだもん」
 なんとなく、で移動しただけの割にはずっしりとした話になってしまいました。
 が、なんとなくとは言ってもやっぱりどこかに何かしらの理由があって移動したんだろうし、ならばなんとなくだろうがなんとなくでなかろうが、栞さんのこの話はきちんと受け止めるべきなんだろう。「そんなつもりじゃなかった」ではなく、「そんなつもりがあると気付けなかった」というだけの話なんだし。
『そういうことなら駄目じゃないですね』
「でしょ?」
 駄目じゃないという結論に達したので、引き続きジョンの寝顔を眺めることにしました。
 布団が目の前にあると横になりたくなりますが、それは我慢です。特に誰から駄目だと言われたわけじゃないですけど、でもそれは我慢です。そういうことだってあるのです。

「日向さん、どうしたんでしょう? さっきまでそういう話も普通にしてたのに」
「さあ……? あ、りんご残り二つだね。ちょうどいいし、食べよ食べよ」
「最後の一つとかって、なんとなく手が出し辛いですよね」
「まあまあ、そんなことで気を悪くするような人じゃないし。さっき言ってたうちの兄ちゃんならともかくね」
「おい待て、そんな気はするけど今言うことか」
「せめて否定はしておけ馬鹿者」
「自分も魚が食べたいであります」
「……怒橋さんって、本当に――なんて言うか、強い、ですよね」
「ん? あれ、急に褒められちゃってるけど何だろう」
「僕の父は、四年前なんです。お兄さんは二年前だって言ってたのに、でもそんなふうで」
「あー、いや、それはいろいろと状況やら何やらがね」
「状況、ですか? 例えば?」
「うあぁー……あ、そうそう、年齢とか。ほら、あたしの二年前って言ったら今の清明くんの年だし。でも清明くんの四年前って言ったら、小学生のしかも低学年だし。三年生って低学年に入るよね?……ああいや、そんなことはどうでもいいんだけど」
「年齢、ですか。そういうものなんでしょうか……?」
「え、そりゃそうでしょ。悲しいのは同じでも、やっぱり子どもって打たれ弱いだろうし」
「でも、だからって、こっちだって好きで弱いんじゃないんです」
「あ、ご、ごめん」
「――ご、ごめんなさい、こっちこそ」
「……さっき言ってた思いっきり泣いたことないって、それで?」
「…………」
「ふーん。凄いことだと思うけどなあ、あたしは。でも、それでそうして悲しそうにされてると――思いっきり泣くように言われたんだよね? 日向さんから。それも分かるかなあ」
「あの、怒橋さんはどうだったかって、訊いてもいいですか?」
「いいよ? うん、それこそ思いっきり泣いたよ、あたし。でかいばっかで頭悪くて間も悪くて空気読めない兄貴だったけど、まあ、大切な人だったし。家族だもん、そりゃ」
「……そんなふうに振舞ってられるほうが、お父さんから見ても安心だったりするんでしょうか」
「えっ!? お、お父さんから!?」
「あ、ああ、もちろん例えばの話ですけど。本当に見られるわけじゃなくて」
「そ、そうだよねー」
「そ、そうですね」

 居間側からの話し声が途絶えたのでそちらへ移ってみると、庄子ちゃんと清明くんは照れ屋同士のお見合いみたいになっていました。そしてりんごは、残念ながらもう残っていませんでした。
 しかしところで、大吾が成美さんとウェンズデーにつつかれているのは、どういう展開があってのことなんでしょう? 隔てていたのがふすま一枚とは言え聞き耳を立てていたわけではないので、こちらの会話の流れは上手く掴めなかったのですが。
「顔の緩みが収まらんなあ大吾?」
「ニクイねこのこのであります」
「そ、そろそろオマエ等いい加減にだな……」
 そんな遣り取りに合わせて庄子ちゃんが俯くのはどういうわけでしょう。大吾と庄子ちゃんの間で何かあったにしても、その大吾を含む幽霊さん達と会話できる状況ではないし。
 まあ、いいか。
「食べ終わった? なら清明くん、また布団使う? だいぶ良くはなってるみたいだけど」
「あ、お借りします」
 良くはなったとは言っても完治したというわけじゃないだろうし、ここでぶり返したりしたら勿体無い。という考えを清明くんも持っていたのかどうかは分からないけど、誘ってみたらすんなり乗ってくれました。
 しかしいざ私室へ踏み入り、敷きっ放しの布団を前にしたところ、
「ジョンくん、まだ寝てるんですね」
「起こす?」
「あ、いや……」
 何やらためらう清明くん。
 これまでは遠慮なくジョンに寄り添って寝てたんだけどなあ? と思っていたら、耳元へ顔を寄せてきました。
「ジョンくんと一緒に寝てて、変に思われないでしょうか?」
 ちらりと見るのは、すぐ後ろに立つ庄子ちゃん。ひそひそ話のあとに自分の顔を見られたとあって「ん? なになに?」と声を掛けてきますが、そこは清明くんのためにも無視。
 僕の時はそんなこと気にしなかったのにねえ? と考えるのは意地悪でしょうか。
 まあ、ね。女の子だしね。しかも年上だしね。
「ジョンー。起きて起きてー。庄子ちゃんが来てくれたよー」
 これまでぐっすりだった割にそれだけで、ぴくん、と反応が。「ジョン」に反応したのか「庄子ちゃん」に反応したのかは分からないけど、自分に話し掛けられると意外に反応できたりしますよね? 不思議ですけど。
 というわけでむっくりと顔を上げるジョンですが、
「え、寝てたのに悪いですよ」
 その顔が向いた先の庄子ちゃんは手をぱたぱたと。しかしジョン、構わずその足元へ歩み寄り、何を指示されるでもなくその場へお座り。そんなことされちゃったらもう、逃げられませんよね?
「おはよう、ジョン」
 そんなわけで庄子ちゃんはその場へ座り込み、その間に清明くんは布団の中へ。頭を撫でられたジョンも嬉しそうだし、これで万事解決、ということで。
「……なんか、布団で寝てるの似合うね。楽くん」
「ぅえっ」
 ジョンから清明くんへ視線を移した途端、庄子ちゃんがそんなことを言い出した。
 しかし一方の清明くん、ちょっと上体を浮かせたところでぴったり停止。腹筋に辛そうな姿勢ですが、それが気にならないだけのなんと言うか……反応のし辛さ、が、あったんでしょう。間の抜けたような声からしても。
 静寂。
「――あ、いやいやゴメンゴメン。あたし今、変なこと言った」
「い、いえ……」
 起こした状態をゆっくりと下ろす。これまた腹筋に辛そうな動きだったけど、それでもやっぱり機になってないようです。
 布団で寝ているのが似合う。大人しそう、という雰囲気が、その内面を別にしてもまだちょっとやそっとの強さでない清明くんなので、その言い分はまあ、分からないでもない。小人に囲まれて眠りについている白雪姫とか、あの辺のイメージだろうか。失礼かもしれないけど。
「オマエはあれだよな、被ってる布団とか全部蹴り飛ばしてガーガー寝息立ててるしな」
 なんですとお兄ちゃん。
 後ろからそんな声が届いてくれば当然のように、庄子ちゃんが歯軋りすら辞さないような表情になったので、フォローっぽいものを入れてみようと思います。
「庄子ちゃん自身はどうだったりするの? 寝てる時とか」
「寝息は静かだと思いますよ、いくらなんでも……!」
 布団を蹴り飛ばすほうは否定しないんだ、と思うものの、声からして怖いのでもうここで切り上げます。
「照れ隠しで意地悪を言うのは止せ、大吾。寝相も含めて、可愛い妹じゃないか」
「ふん」
 ああ成美さん、寝相も含めてっていうのは逆効果なんじゃないでしょうか?
「大丈夫だよ庄子ちゃん、栞も、お酒飲んですぐに寝た時は、結構酷いし」
 ああ栞さん以下略。
「えーと、清明くん、こうして布団に入ったわけだけど、また寝れそう? だったら隣で静かにしてるけど」
 もう庄子ちゃんへのフォローは諦めよう。無理だ。そんなわけで話題の中心を清明くんに移行させてみるわけですが、
「あ、あの、できたらもっとお話がしたいです」
 とのこと。うん、話題を切り替えてくれてありがとう。突然不機嫌そうになった庄子ちゃんについてはできればあまり気にしないでね。もう既に気になってる顔だけど。
 ――ともかく。
「怒橋さんみたいな人でも泣くんですね、やっぱり」
 一息ついてから発せられた清明くんのその台詞は、どうも何かの話題の続きであるらしかった。もちろん「泣く」という単語から想像するに、大きく纏めればそれは、清さんが絡む話題なんだろうけど。
 となればそれは、さっき僕がこっちの部屋へ退避していた時の話だろう。さて、だったらまた退避するのかどうかという話になるんだけど?
「そりゃまあ、さっきも言った通り、ね。妹の寝相をこっそり覗いてたりする馬鹿だけど」
 退避するかどうかは別として、そんな馬鹿に該当するのは一名しかいませんでしょう。ということで成美さんに小突かれる大吾なのでありました。
「ところで楽くん、あたしみたいな人っていうのはどういう?」
「え? ええっと、その、泣いてるところが想像しにくいと言うか……あれ、なんでそんなこと言っちゃったんだろう?」
「泣いてるところが似合わないってかあ。兄ちゃんに寝相を覗かれるわけだ」
 いや、それはどういうことなんだろう庄子ちゃん。分かるような気もするし分からないような気もするけど、分からないの割合のほうが随分と大きいよ。
「あの、別にそういうつもりはなくて」
 僕からすれば「そういうつもり」というのがどういうつもりなのかすら判然としないけど、それでも取り敢えず、清明くんは何かを否定していた。まあ、否定する流れではあるし。否定する何かが何なのかは分からないにしても。
「つーか覗いてなんかねえっつの。ドアが開いてて見えただけだっつの」
 はいはいお兄ちゃん。
「いや、まあ、いいけどね。自分がそんなふうに見られるような人間だなんて、思ってないし。ずっと馬鹿兄ちゃんの相手して育ったわけだしねー」
 後ろの兄を無視するかのように、どころか微笑みさえしながら、庄子ちゃんはジョンを撫でる。ジョンの体が大きいのでそれは、抱き付いているようにも見えたり。
 前々から顔を合わせていたにしても、清明くんと庄子ちゃんが知り合ったのがいつだという話になれば、それは今日だということになるだろう。というわけでついさっき知り合ったばかりということになる庄子ちゃんと清明くんだけど、だったらその短い時間の中で清明くんが庄子ちゃんをどれだけ知ったのかという話になれば、そりゃあもちろんそこまで深く知れるわけもなく。
「あ、あの……本当に、悪い意味で言ったつもりはなくて」
 それでも清明くんは、庄子ちゃんという人物についてある程度の、何らかの認識を持ったらしい。弱々しい声ではあったけど、しかしはっきりと言い切るような、そんな口調だった。
 ――なんとなく、また隣の部屋へ退避しようかなー、という空気のような。
「ところで清明くん、タオルはどうしようか?」
 それを口実に部屋を出よう、というほどのものでもないけど、なんとはなしにそう提案してみる。まあ、それで部屋を出たところで、濡らしたタオルを渡しにまたここへ戻ってくることになるわけだし。
 ちなみに僕としてはその時点で既にそうするつもりだったので、そう言い終わる頃にはもう、枕元に置かれていたタオルを手に立ち上がっていたりしたのです。
 が、清明くん、自分の額に手を当てて「うーん」なんて言ってたり。どうやら予想以上に体調が良くなったらしく、何の確認もなしにタオルが必要かどうかの判断がつく、というほどの体温ではなくなっているようで。
 とは言え、
「自分の手が熱いのか頭が普通なのか、よく分からないです……」
 それが判断できないということは、まだまだってことなんだろうけど。手だけ熱くなるなんてこともないだろうし。
 ならばまあ用意して悪いことはなかろう、ということでその旨を伝えようとしたところ、それより早く動いたのは庄子ちゃん。何をどうしたのかと言うと、清明くん自身の代わりにその額へ手を当てるのでした。もう一方の手は、自分の額へ。
「んー、いや、やっぱまだ熱あると思うよ」
 という判断。ああ、やっぱり。
「――ああでも、確かに手のほうが熱いねこれ」
 手のほうも握ってみて、そんな判断もついでに行う庄子ちゃん。なるほど、そりゃ自分で計ろうとしても分からないわけだ。
「…………」
 というわけで熱がある清明くんは、そうだと判明した途端にぼーっとしてます。「病は気から」という言い回しは実際のところ、こういうことから生まれたのかもしれませんね。自分が病気だという自覚がない間は病気でないなりの振舞いをするしかない、という。
 ……いや、多分、違うんでしょうけどね。
「おい庄子。勘違いだったらすまんが、困ってないか?」
 居間のほうからそんな声。もちろん清明くんに聞こえることのないその声に、しかし庄子ちゃん、なんのこっちゃと言わんばかりなすっとぼけた表情。そんな顔を成美さんに向け、でも返事はできないので、その顔をし続けるしかない。
 ちなみに成美さんの隣では、その兄も似たような顔。
「あはは、意外なところで兄妹なんだねー」
 栞さんが笑う。そのことでますます怒橋兄妹の表情は不可解そうな色を強め、成美さんは困った顔になり、そして手を握られっ放しの清明くんは、自分のほうを向いていない庄子ちゃんの顔から更に顔を背けてしまう。
 なんだこれ。
「まあ、これが兄では仕方ないのかもな……。それこそ庄子がさっき、自分で言っていたように」
「意味も分かってねえとこに『これ』扱いかよ。怒るとこでいいのか? ここ」
 知らないよそんなの。
 というわけで、
「じゃあ、タオル用意してくるね」
 逃げることにしました。――そうだよなあ、ただ女の子をってだけならまだしも、好きな女の子をおんぶし続けてた男なんだもんなあ、この兄は。それが受け継がれてるとするなら、今日知り合った男の子の手を握るくらい、なんてことないのかもなあ。
「あ、楽くん、顔赤くなってるよ? 思ったよりまだ熱高いかも」
「あ、そ、そうですか……」
 よくありそうで、実際は全然ない展開。そんなものをまさか、この目で見ることになるとは。でも取り敢えずは庄子ちゃん、手を離してあげてください。体調が悪化したら大変ですから。
 タオルを絞る作業中も引き続き、そのことを考える。庄子ちゃんがそんなふうだったとは意外だなあとか、でもこれまでは成美さんとベタついてたら即突っ込んでたよなあとか。
 ――つまるところ庄子ちゃん、「そういう仲」の相手と触れたりなんだりするのは突っ込み対象だけど、「そういう仲でない」相手と触れたりなんだりするのは、別になんとも思ってないということか。まあそれでも、「そういう仲」の相手を平気な顔して背負い続けていた兄と比べるのは、ちょっと可哀想だけど。
 では一方、清明くんはどうだろう。もちろん清明くんだって今の時点で庄子ちゃんがどうこう、という気持ちがあるわけではないだろうけど、それでも額に手を当てられついでに手まで握られて、あんな感じに。庄子ちゃんや大吾的視点からそれを考えてみるならば、「手ぇ握ったくらいで何言ってんの?」ってなもんでしょう。
 無論、手を握って熱さを診るという行為に他意が無い以上、その意見は正当なものであると言っていいのでしょう。だけど僕には、清明くんの気持ちも分かるのです。女の子です。年上です。しかも正直、可愛いです。他意があろうがなかろうが、照れないほうが無理というものなのです。いや、ここで無理だと断じるような性格だから、高校時代の恋を未遂で終わらせてしまった僕があるんでしょうけど。
 ――というわけで、僕から清明くんを責めることはできません。むしろそれが普通なのです。どっちかと言えば普通でないのは庄子ちゃんなのです。まさかあの庄子ちゃんにこんな評価を下すことがあろうとは、これまで思いもしませんでしたが。
「はい、タオル」
 まあそんなことを考えてる間にタオルを絞るくらいの作業は完了してしまうわけで、気が付けば清明くんの目の前に到着している僕なのでした。
 その頃にはさすがに庄子ちゃんから手を離されていた清明くんですが、まだ気にはなっているようです。硬い表情のまま返事もなくタオルを受け取り、自らのおでこにそれを乗せるのも、急かされているような動きなのでした。
「日向さん、あたし何か、変なことしました?」
 一方の庄子ちゃんはなおもこんな感じ。清明くんに聞かれることはないんだから、誰か一人くらいは説明しようとしてくれてもよかったんじゃないでしょうか?
「んー、僕が説明したらますます……」
 困ると言われたわけじゃないけども、これは確実に困っているだろう。
 だけど清明くん本人は、
「そ、そんなことないですよ?」
 と顔は上を向け、目線だけをこちらに向けてそう釈明。まあ、そう言うしかないんだろうけど。
 しかしそんな彼へ、普段から兄への突っ込みに慣れている庄子ちゃんの反応は早い。
「そんなことってどんなこと?」
「えっ」
「いや今、日向さんが言い終わる前だったし」
「えぇー……」
 自分が言い終わる前だったからと言われると、なんだか申し訳無い。もちろんそんなストレートな物言いをするつもりはなかったわけだけど、これはむしろ「それより悪い結果」というやつなのではないでしょうか? 庄子ちゃんから問い詰められるなんて、ねえ。
「あー、別に、訊かれて困るようなことなら無理に訊かないけどね。ただその、嫌な気分にさせたんだったら」
「そうですそれが『そんなこと』です!」
 真っ直ぐに天井を見上げていた清明くん、ここで突如庄子ちゃんへとその顔を向け(タオルはちゃんと手で押さえてるけど)、らしくもなく大きな声を。
「…………」
「…………」
 となれば当然庄子ちゃんと目が合うのですが、そこでどうしてだか両者停止。じっくり見詰め合う――と言うよりは、そのまま固まってるような。
「――ないですよ、嫌な気分になるなんてこと。あはは」
「――あ、怒られたのかと思った」
 それぞれに妙な間を持ちつつ、停止解除。しかし、単に驚いてそうなったらしい庄子ちゃんはともかく、笑い声がすっごい白々しいよ清明くん。誤魔化すしかないにしても。
 そうしてまたも二人の間に妙な間が出来上がるわけですが、居間のほうからそれを見た大吾と成美さんは。
「なあ、話が全然分かんねえんだけど」
「分かる必要はないぞ。だからせめて、余計なことを言うなよ」
「って言われても話が分かんねえんだから、何が余計なことになるのかも分かんねえんだけど」
「だったら口を閉じていろ」
「何だよ……」
 ここまできたらもう、聞こえるのが庄子ちゃんだけだとしても言い辛い、ということなんだろうか。教えてくれと言っているようなものだとも言える大吾に対し、それを突っぱねる成美さん。あっちはあっちで大変そうだ。
 ――なんて思ったその時、誰もが口を閉じて静まり返った部屋内に、「ばたん」という音が。恐らくは、ドアが閉じられる音。
 静かだったからこそ聞こえたんだろう、それはこの部屋内のドアの音ではなく、ここ以外のどこかからの音だった。
「あれ? えっと……管理人さん、でしょうか」
 僕に聞こえたのなら全員に聞こえたんだろうし、なら清明くんもということで、清明くんの口からは音の出所の予想が。一方、
「いやいや、ここじゃなくてどこか近くの家だと思うよ」
 僕はそう返していた。


コメントを投稿